企業やビジネスパーソンが抱える課題の論点を、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にして整理する。不確実性高まる今の時代、「正解がない」中でも意思決定するための拠りどころとなる「思考の軸」を、あなたも一緒に磨いてみませんか?
参考図書は入山先生のベストセラー『世界標準の経営理論』。ただしこの本を手にしなくても、本連載は気軽に読めるようになっています。
今回も引き続き、7月に開催した入山先生のオンライン読書会の模様をお送りします。リモートワークが浸透したことで激変した「コミュニケーション」のあり方をめぐって、読書会の参加メンバーたちから多様な意見が飛び出しました。
リモートワークは生産性を上げたか
入山章栄先生(以下、入山):読書会の参加者の中に、コロナ禍でリモートワークが増えたことに関して事前に質問してくださっている方がいらっしゃるので、今回はここから議論を始めましょう。
今回の参加者のおひとりのNさんからは、事前にこんな質問をいただきました。
入山:この点は前回、前々回でも触れた、「どうすれば暗黙知を形式知に変えることができるか」という疑問ですね。Nさん、なぜこの点に関心があるのですか?
Nさん(以下、N):日本の会社ではこれまで、直接的なコミュニケーションよりも、会社に一緒にいることで「察する」「真似ぶ」とか、「背中を見て育つ」「耳をそばだてて情報を得る」といった方法で暗黙知を得てきた側面が非常に強いと思います。
今はみんな、目の前の仕事を乗り切るためにテレワークをしていますが、「こうした暗黙知的なコミュニケーションまでオンラインに乗せていけるのか」に興味があります。
入山:面白い指摘ですね。このNさんの疑問について、読書会の他の参加者の意見を聞いてみましょう。シロトリさんはいかがですか? シロトリさんはメディア業界にお勤めですが、この業界も今なかなか社員同士が集まって仕事ができない状況ですよね。
シロトリさん(以下、シロトリ):そうですね。オンラインでもいろいろ議論はできますが、いわゆる「ハンドルの遊び」とか「余白」といった部分がなくなったと感じます。
シロトリ:例えば記者の仕事では、取材が終わり、テープレコーダーを切った後の世間話がけっこう重要な課題や知識になることが多いのです。オンラインにはそれがないのが問題だと思いますね。
記事というのは信頼関係の中でつくられる部分があるので、やはりプライベートのことなども知っていたほうがいいのではないかと思います。
入山:なるほど。興味深いですねえ。ではコンサルタントをされているYさんはいかがですか。コンサルタントはコミュニケーションがすごく重要なお仕事ですよね。
Yさん(以下、Y):きちんとしたネットワークの基盤があれば、オンラインでも目の前の仕事を進めることはできます。しかしさきほどシロトリさんがおっしゃったように、“遊び”の部分の情報が削られるので、目的に100%沿った活動しかできなくなる。だから目的から外れたところで価値あるものが生まれたり、100%が120%になる余地が削られてしまいます。
Y:私の仕事はビジネスプロセスの開発が主なので、やはり現場に行くことがとても大事です。例えば倉庫や工場の動線がどうなっているかを見ることは欠かせませんし、壁に貼ってある標語なども見ます。
ホワイトカラーでも、オフィスで周囲の人たちとどういう雰囲気で仕事をしているかは、ものすごく大事な情報です。例えば、上司と部下が我々の隣でしゃべっているとします。そのとき上司の言動がパワハラ気質だったりすると、「この会社の変革は大変そうだな」と見当がつきます。
入山:なるほど。もしかしたら今も、ネット上でのパワハラが行われているかもしれないけれど、デジタル上だとYさんのような経験あるコンサルタントであってもそれを感じることができない、と。では、今度はスダさん、いかがですか。
デメリットに勝るオンラインのメリット
スダさん(以下、スダ):確かにオンライン化にはデメリットもあります。でもメリットのほうが多い。デメリットを補って余りあると思います。
編集部撮影
入山:おっ、興味深い意見が出てきました! 今までの意見と逆ですね。
スダ:例えばオンラインの会議では、役職などのポジションが関係なくなります。部長であっても新入社員であっても、発言をすれば自動的にカメラが切り替わって発言した人の顔がモニターに映るので、完全にオピニオンがイーブンになります。
とはいえ、いま僕らは、一緒に働いていた頃のコミュニケーションの貯金を食いつぶしているところがある。そこで当社がやっているのは「オンラインランチ」「オンラインコーヒーチャット」です。
その時間は仕事の話はせずに、プライベートのことなど雑談をする。そういうふうに仕事のオンとオフを組み合わせれば、メリットだけを享受できるのではないでしょうか。
入山:今度はカレーの奥山さんに聞いてみましょう。カレーの奥山さんは、今のスダさんの意見に同調するような仕草をされていましたね。同じ意見ですか?
カレーの奥山さん(以下、カレーの奥山):そうですね。私は30代ですけど、40代、50代の人にデジタルは使いづらい。それはデジタル空間でのコミュニケーションの取り方に慣れていないからだと思います。
編集部撮影
カレーの奥山:逆に私が一緒に仕事をしている20代のエンジニアは、デジタルのコミュニケーションがうまい。私が研究棟にいてもすぐに現場から写真つきのメッセージが飛んでくるので、「じゃあ、ここをこうして」と指示ができるんですよ。なので、すごく仕事がしやすい。
入山:なるほど、面白いですねえ。カワタニさんはいかがですか?
カワタニさん(以下、カワタニ):そうですね。オンラインは進捗管理とか、何か決まったことを報告するというだけなら非常に効率的です。ただ、新しい事業をつくっていくような時は、社長や事業担当者とフェイス・トゥ・フェイスで会う必要があるでしょう。
編集部撮影
カワタニ:オンラインでは相手がこちらの話のどこをメモしたか、どこに同調したかが非常に分かりづらい。オンラインのメリットを享受しながら、キーポイントとなるところではオフラインでという使い分けが重要だと思います。
入山:面白いですね。皆さん素晴らしい視点をお持ちです。ほかに、このオンライン・オフラインのテーマで何か意見がある方はいらっしゃいますか?
デジタルで五感を拡張させるには
スダ:この件に関して、世代ごとのデジタルリテラシーの違いに帰結させるのはちょっと違うかなとも思います。その要素は確実にありますが、どちらかというと「仕事において五感をどれだけ使うか」の違いではないでしょうか。
オンラインで全部できるという人は、デジタルなやりとりだけでも可能な仕事をしているということだと思います。だから自分がどんな仕事をしているかによって「オンラインで何でもできる派」と「オンラインでは無理派」に分かれるのだと思います。
入山:「五感」というのはすごくいい言葉ですね! 仕事でどの五感が必要になるかは、職種や立場で全然違いますよね。僕も皆さんとほとんど同じ意見ですが、僕は最近、講演でこんな表をお見せしています。
入山:これが絶対に正解というわけではありませんが、僕の周りを見ていると、意外とデジタルで「知の探索」をしたり、「弱い結びつき」をつなげたりできている人がいるなと感じます。
例えば、サンフランシスコに拠点を持つあるベンチャーキャピタリストの方と先日お話をしたのですが、その方は実はコロナの前から、初めて起業家と会う時は全部Zoomだったそうです。
それを聞いた時は意外でした。だってベンチャーキャピタルの投資家なんていうのは、「まずは直接会って、起業家の目を見て投資に値するか見極める」というようなカルチャーだと思っていましたから。
でもその方いわく、実はオンラインで会うほうがメリットがあると言う。早い話が、「直に会わないほうが投資を断りやすい」んだそうです。
あのくらいの投資家になると、会って10分もすれば投資する価値があるかどうかは分かる。でもわざわざ来てもらったら、せめて30~40分は付き合わなければ相手に悪い。それがオンラインだと、「ないな」と思った瞬間、ブチッと切ることができる。
オンラインなら物理的な距離も関係ありませんから、いろいろな人に会える。だから意外と知の探索や弱い結びつきが進むというわけです。
ただ一方で、Yさんがおっしゃるように、やはり五感を通じないとできないこともあると思います。これから先、視覚と聴覚はデジタルテクノロジーによってさらにリアルに近づくでしょう。しかし触覚、味覚、嗅覚は難しい。匂いや味をデジタルでA地点からB地点に運ぶという研究もありますが、当面はできないでしょう。
それから、日本の会社が苦手な「センスメイキング(腹落ち)」もデジタルでは難しいですよね。このあたりのことを、リアルとデジタルをうまく使いながら進めていくにはどうすればいいのか。僕自身もすごく考えているテーマです。
※第24回(読書会その4)に続く。
(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集:常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。
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