河野太郎防衛相は、8月14日付けのインタビューにて「米陣営」入りの姿勢を鮮明にした(写真は2019年9月)。
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トランプ米政権が進める米中デカップリング(分断)と新しい「反中同盟」構築に対し、河野太郎防衛相が「米陣営」入りの姿勢を鮮明にした。日本で高まる「反中世論」を意識しながら、「安倍後継」レースのアジェンダに対中強硬策を打ち出し、優位に立ちたい意図もちらつく。
米中対立激化の中で日本との関係悪化を避けたい中国も、安倍後継レースの行方に注目し始めた。
「シックス・アイズ」と言われてもいい
河野氏は8月14日付けの日本経済新聞とのインタビューで、
「(ファイブ・アイズの5カ国は)価値観を共有している国々だ。日本も近づいて『シックス・アイズ』と言われるようになってもいい」
と述べた。河野氏は7月21日、英議員団と行ったオンライン会議でも同様の発言をしており、それを追認した形だ。
「ファイブ・アイズ」とはアメリカとイギリスが第二次大戦直後に始め、その後カナダ、オーストラリア、ニュージーランドのアングロサクソン系英語圏5カ国がつくる機密情報共有の枠組み。「エシュロン」と呼ばれる通信傍受網で、世界中の電話やSNS、メールの情報を収集・分析し、安全保障に活用しているとされる。西側最大の「スパイ網」とも言われる。
「シックス・アイズと言われてもいい」という発言は、アメリカ基軸の「インナーサークル」入りの希望を鮮明にしたことを意味する。安倍政権の正式決定ではないが、実際に日本が入れば、中国は日本が「中国敵視政策」に与したと見なすのは間違いない。
「反中同盟」の新たな中心
ポンペオ米国務長官は、中国に対し全面的な対決姿勢を明らかにした(7月23日、カルフォルニア州ニクソン大統領図書館にて)。
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「ファイブ・アイズ」がいま注目されるのは、中国包囲網のための新同盟の中心だからだ。ポンペオ米国務長官は7月23日、包括的な対中演説を行った。その核心は、「中国共産党の強権的支配を変えるため」の自由主義国家による“新たな同盟構築”にあった。「ファイブ・アイズ」5カ国の国防相はその1カ月前の6月23日、テレビ会議で軍事協力の強化を確認している。
「新同盟構築」の狙いを裏返して読めば、米ソ冷戦時代からの「古い同盟」構造が役に立たなくなったことが分かる。ドイツ、イタリアは、トランプ政権が求めるファーウェイ排除を拒否して、世界経済を米中に二分するデカップリングに抵抗し続けている。
日本を含め多くのアジア諸国にとって中国は最大の貿易相手であり、もはや敵ではない。欧州、中東、アフリカ諸国でも、習近平政権の「一帯一路」によるインフラ整備は、自国の発展にとり必要不可欠になった。
米中二択論に苦しむ各国
米中対立激化の中で、日本はコロナによって延期された習近平氏の来日という問題を抱えている。
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グローバルなサプライチェーン(部品の調達・供給網)の中で成長・発展してきた多くの国は、トランプ政権が選択を迫る「米中二択論」に悩んでいる。日米同盟を安全保障の基軸に据える安倍政権も例外ではない。
日本にはもともと、経済を中心に日中関係改善を進めようとする二階俊博自民党幹事長と今井尚哉首相補佐官らの「対中融和派」と、香港、尖閣問題を理由に習近平主席の国賓訪日に反対する「対中強硬派」の「確執」がある。
そんな中、河野氏は次第に対中強硬論に傾斜していく。6月30日の閣議後会見では、中国の「香港国家安全維持法」制定について問われ、
「習主席の国賓来日に重大な影響を及ぼすと言わざるを得ない」
と述べた。
一方、各種世論調査で「ポスト安倍」のトップを走る石破茂元自民党幹事長は、7月9日の自派閥会合で、
「国賓としての来日を要請した事実がある。礼儀は礼儀として尽くさないといけない」
と述べ、対照的な姿勢を示している。外交の継続性から言えば、石破発言は正論なのだが。
安倍政権は、新型コロナ政策でつまずき支持率と求心力に陰りがさし、体調不良も噂され、年内退陣をにらんだ「後継レース」が注目され始めた。河野発言は対中強硬姿勢を鮮明にし、対中政策を争点に石破氏に挑戦する狙いが見え隠れする。
「加盟手続き必要ない」
ただ、「ファイブ・アイズ」との連携強化をどう進めるのか、河野発言は具体性に乏しい。前出の日経新聞によると、
「正式な加盟の手続きを取る必要性はない」
「加盟するというのとは違う。椅子を持っていってテーブルに座って『交ぜてくれ』と言うだけの話」
「(ファイブ・アイズとの協力について)外交、経済で足並みをそろえるのは非常に重要」
と述べ、協力分野として気候変動や宇宙ごみへの取り組みを例示。
「シックス・アイズ」になればどんなメリット・デメリットがあるのか、情報収集活動に日本がどうかかわるのかなどについては、報じられていない。
「椅子を持っていって『交ぜてくれ』と言うだけの話」と言うが、果たしてそれで済むのか。
アメリカは、日本の機密保護体制が万全か、日本が確実な情報収集能力に基づいて中国・北朝鮮の「価値ある情報」をメンバー国に提供できるかどうかを、厳しく検証するはずだ。
本当に「自由なネットワーク」なのか
4~8月にかけ、中国公船は尖閣諸島周辺の接続水域内に100日以上航行した。
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河野氏の対中政策については、同紙の続報(8月15日付)「中国、極めて重大な懸念」に詳しい。
その中で河野は、
「(中国は)ポストコロナの世界を分断しようとしている」
「民主主義対独裁、自由なネットワークと国家が管理するネットワークのような形で、国際秩序を分断する試みに多くの国が懸念を持っている」
と語っている。
世界を「民主主義対独裁」の二元論からとらえる思考。「ファイブ・アイズ」が進めてきた機密情報協力を「自由なネットワーク」として位置付けるなど、ポスト安倍を担う有力リーダーとしては、乱暴な論理が目立つ。
西側情報網を「自由なネットワーク」と呼ぶのを聞いたら、くしゃみをこらえている人物がいるはずだ。元米国家安全保障局(NSA)局員のエドワード・スノーデン氏(ロシアに亡命中)である。彼は2013年6月、「米政府は中国を含め世界中のあらゆる通話、SMS、メールを秘密裏に収集している」と告発。日本政府に対しても「監視システムを譲渡した」と暴露した。
中国封じ込めの前線拠点に
河野氏の発言については日本政府の正式決定ではないから、中国も公式反応はしていない。ただ中国の孔鉉佑駐日大使が8月18日、河野氏と40分間会談し、「共にアジアと世界の団結・協力のために然るべき貢献をすることを希望する」と述べたのは、対中強硬姿勢を暗にいさめたい意思がのぞく。
中国の軍事評論家、張召忠氏は中国版SNSに、
「日本が(ファイブ・アイズに)加われば“アジアの目”になり、中ロを監視することになる。日本は中国封じ込めの前線基地であるだけでなく、新冷戦における東方の拠点になる」
と警戒する投稿をした。
日本が実際に「ファイブ・アイズ」に入れば、中国は「対中敵視」として強く反発し、関係改善の動きがストップ、戦後最悪のマイナス成長に陥りそうな日本経済にも悪影響が及ぶだろう。過剰な対中依存を戒めるのはいいが、衰退に歯止めがかからなくなる事態は避けたい。勇ましいことばかり言っている場合ではない。
(文・岡田充)
岡田充:共同通信客員論説委員、桜美林大非常勤講師。共同通信時代、香港、モスクワ、台北各支局長などを歴任。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」を連載中。