撮影:今村拓馬、イラスト:Singleline/Shutterstock
企業やビジネスパーソンが抱える課題の論点を、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にして整理する。不確実性高まる今の時代、「正解がない」中でも意思決定するための拠りどころとなる「思考の軸」を、あなたも一緒に磨いてみませんか?
参考図書は入山先生のベストセラー『世界標準の経営理論』。ただしこの本を手にしなくても、この連載は気軽に読めるようになっています。
今回は、Epic Games社が提供する世界的人気ゲーム「フォートナイト」がアップルの「App Store」とグーグルの「Google Play」から削除された一件を取り上げます。プラットフォーマーであるアップルやグーグルと、コンテンツ提供者のEpic Games。両者の戦いを経営学的に読み解くと——。
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人気ゲーム「フォートナイト」はアップルを倒せるか
こんにちは、入山章栄です。
前回まで4回にわたってオンライン読書会の模様をお届けしました。おかげさまでさまざまな職業や立場の方にご参加いただけて、大成功だったと思います。
経営理論とは、いわば究極の抽象化です。抽象化するからこそ、さまざまな業界で「ああ、あるある」「なるほど、自分のやっていることはこんなふうに説明できるのか」というように、自分の仕事に当てはめることができる。
だから理論を共通の「思考の軸」とすれば、立場や職業が違っても多様な人たちと議論ができる。それが経営理論の価値だと認識を新たにしました。ご参加くださったみなさん、どうもありがとうございました。
さて、今回はBusiness Insider Japan編集部の常盤亜由子さんがぶつけてきた時事ネタにお答えしたいと思います。
《解説》
「Fortnite(フォートナイト)」はエピック・ゲームズ(Epic Games)社が発売している人気のバトルロイヤルゲーム。2020年8月14日、アップルの運営するプラットフォームで「AppStore」と、グーグルが運営する「Google Play」から相次いで削除された。
削除の理由は利用規約違反とプラットフォーマー側は主張。一方のエピック側は、プラットフォーマーに支払う利用料(販売価格の30%)が競争を阻害していると主張している。
プラットフォーマーは「SCP理論」を実践している
僕の中学生の息子が「フォートナイト」に熱中しているという話は以前この連載でもしましたが、このゲームの登録プレイヤー数は世界で3億5000万人超(2020年5月時点)と言いますから、いかに人気かがよく分かります。
そのフォートナイトのアプリが、ある日を境にアップルやグーグルといったプラットフォーマーに削除された。これはたしかに只事ではありません。
入山先生の息子さんもハマっているフォートナイト。その人気のゲームが、アップルやグーグルのストアから削除された。
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言うまでもなく、これからの時代、プラットフォーマーがどう振る舞うかは非常に重要なポイントです。おそらくこれからも、さまざまなプラットフォームビジネスが出てくるでしょう。
実はこのプラットフォームビジネスというのは、仕組みとしてはけっこう古典的です。僕の『世界標準の経営理論』という本の第1章でも取り上げていますが、「SCP理論」(SCPとはstructure-conduct-performance:構造−遂行−業績のこと)という考え方があるんですね。簡単に説明しましょう。
古典的な経済学を前提にすると、企業というのはその市場において、独占に近ければ近いほど儲かりやすい。なぜなら、自分が唯一の供給プレーヤーになれるからです。市場を独占すれば、非常に強気に出て価格を釣り上げることができるので、収益性が上がる。
おそらく世界で一番有名な経営学者である「マイケル・ポーターの戦略論」は、名前を聞いたことがある人も多いでしょう。いわゆるポーターの戦略はこの考え方が前提になっています。
「企業というのは他のライバルと違うことをして『差別化』して、真似されないことが重要ですよ」というのがポーターの主張です。他社と違うことをやれば、そこに自分たちだけしか提供できないユニークな価値が生まれる。顧客はその価値に魅力を感じてお金を払う。だから「ユニークな価値を提供して、自分の競争環境を独占に近づけましょう」というのがポーターの戦略論です。
ハーバード・ビジネススクールのマイケル・ポーター教授。その著書『競争優位の戦略』と『競争の戦略』は戦略論の古典的名著だ。
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例えば一橋大学の国際企業戦略研究科は、マイケル・ポーター教授と組んで2001年に創設した「ポーター賞」を日本企業に授賞しています。あの賞は、日本企業の中でもとりわけユニークで差別化できている企業という基準で選考しているというのが僕の理解です。ポーターの思想に沿っているわけですね。
一方で、差別化というのは企業戦略の「基本のキ」ですが、とはいえ、これだけ競争が激しい時代になると、いつまでも差別化を続けるのはなかなか簡単ではないのも事実。
ではSCP理論(ポーターの理論)はまったく意味がないのかと言うと逆で、今の時代はその重要性がますます高まっていると僕は思います。なぜなら、プラットフォーマーの台頭という現象はSCP理論で説明がつくからです。
みんなが使うから使う「ネットワーク外部性」
ここでもうひとつ、経営学的に重要な考え方として、「ネットワーク外部性」あるいは「ネットワーク効果」と呼ばれるものがあります。この考え方は今後のビジネスでもとても重要なので、ぜひ覚えてください。
撮影:今村拓馬
あるサービスなどが「ネットワーク効果を持っている」というのは、そのサービスを使うユーザー数が多ければ多いほど、そのサービスを使うお客さん1人ひとりの満足度(我々の専門用語では「効用」と呼びます)が上がる状態のことを言います。
分かりやすい例として、Facebookを考えてみてください。おそらくこの記事を読んでくださっている皆さんの多くも、Facebookを利用しているのではないでしょうか。では、Facebookを利用する理由は何でしょうか。
もちろん「インターフェースが素敵だから」「便利なサービスだから」という理由もあるかもしれない。しかし基本的な理由は単純で、「みんなが使っているから」ではないでしょうか。
世界の人口のけっこうな割合の人が使っているから、自分もFacebookを使う。昔の同級生や趣味を同じくする人、知り合いの知り合いとつながれそうだと思うから使う。
つまり、「ユーザー数が多ければ多いほどユーザー1人ひとりの満足度が上がる」という仕組みです。逆に言えば、Facebookのユーザーが世界に30人しかいなかったら、どんなにいいサービスでも使おうとは思わないでしょう。
こういう仕組みは、ユーザー数が少ないうちは苦しいけれど、ある程度ユーザーが増えたところからは雪だるま式にユーザーが増えていきます。1万人が10万人になり、100万人……と増えていき、「みんなが使っている」状態、つまりティッピングポイントを超えると雪だるま式にユーザー数が増加する。これがネットワーク外部性(ネットワーク効果)です。
ネットワーク外部性が働くのはFacebookのようなサービスに限った話ではなく、実はいろいろなところで見られます。例えば「英語」もそう。日本人の多くは、英語を話せるようにならないとまずいと思っている。なぜそう思うかというと、「みんなが英語を使うから」です。
みんながこぞって英語を学習する理由のひとつは、世界で最も多く使われている言語だから。
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言語としての表現性がどれだけ優れているか、響きが美しいかで言えば、英語は必ずしも世界で一番ではないかもしれない。フランス語や日本語の方が、もしかしたら言語としては美しいのかもしれない。にもかかわらずみんなが英語を学ぶ理由は簡単で、「世界中の人が使っているから」に尽きます。
このロジックと同じことが起きているのが、いわゆるプラットフォーマーです。とりわけ「GAFA」と呼ばれるグーグル、アマゾン、フェイスブック、アップルはその傾向が顕著です。2020年7月29日には、反トラスト法(独占禁止法)をめぐって米議会下院司法委員会の公聴会が開かれ、GAFAのトップが議員たちの追及を受けるという一幕がありました。
これからも同じ事例はいくつも出てくることでしょう。こうしたプラットフォームは世界を市場としているので、圧倒的な収益を上げられる。だから期待値が高く、GAFAの時価総額が跳ね上がる。
そんな彼らも、他のプレイヤーに迷惑を掛けずにビジネスをしている分にはいいけれど、強い力を手にしたがために自分たちに都合のいいルールを作ってしまう懸念があります。今回、フォートナイトをストアから削除されたエピック・ゲームズがアップルに対して主張するのは、まさにその点です。
「フォートナイト」対「アップル・グーグル」の戦いについて、まずは前提となる理論をお話ししました。この話はまだ続きがありますが、だいぶ長くなりましたので、続きは次回にお話しさせてください。
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集:常盤亜由子、音声編集:イー・サムソン)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。