撮影:今村拓馬
林健太郎(26)は映画会社に就職して4年目だ。会社に勤めながら自主制作でも映画を制作している。
コロナにより映画の撮影予定がなくなり、上映予定だった作品はお蔵入りとなった。広屋佑規(28)から連絡を受けた4月、勤務する劇場は営業休止となり、リモートワークが始まっていた。
「家の中からいちばん早く、いちばん面白いものを、たくさんつくりたい」という気持ちをたぎらせていた林にとって、広屋の誘いは願ってもないものだった。
劇団ノーミーツがTwitterでの140秒動画でバズらせた1カ月を経て、旗揚げ公演の興行を決めたとき、林は、映像クリエイターの鈴木健太を仲間に引き込みたいと思った。
鈴木健太は1996年生まれの24歳だ。映画監督を目指し、高校のときにネットで知り合った仲間と映画制作チームKIKIFILMをつくった早熟の映像クリエイター。現在は広告会社のクリエイティブ部門で働きながら、クリエイティブディレクターとして活動している。
林は同世代のトップクリエイターの鈴木といつか一緒に作品をつくりたいと思っていた。鈴木とは今年のはじめに飲み会で知り合い、鈴木が撮りたいという映画について相談を受けてもいた。
劇団ノーミーツがTwitterで展開を始めたとき、この新しい集団に一体どれくらいの可能性があるのか、鈴木が少し距離を置いて見ているように林の目には映った。
旗揚げ公演『門外不出のモラトリアム』が決まり、映像のクリエイティブを手伝ってほしいと、林は鈴木に声をかけた。だったらと、鈴木の方から、作品全体にクリエイティブに関わりたいとの提案を受けた。
「劇団ノーミーツの可能性と熱量が鈴木に伝わったと実感しました」
このときから鈴木は劇団ノーミーツのメンバーだ。
世界観決めた若きクリエイター集団
m7kenjiが描いたヘルベチカはドット絵がどこか懐かしい雰囲気を醸し出していた。
提供:劇団ノーミーツ
7月に上演した第2回公演『むこうのくに』の舞台となるオンラインコミュニティ・ヘルベチカ。この世界を映像で実現するために、鈴木は自身のネットワークの逸材を誘い込んだ。
中でも世界観を決定づけたのが、ヘルベチカをドット絵のグラフィックデザインで表現したm7kenjiと、UI/UXデザインを担当した藤木良祐だ。m7kenjiによって可愛らしく温かみのあるヘルベチカの世界観が定まった。
テクニカルディレクターの藤原は10台以上のパソコンを使ってプログラミングをするために、大容量回線のある千葉の合宿所にこもった。「こんな感じでーす」と送られてきた作業風景の写真に、こんなに何台もの機材を使っているのかと主宰の3人は息を飲んだ。
この3人との協同作業により、鈴木は自宅でパソコンのモニターを眺める観客(視聴者)を「パソコンの向こうにある世界=むこうのくに」に引き入れることに成功した。
なお、フルリモートによるカメラワークのためのロボットアームの制御機能をつくったのは、同姓同名のメディア開発研究者・鈴木健太(25)だ。
林の役割は、作品の企画に始まり、クリエイティブディレクション、従来の演劇要素である美術や小道具などの舞台美術、俳優たちによる舞台表現など、各パートの進行を見ながらまとめ上げることだった。
「僕の肩書きは企画ですが、今回は領域がめちゃくちゃ広くなりました。入り口は物語の企画を考えるところからですが、工程が進むに連れてどんどん俯瞰して見なくてはならなくなっていくんです。
特に『むこうのくに』は初めて挑戦することばかりなので、鈴木健太を中心に1つひとつのクリエイティブは実験しながら前へ進んでいきます。
そのうち、『こういうことができる』と見えてくるものがどんどん出てきて、常に突発事項が続く中で、ギリギリまでクリエイティブを追求できるチームづくりに奮闘しました」
回転数をあげてたくさん作品つくりたい
撮影が中止になったり、上映予定だった作品がお蔵入りしたりする中で、林もリモートワークを余儀なくされた。
shutterstock / Chaay_Tee
『むこうのくに』の制作は6、7月。5月末に緊急事態宣言が解除され、映画会社の仕事はリモートワークのまま忙しくなった。その間に林は映像や映画のプロデュースの部署に異動になった。昼間は会社の業務、夜と週末の時間は劇団ノーミーツ。加えて自主映画の企画を同時進行で進めていた。
映画制作との関わりは、大学1年生で映画制作のワークショップに参加して映画をつくる面白さに触れたことに始まる。小御門優一郎(27)とは大学4年のときにテレビ局のインターンシップで知り合い、その後、卒業前に一緒に映画を撮った。
林にはいつも「時間が足りない」という思いがある。
「大きな映画会社に就職したのはいつか後世に残る大作をつくりたいからですが、大組織なので予算規模の大きな作品をつくるには相応の時間がかかります。自主制作をしているのは、その分、回転数を上げてたくさん作品をつくりたいからです」
オンライン演劇は未知の領域だ。ここではベテランも新人も同じチャレンジャーだ。新人にとって、いくつもの段階を経てようやく評価されるような業界構造の壁を飛び越えて作品の価値を問うチャンスは広がる。
一方、映画界で制作に携わるひとりとして、このままではいけないという思いがある。
「上田慎一郎監督は完全リモートで制作した『カメラを止めるな!リモート大作戦!』を発表しました。行定勲監督はやはり完全リモートで『きょうのできごと』を撮りました。監督たちはコロナ禍でも作品をつくり、創作の意志や業界の未来についての意見など、積極的に発信をしています。
僕たち制作サイドも新しいつくり方に挑戦し、発信をし続けることが大事だと思います。ひとつの鍵だと考えているのは、他業界とのコラボレーション。演劇業界ではないメンバーがほとんどである劇団ノーミーツが新しい演劇の形を提案できたように、映画づくりもITや広告など他業界の人と知恵を振り絞ることで、今までにない発想やフォーマットが生まれるのではないでしょうか。
業界関係なく面白いものをつくるために結集した同世代の才能と一緒に、これしかないと思える一作をつくることが企画者としての目標です」
夜の散歩から企画したラジオドラマ
インタビューの最後、林がラジオドラマのプロジェクトを進めていると聞いて驚いた。
「このあと、夜8時から第1作の収録を予定しているんですよ」とモニターに映る林は楽しそうな顔をした。
ラジオドラマを思いついたのは、コロナになって、夜、散歩することが増えたことによるという。
「最初は音楽を聴きながら歩いていたんですが、ふと、耳で聴く物語があって、夜道がスクリーンになるような設定のラジオドラマがあったら散歩が楽しくなるんじゃないかと思って。調べてみたところ、ラジオ業界では魅力あるコンテンツを必要としていると分かったので」
撮影:今村拓馬
8月10日、Twitterで140秒のラジオドラマが始まっていた。レーベル名は『ラジオ夜道』。初回は昔の恋人との電話での会話劇だった。140秒のあとに切ない余韻が残った。制作チームは3人。そのうちの1人はノーミーツで知り合ったクリエイターだという。
「やりたいことがありすぎて、時間が足りないんですよね」
インタビューで何度も「実験」という言葉を口にした。林はまだ誰も観たことのないもの、聴いたことのないものを、いちばん早く、たくさんつくろうとしている。『ラジオ夜道』の目標はラジオとSNS両方で楽しめるラジオドラマの番組となることだ。
(敬称略、明日に続く)
(文・三宅玲子、写真・今村拓馬)
三宅玲子:熊本県生まれ。「人物と世の中」をテーマに取材。2009〜14年北京在住。ニュースにならない中国人のストーリーを集積するソーシャルブログ「BillionBeats」運営。