企業やビジネスパーソンが抱える課題の論点を、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にして整理する。不確実性高まる今の時代、「正解がない」中でも意思決定するための拠りどころとなる「思考の軸」を、あなたも一緒に磨いてみませんか?
参考図書は入山先生のベストセラー『世界標準の経営理論』。ただしこの本を手にしなくても、本連載は気軽に読めるようになっています。
過去3回にわたってお届けしてきた入山先生のオンライン読書会の模様は、今回でいよいよ完結。テクノロジーが飛躍的に進化した今、ビジネスにおける私たち人間の役割とは? 「仕事」の意味とは? いよいよビッグイシューに切り込みます。
デジタル空間でも共感を得られる人は強い
入山章栄先生(以下、入山):さて、大いに盛り上がっている読書会メンバーとのディスカッションですが、次はどのテーマを取り上げましょうか。Yさんはコンサルタントでいらっしゃいますが、最近はどんなことに関心がありますか?
Yさん(以下、Y):僕の関心事は、いまや経営戦略というものが現場で生まれるものになっている、ということです。
Y:そうなってくると経営者の役割は、人を生み出すとか、トランザクティブメモリー(自分がすべてを知っている必要はなく、誰が何を知っているかを知っていることが重要という経営学の考え方)のような、人と人とをつなげる媒介者になることではないかと思います。
ビジョンを語るとか、事業戦略を考えるといったことではなくて、もっと違う姿が求められるのではないでしょうか。
入山:そうですね。経営者は何でもできる「スーパー経営者」である必要はなくなる代わりに、「この人がいるから、この会社に共感できる」と思われるような、そういう人になっていくかもしれないですよね。
Y:私が勤めているのはコンサルティング会社ですが、社長はコンサルタントではないんですよ。副社長以下はみんなコンサルタントの経験者です。だからもしかしたら、うちの社長がすでにそうなのかもしれません。
入山:カレーの奥山さんどうですか? 今、すごく共感されたようにうなずいてらっしゃいましたが。
カレーの奥山さん(以下、カレーの奥山):YouTuberなどを見ていると、デジタル空間でも共感を得たり、ファンを得たりすることは可能だと思います。
編集部撮影
カレーの奥山:ということは、オンライン会議などを通じて社員から共感や支持を得られるような人が経営者として残っていって、「やってることはよく分からないけど、この人だったら一緒に働きたい」と思わせることのできる人のところに自然と組織ができていくのかもしれません。
それが「会社」という形をとるのかは分かりませんが、その組織がビジネスをやるようになるかもしれない。だから今という時期は、デジタルのツールで自分の考えを引き出す訓練をしている時間だと私は思っています。
入山:いま我々が問われているのは、デジタル上でその「共感」をどうやって引き出すかだということですね。ホリさんはいかがですか?
ホリさん(以下、ホリ):これからテクノロジーが進み、個人が自分を振り返る「ダッシュボード」を運用することで、組織の中で私はどういうコミュニケーションをして、その結果どうなったかを振り返り、自己分析ができるようになると素晴らしいと思います。
編集部撮影
入山:面白いですね。僕の知り合いに、日立製作所の矢野和男さんという方がいます。矢野さんは「幸せ」を追究していることで有名な方で、彼は「幸せかどうかはセンサーで体の状況を計測することで分かる」と言うんですよ。
矢野さんは十何年間もずっと体にセンサーを付けて、歩く歩数とかスピードのログを取っている。そのログを見ると、「あ、確かにこの日は出張先でお腹を壊したな」という具合に振り返ることができるのだそうです。
でもホリさんがおっしゃるのはそうではなくて、例えばSNS上に自分の気持ちとか誰と議論したといった記録がテキストデータとしてあるから、それを全部統合させて解析ができればよりよい自分になるのではないか、ということですよね。なるほど……そういう使い方は面白いですね。Nさんはどう思われますか?
Nさん(以下、N):今日のこのZoomでのオンライン読書会もそうですが、オンラインになるとあらゆるものが記録できますよね。
N:すべてのデータが残る世界になって、それを振り返るとなると、「あなたは昔こんなふうに言っていたのに、今の発言と矛盾しているじゃないか」なんて言われてしまうかもしれない。
人間はそれほど一貫性がないような気もするので、そのあたりのバランスがうまく取れるといいなと思います。
入山:面白いですねえ。ありがとうございます。
人間の役割が変わってくる
入山:もっといろいろ議論したいところですが、残り時間が少なくなってきました。「これだけは発言しておきたい」ということはありませんか?
Y:今後は仕事の優先順位を変えていかなければいけないだろうなと思っています。
これは自分が外部の研修などで話していることなのですが、テクノロジーが発達して自動化が進むと、人は作業の実行ではなく、物事の変革や管理に時間を割かなければいけなくなる。そうなると、デジタルの知識やビジネスの分析、プロジェクトマネジメントなど、さまざまなリテラシーを準備しなければいけなくなります。
しかし入山先生もおっしゃったように、日本の企業は実行力の強化以外の研修をほとんどやっていないんですよね。ただ人を効率的に働かせるための教育にだけ、エネルギーが注がれている。
ですからこれからは、人を機械として見るのではなく、創造するものだというふうに意識を切り替えていかなければいけないと思っています。
入山:今のYさんの意見は、すごくいいポイントを突いていますね。僕もインスパイアされたので、資料を共有しますね。
筆者作成
「知の探索」は一見無駄に見えるし、失敗もけっこう多い。しかもセンスメイキングで腹落ちしていないとできない。だから効率性を追求したい会社は、「知の深化」の方向に向かう傾向があります。これは僕がよく言っていることです。
でもここで重要なのは、まさに今Yさんがおっしゃったように、「知の探索は人間でなければできない」んですよね。知の探索というのは、一見無駄に見えることをやり、失敗があっても続け、腹落ちをして前進することですから。機械では無理なんです。
一方、知の深化は、同じことを繰り返して改善することなので、機械学習・AIが最も得意なことです。だからデジタル化の一つの大きな意味は、機械でもできる「知の深化」は機械に任せ、人間でないとできない「知の探索」にリソースを割り振っていくことだと僕は理解しています。
「知の深化」はAIの得意領域。人間は人間にしかできないことにリソースを投じよう。
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オックスフォード大学のマイケル・オズボーン教授は、「これから人類の仕事の47%はAIに奪われる」と言っています。実は僕は、この図をオズボーン教授に見せたことがあります。
「確かに人類の仕事の47%が失われるかもしれない。けれど、それは全部『知の深化』の仕事。そうなることで、人はより人間らしい『知の探索』に時間を割くようになるということですよね」と尋ねたら、オズボーン教授は「まさにその通り!」と答えてくれました。
だからこの図は、マイケル・オズボーンの御墨付きなんです(笑)。ですから僕も、Yさんの意見には大いに賛成ですね。
「働くこと」と「仕事」とは違う?
入山:最後に、スダさんが事前に送ってくださった質問を考えてみましょう。
編集部撮影
スダさん(以下、スダ):はい。ドラッカーが著書で、「仕事と働くことは根本的に違う」と言っているのですが、その後のいろいろな人の研究では、「違わない」という見解が主流になっているのではないかという質問をしました。入山先生はどう思われますか?
入山:ドラッカーはたしか「仕事と労働は違う」という言い方をしていたと思いますが、ひとつ大きなポイントとしては、ドラッカーの時代は製造業が前提だということです。現在の状況と比較して、その違いは大きいと思います。
製造業、中でも工場などの現場で行うことの多くはまさに「労働」です。でも労働というのは同じ作業の繰り返し、しかも肉体労働だったりするので、だんだんモチベーションを失ってしまう。そういうものと「仕事」は違うんだ、とドラッカーは言っているんですね。
でもこれからの時代は、その労働の部分をまさにAIやロボットなどの機械で代替できるわけです。だからこそ、より人間らしいこと、すなわち「人間でないとできない仕事」が求められてきているのかなと個人的には考えています。スダさんはいかがですか?
スダ:ドラッカーへの建設的な反証ができればいいかなと思って質問したのですが、僕も先生と同じように思っています。
入山:ありがとうございます。というわけで、時間になりましたのでこれお開きにしたいと思います。
平日の昼間にオンライン読書会に参加してくださるのは、いくらお昼休みの時間帯とはいえ簡単なことではないと思います。にもかかわらず、モチベーションが高く、素晴らしい視点を持ちの皆さんにお集まりいただいて、僕も今日はとても勉強になりました。ぜひまたやりたいですね。みなさん、本当にありがとうございました!
(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集:常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。
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