私たちが多拠点生活を始めた理由——ビジネスとライフを両立させる暮らし方とは?

山本剛生さん、藤井瑛里奈さん、樋口有二さん

LIFULLが運営する「LivingAnywhere Commons伊豆下田」が生んだ出会い。下田で山本建築を経営する山本剛生さん(写真左)、埼玉県からやってきたカメラマン兼ウェブデザイナーの藤井瑛里奈さん(中央)、下田市役所産業振興課課長の樋口有二さんは、総務省から出向中(写真右)。

不動産・住宅情報サイト「LIFULL HOME’S(ホームズ)」などで知られる「LIFULL(ライフル)」は、1年前から「LivingAnywhere」という考え方のもと、遊休不動産を活用しながら、どこでも暮らせる・働けるライフスタイルのためのプラットフォームづくりに取り組んでいる。新型コロナウイルスの感染拡大で多くの人が生き方や働き方の見直しを迫られるなか、同社が新たに打ち出したのがプラットフォーム構想「LivingAnywhere WORK」。そこで提案されている働き方の選択肢が増えるライフスタイルや、メッセージ「働く場所から、自由になろう。」とは、どのような可能性を秘めたものなのか。

「もっと自由に、豊かに暮らす」を実現するために

「LivingAnywhere Commons伊豆下田」の外観

「LivingAnywhere Commons伊豆下田」の外観。造船会社の寮だった建物を改装して活用している。

日本では、人口減少と東京一極集中によって空き家が増加し続けている。2033年には日本の空き家率は30%を超え、3軒に1軒は空き家、という時代がやってくるといわれている。全国に800万軒あるといわれる空き家などの遊休不動産は、放置すれば老朽化が進むだけ。災害時の倒壊、治安の悪化といったリスクもあり、撤去となればコストも必要となるため、ネガティブなものと見なされがちだ。

3「LivingAnywhere Commons伊豆下田」のレジデンススペース

「LivingAnywhere Commons伊豆下田」のレジデンススペース。内装は利用者が自由にアレンジできる。

LIFULLは全国の遊休不動産を活用しながら、「場」にとらわれない、より自由で豊かな暮らしを「LivingAnywhere Commons(LAC)」を通して提案している。この始まりは2017年5月孫泰蔵氏を代表理事に、非営利一般社団法人「LivingAnywhere」を設立。2019年3月、地方型シェアサテライトオフィスと宿泊施設を持つ共同運営型コミュニティ「LivingAnywhere Commons」を始動し、同年8月から運営を始めた。

具体的には、例えば個人メンバーとなって月額2万5000円で、全国各地にある拠点を自由に使用できる。ワークスペースと宿泊スペースが一体となった各拠点には、Wi-Fi環境をはじめ、生活や仕事に必要なものが揃っており、利用者は身の回りの物だけを持っていけばいいのだ

LIFULLのLivingAnywhere Commons事業責任者 小池克典さんは、「極端に言えば、年間30万円あれば固定の住居がなくとも暮らせるということなのです」と話す。

「とにかく都心の家賃は高すぎます。固定費が下がれば生活のためだけに働くのではなく、本当にやりたかったことにも取り組むこともできるのではないか、ということなのです」(小池さん)

若者が流出。「10年後の下田は…」地元に高齢化への危機感

藤井瑛里奈さん

埼玉県からやってきたカメラマン兼ウェブデザイナーの藤井瑛里奈さん。自宅で仕事をするよりも「断然はかどります」LACならではの地元の人との交流を楽しんでいる。

拠点の1つ、下田市にある拠点「LAC伊豆下田」を訪ねた。

LAC伊豆下田は、伊豆急下田駅に近いコミュニティスペース「NanZ VILLAGE」と、4階建ての造船会社の寮を利用した、海に近い「レジデンススペース」からなる。

「with a tree」の現場。

巨大な空き倉庫のリノベーションプロジェクト「with a tree」の現場。

新型コロナウイルスの感染拡大以前は、企業の合宿などでの利用が多かったが、現在はフリーランスで働く人が増えている。埼玉県からやってきたカメラマン兼ウェブデザイナーの藤井瑛里奈さんもそうした利用者の一人だ。友人を通じて今年の初めにLACを知ったばかりだが、この夏、7月と8月のほとんどをLAC伊豆下田で過ごした。

「今はカメラマンの仕事はほとんどありませんが、ウェブの仕事は忙しくなっています。仕事は、埼玉の自宅にいるときより断然はかどっていますよ」(藤井さん)

地元の人々との交流も楽しんでいるという藤井さん、実は今、自らの仕事のほかに、下田であるプロジェクトに関わっている。巨大倉庫リノベーションプロジェクト「with a tree」だ。7月には各地から参加者を募ってリノベーションプランを発表し合うイベントも開いた。

山本剛生さん

下田で建設業を営む山本剛生さんはLACの利用者と積極的に交流を図っている。

倉庫の所有者は、下田で山本建築を経営する山本剛生(たけお)さん。LACの利用者と積極的に交流を深めている一人だ。「with a tree」を通じて、外部の若い世代に下田とのつながりを持ってほしいと考えている。

山本さんはもともと「地元に若い大工がいない」ことに危機感を覚えていた。それは、建築業界のみならず、地方であればどこでも抱えている問題でもある。

「若者は大学進学と同時に土地から出ていき、ほとんど戻ってきません。地元の大工組合の半分以上は60歳以上で、20代はゼロ、30代も数人です。このままでは10年後、20年後に下田の建築業界は立ち行かなくなります」(山本さん)

藤井さんらと開いた7月のイベントでは、首都圏や名古屋方面からさまざまな背景を持つ20~30代の17人が集まって倉庫を見学し、リノベーションのアイデアを出し合った。

「自分が知らない世界、知らない価値観に触れて、これまでとは違ったアンテナを張り巡らせるようになりました。今、急激に新しい体験をしているところですよ」と山本さん。

藤井さんも、「外から来た人間でも受け入れてくれる、ここでの人とのつながりが新鮮で。下田の人たちの助けになりたいと思うようになりました」と話す。

「with a tree」が形になるのはまだ先になりそうだが、この伊豆下田の例のように、LACの各拠点では、利用者と現地のコミュニティとの交流から、新しいアイデアや事業が生まれている

ユニリーバ、ヤフー…企業も賛同

樋口有二さん

下田市役所産業振興課課長の樋口有二さんは、総務省から出向中。

LIFULLは今年7月、LACの事業を拡大し、「場所に縛られない働き方」の実現を目指す新たなプラットフォーム構想「LivingAnywhere WORK(LAW)」を発表した。全国でシェアオフィス、サテライトオフィスの整備を行い、場所にとらわれない働き方に関する実証実験などを進めていく考えだ。すでにユニリーバやヤフーなど68企業、20自治体(9月1日現在)が賛同している。

分かりやすく言えば、働く場所は自宅や自身のオフィスだけでなく、他社のオフィスでも、郊外や地方のサテライトオフィスでも、どこで働いてもよいということだ。地方などLACのような拠点に宿泊しながら仕事をすることも、日常的な働き方のひとつと認めるやり方を推進していこうというもの。ちなみにLIFULLではすでに、週2~4日の在宅勤務が可能で、各地のLACの拠点での勤務も出勤と認められる仕組みになっているという。

LAWでは、働く場所の選択肢が増えることについて、一人ひとりの価値観やライフスタイルに合わせて場所を選択できることによる「Well-beingの向上」、オフィス費用の負担や災害や感染症リスクの高い中での「事業継続リスクの分散化」、さらに、社内だけでなく社外や地域の人との「セレンディピティ(偶然の出会い)の活性化」や、その出会いから生まれるアイデアや新規事業などによる「地域貢献の促進」といったポジティブな効果を挙げている。

小池さんは、「働く場所の選択肢を増やすことで、家と職場との往復のなかではあり得ない出会いが生まれます。LAC伊豆下田の例のように、新たな人の交流が新しい事業活動につながる可能性もあり、それが地域貢献へとつながっていくこともあるはず」と話す。

先ごろ、菅官房長官が言及したことから耳にする機会が増えた「ワーケーション」という言葉。一般には「ワーク+バケーション」という意味だと理解されているが、小池さんの考えでは「ワーク+コラボレーション」なのだ。

「LivingAnywhere Commons伊豆下田」の屋上から見た風景

「LivingAnywhere Commons伊豆下田」の屋上から見た風景。

LACでは利用者と現地の接点となる存在として、各拠点に土地に詳しい「コミュニティ・マネジャー」を置いており、LAWでも大きな役割を果たすはずだ。前出の山本さんも、知り合いのコミュニティ・マネジャーを介してLAC伊豆下田とつながりを得たという。

ところで下田市は、LAWの賛同団体の1つであり、LAC伊豆下田と密接にタッグを組んでいるが、そこにはちょっとした偶然と出会いがあった。

下田市役所産業振興課課長の樋口有二さんは、総務省から出向中。2018年7月に下田市役所に赴任し、半年ほど経ったころ市役所内で「ワーケーションをやろう!」と声を挙げた。その際、地元の人らとの研究会の会場に選んだのが、偶然にもLAC伊豆下田のNanZ VILLAGEだった。そこで初めてLACの存在を知り、現在では一緒に「ワーケーション」プロジェクトに取り組んでいる。

下田市役所では、新型コロナウイルスの感染拡大以降、移住やワーケーションに関する問い合わせが増えているという。

「満員電車に乗ることが仕事ではないんですよね。ワーケーションは『いつでもどこでも働かされること』と思われがちですが、そうではなく『いつ、どこで、働くかを自由に決められるということ』なんですよ

LAWでは、賛同企業や賛同自治体とともに働き方や働く場所に関する情報交換、実証実験等に取り組んでいるという。働く場所の選択肢を増やすし、一人ひとりの価値観・ライフスタイルにあった働き方を実現するためLAWでは、賛同企業を募っている。

LivingAnywhere Commons事業責任者の小池さんによれば、目標は「2021年にLAWの賛同団体を1000団体にすること」だ。


LivingAnywhere WORKについて詳しくはこちら。

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