安倍首相は記者会見で辞任の意向を表明した。
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安倍晋三首相は8月28日午後5時から記者会見し、辞任の意向を正式に表明した。冬を見すえた新型コロナウイルス対策について説明した後、安倍首相は自身の体調問題と辞任の意向について、以下のように語った。
私自身の健康上の問題についてお話をさせていただきたいと思います。
13年前、私の持病である潰瘍性大腸炎が悪化をし、わずか1年で突然総理の職を辞することになり、国民の皆様には大変なご迷惑をおかけしました。
その後、幸い、新しい薬が効いて体調は万全となり、そして国民の皆様からご支持をいただき、再び総理大臣の重責を担うこととなりました。
この8年近くの間、しっかりと持病をコントロールしながら、何ら支障なく総理大臣の仕事に毎日日々全力投球することができました。
しかし、本年6月の定期検診で再発の徴候が見られると指摘を受けました。
その後も薬を使いながら全力で職務にあたってまいりましたが、先月中頃から体調に異変が生じ、体力をかなり消耗する状況となりました。
そして8月上旬には潰瘍性大腸炎の再発が確認されました。今後の治療として、現在の薬に加えましてさらに新しい薬の投与を行うことといたしました。
今週初めの再検診においては、投薬の効果があるということが確認されたものの、この投薬はある程度継続的な処方が必要であり、予断は許しません。
政治においては最も重要なことは、結果を出すことである。私は政権発足以来、そう申し上げこの7年8カ月、結果を出すために全身全霊を傾けてまいりました。
病気と治療を抱え、体力が万全にならないという苦痛の中、大切な政治判断を誤ること、結果を出さないということがあってはなりません。
国民の皆さまの付託に自信を持って応えられる状態でなくなった以上、総理大臣の地位にあり続けるべきではないと判断いたしました。
総理大臣の職を辞することといたします。
現下の最大の課題であるコロナ対応に障害が生じるようなことは、できる限り避けなければならない。この1カ月程度、その一心でありました。
悩みに悩みましたが、足元において7月以降の感染拡大が減少傾向へと転じたこと、そして冬を見すえて実施すべき対応策を取りまとめることができたことから、新体制に移行するのであればこのタイミングしかないと判断いたしました。
この7年8カ月、さまざまな課題にチャレンジしてまいりました。残された課題も多々ありますが、同時にさまざまな課題に挑戦する中で達成できたこと、実践できたこともあります。
すべては国政選挙のたびに力強い信任を与えてくださった、背中を押していただいた国民の皆さまのおかげであります。本当にありがとうございました。
そうしたご支援をいただいたにも関わらず、任期をあと1年残し、他のさまざまな政策が実現途上にある中、コロナ禍の中、職を辞することとなったことについて、国民の皆さまに心より、心よりお詫びを申し上げます。
拉致問題をこの手で解決できなかったことは痛恨の極みであります。ロシアとの平和条約、また憲法改正、志半ばで職を去ることは断腸の思いであります。
しかし、いずれも自民党として国民の皆さまにお約束をした政策であり、新たな強力な体制のもと、さらなる政策、推進力を得て、実現に向けて進んでいくものと確信しております。
もとより、次の総理が任命されるまでの間、最後までしっかりとその責任を果たしてまいります。
そして、治療によって何とか体調を万全とし、新体制を一議員として支えて参りたいと考えております。
国民の皆さま、8年近くにわたりまして本当にありがとうございました。
「アベノミクス」で経済は良くなったか。
経済政策「アベノミクス」と「新三本の矢」について説明する安倍首相。(2016年5月)
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自民党内に有力なライバルがいない中、第2次安倍政権は大型の国政選挙での勝利を背景に「安倍一強」と評される官邸主導の政治を取り仕切ってきた。
ただ、その政治をめぐる評価は分かれる。
読売新聞オンラインは「経済政策『アベノミクス』を進めながら、日米関係を基軸とした外交や安全保障政策で成果を重ねてきた」(2020年8月24日)と論評。経済界も、経済最優先の政策をおおむね評価してきた。
確かにコロナ禍前までの経済指標を見てみると、2012年の就任当初から好転しているように見える部分もある。
企業の「経常利益」は、48兆4000億円(2012年度)から過去最高の83兆9000億円(2018年度)に拡大。有効求人倍率は0.82倍(2012年12月)から1.64倍(2018年9月)で、45年ぶりの高水準をマークした。なお、コロナ禍前の2019年12月は1.57倍だった。
実際のところ、人々は好況を実感できていたのだろうか。
総務省の家計調査によると、総世帯のうち勤労者世帯の実収入は1カ月平均46万7774円(2012年)から51万2534円(2018年)となり実収入は増加傾向だ。
厚生労働省の国民生活基礎調査でも、1世帯あたりの年間平均所得は537.2万円(2012年)から552.3万円(2018年)と14万円ほど増えた。
ただ、所得の分布状況では平均所得金額以下の世帯は60.8%(2012年)から61.1%(2018年)に。
新型コロナ禍で中間層がさらに沈み、貧富の格差が一層拡大することも懸念される。
安保政策をめぐっても評価は分かれる。「積極的平和主義」を標榜する安倍政権は、これまでの憲法解釈を変更。集団的自衛権の一部行使を容認する「安全保障関連法」を成立させた。
これは「戦争の放棄、軍備及び交戦権の否認」(憲法9条)を憲法でうたった戦後日本にとって、安保政策の大きなターニングポイントとなった。
加えて歴代最長となった長期政権ゆえか、「首相自身や妻の関与が追及された森友・加計学園問題や、自身が主催する『桜を見る会』をめぐる疑惑が表面化」(朝日新聞デジタル・2020年8月24日)と「ゆるみ」を指摘する声もあった。
ポスト安倍に残された宿題が、コロナ禍への対応だ。
東京・中央区の銀座四丁目(2020年7月23日)。
撮影:吉川慧
安倍首相は事業規模で233.9兆円の対策パッケージについて、5月の記者会見で「GDPの4割に上る世界最大の対策によって、100年に1度の危機から日本経済を守り抜く」と自信を見せていた。
だがエコノミストは、そのうち融資枠などを除いた「真水」は「61.6 兆円程度」と指摘する。
緊急事態宣言でさまざまな業種に「自粛」を要請した一方、必要とされる十分な「補償」が行き渡っていないという不満はなおもくすぶる。
感染拡大の第2波と前後して旅行喚起策「GoToトラベル」の実施に踏み切ったことも、その恩恵が末端に行き届くのかという指摘も含めて、評価は分かれる。
8月のNHK世論調査では「いったん中止すべき」が62%にのぼった。与党支持層でも53%となり、半数以上が「いったん中止にすべき」と回答している。
コロナ禍による景気悪化は甚大なものになりそうだ。
4〜6月のGDPは年率換算でマイナス27.8%。リーマンショックを超えた戦後最大の下げ幅となった。帝国データバンクによると、全国の新型コロナウイルス関連倒産は8月28日現在で470件にのぼる。
生活不安も続く。新型コロナ禍で有効求人倍率は6カ月連続で悪化し、今年6月には1.11倍に。2014年10月以来、5年8カ月ぶりの低水準となった。
消費税は2014年に8%、19年には10%に引き上げたが、増税からほどなく新型コロナ禍が発生。消費喚起の観点から減税を求める声はいまだ根強い。
こうした課題にどう向き合うのか、ポスト安倍が実効性のある政策を打ち出せるのか注目される。
第2次安倍政権の発足から7年8カ月、他にも宿題は残っている。
ポスト安倍、有力候補には4人の名前が取り沙汰されている。
Reuters、Getty Images/Tomohiro Ohsumi、Reuters/Toru Hanai、竹下郁子
現時点でポスト安倍の有力候補として、菅義偉官房長官、岸田文雄政調会長、石破茂元幹事長、河野太郎防衛相などの名前が取り沙汰されている。
課題はコロナ対策だけではない。ロシアのプーチン大統領との間で「私たちの時代で終止符を」と意気込んだ北方領土問題は棚上げになっている。北朝鮮による日本人拉致問題も、状況は停滞している。
「(東京)オリンピック・パラリンピックが開催される2020年、日本が大きく生まれ変わる年にするきっかけとしたい」と豪語した憲法改正も実現は難しいだろう。そもそも、延期した2021年の五輪開催すら危ぶまれている状況だ。沖縄の米軍基地問題、震災復興も道半ばだ。
次の総理・総裁は安倍首相の自民党総裁としての任期を引き継ぐため、その任期は2021年9月までとなる。衆院の任期満了を2020年10月に控え、次の総裁は「選挙の顔」としての側面も期待される。
安倍首相は記者会見で、総裁選の日程や方式は二階俊博幹事長ら自民党執行部に一任したと明らかにした。
日本の舵取りを担うのは、果たして誰になるのか——。
(文・吉川慧)