撮影:今村拓馬
<通勤電車で押し潰されそうになりながら、満員になった客席を夢みている。>
21g座という劇団のホームページの片隅にこんな一文があった。小御門優一郎(27)は映画・演劇会社で働きながら、21g座を主宰している。その小御門が脚本を担当した劇団ノーミーツの第2回公演『むこうのくに』の物語の下に敷いたのは、SNSに蔓延する息苦しさへの違和感だ。
「ちょっとでも間違ったことを言うと言葉尻を捕まえられて炎上する。炎上を恐れて、人は断言をしなくなっている。“自分はこう思う”と言いにくい空気が社会を支配しています。それは嫌だなと思っていました」
だが、オンラインでもいいことはある。『むこうのくに』の脚本にとりかかったとき、劇団ノーミーツを始めて2カ月が経っていた。
「まだ会ったことはないんですけど、得がたい仲間との出会いがありました。オンラインでのつながりにはいい面もたくさんあると思っています。オンラインのコミュニケーションはもっと社会に根づき、より没入感のあるオンラインの意思疎通が進化するだろうという予感がありました」
実際に会うことはなくても友達はつくれるし、画面の向こうの相手が実際に存在するかどうかより、大切なのは関わりの中で培った関係値だとの思いを小御門は脚本に込めた。
『むこうのくに』に託した希望は、小御門がノーミーツで体験したことそのものだ。
オンラインオーディションでの感動
演者たちはオンラインオーディションを通じて選ばれた。
提供:劇団ノーミーツ
オーディションで、「希望」に確信を持った場面があったという。
キャストをオーディションで決めるにあたり、400人の応募者から書類選考した73人を、8人ずつに分けてオンライン選考を行った。用意したミニ脚本を2人1組で演じる場面でのことだ。
「その場で我々がペア分けした人同士が演じるわけですが、どのペアも演じながら互いに息を合わせていくんです。それって、『わたしがこう仕掛けたら、こう受けてくれるよね?』という信頼関係がないとできないことなのに、会ったこともない人同士がオンラインでそれをできていました。
演じるという行為が人と人とをつなげていることに感動しました」
配役が決まり、稽古が進む過程でも小御門はオンラインで関係値をつくることができると実感していく。
「台本の決定稿ができたのは、本番の1週間前でした。役者さんたちには“(小御門は)キャラクター設定やセリフについていつまでも悩んでいるヤツ”と思われていたと思います。
セリフに関しては、一応、台本はあるけど、本当に大事なセリフ以外は崩してくださってかまいません、と役者さんにお伝えしたところ、毎回アドリブや新しいアイデアを持ってきてくださる方もいらして、それがまた、いいんです。
僕はあまり細かいことは言わず、基本、お任せして、あまりに行き過ぎだなというときだけブレーキをかけるようにして」
俳優陣から“やりすぎたら指摘してくれる人”“基本、持ち込みしたら「いいですね」と言ってくれる人”と思われるくらいの信頼関係は、演じる側のつくる姿勢を引き出すことにもなった。なお、演者は自宅の舞台設定、メイク、衣装合わせなど、全てひとりで行う。
会社とリモート公演の経験を共有
会社のリモート公演にも劇団ノーミーツでの知見が活きる場面があった。
getty images / Dan Reynolds Photography
小御門の働く映画・演劇業界にとって、リモート事業は今後取り組まなくてはならない、避けることのできない分野だ。
会社は小御門の活動に可能性を認め、小御門は所属する演劇本部以外の他部署からヒアリングを受けた。劇団ノーミーツの経験は共有を求められていると小御門は感じている。
所属する演劇関連の部署では、6・7月に歌舞伎の舞台を5回に分けてリモートで公演する企画があった。小御門は劇団ノーミーツの経験を買われ、『むこうのくに』の制作と並行して関わった。
緊急事態宣言が解除された直後から、『むこうのくに』の企画は進み始めた。小御門をはじめ、会社員をしながら参加しているメンバーは、同時に本業も忙しくなった。劇団ノーミーツをやっていることが評価されて社内で新しいプロジェクトに参加することになったメンバーもいる。それぞれに昼間は会社の仕事があり、稽古を始めるのは18時以降。
「もちろん、稽古もオンラインです。リアルの稽古だと、稽古場が22時に閉まるからダラダラはできないといったことがあるわけですが、オンラインだと、つい演者さんに甘えて、23時ぐらいまでやっていました」
深夜の打ち合わせで、完徹のできない小御門は途中、寝落ちしてしまう。気がつけば、パソコンの画面に「ミーティング終了」と表示されていた朝もあった。
『むこうのくに』に託したつながりへの希望
『むこうのくに』のエンディングでは、主人公が友達と思っていた女の子が実在しない存在であることが分かる。それは主人公が仮想のコミュニティ・ヘルベチカ上でプログラムした仮想の友達だった。女の子は主人公のために存在を消していくとき、主人公に向けてこんなメッセージを残した。
<もっとたくさんの友達を見つけてください。最初の友達より>
2人の別れは、人間と仮想空間にしか存在しない者の間に生まれた友情を通して、「心」について考えさせる。直接触れ合うことのできないものを生み出してしまった哀しみは、人生の不条理そのものでもある。さらに、主人公が別れと引き換えに受け取った温かい思いは、全ての答えは自分の心の内側にあると、切ない余韻とともに新しい気持ちにもさせてくれる。
劇団ノーミーツの駆け抜けた120日を振り返ると、希望という言葉に凝縮される。
新型コロナウイルスによってもたらされたこれまでに体験したことのない恐怖や不安を前に、「会えない」「直接触れ合えない」を逆手にとったオンライン演劇という実験。それは「会えなくても演劇はつくれる」という結果を導き出した。もっと大きく言えば、「直接会わなくても、人と人とは信頼関係を結べる」ということだ。
撮影:今村拓馬
相手を信じ、尊重することができるかどうか。オンラインであれ、リアルであれ、それは他者の問題ではなく、自身の心のありようにかかっている。
仲間を信じられない限り飛距離は伸びない。劇団ノーミーツは演者とスタッフが120日間、ただの一度も顔を合わせずに予想より遥かに遠い地点までボールを飛ばし、コロナ後の新しい日常を生きる希望を指し示した。
コロナが収束したあと、この希望を体験した小御門は、21g座でどんな芝居をつくるだろうか。
「長い台詞をしゃべりまくるような、それでいて重厚な作品がつくりたいですね。同じ場にいないと不可能な、『わ、通信のラグがないぞ!』っていう喜びを感じられるような芝居がしたいですね」
(敬称略、完)
(文・三宅玲子、写真・今村拓馬)
三宅玲子:熊本県生まれ。「人物と世の中」をテーマに取材。2009〜14年北京在住。ニュースにならない中国人のストーリーを集積するソーシャルブログ「BillionBeats」運営。