繰り返しの時間スケールによってひとつひとつのイベントの体感時間が変わってくる。
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8月も後半を迎えた。いつの間にか、2020年の3分の2が終わろうとしている。
「2020年はあまりにも時間が経つのが早すぎでは?」
こう思っている人も多いのではないだろうか。
コロナ禍による自粛生活はとにかく退屈で、もとのように外出できる日がくるまで随分と首を長くして待ったというのに……なぜ、こうもあっという間に時間が過ぎてしまうのか。
この疑問を「時」の専門家にぶつけてみた。
「体感時間」を左右する5つの要素とは?
体感時間と実際の時間には「ずれ」が生じることは多い。その疑問を専門家に聞いてみた。
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「大人の時間はなぜ短いのか」などの著書で知られる千葉大学の一川誠教授は、
「心の中にある時計が、さまざまな要因によって進み方を変えるため、体感時間(人間が感じる時間)と実際の時間がずれてしまう」
と、その原因を語る。
時間の進み方のずれは、いわゆる「錯覚」と似ている。
実際には1時間経過しているのに、体感時間で30分程度しか経っていないと「時間が早く流れた」と感じるし、逆に体感時間で1時間30分程度だとすると「時間が遅く流れている」と感じる。
では、この体感時間のずれは、何によって左右されるのだろうか。
一川教授によると、体感時間の決め手として代表的な要素は、
・「体験するイベントの数」
・「繰り返し」
・「知覚する刺激の量」
・「代謝」
の5つだという。
「時間への注意」が体感時間を引き延ばす?
何かに夢中になっているときには時間への注意が向きにくいため、「楽しい時間はあっという間」に過ぎるという。
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一つ目のポイントとなる「時間経過への注意」とは、「集中力の有無」とも言いかえられる。
一つのことに集中していると、時間はあっという間に過ぎてしまう。一方で、たとえば退屈な会議など、集中力が続かないような時間は長く感じられる。
これは、体感したことがある人も多いだろう。
一川教授はその理由について、
「退屈していると、何度も時計を見てしまいますよね。これは時間経過に注意が向いている状態です。こうなると時間を長く感じやすいのです」
と話す。
緊急事態宣言下での自粛生活中、予定のない休日は退屈で、以前のように外出したり娯楽を楽しんだりできる日々がいつ戻ってくるのか、見通しもなかなか立たなかった。
「先の見通しが立たないことで、どうしても時間経過に注意が向きがちになります。だから、自粛生活から脱出できる日は待ち遠しく、期間終了までの時間は長く感じられたのではないでしょうか」(一川教授)
「繰り返し」によって、時間があっという間に過ぎてしまう
今年は夏祭りや花火大会などのイベント事は軒並み中止となった。印象的なイベントが少なくなったことで、体感時間が短く感じられるようになったのかもしれない。
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「体験するイベントの数」と「繰り返し」は、表裏一体の要素として体感時間に影響を与えている。
一般的に、今まで経験したことのない「新しいこと」をたくさん経験したときには、振り返ったときに時間が長く感じられる傾向がある。
1日の中で新しいことを経験すると、そもそも、その事柄が記憶に残りやすい。
私たちは、一定の期間に起きた出来事を多く記憶しているほど、その期間が長かったと認識する傾向がある。
そのため、新しいことをたくさん経験し、記憶される出来事の数が増えるほど、同じ1日でも振り返ったときに「より多くの時間をかけた」と錯覚し、体感時間が長く感じられることになる。
なお、この傾向は大人よりも子どもの方が顕著だといわれている。
子どもの遊びの中には、大人にとって単調な繰り返し作業のように思えてしまうものも多い。子どもと遊んだあと、振り返ると「何もせずに1日が過ぎてしまった」という感じたことのある人も多いのではないだろうか。
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この現象と対照的なのが「繰り返し」だ。
たとえば、毎日繰り返される「食事」もある意味イベントといえる。
ただし、日々の食事にはなかなか新鮮味を感じにくい。
こういった出来事は、1日を振り返ったときにも思い出しづらく、食事中に色々なことがあったとしても、時計の針が進んだ割にひとまとめのイベントとしてしか記憶に残らない。
そのため、体感時間が短くなり、繰り返しが多い日々を振り返ると、時間があっという間に過ぎてしまったように感じてしまう。
ただし、1日、1か月、1年と、繰り返しの時間スケールによって体感時間に及ぼす影響は異なる。
お祭りやクリスマス、お正月といった年中行事は、毎年繰り返されるイベントだ。しかし、年に1回となると間隔があくため、繰り返されても、まだ新鮮味のある「印象的なイベント」「待ち遠しいイベント」として認識されることもあるだろう。
その人にとって待ち遠しいイベントであれば、イベントが開始されるまでに時間に注意を向けることも多くなるため、時間を長く感じさせる効果があるといえる。
大人の時間は、なぜ短いのか?
大人になると代謝が低くなるため、時間が過ぎるのが早いと感じる人が多くなる。
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さらに、「知覚する刺激の量」も体感時間を左右する。
たとえば、明るい場所や広い場所、うるさい場所にいるときなど、知覚する刺激の量が多いときには、時間が長く感じられることが知られている。
逆に、静かな場所や狭い場所、暗い場所にいるときは刺激の量が少なく、時間が短く感じられるのだ。
同じカフェで休憩するにしても、明るく吹き抜けのある広い空間にいるときの方が、長い時間を過ごせた気になるといえるだろう。
また、「代謝」も体感時間を左右する要素の一つだ。
代謝が激しいと体感する時間が早く進む(体感時間が長い)ため、思ったよりも時間が経過していないことが多くなる。逆に代謝が低いと体感する時間が進む速度が遅くなる(体感時間が短い)ため、時間が経過するのが早く感じられる。
人の代謝は、1日のうち起床後・午前中は低く、昼過ぎに最も激しくなってから徐々に下がっていく。そのため、午前中は時間が早く過ぎてしまうと感じやすく、午後の時間は長く感じやすい傾向にある。
大人になると、子どものころに比べてあっという間に時間が過ぎてしまうと感じる人は多い。これは大人の方が子どもよりも代謝が低く、1年で体験する新鮮なイベントも少ないからだと考えると、腑に落ちることは多い。
なお、体感時間に影響を与える5つの要素は、あくまで代表的なものだ。このほかにも体感時間を左右する要素はいくつも存在する。
いつもと違う、コロナ禍の時間感覚
『大人の時間はなぜ短いのか』などの著書で知られる千葉大学大学院人文科学研究院の一川誠教授。
本人提供
緊急事態宣言下の自粛生活やテレワーク中心の「新しい生活様式」は、体感時間にどう影響を及ぼしたのだろうか。
時計メーカーのセイコーホールディングスが6月10日に発表した「セイコー時間白書2020」には、「新しい生活様式」の影響とみられる興味深い調査結果があった。
この調査によると、リモートワーカー(テレワークをする人)の7割以上が「時間のメリハリをつけにくい」と回答(リモートワークしていない人では6割)。さらに、リモートワーカーは、リモートワークをしない人よりも時間の経過を早く感じる傾向にあった。
リモートワーカーは、生活にメリハリを感じにくい傾向にある。また、仕事・生活ともに、「時間の経過が早い」と感じる割合も高かった。
出典:セイコー時間白書2020
「これらの結果はテレワークの影響を受けていると思われ、興味深いです」(一川教授)
振り返ったとき、なぜ時間が早く過ぎ去ったと感じてしまうのか。
「時間白書にある通り、テレワーク中心で休日にどこかに外出することもないという生活は、通勤していたときよりも1日や1週間のメリハリが少なくなる。自粛期間中は何も心に残るようなイベントがなかったため、充足感が足りません。これがあっという間に時間が過ぎたように感じた原因だと思われます。
さらに、テレワーク中心であまり外出しないとどうしても運動量が減るため、代謝が低くなる傾向にある。これらの要素によって時間が短く感じられるのではないでしょうか」(一川教授)
既に3分の2が終わろうとしている2020年。
例年より早く時間が経過しているような感覚は、まだしばらく続くのかもしれない。