撮影:今村拓馬
耳にバナナ……。奇妙だ。
ポートレート写真に収まる広屋佑規(28)は、耳にバナナを当てて笑っている。
これはどういうサインなのか。
「そうなんですよ。原点を思い返せるように、今もプロフィール写真ではバナナを持つんです」
原点とは、広屋が大学時代に主宰していた劇団のことだ。その劇団は街中で周囲を驚かせるドッキリのようなイベントを仕掛けていた。日本でフラッシュモブが流行るより前。初めて仕掛けたドッキリは、渋谷のハチ公前で100人が一斉にバナナを使ってしゃべり出す「バナナフォン」。
仲間と街中でイベントを仕掛けて、人が驚いたり笑ったりするのを見る楽しさを味わった。
卒業後は広告会社に就職したが、2年で退職し、Out Of Theaterの活動を始めた。「サムライ&忍者サファリ」という浅草の観光エンタメバスツアーや、丸の内の仲通りや横浜元町のショッピングストリートでいきなりミュージカルが始まる「STREET THE MUSICAL」など、街を舞台にしたイマーシブ(没入型)シアターを仕掛けた。
会社を辞めてまでOut Of Theaterを始めた背景には、2015年のハロウィーンで渋谷の街にゲリラ的なゾンビドッキリを仕掛けようとしていたとき、目前で企画がSNSで炎上し中止に追い込まれた経験があった。
毎年、渋谷のハロウィーンは多くの若者や外国人観光客で賑わう。
Reunter / Thomas Peter
ドッキリという狙いのために無許可で行おうとした点は無謀だったとしても、人を楽しませたいという動機の企画がSNSでのバッシングにより開催できなかったことには納得がいかなかった。その思いがOut Of Theaterプロジェクトの発足につながった。
演じる人と見る人の境目がゆるやかで、誰もが表現に親しめるようなエンタテインメントを実現したいと広屋は考えていた。その中には、ウェイターが全員ミュージカル俳優という、レストランを舞台にしたエンタテインメントもある。
そして2020年4月からの法人化に向けて準備を進めていたとき、コロナで全ての仕事が消えた。
「有料」は続けるために必要な条件
ライブ・エンタテインメント業界が大打撃を受ける中、広屋も例外なく追いつめられていた。
撮影:今村拓馬
3月は悩んだ。
「何もできない。この先、いったいどうなるんだろう、と不安でした。かなりつらかったです」
4月に入って気持ちを切り替え、友人の林健太郎(26)に連絡したとき、Zoom演劇はいくつかある選択肢の1つだった。林とその友人だった小御門優一郎(27)と意気投合し、あっさりと劇団ノーミーツが生まれた。
炎上によって企画が中止に追い込まれたことでOut Of Theaterが生まれ、コロナという災害によって仕事がなくなったことから劇団ノーミーツが生まれた。いずれの場合も広屋は何も持たない状況に追い込まれたことから、新しく始めるチャンスをつかんでいる。
追い込まれた人の感覚は研ぎ澄まされる。
3人の主宰の中でも、広屋は全体を統括する総合プロデュースの立場だ。
旗揚げ公演を有料か無料かの決める際、運営する仲間の間では有料を不安視する意見が強かった。「Twitterで動画がバズった程度の無名の集団に人は金を払うのだろうか」という疑問が上がり、「それなら、オンラインで投げ銭ができるようにすればいいのではないか」という意見も出たが、広屋は「有料」を主張し続けた。
「140秒動画がバズったのはありがたいことでしたけど、140秒を本当の意味での演劇とは言いづらい。演劇というからには短編だけでなく長編に挑戦してみたいと思いました。しかも僕たちがやろうとしているのは無観客配信とは異質なオンライン演劇です。
Twitterで存在を知っていただいた劇団ノーミーツが、有料で2時間の公演に挑戦することに意味があると思いました。しかも、継続できなくてはならない。劇団ノーミーツを続けられる仕組みにするためにも、有料は欠かせない条件だと思いました」
各俳優が自宅のパソコンに向かって演じる前代未聞の演劇は実験的要素が強いが、有料となると、とはいえ失敗はできない。有料に決まったことはスタッフの制作への真剣味を加速しただろう。負荷は「Zoomを超える」という目標への追い風となった。
演劇界が気づかないのはもったいない
『門外不出モラトリアム』は家から出なくなって4年経った、という設定のストーリーだ。
提供:劇団ノーミーツ
同業の仲間はコロナの打撃からまだ新しいきっかけをつかむことができずにいる。自分たちの挑戦した仕組みが他の劇団にとってひとつの可能性を示すものにもなればと願った。
こうして有料に踏み切ったのが、5月の旗揚げ公演『門外不出モラトリアム』だ。チケットは2500円。動員数1000人を目標にしていたが、実際には5000人が鑑賞した。
この結果を見れば、演劇に携わる人たちの中から追随するチームが出てくるだろうと期待した。だが、劇団ノーミーツのようなスタイルで公演する劇団は今のところほとんど現れない。
演劇界ではまだ劇団ノーミーツのことはあまり話題に上っていないように広屋は感じているという。
「あれは演劇じゃないよね、と言う方もいるようです。ただ、“劇場以外は演劇の場ではない”という批判にはOut Of Theaterの頃から晒されてきました。
そうした見方があることはあまり気にしていません。お客様が楽しんでくださるのがいちばんうれしいこと。むしろ、オンライン演劇の可能性に演劇界の人が気づくのが遅くなるのはもったいない」
劇場や美術館が相次いで休館となった春先、演劇界を代表する著名な演劇人が立て続けに劇場閉鎖への反対や政府による支援の要請など演劇業界の保護を求める発言をしたが、広く共感を得たとは言い難い。コロナは舞台芸術に限らず密空間を前提とする全ての実業に影響を与えていた。芸術は特別なのだと受け取られかねない主張には、むしろ反発の声が上がった。
他方、「NO密=会わない」を縛りにクリエイティブとテクノロジーとの統合によるオンライン演劇に挑戦した劇団ノーミーツは、予想をはるかに超える支持を集めた。
撮影:今村拓馬
コロナ収束の時期はまだ見通せないが、いつかまた人と人が直接触れ合うことのできる日常が戻る。そのとき、広屋はどのような表現を目指すだろう。
「密が大丈夫な日常が戻れば、長い自粛期間の揺り戻しで、舞台芸術にもたくさんのお客様が戻ってこられると信じています。でも一方で、僕たちはオンライン演劇のいいところや可能性を知ることができました。
Wi-Fiがある場所であれば地球上のどこからでも見てもらえるし、自宅で気楽に見られるのも面白い。オンライン演劇とリアルの舞台芸術は共存させられるはずです。両方を組み合わせて表現の幅が広がっていくような方向でチャレンジしていきたい」
(敬称略、明日に続く)
(文・三宅玲子、写真・今村拓馬)
三宅玲子:熊本県生まれ。「人物と世の中」をテーマに取材。2009〜14年北京在住。ニュースにならない中国人のストーリーを集積するソーシャルブログ「BillionBeats」運営。