横浜銀行「はまPay」のiD対応にみる地銀の悩みと未来…“コード決済の敗北”ではない

はまPay iD

8月20日より開始されたモバイル決済アプリ「はまPay」でのiD決済サービス。

撮影:鈴木淳也

地銀大手の横浜銀行が8月20日、これまで独自提供していたコード決済サービス「はまPay」アプリをアップデートし、「iD」によるタッチ決済に対応した。

一見すると“iDの軍門に降(くだ)った“という構図にも見えるが、関係者の話を聞くと、横浜銀行が新たに考える新時代の地域振興の視点が見えてきた。

利用者の利便性向上を目的に“iD対応”を決断

今回はまpayが対応したiDは、ソニーが開発した「FeliCa」(フェリカ)をベースとしたNTTドコモの非接触決済サービス。Androidスマートフォンのおサイフケータイとして使えるほか、最近ではApple Payの決済機能の1つにもなった。

はまPayは、横浜銀行の口座利用者向けに2018年末からサービスを開始。GMOペイメントゲートウェイ(GMO-PG)が提供する「銀行Pay」に参画しており、銀行Payに参加する他の地銀やゆうちょ銀行のQRコード決済サービスとの相互乗り入れが可能だ。

例えば、同じく銀行Payに参加する福岡銀行の「YOKA!Pay」で支払いができる福岡県内の店舗で、はまPayが使える…といった具合だ。

島山幸晴氏

横浜銀行デジタル戦略部決済ビジネス戦略室室長の島山幸晴氏。

撮影:鈴木淳也

現在、銀行Payを起点にQRコード決済サービスを提供する金融機関は全国で9行。対応店舗は合計で15万店にのぼるという。

一方で、iDの加盟店舗数は114万。FeliCa系決済サービスでは最多だ。はまPayなど、各地銀のカバーエリアで局所的なものを含む銀行Payと比べて、全国区で利用できる。

横浜銀行デジタル戦略部決済ビジネス戦略室長の島山幸晴氏は、はまPayアプリ上でiDに対応できるようにした経緯について、「利用者の利便性を高める」ために、1つのアプリ上で複数の決済方式に同時対応したと説明する。

“銀行Pay”の実態と地域振興

はまPay

iD対応でリニューアルをうたう「はまPay」。

出典:横浜銀行

全国区のメガバンクと比較すると、地銀が対象とするのは地域の中小企業や、そこで生活する人々だ。超低金利が続く昨今、銀行の収益源は狭まりつつあり、特に地銀は「淘汰の時代」が到来し、生き残り策の模索が必須となりつつある。

地銀にとって重要なのは、地元企業の活動を支援しての地域振興だ。ここ数年登場している独自のキャッシュレス決済サービスや地域ポイントサービスは、経済活動を活性化し、地域にお金が循環するサイクルを作るためのツールとなる。

はまPayもそうした思惑から登場したサービスだ。加盟店は横浜銀行が開拓しつつ、いかに便利なアプリを利用者に提供し、これら地域企業に送客できるかが重要だ。

便利なサービスであると利用者と地域企業の双方が認識できれば、利用者数と加盟店数は増える。結果として横浜銀行の口座利用者も増える。

この口座利用者やアプリを通じたさまざまな施策も展開可能になり、将来的な展望が開けるという流れだ。

横浜のみなとみらい地区

横浜銀行本社のある、横浜のみなとみらい地区。横浜市を中心に関東南部エリアを地銀としてカバーしている。

撮影:鈴木淳也

とはいえ、QRコード決済のベースとなっている銀行Payの仕組みだけでは利便性を訴えるのは難しいのが現状だ。

加盟店数の少なさもさることながら、島山氏によれば「もともと地銀同士は相互に連携しておらず、銀行Payにおいても地銀の利用者がゆうちょ銀行の利用できる場所で決済したり、逆にゆうちょ銀行利用者が地銀の場所で決済しているというのが実態」と明かす。

おそらくはiD以上に普段使いの店で支払えるということはないように思える。

だが、iD一辺倒になるのかといえば、それは否定している。

我々が積極的にiDの加盟店を開拓することはないし、あくまで利用者の利便性向上を狙ってのもの。一方で、我々が取引をしているような地元の中小小売店ではiDのような専用の決済端末を必要とするサービスを導入するのを重荷に感じるところもあり、そういった部分ではまPayを開拓していきたい」(島山氏)

ATMは将来的にスマホアプリにシフトしていく

東急電鉄の券売機

渋谷駅にある東急電鉄の券売機。

撮影:小林優多郎

一方、横浜銀行のATMに対する考え方もユニークだ。

東京から神奈川にかけてのエリアに路線網を持つ東急電鉄は、はまPayとゆうちょPayのアプリがあれば、駅の券売機からスマートフォンで現金を引き出せるサービスを提供している。

国土の広さに比して人口密度が少ない諸外国の一部などでは、ATMを設置する代わりに、スーパーやドラッグストアなど地元商店で銀行口座から現金を引き出せるサービスを提供していたりする。

2020年7月、セブン銀行ATMの設置台数が大手銀行のすべてのATMの合計を上回ったことが話題になったが、効率化のために支店や銀行ATMの縮小が今後見込まれるなか、コンビニATMを含む代替サービスが多数登場してくることになるだろう。

東急 キャッシュアウト機能

東急電鉄が提供している、券売機でスマートフォンを使って銀行口座からの現金引き出しが可能な「キャッシュアウト」サービス。

撮影:小林優多郎

はまPayアプリもその代替手段の1つだ。

銀行口座直結で店舗での支払いができるため、ATMに立ち寄っての現金引き出しは最小限でいい。

銀行Payの基本機能として、前述の東急電鉄で提供している「キャッシュアウト」のほか、払い込み用紙のバーコードを読み込んで直接支払いできる「払込票支払い機能」などが用意されている。

今後は銀行口座に直結したアプリがあれば、多くのことは銀行ATMを利用せずとも済むようになる。そうなると「ATMの利用が減ることで手数料収入も減るのでは?」という疑問も出てくる。

東急 キャッシュアウト機能

ATM外での利用が増えれば、ATM手数料の収入は減ってしまうのではないか。

出典:東急

島山氏は「銀行ATMの利用が減れば、それだけ設置台数も減っていく。ATM自体の設置維持費もあるので、将来的に損益分岐点を見計らって判断することになるだろう。方向感としては『現金を使って稼ぎましょう』というのは違うと考えており、キャッシュレス決済を推進していく上で、全体での収支採算性を考えていきたい」と語る。

むしろ、はまPay自身の機能性を強化し、利用者により活用してもらうことが重要で、ビジネスモデルはその先にあるという考えだ。

都市部のキャッシュレス普及は、あとは“きっかけ”だけ

横浜銀行

横浜銀行のウェブサイト

出典:横浜銀行

横浜銀行は、地銀の中でも福岡銀行などと並んで先進的な取り組みで広く知られている。地理的条件や銀行の規模からも、メガバンクや都市銀行に近い性格を持っている。

神奈川県自体が横浜を中心とした経済圏を築いているのみならず、東京都心部のベッドタウンという位置付けにあり、ほぼ東京の一部といってもいい。

東京駅の改札機

都心の改札口で見られるような光景は、地方都市では見られない(写真はイメージです)。

撮影:竹井俊晴

ゆえにキャッシュレス決済の面でも「Suica」や「PASMO」といった交通系ICカードの利用が多く、それに準じてiDや「QUICPay」といった他の決済手段を利用する層も多く、クレジットカードが利用可能な店舗も多い。

神奈川県においては、キャッシュレス決済が普及する素地はすでに存在しており、あとは“きっかけ”だけというのが筆者の考えだ。

鹿児島市内にも見る「地方のキャッシュレス」

よかど鹿児島

「よかど鹿児島」という鹿児島市内の商業施設では「キャッシュレス決済のみが利用可能」となっている。

撮影:鈴木淳也

一方で、地方都市はその限りではない。交通系ICカードの利用はほとんどなく、現金の代替となる決済手段もほとんど普及していない。クレジットカードが使えることもあるが、そこまで多いわけでもない。

最近では、PayPayがそうした空白を埋めるべく加盟店の営業攻勢を続けているが、「キャッシュレスを通じて地域振興」の難易度は横浜銀行に比べても高いと推察する。

先日、鹿児島銀行本店の入る鹿児島市内の「よかど鹿児島」という複合商業施設を訪問した。

オープンしたばかりのこの施設では「キャッシュレス決済のみ可能」という趣向が凝らされており、現金での食事や買い物は一切できない。

ファミリーマート

「よかど鹿児島」内ではファミリーマートでさえキャッシュレス。他の店舗ではない「Payどん」での決済が可能で、実際に店員に質問しつつ初めてこのサービスを利用する買い物客を見かけている。

撮影:鈴木淳也

クレジットカードや電子マネーを持つ人であれば問題ないが、そうした手段を持たない人には鹿児島銀行の「Payどん」アプリが提供される。銀行口座直結で、鹿児島銀行の口座とスマートフォンさえ持っていれば誰でも利用できる。

Payどんはコード決済アプリだが、銀行Payには参加しておらず相互運用はされていない。天文館という鹿児島市の中心街区に面したこの商業施設は市内唯一の百貨店「山形屋」に隣接しており、定期的に買い物客がやってくるという。

おそらく多くの来訪者は鹿児島銀行の口座を持っているとみられるが、そうした客らに“キャッシュレス決済”と“Payどん”という存在を知ってもらうきっかけを提供するのが“現金お断り”の理由とみられる。

その先は、横浜銀行が描く未来図と同じで、Payどんを実際に体験して利用者を増やしつつ、鹿児島銀行自身が加盟店営業をすることで導入店舗を増やし、地域経済をまわすエンジンにしたいという試みなのだろう。

実際、天文館でもいまだ現金オンリーの店舗は少なからず存在しており、今後こうした試みがさまざまな地方で実践されていくことになるのかもしれない。

(文・鈴木淳也


鈴木淳也:モバイル決済ジャーナリスト/ITジャーナリスト。国内SIer、アスキー(現KADOKAWA)、@IT(現アイティメディア)を経て2002年の渡米を機に独立。以後フリーランスとしてシリコンバレーのIT情報発信を行う。現在は「NFCとモバイル決済」を中心に世界中の事例やトレンド取材を続けている。近著に「決済の黒船 Apple Pay(日経BP刊/16年)」がある。

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