(出所)日本銀行「資金循環統計」より筆者作成。
コロナショックから経済を立て直すため、政府は第2次補正予算を閣議決定しました。一般会計の歳出総額は160.3兆円という空前の規模。新規国債発行額の見込みは実に90.2兆円です。リーマンショック時ですら52兆円(2009年度)ですから、コロナ禍が経済に与えたダメージがいかに大きいかがよく分かります。
と同時に、気になりませんか? 前回見てきたように、日本はすでに「異次元緩和」で将来のリスクが高まっている状態。そこへさらに大量の国債を発行して、日本銀行はいったいいつまで国債の買い入れを続けられるのでしょうか? 元日銀マンのエコノミスト・鈴木卓実さんに解説していただきます。
政府の負債はGDPの2倍以上
新型コロナのショックを緩和するため、2020年度は史上空前の政府予算が編成されました。まずは、これまでに政府がどれだけの負債を抱えてきたのか、その推移を確認しておきましょう。
一口に「政府の負債」と言っても政府や負債の定義はさまざまですが、ここでは一般政府(中央政府+地方政府+社会保障基金)の負債を取り上げます。負債の範囲は国債や地方債、借入などすべての金融取引を対象にしています。
(出所)日本銀行「資金循環統計」より筆者作成。
1989年(平成元年)の年度末の一般政府の負債は281兆円、中央政府の負債は211兆円でした。そこから負債は増加を続け、2019年度末(2020年3月末)の一般政府の負債は1322兆円、中央政府の負債は1122兆円にまで膨らんでいます。
2019年度のGDPは552兆円ですから、日本が1年間に生み出す付加価値の2倍以上の負債を抱えていることになります。
もちろん、負債だけでなく資産も考慮すれば、政府の財政状況をより詳しく見ることになるでしょう。とはいえ、政府が保有する実物資産のほとんどは道路や橋や政府施設とその土地。そう簡単に売却することはできません。そこで財政を分析する際は、金融資産・負債に絞って分析することが一般的です。
図表2をご覧ください。政府の金融資産・負債の差額を見て、資産より負債が多ければ(マイナスで表記されていれば)、金融資産を全部売ったとしても負債が残ることになります。
(出所)日本銀行「資金循環統計」より筆者作成。
1989年度末の、一般政府の金融資産・負債の差額は▲31兆円、中央政府では▲129兆円。これが2019年度末には▲708兆円(一般政府)、▲871兆円(中央政府)にまで悪化しました。
図表2から見て取れるように、社会保障基金の金融資産・負債の差額だけはプラスを保っています。しかし、年金には100年程度かけて少しずつ取り崩す計画のものなど、簡単には売れない資産も含まれています。
こうした事情を考慮して、社会保障基金の資産・負債差額を仮になかったものとして計算すると、2019年度末の一般政府の金融資産・負債差額は▲944兆円。GDP比では170%にのぼります。
ここまでが、2019年度末(2020年3月末)までの状況です。2020年度はここからさらにコロナ対応で歳出を増やす必要があります。となれば当然、負債もさらに増やさざるを得ません。
2020年度の予算は空前絶後の国債依存
では次に、2020年度2次補正予算後の一般会計における、歳出・歳入の状況を確認してみましょう。
歳出額は160.3兆円と、前年度の104.7兆円から50兆円以上増加しました。税収は63.5兆円。消費税増税が寄与して前年度より約3兆円増える見込みですが、コロナ禍で経済活動が抑制されていることから下振れもあり得るでしょう。
歳出が激増する一方、税収は伸び悩むため、大量の国債が発行される予定です。国債の発行額は、建設国債18.7兆円と特例国債(いわゆる赤字国債)71.4兆円を合わせて、実に90.2兆円にのぼります。
(出所)財務省「令和2年度補正予算(第2号)後の財政事情」より筆者作成。
図表3を見ると、2020年度は歳出も国債発行額も突出していることが分かります。
2008年にリーマンショックが起きた際は、景気後退・税収の減少に対応するため翌2009年度に52兆円の国債が発行されましたが、2020年度はそれを約40兆円も上回る国債が発行されることになります。
しかも、新型コロナが2020年度内に収束する保証はどこにもありません。税収の落ち込みは確実なので、2021年度も引き続き、高い水準で国債が発行されると見て間違いないでしょう。
さて、2020年度の国債発行額として「90.2兆円」という数字を先ほど挙げましたが、実は国債の発行はそれだけではありません。
90.2兆円という数字はあくまでも一般会計予算での新規国債発行額。それ以外にも、いまだ終わらない東日本大震災の復興予算に当てられる復興債、独立行政法人などに代わって国が資金を調達する財投債、そして「借金を返すための借金」である借換債が発行され、総額253.3兆円になります(図表4)。
(出所)財務省「令和2年度国債発行予定額(2次補正後)」より筆者作成。
貸す側、つまり国債を購入する金融機関からすれば、一般会計で発行される建設国債や赤字国債も、特別会計で発行される復興債や財投債や借換債も、国の信用に基づいて発行されている金融商品。区別はせずに一括りで考えます。
つまり、借りる側の政府からすれば、2020年度は253.3兆円の国債を金融機関に購入してもらわなければならないということになります。
それでもしばらくは大丈夫?
「そんな大量の国債を買ってもらえるの?」という疑問もあるかもしれません。その点については、当面は大丈夫そうです。なぜそう言えるのかお話ししましょう。
前回、国債市場特別参加者制度(プライマリー・ディーラー制度)について簡単に触れました。この制度は、プライマリー・ディーラー(PD)として入札に参加できるなどの資格を得る代わりに、次のような責任を負うというものです。
- 応札責任:すべての国債の入札で、相応な価格で、発行予定額の5%以上にあたる額を応札すること
- 落札責任:直近2四半期中の入札で、短期・中期・長期・超長期の各ゾーンについて、発行予定額の一定割合(原則短期ゾーン0.5%、短期以外のゾーンは1%)以上の額を落札すること
PDと財務省は、国債市場特別参加者会合の場で話し合います。年度を通じての国債発行計画や四半期ごとの国債発行計画について、財務省が説明し、それを受けてPDとの意見交換がなされながら、国債の年限や毎回の発行額など具体的な発行条件が決められていく——日本の国債発行の制度はこのような仕組みになっています。
例年であれば、11月に翌年度の発行計画が、3・6・9・12月には各四半期(3月であれは4-6月期)の発行計画が話し合われるという具合に、年5回開催されます。
ところが、2020年はコロナ禍による補正予算の影響で、3〜6月までで既に5回開催されています(新型コロナの影響で書面開催です)。これに加えて9月、11月、12月にも開催される予定なので、合計8回は確実です。それだけ慎重に市場の様子を見ながら、国債の発行条件を決めているということです。
日本銀行の国債買い入れ上限はもともと「80兆円」でしたが、コロナ景気対策の一環で、10年物国債金利がゼロ%程度で推移するよう、「無制限で」必要な金額の長期国債を購入できるようになりました。つまり、10年物までは日銀による国債の買い取り価格が事実上保証されているということです。
したがって、YCC(イールドカーブ・コントロール:短期金利から10年物までの国債金利を誘導する金融政策のこと。詳細は前回参照)のもと、PDは政府から国債を購入してすぐに日銀に売るという「日銀トレード」が成り立つため、国債の発行が容易です。
ただし、10年を超える年限の国債については、YCCによる日銀の買い取り価格が保証されていませんから、金利が上昇すると国債の価格は下がってしまいます。簡単に言ってしまえば、YCCを超えた長い年限の国債については、金利変動リスクが高いということです。
それだけ日銀ありきの市場ということですが、逆に言えば、日銀が買い支えている間は国債が発行できるということでもあります。
コロナ禍の景気対策の一環で、日銀は国債の買い入れを無制限に行えるようになった。ところで、その原資は?
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日銀が金融機関から国債を購入する場合、日銀ネットという専用端末を操作するだけで、原資を必要とせずに国債を購入できます。いわば“四次元ポケット”を持っているようなものです。
だからこそ、無限にお金を使いたい政府から独立しているのですが、もともと政府が借金まみれということもあり、日銀が国債を買い支えないと政府が借金を続けられないという状況になってしまっています(私はこれまで、勉強会などで「のび太くんに四次元ポケットを渡すな」という比喩で説明していましたが、2020年度の国債の発行総額が253.3兆円にもなった今、隔世の感があります……)。
国家財政の“危険水域”を測る2つの数字
では、いつまでも大規模な国債発行が続けられるのかと言えば、それは難しいでしょう。やはり国債の格付けの問題は無視できません。
日本国債がジャンク債扱いになれば、PDの半分を占める外資系金融機関は高い金利を要求してきますし、国債の格付けが下がれば、日本の金融機関が海外から資金調達(例えば、外貨の調達)をする際に、不利な金利が課せられます。
また、国債発行額に占める海外保有者の割合も気になるポイントです。なぜか?
「自国通貨建て債務はデフォルトしない」とまことしやかに言われることがありますが、カナダの中央銀行であるカナダ銀行のレポート「Database of Sovereign Defaults, 2017」によると、ロシアやブラジル、ベトナムなど多数の国が自国通貨建てでもデフォルトを経験しています。しかもここには北朝鮮など、政府が強権を発動できそうな国も含まれています。
つまり、自国通貨建てか外国通貨建てかは、決定的に重要なポイントというわけではないのです。仮に外国通貨建て債務であっても、自国通貨建て債務で資金調達して、その後で外国通貨に両替して払えばよいわけですから。
では、デフォルトするかどうかのポイントはどこにあるのでしょうか?
一言で言えば、政府が債務を踏み倒した方が得かどうかにあります。国家は「破綻する」というよりは「踏み倒す」ものなのです。
1998年8月、ロシアは通貨ルーブルの切り下げとデフォルトを発表してロシア通貨危機が発生。35歳の若さでロシア首相に就任したキリエンコ(写真左)は、在任期間わずか数カ月で解任された(写真右は当時の大統領エリツィン)。
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その一例がロシアです。ロシアが1998年に自国通貨建て債務をデフォルトした時は、海外保有率が50%と高かったので踏み倒しました。
債務返済のための借金を増やし続けると、利払いの負担もあって負債が雪だるま式に増えていきます。物価にも影響を及ぼしかねませんから、踏み倒してしまった方がいいと判断したのでしょう。海外の債権者なら国内で政治問題化しにくいという事情も、おそらくあるはずです。
このような事情はマーケット関係者や経済学者には知られていましたが、2020年に世界銀行の「Debt Intolerance(許容できない債務)」というレポートで定量的な分析が示されました。
同レポートによれば、(1)民間の海外投資家による国債保有が全体の20%を超えると金利が上昇するリスクが指数関数的に高まるとのこと。また(2)政府債務の対GDP比が60%を超えることも目安になるそうです。
では、日本はどうでしょうか?
日本の場合、政府債務の対GDP比はすでに239%。資産負債差額で見ても、十分に基準を超えてしまっています。海外の国債保有比率は徐々に上がっていて、目下14%。ここから海外の政府部門や中央銀行保有分を引くと9%程度になるようです(※1)。
まだ余裕がある水準とも言えますが、今の金利やPDの構成が続けば、やがて海外の債務保有比率が要因となって金利が跳ね上がる可能性も否定できません。もし金利が跳ね上がったら——1000兆円の負債を抱える政府の財政は多額の利払いで苦しむことになるうえに、貸出金利などにも幅広く影響するでしょう(詳しくは前回参照)。
(出所)日本銀行「資金循環統計」より筆者作成。国債は、国庫短期証券と国債・財投債の合計。
コロナ禍が落ち着いた後は……
経済学には「予言の自己成就」という考え方があります。もともとは社会学者のR・K・マートン米コロンビア大名誉教授が提唱した概念で、人々が何かを予想して行動すると、その予想が実現する可能性が高まるというものです。
銀行の取り付け騒ぎはその典型例ですし、生産能力も在庫も十分にあったトイレットペーパーがコロナ禍で品薄になったことも一例と言えるでしょう。
日本の財政を持続可能な状況にするには、海外にも疑念を抱かせず「日本は大丈夫」と信用してもらえるような財政状況にする、これに尽きます。
しかし日本の財政は、平成の30年間で健全化するどころか悪化の一途をたどってきました。その実情がどのようなものだったのか、財政制度等審議会がまとめた「平成31年度予算の編成等に関する建議」を読むと、次のような悲壮感に満ちた言葉が並んでいます。
「歴史的にみても、足下の債務残高対GDP比は、先ほど言及した第2次世界大戦末期の水準に匹敵している。平成という時代は、こうした厳しい財政状況を後世に押し付けてしまう格好となっている」
「財政にもまた『共有地の悲劇』が当てはまる。現在の世代が『共有地』のように財政資源に安易に依存し、それを自分たちのために費消してしまえば、将来の世代はそのツケを負わされ、財政資源は枯渇してしまう」
「言うまでもなく、税財政運営の要諦は、国民の受益と負担の均衡を図ることにある。他方で、誰しも、受け取る便益はできるだけ大きく、被る負担はできるだけ小さくしたいと考えるがゆえに、税財政運営は常に受益の拡大と負担の軽減・先送りを求めるフリーライダーの圧力に晒される」
「新たな時代においては、財政健全化どころか一段と財政を悪化させてしまった平成という時代における過ちを二度と繰り返すことがあってはならず、手をこまねくことは許されない」
このような状況を改善するためには、何よりも財政再建が急務です。しかしそれも、コロナ禍でいったん先送りになってしまいました。
コロナ禍を乗り越えた後、先々まで財政を持続させるには、残念ながら、これまで以上に政府に頼ることは難しくなりそうです。
産業界が頑張って景気を上向かせるにこしたことはありませんが、税率が一定ならGDPが1%増えても税収は1%程度しか増えません。そもそも日本の潜在成長率が1%弱ですから、経済活性化で状況を逆転させることは難しそうです。
となると、やはりまずは歳入と歳出のバランスをとる、つまり財政健全化を進めることが急務になります。今後、さらなる消費税増税と年金支給年齢の後ズレは避けられそうにないでしょう。
私たち個人ができることと言えば、こうした状況を見据えて、少しでも長く働けるように備えておくことです。社会人になっても勉強をやめず、健康管理に気をつける……身も蓋もないオチではありますが、自分の運命を他者に委ねず自分自身でコントロールすることが、これからを生き抜く一番確実な方法と言えます。
※1 「国債価格急落リスク、海外保有20%まで大丈夫?」(日本経済新聞、2020年7月20日)
(連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
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鈴木卓実:たくみ総合研究所・代表。エコノミスト、睡眠健康指導士。元日銀マン。新潟生まれ、仙台育ち。2003年、慶應義塾大学総合政策学部卒業。日本銀行にて、産業調査、金融機関モニタリング、統計作成等に従事。2018年、独立・開業。経済・金融や健康のリテラシー向上のため、セミナーや執筆等を通じて情報を発信。既存組織に属さないフットワークを活かし、ポジショントークのない活動を行う。