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「週休3日」で仕事と人生どう変わったか? IBMデータサイエンティストの挑戦

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新型コロナウイルス感染症の影響で生まれた「巣篭もり期間」に半強制的に家族との時間を過ごしたことで、ワークライフバランスや家族との向き合い方などについて改めて考えた人は多かったのではないでしょうか。

また「人生100年時代」と言われる一方で技術革新がますます加速することを考えれば、社会人の学び直しは不可避であり、目の前にある仕事にがむしゃらに向かうことだけが正とされる状況ではなくなっています。私たちはさまざまな側面から働く時間の使い方の見直しを迫られていると言えます。

上甲昌郎さんは2011年に新卒で日本IBMに入社し今年勤続10年目を迎えるデータサイエンティスト。自他ともに認めるほど、昼夜を問わずつい仕事に没頭してしまう仕事人間でしたが、2018年末ごろ、ふとしたきっかけで自身のさらなるキャリアアップや働き方を見直すことに。

同社が2004年から導入する短時間勤務制度を活用し、週4日はこれまで通りに働きつつ、週1日は大学院に通って博士号取得を目指し、また子どもを持つ父親としてこれまで以上に家庭と向き合う生活を送っているといいます。

仕事・家庭・学びのすべての面でバランスの良い状況を手にしている現在の上甲さんですが、仕事に使える時間を手放すことには相当な勇気も必要だったはず。仕事一筋だった上甲さんにどうしてそのような決断ができたのでしょうか。

「上甲さんはなにがしたいの? なんのために働いているの?」

——ご経歴と今のお仕事を教えてください。

2011年に新卒で日本IBMに入社しました。大学、大学院は航空宇宙工学科で、今で言う人工知能やデータサイエンスといった技術が航空宇宙分野でどのように使えるのかを研究していました。今でこそさまざまな企業が追随していますが、IBMは2000年代から「BAO(ビジネス・ アナリティクス・アンド・オプティマイゼーション)」という組織を持ち、企業のデータ活用を重視していました。私自身もそうした部分で世の中に貢献したいと思い、この会社に入りました。入社後は戦略やシステム開発など幅広くやってきましたが、総じて「データを軸にクライアント企業の変革を支援する」ことに取り組んでいます。

——なぜ働きながら学ぶ選択を?

現在の生活スタイルになったのは2019年4月からで、それまではどちらかというと仕事一筋の人間でした。学ぶ時間もそうですが、家族との時間もおろそかになっていたくらい。忙しすぎて帰れないということはありませんでしたが、逆に言えば家でも常に仕事をしているような生活でした。子どもが話しかけてきてもちゃんと返事ができないなど、仕事のことばかり考えていて、ほかのことにまで目を配れていなかったと思います。それだけ仕事が楽しかったこともあるのですが、もともと一つのことに没頭してしまうタイプでもありました。

そんな中、2018年の終わりに転換点となる出来事がありました。当時の上司から「上甲さん、働き過ぎじゃない?」「どうしてそんなに一生懸命に働いているの?」、ほぼ同じ時期にクライアント企業の方からも「上甲さんはなにがしたいの? なんのために働いているの?」と尋ねられ、ハッとさせられました。一歩引いて冷静に自分の毎日を振り返ってみると、たしかに目の前のプロジェクトにのめり込みすぎていて、いっぱいいっぱいになっていたかもしれないな、と。

そうしたきっかけがあり、改めて「自分はなんのために働いているのか」と考えてみると、その先にある「そもそもなんのために生きるのか」という問いについて考えないわけにはいかなくなりました。これまでのように仕事一辺倒で生きるのはどうなのか、もっと人生全体で見て時間の使い方、働き方を見直してみてもいいのではないかと考えるようになりました。

これまで通りに働くことを通じて社会に貢献していくことも自分にとっては大事だけれど、一方では当時すでに子どもも生まれていましたし、家族との時間も大切にしたい。さらには、自分はこれまで一貫してデータサイエンスという専門性を軸に仕事をしてきましたから、その専門性や自分らしさにもっと磨きをかけて、より自分独自の視点で社会に貢献していきたいと考えるようにもなりました。

——それで大学院へ通うことが視野に入ってきたのですね。

専門性を磨くことには、単に仕事に必要だからということに加えて、個人の夢を叶える意味合いもありました。遡れば、私が大学から大学院へと進んだのは「どんなニッチな領域でもいいから世界一になりたい」という思いがあったからでした。

その思いと仕事の必要性が重なりました。会社を辞めて、学生として大学に通うことも考えましたが、まったく働かないとなると、家庭もある身で財政面での懸念もありましたし、それ以上に、働きながら博士課程をとるというほうが新しく、持続可能にも思えました。また、研究対象が仕事に直結する領域であることも要因でした。

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仕事の「その先」に意識が向くように

——実際はどんなサイクルで1週間を過ごしているんですか?

月火木金は普通に業務をして、水曜は大学の研究、週末は家族と過ごしています。どういうサイクルで過ごせば会社に貢献しつつ学業でも成果を出せるかはやってみないと分からなかったので、とりあえず自分がいいと思うやり方で1年間試してみている段階です。

——1年間やってみて、どんな変化がありましたか?

なかなか難しいことが分かりました(苦笑)。ただ、心の余裕ができて、人生全体を楽しめるようになった気がします。好きな学術分野を追究できるという点でもそうですが、家族ともしっかり向き合えるようになりました。週休3日になって働く時間が減ったからというよりは、「生きる喜びを最大にするには?」という生き方に変わった、そのマインドチェンジが大きかったのだと思います。結果として、以前は食事の時でさえ仕事のことが頭をよぎっていたところ、家族と顔を見て話すことが多くなりましたし、子どもの小さな成長に気づくことも増えました。

仕事への取り組み方にも変化がありました。まず、時間への意識が変わりました。それまでのように際限なく成果を追うのではなく、限られた時間でどう成果を出すかという意識になりました。また、今取り組んでいる目の前のプロジェクトが、その後のクライアントの活動や社会の変化、一般消費者の生活にどうつながっていくのかといったことに、これまで以上に意識が向くようになりました。やっていること自体は基本的に変わっていないのですが、そのことの持つ「意味」を考えるようになったと言いますか。これも、働くことを人生の一部として捉え、「なんのために働くのか」を常に考えるようになったことと関係しているのではないかと思います。

——働き方が変わって、チームやクライアントとの関係に難しさを感じることはないですか?

特段ないですね。データサイエンスチームとしても、個々のプロジェクトに関しても、問題なく稼働しています。

弊社では、プロジェクトが組成される際に自分がどれくらいコミットするかを話し合って決めることができるので、その時点で「水曜日は避けてください」と言って始めてしまえば、そこに対して「いやいや水曜日もやってください」ということは基本的には起こりません。もちろん急遽の対応を求められることもありますが、それは稀です。

プロジェクトメンバーはそれぞれがプロフェッショナルとしてやるべき仕事が明確に決まっているので、毎日必要最低限のコミュニケーション、チームの定例ミーティング、適宜、slackなどのコラボツールを使って相談する、それで事足りる印象です。

弊社は成果主義を取っているので、時間の制約が問題になることはあまりありません。「自分はアドレナリンが出るのが早朝だから」と言って朝5時から働き始め、午後3時ごろにはもうジムで汗を流している人もいますし、週4日がむしゃらに働いて、金曜日は実質的に休んでいる人もいます。

私はたまたま制度を活用していますが、制度を使わず、自分なりに工夫して捻出した時間を自己研鑽に当てている人もいます。働く上で重要なのは机に向かう時間ではなく、成果を出すこと。そして、一番成果を出しやすい働き方は人それぞれ違う。こうした考え方が社内に浸透していることが大きいように思います。

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水曜日は自分にとってなんのためにあるのか?

——大学院で学んだことが仕事に役立っているという実感がすでにありますか?

もちろんたくさんあります。まず短期的な意味合いで言うと、研究の土台として幅広い分野の知識を学ぶことで、お客さまとの会話がしやすくなったという実感があります。研究はまだ誰も知らない人類の未来を切り拓くようなことであり、それはまさに私の業務に直結しているとも言えます。多くのクライアント企業は今、先の見えない中で2025年、2030年を目掛けてなにをやっていかないといけないのかを必死で考えている。そういう意味では目線は合っているし、貢献できるのではないか、と思っています。

——そうした学びは週休3日の制度があったからできたことですか?

もちろん制度を使わないでも社内研修や自己学習で学べることはたくさんあると思いますし、先ほども言ったように、実際にそうやって自己研鑚している人は社内にもたくさんいます。ただ、若い人であればある意味で時間は無制限にあるし、私も昔はそういう学習の仕方をしていましたが、今は小さな子どもがいて、なかなかプロジェクト以外の自己投資の時間を取れていないという焦りがありました。いずれにせよ、基本的には働き方は自分でデザインするものと思っていますし、IBMはそれができる会社です。

今はとりあえずこの4年間で成果を出すことを目指していますが、学びつつ働くということ自体は、その後も続けたいと思っています。2025年になったら状況は変わっていて、世の中から求められるものも変わるでしょうし、私が学びたいと思うものももしかしたらAIとは違うものになっているかもしれない。けれども、時代にフィットするスキル、お客さんに求められるスキルに合わせて自分自身が変わっていかないといけないこと自体はこの先も変わらないのではないでしょうか。そう考えれば、自分のことを成功例と言うつもりはないですが、「週5日働かなければいけないって誰が決めたの?」って皆が思うようになって、世の中全体で週4日働くのがスタンダードになるかもしれません。

——最後に、素朴な疑問ですが、それまで仕事一辺倒だった上甲さんが、月火と働いていて、水曜日に「仕事がしたい」と思うことは本当にないんですか?

それはやはりあります。切り替えはすごく難しいです。もともと「あれもやりたいこれもやりたい」「あれもやらなきゃこれもやらなきゃ」というタイプなので。そこは反省ポイントですし、いかに切り替えるかは今後に向けた課題です。

個人的にいろいろ試してきたつもりではあります。例えば仕事をなるべく小さな単位に細分化する、メールやチャットの通知をオフにするなど。うまくいっているところもあれば、まだうまくいっていないところもあります。

今まさに実践している最中ではありますが、「水曜日が自分にとってなんのためにあるのかをちゃんと考えること」は大事な気がしています。そこが腹落ちしていれば、なし崩しに仕事をする選択肢はなくなるはずですから。自分にとっての水曜日は専門性を身につけ、博士課程で成果を出すためである。水曜日はそのためにあると思えば、何をすべきかは自然と決まるということです。

……と、今改めて言語化してみて、やっぱり水曜日は働いていちゃダメだと思いましたね(笑)。結局、仕事をする上では一つ一つの行動に対して「これはなんのためか?」と考えることが大切ということなのではないかと思います。

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日本アイ・ビー・エム株式会社 グローバル・ビジネス・サービス事業部 Advanced Analytics CoC Japan Lead 上甲昌郎

日本IBM入社後、データサイエンスを軸に、戦略立案からシステム開発まで、幅広いプロジェクトに参画。若手組織のアナリティクス部隊のマネージャーを経て、現在は顧客との共創を通じたデジタル変革を推進している。プロジェクトの傍ら、産学連携プロジェクトの運営も支援し、一流の研究者と日本を代表する企業と共に、新たな社会モデル・イノベーションのあり方を探っている。東京大学航空宇宙工学科卒、同大学院卒。

[取材・文] 鈴木陸夫 [企画・編集] 岡徳之

iXキャリアコンパスより転載(2020年8月18日公開の記事

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