大戸屋ホールディングスが、その筆頭株主であり、外食業界4位の規模を誇るコロワイドに敵対的買収を仕掛けられていることが注目を集めています。
前回は、そもそもなぜコロワイドが大戸屋HDの筆頭株主となったのかという経緯と、2020年6月に開催された大戸屋HDの株主総会で、コロワイドによる株主提案が否決されるまでの流れを整理してきました。
提案にNOを突きつけられたコロワイドは、ついに「敵対的買収」というカードを切ることに。そこで今回は、この重大な局面を詳しく解説するとともに、大きな賭けに打って出たコロワイドの狙いについて考えていきます。
コロワイド、ついに敵対的買収へ
前回見てきたように、筆頭株主であるコロワイドの提案が大戸屋ホールディングス(以下、大戸屋HD)の株主総会で否決されたことで、両社の業務提携の可能性は暗礁に乗り上げました。
多くの株主が現経営陣の方針を支持した結果とはいえ、30億円もの金額で創業家などから19%強の株式を取得して大戸屋HDの筆頭株主となったコロワイドとしては納得がいかないのもよく分かります。
そこでコロワイドはついに強硬な手段に出ます。そう、敵対的買収です。敵対的買収とは、取締役会の同意を得ずに会社を買収することを言います。
コロワイドが用いた買収手法は「公開買付け(TOB:Take Over Bid)」と呼ばれるものです。日本の金融商品取引法では、株式の買付け後に3分の1を超える株式所有者となる場合等(※1)には、公開買付けを行わなければならない定めになっています(3分の1ルール)。
コロワイドとしては、株式の50%超を保有して経営権を手中に収めれば、他の株主からの同意を必要とせずに取締役を選任できるようになります。
現在の20%弱に加えてあと30%近くの株式を買い集めさえすれば——。そこでコロワイドは、法律に則り公開買い付けを行うことにしたのです。
TOB(公開買付け)とは
TOBとは、上場会社の株式に関して、以下の条件をあらかじめ提示したうえで、不特定多数の株主から株式市場外で大量に買い付けることを言います。
- 買付け期間
- 買付け数量
- 買付け価格 など
なぜ3分の1ルールのような仕組みがあるのでしょうか? それは議決権の観点から考えると分かりやすくなります。
例えば、もともと10%の株式を持っていた株主が徐々に株を買い集め、49%にまで達したとします。あと1%超を手に入れれば経営権を握れ、取締役を自由に選ぶことができます。
しかし仮に、残りの51%を有している複数の株主が誰も株を売らなかったらどうでしょうか。49%と51%では持っている株式の違いはわずか2%ですが、ここには経営権があるかないかという、天と地ほどの差が生まれます。
この時、49%を保有する株主は、残り1%強の株を喉から手が出るほど欲しいはず。「手に入るなら多少高い値段をつけてもいい」と考えるでしょう。このように、ある株主から他の株主に経営権が移動するほど大量の株式が売買されるようなケースでは、多くの場合、株式の売買価格が上乗せされます。このような価格の上乗せを、金融用語で「プレミアム」と言います。
このように、議決権割合で一定の権利(拒否権・経営権など)の移転を伴う株式取引にはプレミアムが付くことが多いため、大量の株式を取得しようとしている株主は、公開買付けを通じて、上述したように買い付ける期間・数量・価格といった情報を開示して、他の株主に対して持ち株を売却する機会を与えるようにします。こうすることで、市場の公正と透明性が保たれるわけです(※2)。
大戸屋HDに対するTOBの条件とは?
では、コロワイドが提示したTOBの条件はどのようなものだったのでしょうか。図表1をご覧ください。
買付け予定数は233万株。大戸屋HDの発行済み株式総数は724万6800株ですから、コロワイドが買おうとしている株式は全体の約32%です。
なぜ全体の32%を買おうとしているのかはもうお分かりですね。これにコロワイドがすでに有している19%強の株式を合わせると50%超。株式の50%超を持つことで経営権を獲得すれば(前回参照)、役員人事を決められるようになるからです。
コロワイドが2020年7月9日付けでリリースした29ページに及ぶ「公開買付けの開始に関するお知らせ」(以下、「お知らせ」)によれば、次のことが言及されています。
本日現在の想定としては、対象者執行部との間での協議の機会が得られず、又は協議が整わない場合においては、対象者[筆者注:大戸屋HDのこと]の代表取締役を含む現取締役全員の解任議案と公開買付者[筆者注:コロワイドのこと]の役職員2名を含む公開買付者が推薦する取締役7名の選任議案を提案し、これらの議案が承認された後に、公開買付者の役職員を対象者の代表取締役に選任することを考えております。
要するに、公開買付け成立後に大戸屋HDの経営陣と協議できない場合は、既存の取締役全員を解任して、コロワイドから役員を送り込むという内容です。このようなことができるのも、議決権を50%超有して経営権を握ればこそです。
先ほどの図表1に戻って、その他の条件も見ていきましょう。
買付け期間は30営業日。この期間のみ、コロワイドは買付け価格で買い取ることになります。既存の株主はこの期間中にコロワイドに対して株を売るかどうかを判断しなければいけません。
その判断の際に最も気になるのは当然、株価です。買付け価格は3081円となっていますが、これはどうやって導き出された数字なのでしょうか?
図表2は、過去10年間の大戸屋HDの株価推移です。この推移からも分かるとおり、過去5年間はずっと2000円台前半で推移してきました。
(出所)Yahoo!ファイナンスのデータをもとに編集部作成
つまり、3081円という買付け価格はここ10年でも最高値なのです。言い換えれば、「この10年以内に大戸屋HDの株を購入した株主は全員儲かる価格」とも言えます。
もう少し詳しく見てみると、コロワイドが公開買付けを発表する直前1カ月間の終値の単純平均は2284円でした。直近3カ月平均で2173円、半年平均で2173円となっていることから、2100円強〜2300円弱のレンジに収まります。
それに対して公開買付け価格は、3081円。公開買付け発表前の大戸屋の株価は2113円ですから、45.8%のプレミアムが乗っている計算です。
45.8%のプレミアムは高い?低い?
では、この45.8%のプレミアム(「買収プレミアム」とも言います)は高いと言えるのでしょうか、それとも低いのでしょうか?
図表3は、2015〜2019年の過去5年間での平均プレミアムの推移を示したものです。単純平均で35.6%ですから、今回のコロワイドの45.8%という買収プレミアムは、平均より約10%ポイントも高いことになります。そのため、他のTOBの案件と比較してもかなりの価格を上乗せした買付け価格と言えます。
これを時価総額の視点で捉えてみましょう。公開買付け前の株価と公開買付け価格のそれぞれに発行済み株式総数を掛けて、それぞれの時価総額を計算すると図表4のとおりです。
(出所)2020年7月9日付「株式会社大戸屋ホールディングス株式(証券コード:2705)に対する公開買付けの開始に関するお知らせ」とYahoo!ファイナンスより計算。
公開買付発表前の7月8日時点の時価総額が153億円であるのに対して、公開買付け価格をもとに算出した場合は223億円。つまり、コロワイドは7月8日時点の市場価値よりも時価総額ベースで70億円(223億円−153億円)、コロワイドが取得しようとしている持分ベースでは23億円(72億円−49億円)も高い買い物をしようとしていることになります。
この買付け価格は妥当と言えるのでしょうか? そして、そもそもコロワイドはTOBでの買付けに必要な約72億円もの大金を手当てできるのでしょうか?
1. 時価総額を利益、純資産で比較をする
株価が高いかどうかを比較するには、(1)利益や純資産と比較する、(2)競合他社と比較する、という2つの方法があります。
ここではまず、連載第3回でも紹介した方法を使って、公開買付け前と公開買付け価格それぞれのPER(利益倍率)とPBR(純資産倍率)を見てみましょう。
ただし、大戸屋HDの直近の当期純利益は赤字ですから、PERは計算できません。そこで、代理指標として過去最高益だった2017年3月期の当期純利益を用いて計算すると、図表6のような結果になりました。
(出所)大戸屋HD 2017年3月期及び2020年3月期有価証券報告書並びに2020年7月9日付「株式会社大戸屋ホールディングス株式(証券コード:2705)に対する公開買付けの開始に関するお知らせ」及びYahoo!ファイナンスより計算。
PERは、利益の何年分かを意味し、時価総額との比較で最もよく使われる指標です。そのPERは代理指標を用いてなんと62.6倍。つまり、今回コロワイドが提示している条件は「最高益で向こう62年分の利益を見込んだ時価総額」ということです。
またPBRとは、時価総額(会計上の純資産を時価で表現したもの)と純資産の比率を表す指標。その値も6.7倍と、簿価を大きく上回っています。
筆者作成
大戸屋HDもコロワイドも、有価証券報告書上の業種は「小売」に分類されます。東京証券取引所のホームページに記載されている小売の業界平均はPERが30.5倍、PBRは1.7倍ですから、今回のコロワイドによる公開買付け価格がいかに高いかがお分かりいただけるでしょう。
2. 同業他社と比較してみる
さらにダメ押しで、2020年7月8日時点の株価をもとに主要外食企業のPERとPBRとも比較してみましょう(※3)。
コロワイドを含む外食大手の上位4社と比較しても、今回の公開買付けの株価をもとに算定したPERとPBRはトップという高水準であることが分かります。
(出所)各企業の決算書およびYahoo!ファイナンスより作成。なお、これらの指標を計算するにあたっての株価については「コロワイドによるTOB株価」以外は、すべて2020年7月8日付の終値を採用している。赤色のセルは1番高い数値、薄赤色のセルは2番目の数値を表している。
こうしたPBRやPERの高さは、コロワイドが「大戸屋HDの経営権を握れば、事業をもっと改善できる」と考えていることの表れです。大戸屋HDは直近の業績が赤字と低迷していますが、まだまだ成長できるとコロワイドは見ているのです。
コロワイドは70億円を手当てできるのか?
ここまででコロワイドの大戸屋HDに対する期待の高さはよく分かりましたが、問題はその支払い原資です。公開買付けには約72億円もの巨額の資金が必要です。2020年3月期に67億円もの当期純損失を計上したコロワイドに、そんな余力はあるのでしょうか?
企業がどのくらいのキャッシュを持っているかどうかは、キャッシュフロー計算書(C/S)で確認できます。コロワイドのC/Sによれば、同社のキャッシュは2020年3月末時点で322億円。営業CF、投資CF、財務CFは以下のとおりです。
(出所)コロワイド有価証券報告書をもとに筆者作成。
この3つのCFの形は、連載第9回で紹介した「8つの分類」で言うところの「安定型」。本業で十分にキャッシュを稼ぎ(営業CFがプラス)、投資CFと財務CFのマイナスを補っている優良企業の典型です。しかもこの状況が3期続いています。
筆者作成
営業CFと投資CFを合わせた金額を「フリーキャッシュフロー(FCF)」と言います。FCFは、事業を回すのに必要なお金と投資に使うお金を合計することで、自由に使えるお金がどれだけ残っているのかを見る指標です。
コロワイドのFCFは108億円もあります。財務CFがマイナスであることから、FCFを借入金の返済等に回していることが分かります。
おそらくその理由は、コロワイドが過去に幾度も行ってきたM&Aに関連していると考えられます。買収する際に借入を行ったために、その返済分が財務CFのマイナスとなっているのでしょう。ただ、営業CFの範囲内で投資CFと財務CFを賄っているという点で、かなり上手に経営をコントロールしていることが読み取れます。
これらのことを踏まえると、コロナの影響があるとはいえ、キャッシュはストック的(2020年3月末の残高322億円)な観点でもフロー的な観点(FCFがプラス108億円)でも、大戸屋の公開買付けに必要な72億円をコロワイドは問題なく手当てできそうです(※4)。
ただし不安材料もあります。2020年8月14日に公開された2021年第1四半期(4~6月)では、営業CFが−65億円、投資CFが−45億円と、FCFは−110億円に。これが響き、財務CFで28億円手当てしたものの、キャッシュ残高は239億円まで減少しています。場合によっては、買収資金を手当てするのに追加での借入を行う必要が出てくるかもしれません。
ここまでで、コロワイドによる敵対的買収について以下のことが分かりました。
- 株式の過半数を取得して経営権を獲得するため、公開買付けを行っている
- 買付け価格はかなりのプレミアムが乗って高値になっている
- コロワイドは2020年3月時点では大戸屋HD買収に必要な資金を十分に有していたものの、2020年6月時点ではキャッシュが大きく減少。しかし借入ができれば十分に買収資金は有していると言える
では、コロワイドはこの高値の買付け価格をどのように正当化しているのでしょうか? この点については、次回詳しく見ていくことにしましょう。
※1 株式市場外で株式の買付け等を行った後に、株式の所有割合が5%を超える場合には、当該買付けは原則的には公開買付けを行う義務が生じます(5%ルール)。5%を超える場合であっても著しく少数の者からの買付け等を行う場合は、公開買付けによらなくても買付けを行うことができます(金融商品取引法施行令6条の2第3項、第1項4号)。
※2 プレミアムと強制TOBをめぐってはさまざまな意見がありますが、本稿では佐藤孝幸『出世するなら会社法』(光文社新書、2011年)を参考にしています。
※3 本来ならば大戸屋HDのように定食を提供するとともに、売上規模も大戸屋HDと同規模の企業な企業と比較することの方が当然望ましいですが、ここではあくまでイメージを掴むことを重視し、読者にとって馴染みがあると思われる外食の主要企業との比較を行っています。
※4 資金的に余裕があったとしても、調達コストを下げるために借入が行われることはよくあります。実務では、このような借入を「レバレッジをかける」と言います。
※次回は8月20日(木)に公開予定です。
(執筆協力・伊藤達也、連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
村上 茂久:1980年生まれ。経済学研究科の大学院を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして大手企業や地方の新規事業の開発及び起業の支援等をしている。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も実施している。