入社後すぐにテレワークで一体感を持てない、会社のコロナ対応に幻滅したなど、2020年4月入社の転職意欲は、不況でも強い。
撮影:今村拓馬
新型コロナ禍の2020年4月に入社した若手社員で、すでに転職活動を始めている人、転職を考えている人は珍しくない。
終身雇用を前提にしていないキャリア観に加え、入社後すぐにテレワークが始まったために一体感を持てない、会社のコロナ対応に幻滅したなど、コロナ禍の特殊な環境で働くことにより、さらに違和感が強まっているようだ。
ずっとこんな仕事でいいのか不安
「4月の時点から転職するつもりで働いています。すでに転職サービスに登録して転職相談も何度かしています」
都内の有名私立大をこの春卒業したトモキさん(23)は、コロナ真っ只中の2020年4月に、人材サービス系の企業で社会人生活をスタートさせた。
人材に関する仕事と言いながらも、トモキさんの配属は、人材サービス支援先の建築現場での施工管理。当初は「力仕事はない」と言われたものの、現場に出れば資材を運ぶなど建築仕事もやらざるをえない。
「雑用ばかりやっています。この先のキャリアを考えると、ずっとこんな仕事をしているのが不安です」
配属された時点から違和感はあったが、当初は「続けたら魅力があるのかも」と思おうとした。
しかし20代後半や30代の先輩を見ても、同じようなことをやっているように見える。
在宅勤務、話題にもならず
コロナのような危機に会社がどう向き合っているかを、若手社員は見ている。
撮影:今村拓馬
さらに、トモキさんの「これでいいのか」という気持ちに追い打ちをかけたのが、会社のコロナ対応だ。
社会全体が自粛ムードに包まれた5月も、これまでになくいろんな企業が在宅勤務へと移行しているのに、トモキさんの勤務先では当然のように現場に向かう毎日が続いた。在宅勤務が話題になることすらなかった。
3月の入社研修の時には10数人いた同期とも、特に連絡を取ることはないという。
毎月の給料は額面で30万円近くあり「新卒ではいい方」(トモキさん)だと感じていたが(賃金構造基本統計調査で大卒男性の初任給は月額21万2000円)、入社してからボーナスがないことを初めて知った。
年収に換算すれば300万円台で、突出しているとは思えない。現場の仕事は週末の稼働も多く、休みは平日になりがちだ。
「プログラマーなど手に職をつける仕事に転職したい」と、平日休みを転職活動にあてて、3カ月余りが過ぎている。
身につけたことを次に活かせると思えない
GettyImages
ユイカさん(23)は2020年4月に入社した会社を、コロナ禍のさなかの5月末に辞めている。
もともと都内の私立大学で写真を学び、フォトグラファーを目指していた。2019年に学内で開かれた企業説明会に参加し、Eコマースの会社のカメラマンとして採用された。
しかし、実際に働き始めてみると「いろいろと聞いていたのと違った」。
「入ってみたら万年人手不足で、撮影の仕事はほとんど外注。社員には回って来ない。新人は部署に数人いたのですが、面倒をみる余裕はないようでした」
カメラマンというより撮影スタジオのマネージャーのような仕事をいきなり任され、午前9時台から午後8時過ぎまで働いた。土日や祝日の出勤が多く、平日休みなので彼氏や友だちと休みが合わない。
「ここで身に付けたことを次に活かせる可能性がない。ワークライフバランスもなくて結婚や子育てを考えると両立はとても無理」
そう感じた。
年収は240万円程度で、税引後の手取りは月額18万円。はっきり言って生活にも余裕はない。4月は毎日残業だったが、みなし残業で残業代も定額支給だった。
コロナ禍でもみんなでお昼、の違和感
極め付けがコロナの対応だ。
「撮影の部署なのでまず在宅勤務がない上に、マスクをしている人がそもそも少ない。アルコール消毒などの用意もありません」
しかも、緊急事態宣言下でもお昼ご飯をみんなで囲んで食べる習慣があった。
「職場の人はみな優しいのですが、かえって(コロナ禍では危ないのではと)言い出せない空気でした」
5月の時点で、入社10年目ぐらいの先輩に「辞めます」と話をした。驚かれたものの「最初の説明が足りなかったんだね」とあきらめ顔だった。
いきなり退職を選んだのは「職場はスマホの持ち込みが禁止されていて、働きながらの転職活動は難しい」と感じたからだ。
20代の転職はこの数年で2.4倍超
出典:リクルートキャリア
2000年代には「若者の離職率は3年で3割」が話題になったが、現代はその比ではない。入社と同時に転職サイトに登録すると言われている。
リクルートエージェントの調査によると、2009~2013年度の転職決定者平均人数を1としたときに、2018年度時点で20代の転職は2.43倍にはっきりと増加している(上図参考)。とくに20代前半でみると増加はさらに顕著で、同期比3.82 倍にものぼる。
世の中がアベノミクスで好景気だったこと、若手社員が終身雇用制度の崩壊を肌身で感じているのと並行し、スマホの普及で24時間転職活動が可能になり、転職支援サービス自体も増加したことも大きい。
さらにコロナで企業はもとより、世界の混乱のさなかに社会人生活を始めた若手は「思っていたのと違う」「このままでいいのか」と考えてしまう傾向があるようだ。
人材紹介サービス「エン エージェント」では、2020年4月入社の登録数は2019年4月入社の同時期の登録数と比較し、1.3~1.4倍で推移しているという。
エンエージェントの藤村諭史マネージャーは言う。
「登録者が増えた理由は、(1)休業が続いていて会社の先行きが不透明(2)入社タイミングがテレワーク時で職場になじめないの2点が目立ちます」
自宅待機、退職勧告も
リモートワークが増え、自分の将来やキャリアに向き合う時間が増えたことは大きい。
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入社3年未満の「第二新卒」向け就職・転職支援サービスのUZUZも、2020年4月入社の相談者が途切れない。
「特に会社、業界先行きに対する不安から、経営基盤がもっと安定している企業を志望する若手からの相談が増えている。一方で企業から自宅待機、遠回しに退職勧告に近い話が出ている方もいますね」(UZUZ担当者)
相談者の7割以上が20代という「ゲキサポ!転職」を展開するポジウィルも、利用者は3月以降右肩上がり。相談の動機はコロナ前の「何となく転職しようかな」という動機よりもずっとシリアスだ。
「リモートワークで自分の将来やキャリアに向き合う時間が増えたことは大きい。さらに、店舗の閉店や会社の倒産、リストラなどのニュースを見て『明日は我が身では』と不安に駆られる方が増えています」
2020年4月入社の転職相談者に絞ってみると、目立つのはコロナ由来のもの。
「コロナの影響でリモートワークになったことで、上司とのコミュニケーション不足、教育環境の不備が効いているようです。仕事に行き詰まりを感じたり、将来に不安を抱いたりは多い」
求人数は前年比で3割減少、厳しい現実
求人数はコロナの影響が色濃くなった2020年1月以降、大きく減っている。
撮影:今村拓馬
ただ、こうして高まる不安や転職志向に対して、昨年までの好景気とは裏腹に、2020年は求人も大幅に減っており、転職市場は厳しさを増している。
パーソルキャリアの転職サービス「doda」調べでは、2020年7月の転職希望者1人あたりの求人数を示す転職求人倍率は、前年同期比マイナス0.87ポイントの1.61倍。求人数は前年同月比68.7%と3割超も落ち込んでいる。2020年に入ってから、コロナの影響がはっきり表れている。
前述のエンエージェントの藤村マネージャーは、高まる4月入社社員の転職意欲に対し、コロナ禍にある現実との乖離を指摘する。
「仕事もままになっていない中で成功体験を積んでいないため、採用したい企業はほぼなく、転職先が決まらないケースがほとんど。通例だと、最低でも半年は仕事に従事していないと(転職自体)厳しいのが現状です」
前出のトモキさんは、日々の仕事が忙しくなかなか転職活動にさける時間がない。
ユイカさんも、ワークライフバランスを重視して事務職で次の仕事を探しているものの、求人自体が減っており、現在は知人の紹介で業務委託で働いているという。
落ち込みは「すでに6月で底を打った」
中長期で俯瞰して見てみると、現在の雇用の落ち込みは、ここ数年続いていた好景気の前に戻った状況。
出典:リクルートワークス研究所
こうなると、コロナ禍に見舞われた2020年の転職市場は相当厳しく見える。それでは、バブル崩壊やリーマン・ショック級の冷え込みが、雇用の現場を襲っているのだろうか。
リクルートキャリアのキャリアアドバイザーで、20代の転職を担当する沖野沙代子さんは、2020年入社の転職市場をこう示す。
「確かに求人数は前年比で減少していますが、6月で底を打っています。コロナ前の好景気に比べて落ち込んではいますが、それ以前の水準に戻った程度。必要以上に悲観することはありません」
リクルートワークス研究所の調べでは、2021年3月卒業予定の大学生・大学院生対象の大卒求人倍率は1.53倍(6月調査)と、前年の1.83倍より0.3ポイント低下。10年ぶりに0.3ポイント以上下落した。
とはいえ、求人倍率が大幅に低下した2010年卒の時(前年比0.52ポイント低下)の落ち込みのレベルにはない。
求人倍率そのものは1.53倍を維持しており、バブル崩壊後の経済停滞期(2000年卒は0.93倍)やリーマン・ショック後の落ち込みを反映した時期(2012年卒は1.23倍)のような低水準とは話が違う。
また、人材市場の若手不足に変わりはない。
「過去に不況で採用抑制をした結果、年齢構成がいびつになった苦い経験が日本企業にはあります。雇用は遅行指数で、これから悪くなるという指摘も目立ちますが、構造的な人口減少の日本で、採用を止めることはリスク。
若手人材の争奪戦はグローバル化していることもあり、バブル崩壊やリーマン・ショックの後と同じことが起きるとは考えにくい」(沖野さん)
「根気がない」などと上の世代に受け止められがちな、入社早々の転職志向だが、コロナのような危機的状況のもとえ、より真剣に自分と向き合う流れがあるのも事実だ。
危機的状況だからこそ、よりシビアに会社を見極めているのは若手社員の方かもしれない。
(文・滝川麻衣子)