「大黒湯」3代目店主の新保卓也さんは、姉妹店「黄金湯」を大胆に生まれ変わらせた。
撮影:大塚淳史
東京スカイツリーのお膝元である東京・墨田区で8月22日、老舗銭湯「黄金湯(こがねゆ)」が改装を終えて再オープンする。
新しくなった黄金湯は、種類豊富な湯、90〜95度のサウナ、水深90センチの大型水風呂を誇るが、それ以上に話題になりそうなのが、大胆な設計。建物入り口にビアバー、DJブースがあるのだ。
また、むき出しのコンクリート壁の内装は著名デザイナーが手掛け、浴場では人気漫画家が描き下ろした絵巻物風の銭湯絵が客の目を楽しませる。
階上には簡易宿泊所やコワーキングスペースを後に開業するという。
8月22日にリニューアルオープンする東京都墨田区にある銭湯「黄金湯」。地下鉄・JR錦糸町駅から徒歩約10分、地下鉄・押上駅から徒歩約10分。
撮影:大塚淳史
下町にあるごく普通の銭湯だった黄金湯を魅力的に生まれ変わらせるべく奮闘したのが新保卓也さん。近隣の姉妹店「大黒湯」の3代目で、妻の朋子さんと共に一大事業に取り組んだ。
街から銭湯がどんどん消えていく中、なぜ費用のかかる大幅な改装を行ったのか。新保さんには、銭湯文化を次世代に残していきたいという強い思いがあった。
「銭湯を一つでも多く残したい」老舗店主の挑戦
(※↑は黄金湯の改装前外観)
黄金湯があるのは、錦糸町駅から徒歩10分ほどの場所。駅周辺には数店舗の優良サウナ店が軒を連ね、銭湯も多く残る激戦区だ。
その中でも黄金湯の歴史は古く、開業は今から88年前にさかのぼる。
近所に住む筆者は改装前から何度も黄金湯を訪れていた。特段目立った特徴があるわけではなかったが、店主の老夫婦が番台に座っている姿が印象深かった。
そんな老店主が「高齢で体力的に厳しい」と、黄金湯を閉める話が2年前に持ち上がった。来店者数が1日あたり100人を切ることも多く、水道光熱費がかさむ中で営業継続は難しい状況だった。
歴史ある黄金湯の灯を消すのは惜しい。そんな思いから手を上げたのが、近隣の老舗銭湯「大黒湯」店主の新保さんだった。
「銭湯を一つでも多く次の世代に残したいという思いで大黒湯をやっているので、ここも継がさせて頂こうと経営権を譲渡して頂きました」
ただ、銭湯は先行きの厳しい業界だ。
東京都浴場組合によると、1937年には約2900軒(組合員名簿ベース)の銭湯が都内にあったが、戦争の影響で減少。東京大空襲(1945年3月)で約400軒まで落ち込んだが、戦後は再び増加に転じた。
ピーク時の1968年には2687軒となったが、そこからは減少の一途。2020年7月末時点で506軒に。都内では、いまも毎月数軒ペースで銭湯が消えている。
にも関わらず、なぜ新保さんは2店舗目の経営に挑んだのか。その裏には、新保さんがこの8年で、大黒湯で得た経験があった。
経営難の実家「大黒湯」8年で蘇らせた奮闘
東京都墨田区の大黒湯は、オールナイト営業など斬新な取り組みをするなど、今や人気銭湯だ。
撮影:大塚淳史
幼い頃から、大黒湯の湯船に毎日つかって育った新保さん。当時は後を継ぐことなど意識もしておらず、逆にいつも客と一緒につかっていたこともあり、「家での一人風呂」に憧れた。しかし、社会人として働き年を重ね、外から銭湯を見ていく中で、実家の銭湯経営に関心を持つようになった。
起業してリサイクルショップを営んでいた新保さんだったが、父の病気をきっかけに、実家の「大黒湯」を急きょ継ぐことになった。8年前のことだった。
「妻にはやりたそうな表情してたよと言われました(苦笑)。顔には出したつもりはなかったのですが」(新保さん)
ただ、銭湯の経営を引き継ぐのは簡単ではない。当時の経営状況は、決して良いものではなかったからだ。
「1日の来店者数は120人ほどで、採算ラインは120、30人。それも家族経営でやってのラインです」(新保さん)
妻の朋子さんと二人三脚で経営改革に挑んだ。
まずは人を呼び込むため、近隣地域や墨田区の人に銭湯の存在を知ってもらおう。銭湯のホームページやTwitterでの発信、メディア露出に取り組んだ。銭湯自体の魅力もアピールした。日替わりの「薬湯」を始めた。
また、2014年に行ったリニューアル工事で、銭湯では珍しい大きな露天風呂も設けた。
こうした取り組みで、大黒湯の存在は次第に注目されるようになった。
写真家の蜷川実花、バーチャルアイドル・初音ミク、熊本県のご当地キャラ・くまモンなど、話題を呼ぶコラボレーションイベントも実施できた。
最近もテレビ番組や雑誌のグラビア撮影のロケ地としても使われている。
「銭湯は“喧嘩しないツール”で、異業種と繋がりやすい。そのことを大黒湯を通じて学びました。(ロケ地やイベントの依頼も)やみくもに受けているわけではありません。判断の基準として、銭湯文化のためになるのであればというラインを決めています」
オールナイト銭湯で客足伸ばす
さらに新保さんが3年前から大黒湯で取り組んでいるのが営業時間の延長だ。
それまでは深夜0時で営業を終えていたが、翌朝10時まで営業する「オールナイト銭湯」サービスを始めた。
深夜遅くに仕事を終えた人たちからも支持され、さらに客足を伸ばしていった。
若い世代の客層の増加も、大黒湯の繁盛を後押しした。
「銭湯文化を新しいモノとして捉えて、『銭湯っていいよね』と見直してくれ、来てくれます。サウナブームもすごいですね」(新保さん)
新型コロナ禍前には、平日で1日平均600人。土日は平均800人の客を集めるまでに。その人気は海外にも及んだ。
「海外の旅行雑誌や、飛行機の機内誌でも紹介されていたそうで、客の1割は外国人観光客でした」(新保さん)
銭湯商売でしっかり利益を出せるようになり、新たに正社員とアルバイトも雇えるようになった。
「利益を出さないと次の世代に(銭湯を)残せません。例えば、私の子どもが継いだとしても、利益がでないなら、こんなつらい商売はやらないでしょう。毎日、地味に同じ掃除をして、同じ綺麗さを保ち、営業時間中も掃除する必要があります。お客様に綺麗なものを提供したいですから」(新保さん)
さすがに、コロナ禍で緊急事態宣言のあった頃は客数は4割ほどまで減り厳しい状況だったが、現在は7〜8割まで回復している(※公衆浴場は国から営業要請が出た数少ない業種の一つだ)。
若いスタッフの感性を活かした黄金湯の活用
大黒湯で実績を残したことは、黄金湯でも役立った。
改装工事前、黄金湯は古びた普通の銭湯だったが、それでも大黒湯とはまた違ったアプローチで、手応えを得た。若いスタッフたちの感性を取り入れ、音楽好きのスタッフは中古レコードのフリーマーケット「レコード市」を企画し、店で定期的に開催していた。
「(黄金湯周辺の)下町に住むお年寄りがレコードで育っている。最近は若い人の間でもレコード好きの人が増えていたこともあって、黄金湯を通じて(異なる世代が)繋がっていきました」
新型コロナでコスト増直面も、クラファン通じて常連客たちから650万円
麦飯石を活用したサウナ室は90〜95度の設定で、体感120度になる。
撮影:大塚淳史
手応えを得たが、一方で、施設の老朽化は如何ともしがたい状況だった。ボイラーや水道管は既にボロボロ。水が出ないカランもあった。そこで黄金湯も客に楽しんでもらうためにも全面改装を決断した。
計画を建て、今年2月から始まった改装工事だったが、そこに新型コロナが襲いかかった。
工事の具材が届かず、作業ができない。工期も延長し、コストはどんどん上がっていった。かなりの金額が追加で必要となり、急きょクラウドファンディングで資金を募った。
すると、大黒湯や黄金湯の常連客を中心に多くの支援が集まった。5月から約2カ月に渡ったクラファンは、当初の目標額300万円をはるかに上回る約650万円に。支援者数は1034人にのぼった。
「(工費増が)結構きつい額でしたが、クラウドファンディングのおかげでカバーさせてもらいました。クラファンに寄せられたメッセージに、『頑張ってね』『いつも利用しています』と。胸が熱くなりました……」(新保さん)
当初の完成予定だった6月から遅れること2カ月。黄金湯は8月22日に再オープンへとこぎ着けた。
壁上部にある絵は、漫画家ほしよりこさんによる、黄金湯を題材にした絵。男性側の右端から女性側の左端まで巻物風に描かれている。
撮影:大塚淳史
新生・黄金湯は視覚でも楽しめるように内装デザインも各所こだわった。
コンクリートづくりの内装は東京・清澄白河にある「ブルーボトルコーヒー」日本1号店の建築設計で知られる長坂常さんが手がけた。
浴場の銭湯絵は『きょうの猫村さん』知られる漫画家ほしよりこさんが描き下ろした、黄金湯をストーリー仕立てで描いた絵巻物風イラストだ。通路の壁にもさりげない落書きが描かれている。
「色んなデザイナーたちが関わって、美術館のようです」と新保さんも喜ぶ。
入り口にはクラフトビールが飲めるビアバー、音楽イベントも行えるDJブースも設置し、銭湯以外にも楽しめる仕掛けを作った。
黄金湯の入り口にある、ビアバーとDJブース。クラフトビールが飲める。
撮影:大塚淳史
当然、湯やサウナにも力を入れた。一から作り直した。以前は水風呂もサウナもなく、2種類の湯しかなかった。今回、3種類の湯、2種類の水風呂、そしてサウナを新たに作った。
サウナには熱効果があるという麦飯石(ばくはんせき)を用いた。水風呂の一つは、水深90センチと都内屈指の大型。「こだわりました」(新保さん)と来客者が楽しめるようにした。
ただ、さすがにこれだけ改装を施せば、当然費用はかかる。
「さすがに言えませんが、とんでもない額でした(苦笑)」(新保さん)
改装前の黄金湯から残したものの一つが、この下駄箱。木札の裏には、クラウドファンディングの支援者の名前が入る。
撮影:大塚淳史
今や銭湯での働くことが若者の間で興味が高いという。今回、黄金湯でのアルバイトと正社員の募集では100人近く応募がきた。大半が若者だったという。
撮影:大塚淳史
それにしても、新保さんはなぜ、黄金湯の改装にそこまでの大金をかけたのか。
「私の思いとして、50年先、次の世代まで繋がることができる銭湯をどうやって作ったらいいのか。そもそも継ぐ、後世につなぐといったところで、世間が良いと認めてくれないと利用してもらえません。世間様が、ここだったら残ってもいいよ、というものを作りたかった」
銭湯は年々減少し、東京都内では最盛期の5分の1ほどになった。
撮影:大塚淳史
今後は、黄金湯と大黒湯のコラボも考えている。
黄金湯の2階はまだ準備中だが、コワーキングスペースや簡易宿泊所ができる予定だ。
最後に、新保さんは銭湯の良さをこう表現してくれた。
「銭湯は健康や衛生のためだけでなく、リラックスできるエンタメ要素も多くなっている。都会のごみごみしたところから、異空間にいく感覚で、湯船や外気浴で頭をリセットしてほしいですね」
新保さんは、奥さんと二人三脚で黄金湯改装に取り組んだ。奥さんが黄金湯の店主として番台に立つ予定だ。
撮影:大塚淳史
(文・大塚淳史)