テスラの生産拠点誘致をめぐって、イギリスが官民挙げての「国産リチウム電池」開発に躍起になっている。
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- 電気自動車(EV)の動力源はリチウムイオン電池だ。その大半は中国で生産されている。
- イギリスのリチウム採掘スタートアップ2社、コーニッシュ・リチウムとブリティッシュ・リチウムは、イーロン・マスク率いるテスラのような企業の生産拠点をイギリスに誘致したいと考えている。
- そうした工場誘致はイギリス経済の活性化につながるうえ、2035年に予定されているガソリン・ディーゼル・ハイブリッド車の販売禁止に向けて、電気自動車の安定供給を確保することにもなる。
- 車載電池スタートアップのブリティッシュボルトは南ウェールズで初の「ギガファクトリー」建設を進めているものの、リチウムイオン電池市場における中国の独壇場を崩すにはイギリス政府のさらなる支援が必須と専門家は指摘する。
- コーニッシュ・リチウムは最近、300万ドルを調達。電池の原料として使える高品位リチウムの埋蔵可能性が高いとされるイギリス南西部で探掘に着手する。
コーニッシュパスティ(具入りのペイストリー)とビーチのことは忘れよう。長いこと日帰り旅行先としてイギリス国民に愛されてきたコーンウェルをイーロン・マスクが訪れるとしたら、それはおそらくリチウムが目的だ。
マスク率いるテスラがけん引するEV革命の核心部分ともいえるのが、リチウムイオン電池。
現在のところ、テスラはオーストラリアの硬岩リチウム鉱床から(一部は南アメリカの塩原から)原料を調達し、中国に海上輸送して電池を製造している。
コーニッシュ・リチウムとブリティッシュ・リチウムというスタートアップ2社はいま、イギリス南西部コーンウォールでリチウムを採掘することで、テスラのような企業の生産拠点を誘致しようと考えている。
イギリス南西部コーンウォールの漁村マウスホール。この周辺地域がいま熱い注目を浴びている。
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生産拠点を国内に誘致することでイギリス市場の成長を加速するだけでなく、年間5万9000トンのリチウムが必要になると専門家たちが予測する、2035年以降のガソリン・ディーゼル・ハイブリッド車の販売禁止にも対応できる。
しかしそれ以上に、待ち望まれていたEVへのシフトを促し、さらにその先に、環境に大きな負荷をもたらすサプライチェーンからの脱却を図る狙いがある。
2019年に世界のリチウムイオン電池生産量の73%を占めた中国の独壇場に割って入るのは並大抵のことではない。しかし、さまざまな理由からまったく不可能とまではいえない。
リチウムイオン電池は危険物に位置づけられ、輸送には大きなコストがかかる。
また、オーストラリアやチリで採掘されたリチウムを中国に運んで電池を製造し、それをヨーロッパに運んで電気自動車に搭載するまでには、大量のカーボンフットプリント(=温室効果ガス排出量)を伴う。
ガソリン車の代わりにEVを購入することが環境に優しい選択であるのは間違いないし、政府もそれを推奨しているが、製造に至るサプライチェーンが長すぎると価値が損なわれてしまう。
車載電池スタートアップのブリティッシュボルトは、リチウムイオン電池を生産するイギリス初のギガファクトリーの建設予定地として南ウェールズを選んだ。2年以内に完成する見通しで、年間30ギガワット時の生産能力を想定している。
車載電池からEVに至るサプライチェーンの分析を行っているベンチマーク・ミネラル・インテリジェンスのサイモン・ムーアはこう指摘する。
「安定供給の観点から、国産原料を使えるのは重要なことだ。とりわけコロナ後の世界ではグローバル化のトレンドが寸断され、EVメーカーやそれを支援する政府は独自に(国内で)電池供給を確保する必要に迫られている」
南ウェールズのギガファクトリーだけでは足りない。ムーアによれば、2027年までに予想される需要増大分をまかなうためには、イギリス国内で3〜7カ所にギガファクトリーを建設し、年間200ギガワット時の生産能力を確保する必要がある。
さらに、イギリスの独立系研究機関ファラデー・インスティテュートによると、2040年までにはさらに8カ所のギガファクトリーが必要になるという。
仮にそうだとすると、イギリス政府の役割はより重要になってくる。中国が長いサプライチェーンという足かせをものともせず世界シェア独占に成功したのは、「EVや車載電池分野の成長を自ら先頭に立って推進する役割を中国政府が買って出た」(ムーア)ことも大きい。
イギリスのジョンソン首相はまさに同じスタンスで、2020年6月の演説では「イギリスのイノベーション」と「ハイリスク・ハイリターンのプロジェクト」を支援すると発言している。
とはいえ、グローバルな競争に参入していくためには、「政府が21世紀のエネルギー基本構想をしっかり打ち出し、リチウムなどの原料供給源を確保した上で、テスラのようなメーカーが他の近隣諸国とも原料の長期購入契約を結べるようサポートし続ける」必要がある、とムーアは強調する。
コロナ禍で再生可能エネルギーに追い風
テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)。ヨーロッパの生産拠点をどこに置くか、彼の胸先三寸だ。
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そうした動きに出るタイミングは、いまをおいてほかにない。というのも、イギリスではすでに静かにエネルギー革命が進んでいるからだ。
パンデミックによるロックダウン中、10年前まで電力供給の約4割を占めていた石炭火力が停止され、イギリスはすでに2カ月以上の間、リチウムイオン電池に蓄電できる風力発電や太陽光発電といった再生可能エネルギーを頼りにしている。
コーニッシュ・リチウムは、政府主導の電池技術開発プログラム「ファラデー・バッテリー・チャレンジ」の投資を受けたリチウム研究の一環として設立され、電池向け高品位リチウムの供給を目指して研究・調査を行っている。
2019年10月に株式投資型クラウドファンディング「クラウドキューブ」を通じて1200人の投資家から180万ドル(約1億9800万円)を集め、最近さらに100万ドル(約1億1000万円)を調達。コーンウォールの熱水鉱床と硬岩鉱床で産出するリチウムの評価を続けている。
コーニッシュ・リチウムは、株式投資型クラウドファンディング「クラウドキューブ」を通じて1200人の投資家から180万ドルを集めた。
Screenshot of Crowdcube website
今年8月には、イギリス政府から523万ドル(約5億7500万円)の拠出を受け、地熱開発会社ジオサーマル・エンジニアリングと共同で、ヨーロッパ初となる地熱かん水からリチウムを分離回収するパイロットプラントを建設する計画を明らかにした。
一方、ブリティッシュ・リチウムは政府プログラムから65万ドル(約7100万円)を調達し、2019年に初の試掘調査を実施。2021年には探掘に着手する。
ブリティッシュ・リチウムのアンドリュー・スミス最高経営責任者(CEO)は次のように語る。
「リチウムのイギリス国内での生産と、テスラが必要とする品位までの濃縮・精製を実現できれば、それは同社にとって大きなアドバンテージとなる」
コーニッシュ・リチウムのジェレミー・ウラットホールCEOもこうつけ加える。
「電池生産を手がけるメーカーがその玄関先(ほど近い場所)で電池向け高品位のリチウムを安定的に確保できるとしたら、これほど素晴らしいことはないだろう?」
イギリスの前に立ちはだかるドイツ
2019年前半、世界経済フォーラム発の官民協働イニシアチブ「グローバル・バッテリー・アライアンス」は、現地(あるいは域内)生産を促進するため、カーボンフットプリント最小化を遵守していることを証明する品質表示「バッテリー・パスポート」を、電池メーカー向けに提供すると発表した。
このヨーロッパの取り組みは、電池メーカーに可能な限りエシカルで環境に優しいサプライチェーンの構築を徹底させるとともに、(電池生産に大きなカーボンフットプリントを伴う)中国による市場支配に風穴をあけることにもつながる。
ただし、ヨーロッパ電池市場のプレーヤーはイギリスだけではない。テスラに補助金を出すなど、イーロン・マスクの関心をめぐってアメリカの各州と競争をくり広げている国もある。現時点では、ドイツがその先頭に立っている。
2021年夏の操業開始を目指して独ベルリン近郊で建設が進むテスラのギガファクトリー。2020年8月31日撮影。
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バルカン・エナジー・リソーシーズというスタートアップは、上部ライン渓谷で実質ゼロカーボンのリチウム分離・回収に道筋をつけている。ヨーロッパ最大のリチウム埋蔵量を誇るエリアで、地熱発電を活用した電池向け高品位リチウムの分離回収を2023年までに開始する。
近隣には、独フォルクスワーゲン(VW)とノースボルトによるギガファクトリーが建設される予定だ。
ちなみに、ノースボルトはテスラ元幹部が立ち上げた電池開発スタートアップで、すでに独BMWと23億ドル(約2500億円)規模の電池供給契約を締結している。
なお、イギリスについては、ブレグジット(EU離脱)の先行きが不透明であることから、イーロン・マスクは次なるギガファクトリーの建設予定地としてベルリンを選んだとの見方もある。
「不純物が少ない」という勝算
チリのアタカマ塩湖。
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それでも、イギリス側は確固たる理由から勝算があると踏んでいる。コーニッシュ・リチウムのリチウム分離・回収プロセスは、地熱発電による送電量が比較的大きいため、温暖化効果ガス排出量を実質ゼロあるいはマイナスにできる強みがあるからだ。
チリのアタカマ塩湖では、1トンのリチウムを回収するのに最大50万ガロンの湖水を必要とする。また、テスラが原料に使っているオーストラリアの硬岩鉱床では、採取した鉱石を高温で焙焼する手法で回収するため、環境への負荷が高くなる。
「チリでは(塩湖から採取されるリチウムを含む)かん水にマグネシウムなど他の不純物が多く含まれていて、除去・精製にコストがかかるという大きな問題がある。ところが、イギリス南西部コーンウォールではこれまでのところ、不純物がほとんど含まれていないかゼロだ」(コーニッシュ・リチウムのウラットホールCEO)
コーンウォールの北東に位置する中核都市ブリストルでは今年6月、イーロン・マスクの姿が目撃されたと報じられている。
(翻訳・編集:川村力)