「根強い男性優位の意識を変えるためには、男女の比率を半々にすることが必要だ」との佐藤優さんの言葉に、自分の中の「無意識の差別」を改めて見つめ直したシマオ。 佐藤さんはいつからフェミニズムの重要性を感じていたのか。シマオは佐藤さんにそのきっかけを聞いた。
危機の時に、女性だけが助けてくれた
シマオ:佐藤さんは、拘置所にいた間に執筆された『獄中記』の中で「外に出てからフェミニズム思想もきちんと勉強してみようと思います」と書いていましたけど、それは何か理由があったんですか?
佐藤さん:前にも話したように、私はいわゆる「鈴木宗男事件」に絡む背任容疑で逮捕・勾留されました。その獄中で、検察による取り調べやメディアスクラムの暴力性を、身をもって体験したんです。それは非常に「マッチョ(男権的)」な世界でした。
シマオ:本を読んでいても、僕だったら絶対耐えられないと思いました。
佐藤さん:私自身は国家を裏切るような行為をしてはいないという確信がありましたし、同じように考えてくれていた人はいたはずです。けれど、男の人たちはすくんでしまって助けてくれない。ほとんどの人が逃げていってしまいました。
シマオ:なんと……。
佐藤さん:その中で助けてくれたのが、女性たちでした。女性たちのほうが危機の時には圧倒的に強いというのが、私が実体験から得た教訓です。
シマオ:それは個人の問題ではなく?
佐藤さん:私も最初はそうかと思いましたが、見ていると個人の性格や資質に還元できるものではないと考えるようになりました。
シマオ:なぜなんでしょうか。
佐藤さん:おそらく、一言で言えば「出世競争」から外れていることによるものだと思います。
シマオ:出世とどう関係があるんですか?
佐藤さん:女性たちは、公には男女平等だとされるようになった一方で、実際にはそこから疎外されてきました。だから、出世という他者からの評価を気にせず自分の座標軸によって判断するということに慣れているんだと思います。男は、ここで出世ラインから外れたらどうしよう、と常に恐れているわけです。
シマオ:なるほど。以前、佐藤さんが言っていた出世教の信者は男が多いということですね。
佐藤さん:聖書では、イエスが捕まった時、弟子のペトロは「最後まであなたについていきます」と言います。それに対してイエスは「鶏が3回鳴く前に、おまえは3度、私を知らないと言うだろう」と言い、実際にそのとおりになります。ペトロだけでなく、男の弟子たちはみんな逃げてしまいました。
シマオ:古代から男性は権力に弱かったということですね。
佐藤さん:キリストが処刑されてペトロはさめざめと泣くだけだったのに対して、キリストのそばに黙って寄り添う女性たちがいました。やはり、女性の精神的な強靭さは個人の資質だけではない部分がある。それをフェミニズムを学ぶことで理解できるのではないかと思ったんですよ。
「女系社会」はあり得るか?
シマオ:佐藤さんはこの間「男性優位の社会ができたのは、男のほうが筋力が強いというだけだ」とおっしゃっていましたね。でも、考えてみれば日本でも卑弥呼や女性天皇の時代がありましたよね。いわゆる「女系社会」はあり得ないんでしょうか?
佐藤さん:女系社会や母系社会と呼ばれるものはあります。例えば、前にも言ったようにユダヤ教は母系社会です。
シマオ:母親がユダヤ教徒なら、その子どもは自動的にユダヤ教徒になるんでしたね。
佐藤さん:でも、それだから女性が強い「女権社会」だというわけではありません。むしろ女系社会では、女性は形だけの支配者であって、その女性の兄弟の力が強くなることが多いんです。
シマオ:母親の兄弟ってことは、子どもから見ればおじさんですね。なぜでしょう?
佐藤さん:男にとって、妻が産んだ子どもが本当に自分の子どもかは確かめようがない。だから「性悪説」に立つわけです。もちろん、今はDNA鑑定がありますけどね。
シマオ:浮気されているかもしれないということか……。
佐藤さん:その中で自分と血のつながりはっきりしている一番近い親戚というのが、自分の実の姉、または実の妹が生む子どもになります。つまり、女系社会というのは、実は男権社会を維持するための手段なんですよ。
シマオ:ということは、女性の権力が強いわけではない、と。男系でつながっているという「お話」を信じるか、「遺伝子」がつながっているという実質をとるかの違いでしかなくて、結局は男系社会だというわけですね。
佐藤さん:だから、おじさんはわが子よりも自分の姪や甥を大切にする。そうした斜めの関係が強くなっていくんです。
シマオ:でも、卑弥呼なんて最初の女王になったわけですし、権力があったのでは?
佐藤さん:そもそも卑弥呼については多分に神話の要素もありますが、卑弥呼にも政治を助ける弟がいたとされています。1つ言えるのは、宗教では女性が教祖になることがけっこうあります。例えば、「天理教」は中山みきが教祖ですし、「大本」は出口なおが教祖ですが、実際に宗教団体をマネジメントしているのは別であることも多いわけです。
シマオ:トップが女性であっても、仕組み自体が男中心になってしまうんですね。
平等とは、自分の価値を実感できること
佐藤さん:最近ではMe Too運動などもありましたし、女性の側から声を上げることはあったけれども、社会の制度はなかなか変わらないというのが現実なんだと思います。
シマオ:何でなんでしょうね……。
佐藤さん:結局のところ、政策が男目線なんですよ。安倍政権も女性活躍推進法を制定しましたし、女性活躍担当大臣を置いています。でも変わらない。
シマオ:一応、女性活躍担当大臣は女性がなっていることが多いですよね。
フェミニズムとはすべての人間の生きる価値を問う問題である、と語る佐藤さん。
佐藤さん:語弊のある言い方になるけど、今の政治の世界では女性は「社会的には男」にならないと活躍できない。そういうことだと思います。この構造は昔から変わっていなくて、有島武郎の小説『或る女』には、自立した女性の生きにくさがよく描かれています。
シマオ:どんなお話ですか?
佐藤さん:主人公の早月葉子は19歳で結婚するも、すぐに離婚してしまいます。その後、母親の薦めで再婚した木村と一緒にアメリカへ向かう船に乗り込むのですが、その船の事務長である倉地に惚れてしまいます。結局、倉地と共謀して仮病を理由に、葉子は木村をアメリカに残して日本に帰ってしまいます。
シマオ:恋多き女、ということですか。
佐藤さん:結局不倫が公になって、そのように見られた葉子はその後さまざまな苦難の人生を送るという話です。当時、恋愛や仕事で自分の思い通りに生きようとする女性は、偏見を持って見られました。 この小説自体は大正の初めのものですが、現代にも通じる女性の戦いと挫折を書いたものだと理解しています。そうした生きづらさは、今でも感じている女性が多数ではないでしょうか?
シマオ:女性活躍と言われても……って感じでしょうね。
佐藤さん:そもそも「女性活躍」という言葉を女性が使いたいと思うでしょうか?
シマオ:確かに「一億総活躍」もそうですけど、活躍って言われると「余計なお世話だよ」って思いますよね。
佐藤さん:今の日本では女性の労働力も「活用」しないと立ち行かない、という事情があります。女性の地位向上のためではなく、生産力を高めるために女性が必要だ、という視点から始まっているので、うまくいかないのも分かります。「活躍」という言葉の裏に、その意図が透けて見えてしまっている。
シマオ:経済的な価値しか見ていないんですね。
佐藤さん:男性優位の社会の中での女性の生きづらさは、単に仕事や賃金の問題だけではありません。働こうが働くまいが自分の価値を実感できるということが必要であって、本当の平等とは、誰もが自分の価値を実感できる社会を目指すことにあるんですよ。
※本連載の第31回は、9月7日(水)を予定しています 。
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。
(構成・高田秀樹、撮影・竹井俊晴、イラスト・iziz、編集・松田祐子)