前澤氏の錬金術師ぶりが如実に。「お金配りおじさん」はダテではなかった

前澤氏月会見②

2020年8月13日、前澤氏がアダストリアとユナイテッドアローズの大株主になったことが明らかになった。写真は、2018年9月撮影。

撮影:今村拓馬

ZOZOの創業者で前社長の前澤友作氏がユナイテッドアローズとアダストリアの大株主になったというニュースは、当事者や企業の感情は別として、一般的にも株式市場的にも好感を持って受け入れられた。

ブランド廃止や経営破綻などが続発し、明るい話題が少ないファッション業界において、“異端児”の前澤氏は何をしようとしているのか?

業界再編の引き金を引いたと騒ぎに

まずは事実関係をおさらいしておく。

前澤氏は8月13日に大量保有報告書を提出。7月から8月にかけてアダストリアとユナイテッドアローズの株式を市場から連日のように買い増し、ユナイテッドアローズの7.97%、アダストリアの株式の5.60%の株式を取得し、大株主になったというものだ。取得金額は約80億円。

これでユナイテッドアローズでは、筆頭株主で創業者の重松理名誉会長の8.23%(2020年3月末現在)に続く第2位の大株主に。わずかな買い増しで筆頭株主に躍り出る可能性も浮上している。

アダストリアでは主要取引先である豊島の4.20%(2020年2月末現在)を抜き、オーナーである福田三千男会長の資産管理会社フクゾウの34.41%(同)にははるか及ばないが、それに続く第2位の大株主になったわけだ

すわ、古巣のZOZOやその親会社のZホールディングス(旧ヤフー)を含めて、業界再編の引き金を引いたかと一時は騒然となった。

しかし、大量保有報告書に記載された保有目的は以下のもの。

「純投資を基本とするが、発行者経営陣との間で友好的な関係が構築されることを前提として、必要に応じて企業価値向上のための助言または提案を経営陣に対して行う可能性もある」

両社には大量保有報告書が出る前に前澤氏から連絡があり、「純投資」との説明があったという

アダストリアでは福田会長から社内に対して、株主の50%近くは安定株主で、当面の資金も準備しており、経営方針は変わらないので安心してほしいと説明。「自分たちがやるべきことは変わらず、世界を舞台にファッションのワクワクを届けていくことだ」と社員に対しメッセージを送ったと聞く。

前澤効果で株価が2割上昇も

株価ボード

前澤氏が大株主となった発表を受け、ユナイテッドアローズとアダストリアの株価は上昇した(写真はイメージです)。

REUTERS/Kim Kyung-Hoon

アダストリアの株価のピークは2016年6月の4210円で、時価総額は2054億円に達した。

2020年の大発会(1月6日)に2496円の年初来高値を付けたが、4月6日には1118円まで沈んだ。7月中旬からは1500円前後で推移し、8月13日の終値は1609円、時価総額785億円となっていた。

これが(前澤氏の大量株式取得が明らかになった)8月14日には1698円、時価総額828億円に上昇。株価は一時1700円台に回復。8月31日の終値は1658円で時価総額は809億円になり、半月で51億円増加した

一方、ユナイテッドアローズの株価はピーク時の2016年2月には6000円台だったものが、2019年の終値(12月30日)では3090円と半分に。今年に入ってからは1月7日の3065円が年初来高値で、コロナ禍で3月19日には1266円の年初来安値をつけていた。

前澤氏が株式を買い増しはじめた7月には1500〜1600円台を中心に推移。8月6、7日には1300円台まで下がった。8月13日には一時1297円まで下がり、終値は1336円だった。

しかし、前澤氏の発表を受け、翌日には一時21%高となり、出来高も急増

8月31日の終値は1625円となり、「前澤効果」で株価が約2割上昇した。時価総額も2016年の1400億円超にはほど遠いものの、8月13日には403億円だったものが、翌日1日で461億円まで増え、8月31日現在、490億円と、半月で87億円増加した

ゆかりの深いユナイテッドアローズ

ユナイテッドアローズのほうが反応が大きいのは、安定株主が多いアダストリアに比べて、顧客を含めた個人投資家が多いことも影響している。複数のメディアで報じられた(報じさせた!?)「コロナ禍で苦境のアパレル支援」というイメージ戦略もうまく働いた。

とくにユナイテッドアローズと前澤氏のつながりは深い。

きっかけは、ZOZOの役員の妻がユナイテッドアローズに勤務していたこと。そこからZOZOの話を聞き、興味を持ったユナイテッドアローズ創業者の重松氏がZOZOにアポイントを取り、幕張本社を訪問。

前澤氏のビジョンに共感して出店を決めたことで、ファッション商品をネットで売ることにまだ抵抗があった企業・ブランドの出店を促す役割を果たしたことは広く知られている。

今回の株式取得はその「恩返しだ」とか「前澤氏の男気だ」といった論調がSNSなどでも散見される。

気付けば国内アパレル専門店の3位と6位の大株主に

前澤氏独占インタビュー時の写真

2019年度の日本のアパレル専門店売上高(営業収益)ランキングでは、アダストリアが3位、ユナイテッドアローズが6位。数十億円ずつの資金で2社同時に第2位の大株主の座をつかんだことになる前澤氏。

撮影:今村拓馬

改めて両社を見てみると、アダストリアは「グローバルワーク」「ニコアンド」「ローリーズファーム」「スタディオクリップ」「ジーナシス」などを擁するカジュアルSPA(製造小売り)企業で、売上高は2223億円(2020年2月期)。紳士服専門店、ジーンズカジュアル専門店を経て、マルチブランド戦略で成長。

2010年からSPA型に転換。並行してECを強化し、EC売上高は国内で436億円、EC化率は20.5%と高く、自社EC「.st」(ドットエスティ)の会員数は1000万人を突破するなど業界屈指の規模を誇る

一方のユナイテッドアローズは、もともとビームスの幹部たちがワールドの出資を受けて立ち上げた"新しい老舗セレクトショップ"で、「ユナイテッドアローズ」「ビューティ&ユース」などに加えて、カジュアルSPA業態の「グリーンレーベルリラクシング」「コーエン」なども展開するハイブリッド企業だ。

売上高は1574億円(2020年3月期)で、EC売上高は292億円、EC化率は22.6%とこちらも2割を超えている

2019年度の日本のアパレル専門店売上高(営業収益)ランキングでは、「ユニクロ」「GU」を擁するファーストリテイリング(2兆2900億円)がダントツの1位で、「ファッションセンターしまむら」「アベイル」を擁するしまむら(5219億円)が2位。4位の青山商事(2176億円)を抜き、アダストリアが3位に浮上している。

そして、ユナイテッドアローズは5位のAOKIホールディングス(1802億円)に続き6位に名を連ねている

zozoロゴ

前澤氏の株式買い付けのニュースを受け、ZOZOの株価も上昇した。

shutterstock/Koshiro K

前述した通り、新型コロナウイルスの影響もあり、アパレル小売業は業績、株価ともに低迷しているところがほとんどだ。アダストリアとユナイテッドアローズも例外ではないし、課題も多い。他にも候補はあまたあるはずだ。

けれども、両社ともに「ZOZOTOWN」(ゾゾタウン)の売り上げ上位を占める有力取引先であり、とくにユナイテッドアローズは自社ECの開発・運営なども手がけたため、内情は熟知している。

規模が大きく(つまり、多くの顧客基盤をもっている)、これからの小売業に欠かせない店舗とECを両輪としたOMO(オンラインとオフラインを融合した)を推進する、アパレル専門店3位のアダストリアと、6位でセレクト業界トップのユナイテッドアローズ。

両社をきっちりと狙って、底値に近い値で、数十億円ずつの資金で2社同時に第2位の大株主の座をつかんだことになる。前澤氏の投資家としての手腕を発揮したもので、「お目が高い」「目の付け所が良い」としかいえない

これらによって、今も17.51%を所有する国内ナンバーワンのファッションECモールを擁するZOZOの株価も上昇した。8月13日の終値2805円に対して、一時は3000円台を回復。 31日には2984円となり、時価総額は8741億円から9299億円へと558億円も増加している。

「お金配りおじさん」の商標を出願したことも伝えられているが、その“錬金術師”ぶりが如実にあらわれた形だ。

フィンテックでの協業は双方にメリットあり

スクリーンショット小さな一歩

「養育費あんしん受け取りサービス」を行う"株式会社小さな一歩"。前澤氏が最近事業として手がけはじめた事業の1つである。

株式会社小さな一歩ホームページ

前澤氏が最近事業として手がけはじめた注目サービスは2つある。

1つ目は、「株式会社小さな一歩」での、ひとり親に向けて養育費の支払いを保証する「養育費あんしん受け取りサービス」だ。元パートナーとの交渉や連絡を担って受け取りを保証する代わりに、保証料兼サービス利用料として、毎月払いでは月の養育費の15%、一括払いでは1年分の養育費の25%を徴収するというものだ。

そして、2つ目が、フィンテック(Fintech)領域での新事業だ。2019年9月にZOZOを退任後、旧社名だったスタートトゥデイを新会社として設立し、前澤氏の資金や影響力、経営力、人脈をフル活用し、社会課題の解決にまで踏み込んだ事業を目指すという。

フィンテックとは、サプライチェーンやバリューチェーンを活用した決済を中心とした金融サービスのこと。購買データに基づいた与信データ分析や信用スコアリング、さらには、貸金や投資など資産運用などにも事業の可能性が広がることになる。

1000万人の自社EC会員を誇るアダストリアや、富裕層顧客も多いユナイテッドアローズなどと協業することは、双方にとってメリットが大きそうだ。

コロナ禍が長引く中で、業界内での淘汰・再編はこれからが本番といえる。前澤氏には、その台風の目になるというよりも、RaaS(リテール・アズ・ア・サービス、小売りのサービス化)や、新たな収益源やマネタイズ力を培う「お金稼ぎ指南おじさん」としてファッション業界に貢献していただきたいものだ。

(文・松下久美


松下久美:ファッションビジネス・ジャーナリスト、クミコム代表。「日本繊維新聞」の小売り・流通記者、「WWDジャパン」の編集記者、デスク、シニアエディターとして、20年以上ファッション企業の経営や戦略などを取材・執筆。2017年に独立。著書に『ユニクロ進化論』。

編集部より:初出時、一部を8月28日の株価としていましたが、正しくは8月31日の株価でした。お詫びして訂正します。


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