成果が出ない=自分には価値がないと苦しむ人がやるべきこと

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今春リリースされた感情を見える化するアプリAwarefy(アウェアファイ)』が一部のビジネスパーソンの間で話題になっています。毎日の感情を記録することで、自分が日々どんなことに対して、どんな感情を抱いているのかに気づく手助けをするというもの。

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『Awarefy』

開発したHakaliのCTO池内孝啓さんは同社入社以前、自ら起業した会社を4年で閉じる経験をしたそう。その時の“失敗”から、ビジネスパーソンが自分の感情と向き合うことの大切さを学んだのだといいます。

感情を見える化することはビジネスパーソンに何をもたらすのでしょうか。池内さんに聞きました。

認知的フュージョンに苦しんだ起業家時代

——池内さんが今の事業に取り組んでいるのには、それまでのキャリアが関係していると伺いました。

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ぼくは2015年に当時いた会社を辞めて独立起業しましたが、結果的にはうまくいかずにわずか4年で会社を閉じる経験をしました。うまくいかなかった要因はいくつかあると思いますが、スタートアップですから、うまくいかないことがあるのは、ある意味で当たり前。一番の反省はうまくいかなかったことそれ自体ではなく、ぼく自身がその状況を楽しめなかったこと。自分で自分を追い詰めてしまっていたんです。

ぼくはエンジニアなので、自分で開発したプロダクトを世に問うということをやっていました。その製品が思うように売れないことと、自分自身の価値が直結してしまっていたんです。プロダクトが世に受け入れられないことで、ある段階からは「自分はなんて価値がないんだ」「なぜ自分にはうまくできないのか」と思い悩んでしまって。これが反省点というか、辛かった。

自分の人格が毀損された事実はないのに、あたかもそれが事実であるかのように捉えてしまっていました。あとで学んだところによれば、ぼくは心理療法の現場で「認知的フュージョン」と呼ばれる状態に陥っていたのでした。そこでもう少し楽しむというか、客観視して考えることができていれば、違った結果になったかは分からないにしても、より良い経験ができたのではないかと思います。

——似たようなことで苦しい思いをしている人は多そうです。

ぼく自身は、それまでの会社員からすべての責任を負う代表へと立場が変わったことで、仕事上の成果に対する評価と自分の人格に対する評価の結びつきが強くなってしまったのだと思っています。

でも、おっしゃるように世の中全体としても、そうした苦しさを感じる人は増えているように思います。ぼくの身近にいる人にもそういう精神的・認知的なものが原因で生きづらさを感じている人がいる。弊社の創業者もその一人です。いま、世の中がどんどんデジタル化されていっていますが、デジタル化と人間のメンタルヘルスとは、ある種逆行している部分があります。

最近では人格攻撃のようなものが盛んに話題になるじゃないですか。他者がやってしまったことや成果物に対する怒りが、それを運営する人たちへの怒りと混同されているということだと思うんです。さらに、最近ではSNSを通じてそうした悪意が容易に可視化されます。真実ではなかったとしても、いろいろな人から「お前は価値がない」と言われ続けると、本当にそうなのかもしれないと思ってしまうと思うので。

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自分の感情に気づくには技術がいる

——感情を見える化することが、その問題をどう解決しますか?

前の会社をたたむ前後、そしてこの会社に入る前後は、広い意味でのマインドフルネス的なものがビジネス界隈で流行っていた時期でもありました。ぼく自身も、今の会社の代表と縁あって知り合い、その彼が坐禅や瞑想に取り組んでいたこともあって、そこを深掘りする機会がありました。

マインドフルネス瞑想では「自分のありのままを受け止める」とか「起きたことをそのまま観察する」ことが重要なテーマの一つとされます。実際に自分でやってみて、ぼくにできていなかったのはまさにこれだと感じました。

とはいえ、自分の感情に自分で気づくことはとても難しいことだと思っています。人は、自分で思っているほどには自分の感情に気づいていない。例えば、人によっては仕事の中で怒りをぶつけてしまうこともあるだろうと思うのですが、そうした際、自分が怒っていることに自覚的な人も中にはいるでしょうが、終わった後に振り返って「怒ってしまった」と気づく人もいる。

あるいは、まったく気づかないままの人もいます。さらに言えば、自分が怒ったこと自体には気づけていても、なぜ怒ったのかまで正確に把握するのには、一層高度な技術がいると思うんです。

そこで、心理療法のアプローチとITとを掛け合わせることで、自分の感情に気づくサポートをするのが、ぼくらの開発した『Awarefy』です。『Awarefy』を使うと、自分の感情が蓄積したデータとして見られるようになる。そこから、自分でも気づかなかった感情に関するインサイトを得ることができます。

——心理療法のアプローチというのは?

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『Awarefy』中の自分の感情を示すデータの画面

我々が一番参考にし、大学とも共同研究を行っているのはアクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT、アクト)と呼ばれる広い意味での認知行動療法の手法です。基本的に人の認知は歪んでいます。思い込みや決めつけで成り立っている。それを「あなたの決めつけじゃないですか?」などと対話を通じて解きほぐしていくためのアプローチの一つです。例えば「自分には価値がない」と思っている人がいたとして、「誰かがそう言ったのですか?」「製品が売れなかったこととあなたの人格はどう関係しているのですか?」などと問いかけることにより、実はそれは単なる思い込みにすぎなかったのだと気づいてもらうのです。

『Awarefy』ではそれをチャットボットとのやりとりで手軽に行うことができます。どんな出来事があって、それに対してどんな感情を持ったのか、それはどれくらいの強さの感情だったのかをチャットボットとの簡単なやりとりによって記録します。さらに、そこに例えば「上司」「仕事」「プレゼン」などとタグをつけて整理をする。そうすると1週間に1回レポートが出てくるので、それを見れば、「仕事」「部下」というタグと怒りの感情が異常に紐づいているといったことがグラフで分かるようになっています。

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『Awarefy』中のチャットボットとのやりとり

——それを見て行動を改善していくということですか?

結果を行動にどう生かすかは本人次第です。ビジネスインサイトと同じ話で、売り上げが減っていると気づいたからといって、それで売り上げが上がるわけではない。なぜ減ったのかを分析し、対策を考え、実行して初めて状況は改善します。ただ、その前段階として、まずは見えないものを見えるようにすることが欠かせない。ぼくらが『Awarefy』を通じて取り組んでいるのも、そういうことです。

認知的フュージョンは避けられない。だが、うまく付き合うことはできる

——そもそもなぜ認知的フュージョンが起こるのでしょうか?

ぼくは学術的な専門家ではないから断定はできませんが、これには人間に備わった想像力が関係していると思います。

想像と現実は完全に異なるものだと認識していたら、映画を見て感動することはないでしょうし、そもそも見ようとも思わないでしょう。ああいうものを見て感動するのは、人間がそれを現実のように受け止める能力を備えているから。あるいは、例えば「このまま続けたら事故につながるかもしれない」などと、人間はまだ起きていないことをリアリティを持って想像することもできる。

こうした能力を備えていたからこそ、人間社会が今あるような形で発展してきた側面はあると思います。

けれども、その能力が悪い方に向いてしまうと、起きていないことをあたかも現実のように思って、囚われ続けてしまう。認知的フュージョンというのはつまり、人間が本来的に備えている能力の、使い道がずれてしまっているということではないかと。

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自分の思い入れのある部分や守りたいものに関してぶつかった時には、どんなに自分の感情に自覚的な人であってもそういう問題が起こりやすいです。ぼくの場合で言えば、自分の開発した製品はある種、自分の作品という側面を持っている。自分の作品が評価されないという事態が起きたことで、比較的自分を客観視できているタイプだと思っていたぼくでも、変なプライドやコンプレックスが吹き出してしまったわけです。

怒りの感情を覚えるのは、自分が大切にしているものに対して何かを言われた時だとよく言われます。普段は平気でも、自分が大切に思っているものを突かれると怒りが発動してしまう。ぼくの場合は「UIが使いづらい」と言われるとイラッとくる。それはおそらく自分がこだわっている部分だからです。

——確かに思い当たるところがあります。

また、備わった能力が悪い方向に出てしまうのには、失敗に不寛容な社会も関係していると思います。社会全体が失敗に不寛容だと、そこで生きる一人ひとりも「炎上するのでは」「もうレールに戻れないのでは」などと、すぐに失敗した時のことを心配してしまう。失敗に不寛容な社会が未来への不安を増大させている側面もあるのではないでしょうか。

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いずれにしろ、認知的フュージョンが起こること自体は避けられない。ただ、防げなくてもうまく付き合うことはできます。そのためにまず必要なのが、可視化し、何が起きているのかに気づくことではないかと思います。

人間なので、いろいろなことにざわつくのは自然なことです。ですが、このざわつきが心理学で言うところの「認知の歪み」だと知っていれば、それだけで距離を取ることができるところもあります。認知的フュージョンに関しても同じことが言えるでしょう。起こること自体は避けられないけれども、「これは現実には起きていないことを頭が現実と混同しているのだ」と分かるだけでも、多少は救いになる。

ぼく自身も、感情を見える化したからと言って、急に人間が変わったわけではありません。相変わらず失敗もするし、思い入れがあるものを否定されたら悲しみ、プライドが傷つくのも変わりません。ただ、自分がそうなることがもう分かっているから、いろいろと気をつけることはできるようになりました。例えば、アプリの評価・フィードバックは自分で直接受けるのではなく、間に人を立ててその人に聞いてもらい、その人にいい面・悪い面を伝えてもらうようにしています。

もちろんこれは回避手段の一つに過ぎません。重要なのは、自分が否定されたように思えても、それは現実ではないと知っているというところ。そう知っているからこそ、「アプリをもっと使いやすくするための改善点が見つかったのだ」と切り分けて、前向きに受け止められるようになった。この違いはなかなかバカにできないと思います。

問題の原因を人格に押しつける文化がビジネスを駄目にする

——このメディアの主な読者はビジネスパーソンなのですが、感情に気づくことはビジネスにどう作用しますか?

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感情を見える化することは、生きづらさの問題を解決するだけでなく、ビジネスという意味でも非常に重要です。というのも、認知的フュージョンが起きていると、問題の本質が見えてこない。だから問題が一向に解決しないのです。

日本には、何か問題を起こしたら辞めて責任を取るという「切腹文化」が、この2020年になってなお、残っているように思います。政界や大企業の謝罪会見などを見ていても、人格的な謝罪に終始していますよね。本来、問題が起こった時には、何が悪くてその問題が起きたのかを明らかにすることが大事なはず。そこで「申し訳ありません」と言って辞めることが美しいというような文化があると、いつまで経っても問題の本質に気づけず、学びが得られないことになります。

——問題そのものを見ずに人格的な問題として処理してしまう日本の「切腹文化」が、ビジネスの前進を妨げている可能性があるわけですね。

その通りです。一つ申し付け加えるなら、ぼくはもともとエンジニアですが、アジャイル開発の手法の一つにスクラム開発というプロセスがあります。このスクラム開発がやっていることというのは、まさに現状を明らかにすることだと、ぼくは思っていて。

——どういうことですか?

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エンジニアにとって納期に遅れる、バグが出るというのは確かに問題ではあります。旧来はそういった悪いことに目を向けて、「誰がやったんだ?」「再発防止策は?」と問題を起こした当事者たちを詰める文化もありました。

一方、スクラム開発では、そういった解釈は一旦置いておいて、先週と比べてどの程度改善したのか、改善していないのだとしたらそれはなぜか、というのをしつこく洗い出します。チームとしての行いを振り返るレトロスペクティブと呼ばれる活動がプロセスの中に組み込まれているんです。悪者探しをするのではなく、可視化した上で、みんなで気づきを得て、プロセスを改善する。これがアジャイルやスクラムの本質だとぼくは思っています。

——ということは、エンジニアはそのほかのビジネスパーソンと比べて、人格攻撃をせずにちゃんと問題と向き合える資質を持った人たちだということですか?

エンジニアには、コードレビューと言って、誰かが書いたコードが適切かどうかをみんなで確認し合うプロセスがあります。書いたコードも、ぼくとプロダクトの関係同様、ある程度人格と紐づいているので、中には「こんなひどいコードを書きやがって」みたいなことを言う人もいます。ですが、そういうことをするとチームがどうなるかということに、いち早く気づいたということなのだと思います。

人間は感情の生き物だから、成果物と感情とを完全には切り分けられません。その中でチームの成果物をよくするためにはどうすればいいかということを、エンジニアはプラクティスとして学んできている。それは言い方を変えれば、それだけたくさんの失敗をしてきたということでもあると思います。たくさんの失敗を重ねてきた、その分だけ学んできたということではないでしょうか。

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PLOFILE
株式会社Hakali 取締役CTO 池内孝啓

ITベンチャー数社を経て2011年に株式会社ALBERTへ入社。2014年に同社の技術担当執行役員に就任。機械学習を用いた推薦システムの開発やビッグデータ活用プラットフォーム事業の立ち上げなどに従事し、2015年に東証マザーズ上場を経験。同年、独立・起業し、BtoB SaaS領域のプロダクトを複数開発。2019年、現職に就任。『Python ユーザーのための Jupyter[実践]入門(技術評論社)』『これからはじめる SQL 入門(技術評論社)』など著書多数。

[取材・文] 鈴木陸夫 [企画・編集] 岡徳之 [撮影] 伊藤圭

iXキャリアコンパスより転載(2020年8月25日公開の記事

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