Alex Wong, Drew Angerer/Getty Images
- 謎多きビッグデータ会社パランティア(Palantir)は、上場に向けて目論見書を開示した。
- これまで私募による複数回の資金調達において、パランティアの評価額は200億ドルに達した。同社の上場はシリコンバレー史上最大規模となる見込み。
- 同社の上場申告書S1では、主要な株主名が明らかにされている。上場後の株価は未知だが、過去1月から4月にかけてプライベートで取引された平均株価をもとに、主要株主の株式価値を試算してみた。中には意外な日本企業も名を連ねている。
企業、政府、治安機関、諜報機関にテクノロジーを提供する謎のビッグデータ会社パランティア(Palantir)は2020年8月27日、ダイレクトリスティング(直接上場。投資銀行による引受を介さず、既存株主が株式を直接売り出す方式)による上場に向けて投資家向け目論見書を開示した。
パランティアの上場はシリコンバレーでも注目を集めている。その理由は、2004年に創業して以来多くの謎に包まれているからだ。同社は企業、政府、さらには諜報機関向けのビッグデータ・プロジェクトを手掛けているが、長年にわたって上場(とそれに伴う公の監視)を拒んできた。
上場申告書では、これまで私募による資金調達を通して合計30億ドル以上を出資した株主すべてが開示されているわけではないが、主要な株主名は明かされている。
試しに、主要株主が持つ株式価値を推計してみよう。株式の種類に関わらず1株5.35ドルとして計算する(これまでのプライベート取引における株価は4.19〜8.50ドルの範囲で変動)。5.35ドルは、2020年1月1日から8月21日までの取引価格の加重平均として、同社が開示している計算上の株価だ。
単純化のために、F種株式の株価も同じく5.35ドルと仮定する。パランティアによると、F種株式は3名の創業者に対して発行される特別な議決権付き株式で、他の株主に譲渡できないものだ。
上記と私募資金調達データベース「ピッチブック」と「クランチベース」上の開示情報に基づく試算によれば、パランティアが投資家に評価された場合、大きな利益をあげる株主は以下のとおりだ。
ピーター・ティール(パランティア創業者):約17.6億ドル
ピーター・ティールは「ペイパルのビッグデータ分析手法をテロ攻撃防止にも応用できないか」と着想。パランティアの誕生につながった。
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9.11同時多発テロから2年後の2003年、当時クラリウム・キャピタル・マネジメントというヘッジファンドを運営していたピーター・ティールは起業の構想を得た。
ティールは2013年のフォーブス誌によるインタビューの中で、かつて創業したペイパルにおける不正防止のために使用したビッグデータ分析と同様の手法を、テロ攻撃防止のために政府に提供したいと考えた、と述べている。
そこでペイパルの若手プログラマー数名を集め、プロトタイプの制作を指示した。こうしてパランティアが誕生し、ティールは共同創業者となった。
ティールは現在、パランティアの取締役も務める。また、ティールが経営するクラリウム・アンド・ファウンダーズ・ファンド、ベンチャー企業など、複数の会社もパランティアの株主となっている。
パランティアによれば、ティールの持ち株は以下のとおり。
・A種株式:4万3296株
・B種株式:3億2898万6388株
・F種株式:33万5000株
合計:3億2936万4684株
株式価値(1株5.35ドルで試算):17.6億ドル強
ティールは、フェイスブックへの先行投資などによって既に巨額の富を築いており、推定資産は23億ドル(フォーブス誌調べ)にのぼる。
アレックス・カープ(パランティアCEO・共同創業者):5億7900万ドル
CEOのアレックス・カープは哲学博士号を持つ異色の経歴。
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アレックス・カープは哲学の博士号を持ち、パランティアに深い知的影響を与えてきた。フォーブス誌のインタビューに対し、自身について「技術分野の学位を持たず、政府や産業界との文化的な関係もない。おまけに両親はヒッピーだ」と語っている。
そんなカープがパランティアのCEOになったのは、大学時代からの長年の友人であるティールの要請を受けてのことだ。カープが目論見書に記した「創業者の手紙」は、事業分析というより哲学的な内容と言える。
カープの持ち株は以下のとおり。
・B種株式:1億0784万1865株
・F種株式:33万5000株
合計:1億0817万6865株
株式価値(1株5.35ドルで試算):5億7900万ドル強
スティーブン・コーエン(パランティア共同創業者):1億9000万ドル
今や語り草となっているが、スティーブン・コーエンとジョー・ロンズデールは8週間オフィスに寝泊まりして、パランティアのビッグデータ・ソフトウェアのプロトタイプ第1号を制作した。これが投資家向けの初プレゼンで紹介されたプロトタイプとなった。
その時の投資家とは、元ゲームデザイナーであり現在CIAが運営する投資会社インクテル(IQT)の創業者兼CEOのギルマン・ルイだった、と2012年のワシントニアン誌は報じている。
プレゼンは成功し、IQTはパランティアへの出資を決めた。IQTの持株(現在も保有しているかは不明)は目論見書に記載されていないが、コーエンは今も経営陣に名を連ね、特別なF種株式を保有する3名の創業者のひとりだ。
コーエンの持ち株は以下のとおり。
・B種株式:3517万8238株
・F種株式:33万5000株
合計:3551万3238株
株式価値(1株5.35ドルで試算):約1億9000万ドル
損保ジャパン・ホールディングス:5億7500万ドル
損保ジャパン・ホールディングスは日本有数の保険会社だ。2019年11月、パランティアと損保ジャパンは、合弁会社パランティア・ジャパンを日本に設立した。
しかし損保ジャパンが大株主となったのは2020年7月、パランティアの私募資金調達の最終ラウンドにおいて10万株を取得した時だ。ダイレクトリスティング方式による上場では、既存株主が持株を市場で売却するため、パランティアが新たな資金を調達するわけではない。
パランティアはまだ赤字経営を続けている。2020年6月の私募による資金調達において合計推定5億3780万ドルを数社から調達したが、その出資者の1社が損保ジャパンだった。パランティアによると、取得株価は1株あたり4.65ドルだったという。
損保ジャパンの持ち株は以下のとおり。
A種株式:1億0752万6881株
株式価値(1株5.35ドルで試算):5億7500万ドル強
ディスラプティブ・テクノロジー・ソリューションズ:2億9500万ドル
ディスラプティブ・テクノロジー・ソリューションズ(DTS)は、ロサンゼルスを拠点として非上場企業の株式取引を仲介する謎多き投資銀行だ。同社のウェブサイトは、口を固く閉ざしたように情報を開示しないことで知られている。
DTSは、石油王マービン・デイビスの孫アレクサンダー・デイビスによって創業された。顧客企業の名はほとんど知られていないが、その1社がパランティアであることをニューヨークタイムズ紙が2016年に報じた。今回の目論見書でもその事実が確認できる。
目論見書によると、パランティア共同創業者ジョー・ロンズデールは、同社に投資したDTSファンドのひとつに携わっていた。
DTSが保有する株式とDTSの「助言先」が保有する株式を合わせると、DTSの支配下にある持株は以下のとおり。
A種株式:5029万0069株
B種株式:473万7594株
合計:5502万7663株
株式価値(1株5.35ドルで試算):2億9500万ドル弱
UBSグループ:1億6000万ドル
UBSとパランティアの関係は意外にも長いようだ(写真はUBSのセルジオ・エルモッティCEO)。
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UBSグループはスイスの多国籍投資銀行・金融サービス会社。パランティアはUBSについて、同社が株式5%を保有していること以外は何も言及していない。
しかし、オンラインメディアBuzzFeedの記事によると、パランティアの株主が起こした訴訟の関係書類を見る限り、UBSとパランティアとの関わりは少なくとも2016年まで遡れるという。
UBSの持ち株は以下のとおり。
A種株式:2995万6276株
株式価値(1株5.35ドルで試算):1億6000万ドル強
ジョー・ロンズデール(共同創設者、コンサルタント、投資家):1億9400万ドル
ジョー・ロンズデールはペイパルのインターン出身。スティーブン・コーエンらとともにプロトタイプ第1号の制作にも関わった。
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ジョー・ロンズデールはペイパルのインターンとしてキャリアをスタートさせた。その後、ティールが運営する最初の投資会社(ペイパルはこの投資会社の株式を保有していたが、その後売却)のインターンを経て社員になったという。
ロンズデールは、パランティアの着想を得たティールからプロトタイプ第1号を制作してほしいとの依頼を受ける。こうしてロンズデールは、彼と同じくスタンフォード大学でコンピュータサイエンスを学んだ新卒のスティーブン・コーエンと、ペイパルでエンジニアをしていたネイサン・ゲティングズとともに開発に着手した。
今やロンズデールは、自ら立ち上げたベンチャーキャピタル「8VC」など他の事業も手掛けて久しい。しかし、今でもパランティアの“顔”であり支援者であることに変わりはない。
そのことは、パランティアがロンズデールに支払ったコンサルティング料——2018年14万4000ドル、2019年24万ドル、2020年6月時点で12万ドル——によっても裏付けられている。
ロンズデールの持株を計算するのは簡単ではない。というのも、持株の内訳が不明な上、ロンズデールが創業した8VCと、パランティアがプライベート取引において株式売却の仲介を依頼したと報じられる謎の投資銀行ディスラプティブ・セキュリティーズの名で記載されているからだ。
ディスラプティブ・セキュリティーズが運用するいくつかの投資ファンドがパランティア株を保有しており、そのうちのひとつにロンズデールが関与している。さらに、パランティアによるとロンズデールはB種株式の普通株式809万1139株を直接保有している。
単純化して、ロンズデールが個人保有する800万株を含む8VCの持株を計算すると以下のとおり。
A種株式:2823万3725株
B種株式:809万7255株
合計:3633万0980株
株式価値(1株5.35ドルで試算):1億9400万ドル強
シャム・サンカー(パランティアCOO):約4500万ドル
シャム・サンカーCOOはパランティア草創期からのメンバー。
Shyam Sankar/LinkedIn
2012年、ユーザー・コミュニティサイトQuora(クオーラ)への投稿の中で、シャム・サンカーは自身の経歴について、パランティアがまだ草創期だった2006年に13人目の社員として入社したと述べている。
パランティアが数千人の社員を擁する企業に成長するなか、サンカーは経営陣として留まり、今ではCOO兼副社長のポジションに就いている。サンカーの持分は次のとおり。
A種株式:133万5605株
B種株式:705万1850株
合計:838万7455株
株式価値(1株5.35ドルで試算):約4500万ドル
アレックス・ムーア(パランティア取締役):1400万ドル
アレックス・ムーアはパランティアの第1号社員だった。入社から5年後に退職し、自らスタートアップ2社を立ち上げた。うち1社はエリクソンが買収を決めたほどの成功を収めた(買収金額は非公開)。その後ムーアは、パランティア時代の盟友ロンズデールが運営するベンチャーキャピタルVC8に参画している。
そのムーアが、2020年にパランティアの取締役に就任した。シリコンバレー・ビジネスジャーナル誌によると、パランティアは上場に向けた取締役会増強のためムーアを含む4名を招いたという。
ムーアは8VCのパートナーとして、将来8VCが得る棚ぼた式利益の一部を享受する可能性がある。だがそれを除くと、パランティアの取締役として保有するのはA種株式266万5944株だ。
株式価値(1株5.35ドルで試算):1400万ドル強
スペンサー・ラスコフ(パランティア取締役):115万ドル
スペンサー・ラスコフはスタートアップ創業者であり、エンジェル投資家としての顔も持つ。
John Lamparski/Getty Images
スペンサー・ラスコフも、2020年6月に取締役会に加わった1人だ。ラスコフは、オンライン不動産マーケットプレイスZillow(ジロウ)や旅行サイトHotwire(ホットワイア)の共同創業者としても知られる。
ラスコフはエンジェル投資家でもあり、シリコンバレーの一流ベンチャーキャピタル、アンドリーセン・ホロウィッツのパートナーでもある。ティールとラスコフはともにロサンゼルス在住の“ご近所”の間柄だ。ラスコフの持株はA種株式21万5053株。
株式価値(1株5.35ドルで試算):115万ドル強
アダム・ロス(パランティア元取締役):77万2760ドル
アダム・ロスは2020年8月までパランティア取締役を務めていた。ティールの旧友でもある。
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ウォールストリート・ジャーナル紙によると、アダム・ロスは2015年にパランティアの取締役に就任。創業者以外では初の取締役であり、長きにわたり唯一の独立取締役だった。2020年8月には取締役を辞任している。
ロスは、テキサスを拠点とするベンチャー企業ゴールドクレスト・キャピタルの創業者であり、スタンフォード大学時代からのティールの旧友のひとりだ。
パランティアは、ロスが取締役在任中から保有する株数は開示していないものの、行使価格6.03ドルで100万株を購入できるオプションをロスに付与していることは明らかにしている。パランティアの試算によると、その持ち分によってロスは77万2760ドルの利益を得る見込みという。
アレクサンドラ・ウォルフ・シフ(パランティア取締役):5万3500ドル
アレクサンドラ・ウォルフ・シフはパランティア取締役の中で唯一の女性。新聞記者からの転身だ。
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2020年6月、アレクサンドラ・ウォルフ・シフがパランティアで唯一の女性取締役に就任したと発表された(カリフォルニア州法は、州内に本社を構える上場企業に、最低1名の女性取締役を置くことを義務付けている)。
シフはウォールストリートジャーナル紙の記者だったが、その職を辞してパランティアの取締役に就任。シフはティールの友人であり、父はジャーナリストで『Bonfire of the Vanities(邦訳:虚栄の篝火)』の著者として知られる小説家のトム・ウルフ。
シフの持ち株はBクラス1万株。
株式価値(1株5.35ドルで試算):5万3500ドル
その他の株主
パランティアの出資者にはソフトバンクや富士通といった日本企業も名を連ねる。
Reuters
パランティアは複数ラウンドの資金調達で計33.5億ドルを調達した。出資者は皆、同社上場後の株価上昇を期待している。
上記以外の出資者が株式の保有を続けているか、あるいは過去数年のプライベート取引で既に売却したかは不明だ。
パランティアの出資者には、インクテル(IQT)の他、フィデリティ、富士通、ソフトバンク、タイガー・グローバル・マネジメントなど十数社のファンドが含まれる。
[原文:12 Palantir insiders who can cash out huge paydays after the Peter Thiel-founded company goes public]
(翻訳・住本時久、編集・常盤亜由子)