撮影:竹井俊晴
ポストコロナの時代の新たな指針、「ニューノーマル」とは何か。今回は、お金との付き合い方について、 資産運用会社レオス・キャピタルワークス会長兼社長の藤野英人氏に聞いた。
—— 新型コロナウイルスによる生活変容は個人の、そして社会全体の「お金の動き」にも大きな影響を与えています。将来の収入不安を抱える若い世代が考えるべき「これからのお金との付き合い方」を教えていただけないでしょうか。
僕がお金について質問をされたとき、よく投げかける問いがあるんです。それは「今、10億円が手元にあったら何に使いたいですか?」という問いです。
その答えは人によってまちまちで、「会社を辞めて世界旅行をしたい」という人もいれば、「別荘を買いたい」という人もいる。「みんなが心ゆくまで楽しめる卓球場を作りたい」と答えた人もいました。彼は卓球が大好きな人なんです。
ところが、こんなふうにすぐに答えられる人は少数派です。8割くらいの人は言葉に詰まってしまいます。夢ややりたいことがパッと浮かばないんですね。つまり、お金があってもその使い道をイメージできない。実はこのほうが本質的な問題ではないかと、僕は思うんですよ。
——夢を語れる人が少ないという問題にまず目を向けるべきだと。
それは本人だけを責められることではなく、親や学校、社会から、夢を語って実現させていく行動を大切だと教わってこなかったという理由があります。もしくは、思い切って夢を語ったとしても「『大きなお屋敷に住みたい』なんてダメだ。夢とはもっと清く美しいものでなければならない」と修正されてきた。その結果、自ら描く夢を表明できない人が増えてしまった。
夢を持てないとどうなるか。今の生活から抜け出す行動を起せなくなるのです。
「やりたいことは特にない。お金のためだけに働く」という思考で生きると、やりたくない仕事も我慢してやろうとする。面白がれない仕事を無理やり頑張ろうとしても成果は出ませんよね。すると、ますますお金を稼げることから遠のいていく。悪循環を親や社会のせいにするのは簡単ですが、それではいつまでもそこから抜け出せません。自力で自分の人生を修正していかないといけないんです。
——若い世代には学生時代に起業する人や複業などのパラレルキャリアを志向する人が増えるなど、職業観の変化も見られます。
世代別に見ると意識は大きく変わっていると思います。
例えば、かつては官僚輩出大学だった東大に学生起業家が増えているのは、20年前には考えられなかったことです。一方で、保守化の傾向もあって、就職先の人気上位に「公務員」がランクインしたり、専業主婦志向の女子学生が増えているといった報道が見られたりする。
この二極化の構造そのものが、若い世代の迷いや揺れを象徴しているのではないでしょうか。
生活やお金のためだけに働くという思考は、ますます「稼ぐ」ことから遠ざけていく(写真はイメージです)。
撮影:今村拓馬
多くの人はまだまだ「仕事=所属」と理解しています。「仕事とはどこかに所属することで成り立つ。安定した大きな組織に所属することが仕事の成功であり、目的だ」。そんな感覚で就職先を選ぶ人はまだ多いと、講義を受け持っている学生たちと話していても感じます。スタートアップやフリーランスで楽しく活躍している人たちに対しては「理解不能」という反応です。
会社員と起業家のどちらがいいという訳ではなく、重要なのは「自分で選んだ」という満足感を持てるかどうかです。会社員でも「自分はこういう理由で今の会社を選んだんだ」と、自分の人生を自分で舵取りしている感覚を持てることが大事ですし、そういう人は成果も出せる人です。
僕がいくつかの調査を見た限り、日本人は世界的にも「働いている会社が好き」と答える割合が低い。アメリカ人や中国人には会社好きの割合が高いのですが、それは「好きになれなかったら転職する」のが当たり前だから。
日本人は安定という“得”を重視して、我慢して会社に居続ける。「給料は我慢料だ」という考えです。すると、目の前の仕事に愛着が持てず、パフォーマンスを上げられない。せっかく能力があっても稼げず、生産性も上がらないという残念な結果になってしまう。
——損得で仕事を選び、結果としてお金を稼げていないということでしょうか?
そうです。先ほど述べた「夢を持てない問題」にもつながりますが、日本は“好き嫌い”を尊重されない社会なんです。好き嫌いを素直に口にした途端に、「ワガママだ」と批判されたり、「もっと大人になりなさい」と諭されたりする。そんな経験の蓄積によって、多くの人は自分自身の“好き”に対して鈍感になっていきます。
しかし、投資家として7000人以上の経営者にインタビューした僕が明言したいのは、“好き”を起点にして追求したほうがパフォーマンスはよくなります。お金をより稼げます。
社会的に成功している人で、「自分の好き嫌いがよく分からない」という人は見たことがないです。それは、成功したから好き嫌いが明白になったのではなく、好き嫌いを理解しているから成功したのだと思うのです。
成功している事業家は「好き、嫌い」を明確に理解できているという(写真はイメージです)。
Shutterstock/estherpoon
——“好き”を大切にすると、成功に近づき、より稼げるということですね。
好きなことであれば、人はより熱心に取り組めるし、失敗しても学ぼうとするからです。また、自分の“好き”に対して敏感になると、他人の“好き”に対しても敏感になれます。成功する商売とは、世の中で暮らすたくさんの人たちの“好き”を集められる商売です。
例えば、ビジネスインサイダー読者の皆さんが何気なく入ったコンビニで買った商品。それは、その人の“好き”の具体化です。人の行為の中で最も本音が現れるのは、「買う」という行為。「買う」に裏付けされた“好き”をより正確にキャッチできる人が、商売で勝つというわけです。
自分の好き嫌いが分からなければ、人間全般の好き嫌いも理解できません。小売業であれ、弁護士であれ、ジャーナリストであれ、仕事を突き詰めると「人間理解」しかないんです。
僕の仕事もそうです。僕らは株式投資を通じて良い会社の成長を応援し、社会に貢献していこうと、日々お客様から預かった資産を運用しています。では“良い会社”とは何かというと、長期的にお客様から支持される、“好き”を集める会社なんです。仕事で成功し、より多く稼げるようになるには、世の中の“好き”に敏感であること。その出発点が、自分自身の“好き”を見つめることなのです。
——自分の好きなことがよく分からない。そんな人は、まず何から始めたらいいでしょうか?
冒頭に投げかけた「もしも10億円あったら?」という問いも、本当に自分がしたいことを探る方法の一つです。あるいは、身近な人に「自分はどんなことが好きそうに見えるか?」と客観的な意見を聞いてみてもいいでしょう。
好きなことを発見できたら、それに挑戦する延長線上にある仕事を選び、もしもすぐに発見できなければ、当面は今の仕事の中から興味を持てるものを探してモチベーションを保っていく。
仕事だけでなく消費においても、“好き”という感覚を大切に、意識して買い物をする。より快適と感じ、価値観に共感するものを選択していく。人間関係でも損得ではなく「大切にしたい」と心から思える相手との付き合いを深めていく。公私限らずすべての行動において、“好き”のアンテナを張る訓練をするといいと思います。
——アフターコロナの時代に、その傾向は加速するのでしょうか?
加速すると思います。現に、コロナによる価値観の変化に敏感に動いた会社や産業が伸びています。
例えば、日常の家庭の食事を豊かにする食料品や家庭菜園、DIY用品などの売り上げが好調なのは、それを大事にしたいと考える人が増えて消費が伸びたからです。コロナ禍の経済状況は悪化していますが、過去の大不況と比較して明らかに違うのは、全体が落ち込んだのではなく、一部の産業が伸びているという点です。
クラウドファンディングも盛んで、関連企業の株価も絶好調です。「自分のお金を応援のために使おう」という価値観が急速に広まった影響でしょう。僕ら生活者の一人ひとりが「今の時代にどう生きるのがベストなのか」と考えて行動することが、企業の業績や世の中の景気にも連動していく。まさにその変化を目撃していると言えます。
——「個人の“好き”を増やせば景気がよくなる」とも言えますか?
そうですね。景気もよくなりますが、もっと大事なのは、個人の人生がより豊かになることです。好きなことが増えれば、シンプルに幸せじゃないですか。
僕自身もコロナによって、新たな“好き”を増やせた1人です。在宅勤務が長期化すると予測した4月に、住民票を東京から逗子に移し、山と海に囲まれた環境での暮らしを始めました。年間700回もスケジュールに入れていた会食を月数回に減らし、庭で野菜を育て、パンを焼く生活で、健康診断の数値が劇的によくなりました。
本当の幸せとは。コロナで身の丈に合った幸せを再考した人は少なくない。
Shutterstock/FOSSIL_Photo
スーツや靴にかけていた出費は減りましたが、その分、家族との時間にかけるお金は以前よりも多く使うようになったと思います。国際政治学者のイアン・ブレマーさんが「アフターコロナ社会においては、犬を飼うことを勧める」と言っていたのを知って、助言通りに犬を2匹飼いました。ペット型ロボットの「LOVOT」も合わせて、妻と“5人家族”で賑やかな生活を楽しんでいます。地方に田畑を借りて、お米やりんごの遠隔栽培も始めました。
僕は非常に今の生活を気に入っているのですが、周りを見渡すと暗い顔をしている人もいます。
彼らはとてもお金持ちで、世界中どこにでも行けるプライベートジェットや大勢の人を呼んでパーティーを開けるクルーザーを所有しているのですが、今はそれも使えない。家庭を顧みない生活を長年続けていたので、家族との関係は冷え切っていて「ステイホーム」どころか「ステイアウェイ」状態にあるのだと、ため息をついているのです。資産の有無によらず、皆が気づかされたのは「人生のベースは家庭である」ということだと思います。
パートナーが異性でも同性でも、子どもがいてもいなくても、一人暮らしであっても、家の中の生活を豊かに楽しめるかどうか。強調したいのは、その豊かさの実現のために必要な金額は1億円や1000万円といった多額ではないということ。それぞれの身の丈で十分に手に入る幸せなのです。
——お金をたくさん持つことは幸せになる条件とは限らない。それがより明らかになったのだと。
もちろん、お金は利便をもたらします。あるいは一時的な高揚感を。例えば、僕が逗子から東京に出かける時に、普通の軽自動車で行くよりポルシェに乗って行くほうがワクワクするかもしれません。ただし、それも数カ月で薄れるもので、継続して深まる幸せではありません。
高級車やブランド品は一時的な高揚感は与えてくれるが……。
Shutterstock/Roman Belogorodov
昔、ニューヨークのトレーダーの間で流行ったこんな小話あるんです。成功したバンカーがバカンスで南の島を訪れると、海辺に幸せそうな家族がいた。毎日釣りをして魚を食べて、お昼寝をしてまた釣りをして、また食べて寝る。そんな暮らしぶりを聞いたバンカーは釣り人をこう諭したんです。「君たち、そんな大志のない生活をしていてはいけない。もっと人を雇って、たくさん魚を釣るべきだ」。
「たくさん釣ったら食べきれません」「食べきれない分は売ればいい。そして儲けたお金で加工工場を作って、すり身を売ればもっとお金が入るぞ」「お金が入ったらどうしたらいいのですか」「さらに工場を建てて、IPOをすればいい。IPOとは株式市場に上場することだ。上場すると、お金がいっぱい入るのだから」「なるほど。その後はどうするのですか」「さらに工場を増やせば、もっと成功する」「もっと成功したらどうするのですか」「引退して南の島で昼寝をして毎日過ごせばいい」
分かりますね? 釣り人はとっくにその生活を楽しんでいたのです。
もちろん、お金を稼ぐことは悪ではなく、僕の仕事はお金を集めてより増やすことです。ただし、お金を増やすことは、単に自分さえ豊かになればいいという動機では決して成し得ません。繰り返しになりますが、たくさんの人の“好き”を集めた結果としてお金が増えるのです。お金を増やすテクニックはありません。唯一の方法であり、かつ重要なのは「人間理解」。それに尽きるのです。
最後に、はじめに皆さんに投げかけた問いのオチについてお話しします。「10億円あったら何がしたい?」と聞いて、答えを返してくれた人に対して、僕はさらにこう聞くんです。「それ、本当に10億円がないとできないことですか?」と。
もしも「会社を辞めたい」と答えたとしたら、それはその人が潜在的に持っている願望そのもののはず。そしてそのほとんどは、今すぐできることなんですね。つまり、「お金があったらできること」は、実は「お金がなくてもできること」である場合が多い。皆さんもぜひ、自分自身に問いかけてみてください。
(聞き手・構成、宮本恵理子)
藤野英人:レオス・キャピタルワークス会長兼社長、最高投資責任者。国内・外資大手投資運用会社でファンドマネジャーを歴任後、2003年レオス・キャピタルワークス設立。主に、日本の成長企業に投資する株式投資信託「ひふみ投信」シリーズを運用。JPXアカデミーフェロー、明治大学商学部兼任講師、一般社団法人投資信託協会理事も務める。近著に『投資家みたいに生きろ』『ゲコノミクス 巨大市場を開拓せよ!』。