安倍政権下にあった2019年、史上最低の出生数は激震をもたらした。
出典:厚生労働省「人口動態統計」
安倍政権は「希望出生率1.8」を掲げるなど、子どもを産みやすく育てやすい社会にする、と国民に表明してきた。だが、2019年には日本で生まれた子どもの数が史上最低の86万人台となる「86万ショック」に見舞われるなど、少子化は止まらない。
労働力不足はじめ、地域コミュニティやインフラの機能不全を招き、年金など社会保障制度を揺るがすことで、全世代に深刻な影響を及ぼす少子化問題は、日本にとって最大の社会課題の一つだ。
安倍政権下で少子化対策は何がなされ、何が課題だったのか。3人の有識者に、評価・分析してもらった。
「少子化社会対策白書」などからBusiness Insider Japan作成。
保守の家族観にとらわれた少子化対策【評価30点】
立命館大学、筒井淳也教授
提供:筒井淳也教授
立命館大学産業社会学部・筒井淳也教授
安倍政権が少子化対策について何もやってこなかったということは全くない。
保育所増設は予定を前倒しに取り組んだり、幼保無償化や高等教育無償化を実施したり、教育・育児コストを引き下げる体制は作ってきたと言えるだろう。
しかし大きく分けて2つの問題がある。
一つはそもそも(国が政策支援する)共働きは、夫婦ともにフルタイム正規雇用が前提。なのに、実態は異なるということだ。
※共働き世帯のうち、夫婦ともに正規雇用カップルは2割程度の少数派。
多くの夫婦がそうであるように男性がフルタイム正社員、女性はパートなど非正規雇用のままでは、やはり「男性に相当の安定した所得がないと結婚しない」ということになる。
少子化の最大の要因は未婚化と晩婚化。「結婚後」の政策的な保障は、子どもを持つことを促す一つの手段にはもちろんなるが、もっと重要なのは子どもを持てるかどうかという「見通し」。
継続して仕事を続けて所得を得られる、という見込みを若い世代が持てることこそ重要だ。
(女性側が子育てを理由に)いつかは一旦、仕事を辞めなくてはならないという思いをぬぐいきれていないと、未婚化の最大の要因であるミスマッチ(安定した所得を見込める未婚男性を探すが、見つからないこと)が起こり続けてしまう。
「男性稼ぎ手、女性主婦」は伝統的モデルではない
50歳代の未婚率と将来推計。そもそも結婚する人は減っている。家族モデルは変わりつつある。
出典:内閣府「少子化社会対策白書」
2つ目の問題は、政策の一貫性のなさだ。共働き支援政策にも関わらず、与党である自民党は「保守的な家族観」にとらわれ続けている。
それは政策面のちぐはぐさに現れている。働き方改革や共働き支援策の一方で、経済界に配慮した、労働時間の上限のない高度プロフェッショナル制度の実施、配偶者控除の見直し先送り、三世代同居の推進のような保守の「家族観」がそれだ。
しかし、保守層が「伝統的家族観」としている「男性稼ぎ手、女性は主婦」という家族のあり方は、1970年代前後の30年間ぐらいのモデルに過ぎない。
グローバル化、サービス産業化(それに伴う企業の競争力低下、女性の労働参加の流れ)はもう止められない。「男性稼ぎ手、女性は主婦」という家族モデルに戻すのは、針の穴を通すような難しい選択であり、無理がある。国民の間では夫婦別姓に賛成が過半数を占めるなど、自民党内の家族観よりもっとリベラルだ。
次期政権が取り組むべきこと
- 少子化対策の一貫性あるメッセージ。保守的な「家族観」やディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)を提供できない企業に甘い政策を手放し、働き方改革や共働き支援に矛盾しないメッセージの発信と財政出動を行う。政策の一貫性が、少子化に歯止めをかける。
- 外国人労働者の受け入れに伴う教育支援や制度改革。議論の余地なく移民は少子高齢社会にとって確定事項。受け入れ議論ではなく、受け入れた後どんな社会を作っていくかの議論を始めるべき。
初めて働き方改革に本気になった首相【評価75〜80点】
ワーク・ライフバランス社長・小室淑恵氏。
提供:ワーク・ライフバランス
ワーク・ライフバランス社長・小室淑恵氏
早期の安倍政権についていうと、女性活躍を前面に打ち出した初めての首相だった。
それまでの経営者にしてみれば、女性活躍というのはアレルギーワードだったので。
働き方改革担当大臣に加藤勝信氏という右腕をおいたのも、本気の表れだったと思う。
働き方を柔軟に変えてこそ、組織は多様な人材を取り込み、成長につながるという流れを理解し、柔軟に取り入れた。
安倍政権下では、最後の人口ボリュームゾーンである団塊ジュニア世代(1971〜1974年生まれ)が30代後半から40代前半を過ごした。
それまでの政権ではすでに「もう出産には遅い」と見なされていた世代の女性たちの「仕事を続けながら産みたい」に寄り添う政策が実行されたと言える。
※政府は2歳まで育児休業の延長および育児休業給付の拡充、2013〜2017年までに保育の受け皿は53万人超を達成し、さらに2020年度末までに32万人分の増設を計画。待機児童数は減少トレンドにある。
ただ、そもそもの課題としては、加速度的に少子化対策をやろうとしたものの、それが(2012年に)安倍政権がバトンを受け取った時点で遅かったということ。
2100年の人口構成を見据えてやるのであれば、もっと前の政権で本気で取り組むべきだったことは間違いない。それを挽回するほどには加速できなかった。
ドラスティックな改革にはならなかった
子どもの数は、夫の育児参加が影響している。次の政権が取り組むべきことに、小室氏は「男性の育休義務化」を挙げる。
出典:GettyImages
働き方改革法には3つの争点があった。
- 時間外労働の上限規制(月45時間・年360時間)と罰則規定
- 時間外労働の割増賃金25%からの拡充
- インターバル規制(業務終了から開始まで一定時間を置く)
このうち1は実行されたが、残り2つは先送りされた。インターバル規制は努力義務、割増賃金の拡充は中小企業の例外規定を外すに止まっている。これを3つとも実現すれば、もっとドラスティックな働き方改革が実現できていた。安倍首相には強いリーダーシップを取り切って欲しかった。
安倍首相自身と直接会話する中で、他の政治家と大きく違うと感じていたことは、自身が潰瘍性大腸炎という難病を抱えていることによって、子育てに追われて思うように働けない人、介護と両立している人などの「事情があって働き方に制限はあるものの働く意欲は高い人材」に対して、その心理を直観的に理解していた点だ。
しかしだからこそ、病気の治療と仕事の両立に挑戦してもらいたかった。コロナ禍で推奨されるテレワークなどを取り入れながら、事情を抱えつつも両立した初めての首相像を生み出して欲しかった。他国では首相本人が、育児休業などで休んでも、問題なく回る「仕組み」を持っている。
次期政権が取り組むべきこと
- 少子化対策の切り札である「男性育休の義務化」。第一子が産まれた時に、夫の家事育児参画が少ない家庭ほど二人目が産まれていないことは、データで明らかになっている。しかし、男性は育休を取りたくないのではなく、職場組織からの取らせない同調圧力が要因で取れないのだ。ここにこそ働きかけるべき。
- 国会や閣議のオンライン化。これも著しく遅れており、今後ウイルスも含む不測の事態が発生した際の対応力に不安が残る。
- 次こそ時間外労働の賃金割り増しとインターバル規制の実行。
消費増税とセットの無償化に踏み切った【評価70点】
大和総研主任研究員、是枝俊悟氏
大和総研主任研究員・是枝俊悟氏
安倍政権の少子化対策は長く、仕事と子育ての両立支援が中心だった。育児給付の拡充、保育園の数の増設など、主に働く女性の支援がなされたと言える。
では、両立支援が出生率にプラスになったかというと「現時点では分からない。しないよりはマシだったかもしれない」というのが実際のところ。
出生率は2015年をピークに再び低下トレンドに入っている。とはいえ長い目で見れば、欧州諸国を見ても、働く女性の支援は出生率にプラス寄与しているのは事実だ。
後半で大きな転換となったのが、幼保無償化と高等教育無償化が実行されたことだ。3歳から5歳の子どものほとんどが、保育園か幼稚園には通っていることを考えると、幼保無償化は、まんべんなく子育て支援がなされた政策といえる。教育費もまた、子どもを持つことの大きなハードルになっている。
子どもを理想の数もたない理由の最大は「お金がかかり過ぎる」。
出典:内閣府「少子化社会対策白書」
ただ、消費税10%引き上げの財源の一部をこれら少子化対策に振り向けたことは、早急に結果が出るものではない。高等教育無償化にしても、例えばシングルマザー家庭の子どもが、安心して大学に通えることが可視化されるなどして初めて、子どもを持てるという希望につながる。効果検証は今後もなされるべきだ。
少子化対策は(安倍政権よりも)もっと早期に本格的になされるべきだったとの指摘はある。しかし巨額の財政赤字を抱える日本で、赤字国債を発行してでも抜本的な少子化対策ができたかというと正直、難しい。
やはり2019年の消費税率10%を実現し、それとセットで大規模な財政支出(幼保無償化や高等教育無償化など)を伴う少子化対策を行うという流れは、必要だったといえる。
次期政権が取り組むべきこと
- 安倍政権下で、夫婦とも正社員として共働きを続ける豊かな世帯を増やすことができた。一方で、現在も出産した女性の6割近くには育児休業給付が渡っていない(離職しているなどで受給資格がない)。
- 今後は、豊かな共働き世帯に税や社会保険料などの負担をお願いしつつ、誰もが産後1〜2年は、給付や柔軟な働き方により生活を保障されるという見通しを持てる社会を作ることが必要ではないか。。
(文・滝川麻衣子)
筒井淳也:立命館大学 産業社会学部教授。1970 年生まれ。一橋大学社会学部卒業、同大大学院社会学研究科博士課程満期退学。博士(社会学)。著書に『仕事と家族』『結婚と家族のこれから』『社会を知るためには』など。「第4次少子化社会対策大綱策定のための検討会」にも参画。
小室淑恵:ワーク・ライフバランス代表取締役社長。2006年ワーク・ライフバランスを設立。働き方のコンサルティングを1000社以上に提供している。安倍内閣産業競争力会議民間議員、内閣府子ども・子育て会議委員などを歴任。著書に『プレイングマネージャー「残業ゼロ」の仕事術』『男性の育休家族・企業・経済はこう変わる』など。
是枝俊悟:1985年生まれ、2008年に早稲田大学政治経済学部卒、大和総研入社。証券税制を中心とした金融制度や税財政の調査・分析を担当。Business Insider Japanでは、ミレニアル世代を中心とした男女の働き方や子育てへの関わり方についてレポートする。主な著書に『「逃げ恥」にみる結婚の経済学』(共著)『35歳から創る自分の年金』など。