この連載では3回にわたり、コロワイドが大戸屋ホールディングス(以下、大戸屋HD)に対して仕掛ける敵対的買収について、その経緯やコロワイドが提示する株式公開買付けの条件までを詳しく見てきました。
市場価値よりも時価総額ベースで70億円も高い金額を提示するコロワイドには、どのような狙いがあるのでしょうか? そして、対する大戸屋HDはこの危機をどんな策で迎え撃とうとしているのでしょうか? その勝算は? ファイナンスのプロ、村上茂久さんに分析していただきます。
バリューチェーンから見るコロワイドの戦略
コロワイドが2020年7月9日に公表した「株式会社大戸屋ホールディングス株式(証券コード:2705)に対する公開買付けの開始に関するお知らせ」(以下、「お知らせ」)によれば、コロワイドは公開買付け実施後の経営方針として「仕入・調達に係るコスト削減、物流コストの削減、不採算店舗の整理、その他販管費の削減を可及的速やかに実行する方針」としています。
この内容はおそらく、コロワイドが大戸屋HDに対して2019年10月25日に提示した以下の方策に基づくものでしょう(※1)。
- 仕入れ条件の統一によるコスト削減
- コロワイドグループのセントラルキッチンの活用
- 物流拠点の相互活用・物流効率の改善を図ること
コロワイドはグループ会社で2665店舗(直営1462店舗、フランチャイズ1203店舗)を抱えており、全国に11箇所のセントラルキッチンも有しています。これらを活用することで経営を効率化させるというものです。
この戦略は、経営学の観点から見ても理に適ったものと言えます。戦略論の世界的権威であるマイケル・ポーター教授は名著『競争優位の戦略』の中で、企業の内部要因における競争力を表現した「バリューチェーン(価値連鎖)」フレームワークを示しています(図表1)。
バリューチェーンに基づくと、事業活動は、購買物流、製造、出荷物量、販売・マーケティング、サービスから構成される「主活動」と、全般管理、人事・労務管理、技術開発、調達活動から構成される「支援活動」に大別される。
(出所)マイケル・ポーター『競争優位の戦略』(ダイヤモンド社、1985年)。
コロワイドが考える「仕入れ条件の統一によるコスト削減」は、バリューチェーンで言う「購買物流」からの価値創出、「セントラルキッチンの活用」は「調達活動」や「製造」から価値創出を図るものです。また、「物流拠点の相互活用・物流効率の改善」は「出荷物流」の改善そのものと言えます。
コロワイドはこれまでの買収実績から、大戸屋HDは先の3項目を通じて6.9億円程度の収益増加を見込めると推定しています。
前々回見たとおり、大戸屋HDのPERは62.6倍でした(時価総額223億円に対して、過去最高益である2017年3月期の当期純利益3.6億円を代理指標として計算した値)。
もしもコロワイドの言うとおり6.9億円の収益増加が実現したら、両社を合わせた利益は単純計算で10.5億円。公開買付けの時価総額223億円に対するPERは21倍まで下がります。
小売業界の平均PERは30.5倍ですから(前々回参照)、仮にコロワイドの想定どおりに収益を増大させることができたとしたら、コロワイドによる公開買付け価格も“高い買い物”ではなくなります。
コロワイドが得意な「多業種ドミナント戦略」
上記の効率化に加えて、コロワイドは「お知らせ」の中で、「新店立地・業態転換候補の共有」という取り組みも掲げています(※2)。
コロワイドは、同一地域・ビル内・フロア内でさまざまな業態を出店する「多業態ドミナント戦略」を進めています(図表2)。
(出所)コロワイドのホームページより。
ドミナント戦略とは、特定の地域に店舗を集中させ、高い市場シェアの獲得を狙う戦略を言います。例えば、同じコンビニがすぐ近くに複数店舗あるのを見かけたことはないでしょうか。これがドミナント戦略で、主に小売でよく使われます。
ドミナント戦略を実行することで、物流等のコスト削減効果、独占的利益の獲得、労務管理がしやすくなる、新規参入を防止できるといったメリットがあります。これらに加えて、コロワイドのように多業態を抱える企業にとっては、割引券が共通で使えるような効果的なプロモーションが連携できたり、顧客が嗜好に合わせてお店を選べたりするといったメリットも出てきます。
実際、私も本稿執筆の参考にと大戸屋にランチを食べに行ったところ、その店舗が入居するビルの階上にはコロワイドグループの「やきとりセンター」が入っていましたし、そのすぐ近くには同じくコロワイド系列の居酒屋「北海道」もありました。
大戸屋の階上にはコロワイド系列の「やきとりセンター」が。ドミナント戦略は奏功するのだろうか。
筆者撮影
大戸屋HDがコロワイドのバリューチェーンに組み込まれれば、大量仕入れができてコスト削減につながったり、コロワイドの物流網を生かしてより効率的な経営が実現できたり、プロモーションの連携をしたりすることで企業価値を向上させることができる——筆頭株主であるコロワイドがそう考えるのは十分に理解できます。
確かに大戸屋HDはここ数年、売上高も営業利益もパッとしませんから(図表3)、ここで大戸屋HDがコロワイドと業務提携をしないことこそ企業価値の毀損になる、というのがコロワイドの主張です。
「キャベツの切り方」ひとつでも考えが違う両社
では、このコロワイドの見解に対して、大戸屋HDはどのように考えているのでしょうか? 大戸屋HDの定時株主総会の報告書には次のように書かれています。
当社は、美味しく、かつ健康に資する料理の原点は店内調理にあると確信しており、この提供方針は、飲食チェーン大手各社がセントラルキッチンを使う中で、当社の最大の差別化要因であり、当社の企業価値・ブランド価値の源泉であると考えております。
(中略)
当社は、本公開買付けが成立し、コロワイドが企図しているコスト削減に偏った施策が推し進められた場合には、素材・調理へのこだわりが弱まった画一的な料理を提供することになり、美味しくかつ健康に資する料理を提供するという当社の経営理念が蔑ろにされ、当社の企業価値・ブランド価値を毀損する可能性が高いと考えております。
つまり、コスト削減に偏った施策やセントラルキッチンの導入はむしろ、大戸屋HDの企業価値やブランド価値を毀損する可能性が高いと考えているようです。
コロワイドと大戸屋HDの考え方の違いは、両社のトップインタビュー(※3)で語られている「キャベツの切り方」にも端的に表れています。
コロワイドは「キャベツの品質は店内で切ってもセントラルキッチンで切っても変わらない」という考え。今の大戸屋は店内調理にこだわりすぎるあまり調理場がパンクしてしまっており、人件費もかけすぎと見ています。
対する大戸屋HDの経営陣は、「店で洗ってカットした新鮮なキャベツは、セントラルキッチンで作ったものよりもおいしい」というスタンス。コロワイドが提案するようなセントラルキッチンの導入は大戸屋HD自身も以前検討したものの、加工済み食品の仕入れは生の食材の仕入れよりも割高になり、品質も落ちると考えています。
キャベツの切り方ひとつとってもこれほど思想が異なるのですから、経営方針ともなれば両社の違いや推して知るべし。「コロワイドの施策を導入すると我が社の企業価値やブランド価値はむしろ毀損してしまう」と、大戸屋HDは真っ向から反対しています。
コロワイドが提案するそれぞれの施策について、大戸屋HDの見解を整理すると図表4のとおりです。
ありたい姿は「世界一美味しいごはん屋さん」
実はこの大戸屋HDの考えも、経営理論で説明できます。先のコロワイドの戦略はポーターの「バリューチェーン」フレームワークから見て理に適っているとお話ししましたが、大戸屋HDの考えは、現ユタ大学の経営学者ジェイ・バーニーの論文が嚆矢となった「リソース・ベースト・ビュー(Resource Based View)」(以下、RVB)で説明できるのです。
RBVとは、「企業の競争優位の源泉は、その内部の経営資源にこそある」とするものです。バーニーが整理した競争優位の源泉は4つあり、その頭文字から「VRIO分析」とも呼ばれます。
(出所)ジェイ・バーニー『企業戦略論』(ダイヤモンド社、2003年)をもとに編集部作成。
- 経済価値があること
- 経営資源の稀少性があること
- 模倣が困難であること
- 代替が難しいこと
「模倣が困難」というのは、まさに大戸屋HDの持つブランド価値と言えます。大戸屋HDが長い時間をかけて蓄積してきたノウハウ。大手外食チェーンでは当たり前に導入されているセントラルキッチンをあえて採用せず、厳選された仕入れと店内調理で顧客に提供してきた「ここでしか味わえないメニュー」……。
そうやって独自に成長してきたからこそ、大戸屋は今日の競争優位を確立し得たのだ——定時株主総会の報告書からは、大戸屋HDの経営陣のそんな思いが読み取れます。
大戸屋HDは中期経営計画の基本方針で、ありたい姿を「世界一美味しいごはん屋さん」としています。そのために変わらないこととして「一食一食心を込めて店内で調理をする」ことを挙げる一方で、変えることとしては「多様化するお客様の食ニーズに真正面から向き合い」「いろんな街で、いろんな人の、いつもの『ごはん屋さん』」に進化します」としています。
では、大戸屋HDが描く成長戦略とはどのようなものなのでしょうか?
具体的に取り組む領域としては、図表6のように、不採算店舗の整理や調達物流・調理オペレーションの最適化、そして経営管理の体制再構築としています。
(出所)大戸屋HD、2020年3月期決算説明資料。
ここからは大戸屋HDの、「奇抜な取り組みで起死回生を図るのではなく、経営としてやるべき真っ当なことにコツコツ取り組み改善を進めていく」という基本姿勢が感じられます。
今後、大戸屋HDはどうなるのか
では、今の大戸屋HDに何かできることはあるのでしょうか?
敵対的買収に対する事後的な防衛策はいくつかありますが、今回の事例で最も現実的な打ち手は「ホワイトナイト(白馬の騎士)」を探すことです。ホワイトナイトとは、敵対的買収を仕掛けてきている企業とは別に、友好的に買収してくれる企業のことを言います。
過去の例で言えば、オリジン弁当で有名な「オリジン東秀」がドンキホーテに敵対的買収を仕掛けられた際、イオンがホワイトナイトとなって公開買付けを行ったため、結果的にドンキホーテによる敵対的買収は成立しませんでした。このように、ホワイトナイトをうまく見つけることができれば敵対的買収を阻止することができます。
しかし、2020年5月時点の大戸屋HDの窪田健一社長のインタビュー(※4)によれば、ホワイトナイトは特段探していないとのこと。実際のところ、大戸屋HDの経営方針を理解して、コロワイドと同等かそれ以上の公開買付け価格を提示できるホワイトナイトはそう多くはないでしょう。
それ以外では、重要な資産や事業を売却して敵対的買収者の買収意欲を下げる「焦土作戦(クラウンジュエル)」や、敵対的買収者に対して逆買収を仕掛ける「パックマンディフェンス」、はたまた第三者割当増資を行って買収者の持ち株比率を下げる、といったことが考えられますが、大戸屋HDの現状を踏まえると、いずれも簡単に実行できるものではありません。
となると残るは、大戸屋HDの株主の65%近くを占める個人株主が、コロワイドの戦略よりも大戸屋HDの方針を支持してくれる方に賭けるしかないのでしょうか……。
土壇場での新局面
そう思われていた2020年8月14日、今度は大戸屋HDが新たな打ち手を公にしました。「安心安全な農産品や加工食品等の食品宅配」を謳うオイシックス・ラ・大地(以下、オイシックス)と業務提携すると発表したのです(※5)。
オイシックスは、売上高710億円、時価総額は約970億円もの規模を誇る食品宅配事業の大手です。そのオイシックスと提携し、大戸屋HDは家庭向けの弁当等のサブスクリプションサービスや、大戸屋の店舗でのオイシックスとのコラボメニューの提供を計画しているとのこと。
本稿執筆時点では、オイシックスにホワイトナイトになってもらう、あるいは資本提携をするというわけではなさそうですが、この業務提携により、中期経営計画で示した「顧客のニーズに応じた商品の開発や販促施策の実行」を実現し、コロナ禍による顧客の行動様式の変化にも適応できると考えているようです(※6)。
既存株主が仮にこの業務提携を好感すれば、コロワイドによる公開買付けに応じないという判断を下す株主の割合が増えるかもしれません。
ちなみに、コロワイドが2020年3月に実施した大戸屋HD株主向けのアンケートでは、回答数の9割を超える株主(発送総数2万4092名、うち有効回答数1万8891名)が大戸屋HDのコロワイドのグループ入りを支持したそうです(※7)。
ですが、今回のオイシックスとの業務提携のニュースを踏まえると、既存株主が公開買付けに応じるかどうかはますます読めなくなってきました(※8)。
利益を取るか、企業文化を守るか。コロワイドが大戸屋に対して仕掛けた今回の敵対的買収の成否は、株主にとっても従業員をはじめとする他のステークホルダーにとっても、そしてもちろん私たち利用者の外食事情にも、大きな影響を及ぼします。
公開買付けの期限は2020年8月25日。コロワイドが提示した株価は過去10年間で最高値。
「コロワイドの提案には納得できないけれど、目先の利益を優先してコロワイドの公開買付けに応じる」か、はたまた「利益は確保できないけれど、既存の大戸屋HDの方針を支持する」か——大戸屋HDの株主たちの判断の行方を、固唾を飲んで見守ることにしましょう。
※1 コロワイド「株式会社大戸屋ホールディングス株式(証券コード:2705)に対する公開買付けの開始に関するお知らせ」p.6。
※2 「お知らせ」ではこの他に、「給食事業への進出」という取り組みも掲げられています。
※3 東洋経済オンライン「コロワイドが大戸屋に「株主提案」を行う真意」、「大戸屋がコロワイドの株主提案に猛反対する訳」。
※4 東洋経済オンライン「大戸屋がコロワイドの株主提案に猛反対する訳」。
※5 大戸屋HD「オイシックス・ラ・大地株式会社との業務提携に関するお知らせ」
※6 なおコロワイドは、敵対的買収が完了し、かつ現経営陣と協議が整わない場合は、既存の経営陣は総入れ替えすることを想定しています。そのため、コロワイドの買収が成功した場合、大戸屋HDとオイシックスの業務提携がどこまで実行に移されるかは不透明です。
※7 コロワイド「株式会社大戸屋ホールディングに対する株主提案に関するお知らせ」より。
※8 コロワイドによる公開買付け表明後、大戸屋HDの従業員は、この公開買付けに反対する緊急声明を出して強く反発しています。次を参照のこと。「株式会社コロワイドによる公開買付けに対する当社従業員の緊急声明について」
※次回は9月16日(水)に公開予定です。
(執筆協力・伊藤達也、連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
村上 茂久:1980年生まれ。経済学研究科の大学院を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして大手企業や地方の新規事業の開発及び起業の支援等をしている。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も実施している。