アイロボット社史上最大のソフトウェアアップデートとなる「iRobot Genius」。
撮影:小林優多郎
「初めて世界で同時に発表する」
ロボット掃除機「ルンバ」を展開するアイロボットの日本法人社長の挽野元氏は、Business Insider Japanのインタビューで、そう語り始めた。
アイロボットジャパンの代表執行役員社長の挽野元氏。
撮影:小林優多郎
同社が8月26日に実施した“アイロボット史上最大のアップデート”と銘打った「iRobot Genius」の発表会は、新型コロナウイルス感染症拡大の影響で、事前収録したものをオンラインで配信する形になった。
だが、冒頭の発言のように、挽野氏からは発表内容にかける熱意が、アクリル板越しでも確実に伝わってきた。iRobot Geniusの導入はなぜ同社にとって“肝入り”なのか、その詳細を聞いた。
「ソファのまわりを掃除して」など、ルンバはより賢くなる
現状、物体認識機能は「ルンバ s9+」(写真右)「ルンバi7+/i7」「ブラーバ ジェット m6」(写真左)が対応している。
撮影:小林優多郎
今回発表になった「iRobot Genius」を端的に表すのであれば、ルンバと床拭きロボットの「ブラーバ」がより家の中を理解し、そこで暮らす人に合わせた行動がとれるといったものだ。
今までもアイロボットは内蔵する多彩なセンサーを用いて家の地図情報を得ていたが、iRobot Geniusと呼ばれるソフトウェアのアップデートをすることで家具などの物体を認識可能になった。
物体を認識できることで、例えば「ソファの周りだけ」などといったピンポイントの掃除が可能になる。
部屋単位だけではなく、認識した物体周辺といったスポット単位で掃除を指示できる。
撮影:小林優多郎
既にロボット掃除機を使ったことがある人は分かるだろうが、今までのルンバや他社製品であれば、家全体もしくは部屋ごと、細かく指定できたとしてもアプリ上でユーザーが範囲を示す必要があった。
しかし、iRobot Geniusで進化したルンバやブラーバであれば、スマートスピーカーに「ベッドの下を掃除して」などと、 まるで本当に人に話しているかのように指示を出せることが、最大のメリットだ。
挽野氏は、日本市場独自の傾向としては、コンパクトなスティック型掃除機の需要が高く「ロボット掃除機と併用している方も多い」との認識を示したが、このピンポイントの掃除機能によって「(床の掃除は)ロボット掃除機1台で済む、と思っていただけるのではないか」と期待感を示している。
iRobot Geniusでは、スケジュールやよく使うアクションの保存(お気に入り登録)など、さまざまな新機能に対応する。
撮影:小林優多郎
そのほかにも、今までの実行履歴に基づいた清掃スケジュールや禁止エリアの提案や他サービスと組み合わせた自動実行(ルーティーン)機能、花粉やペットの換毛期など時期に応じた掃除頻度の提案など、掃除の手間を数段階減らす“かしこい”機能が実装されている。
コロナ禍で清掃欲求、時短家事のニーズが伸びている
アイロボットが2020年3月以降に同社製品購入したユーザーに行ったアンケートの結果。
出典:アイロボット
直近のコロナ禍の動向についてはどうなっているだろうか。
挽野氏は「ロボット掃除機自体(の売上)は5月の終わりぐらいから伸びており、市場がより大きくなっているのを感じている」と語る。
「在宅勤務などで自宅で過ごす時間が増えると部屋の汚れが気になってくる、という声はよくきく。
また、今まで外で働いていた人が家で過ごすことで、家事にかかる時間を認識し、その時間をうまく使うためにロボット掃除機を活用する人、新しく購入を検討している人が増えている」(挽野氏)
ルンバi7+やs9+はクリーンベースを利用して、手を汚さず集めたゴミを捨てることができる(写真はルンバi7+)。
撮影:小林優多郎
ただ、アイロボットはアメリカの企業だが、日本とアメリカでは住居の広さなど環境がそもそも異なる。日本のマンションなどの住居の場合、ルンバなどのロボット掃除機を利用すると駆動音など気になる点は出てくる。
従来、ロボット掃除機ユーザーの多くは「外出時などに掃除をしてもらう」といった使い方をしていたが、このコロナ禍の不要不急の外出自粛が求められている状況では、そうはいかないだろう。
実際、挽野氏もそのような状況に理解を示したが、一方で新しいニーズも生まれていると指摘する。
「コロナ禍で、ほこりやゴミを直接触りたくないというニーズが強くなってきており、クリーンベース(自動ゴミ収集機)付きの機種に変更される方も増えている。
また、ブラーバでも、今まではお子様がいるご家庭での利用が多かったが、床面を清潔に保ちたいというニーズが増えており、お子様のいない方の利用比率も上がっている」(挽野氏)
競争が激化する“ロボット掃除機市場”
2019年に日本で発売されたロボット掃除機「Roborock S6(ロボロックS6)」。
撮影:大塚淳史
ただし、ロボット掃除機市場の競争は年々激しさを増している。
例えば、2019年10月には中国のスマホメーカーの雄・シャオミの関連企業・Roborock(ロボロック)が参入。モバイルバッテリーなどが主力のAnker(アンカー)も、ロボット掃除機を含む同社の家電ブランド「eufy」が徐々に売上を伸ばしていることを明らかにしている。
ルンバやブラーバが作成した家の地図。この緻密な地図がつくれることこそがルンバの強みだ。
撮影:小林優多郎
それに対し、挽野氏は「(競争によって市場が活性化するのは)素晴らしいことだ」と、新たなライバルを歓迎するなど、余裕を見せていた。
その自信の根源にあるのは、全世界で3000万台のルンバやブラーバが実際の人が暮らす家で動いており、うち690万台はネットワークにつながる状態で駆動している、という事実だ。
iRobot Geniusで実装された物体認識に代表される多くの技術は、これらの世界から集めた膨大なデータを活かし、開発されている。
Wi-Fiを通じてクラウド、スマートフォンアプリとつながることで、ロボット掃除機の価値が上がる。
出典:アイロボット
また、ネットワークにつながっていれば、まるでスマートフォンのように新機能を後から追加できる。
実際、iRobot Geniusのすべての機能を使えるハイエンド機「ルンバ s9+」「ルンバi7/i7+」は「アップデートを見越したハードウェア構成で開発されている」と挽野氏は説明する。
挽野氏は「今後も3カ月に1回程度のアップデートを予定している」とも語り、激しい競争環境においても引き続き市場をリードしていく姿勢だ。
進化するロボット掃除機の次ステージは“サブスク”
アイロボットの月額制プラン「Robot Smart Plan」は、おためし2週間コースも追加され「Robot Smart Plan+」にリニューアルしている。
出典:アイロボット
スマホの販売方法の歴史を振り返ってみれば分かるが、ソフトウェアアップデートにより進化していくことが当たり前になった時、次にユーザーから出てくるのは“常に新しいハードを使いたい”というニーズだ。
アイロボットは、既にそのための準備を着々と進めている。
同社は2019年6月に月額制の「Robot Smart Plan」(現在は「Robot Smart Plan+」)を発表。ハイエンド機では10万円以上もするルンバの敷居を下げる手段として「好評を博している」(挽野氏)。
進化するロボット掃除機の展開に自信を見せる挽野元氏。
撮影:小林優多郎
挽野氏は、Robot Smart Planについて「現時点では、シンプルな定額プランとして提供」としているが、ソフトウェアアップデートも考慮に入れた商品サイクルを検討しているか、という問いについて「最終的には視野に入れている」と展望を語った。
「(より高価な)車においても、同じシリーズでも違う機種に買い変えたいというニーズはある。iRobot Geniusによって、違うロボットに買い換えたいという利便性の提供も、ゆくゆくは考えたい」(挽野氏)
アメリカなどに比べてスマートホームの動きが鈍い日本だが、コロナ禍で生まれた新しいニーズや、アップデートで追加される新機能市場活性化の呼び水になるのか。今後のアイロボットの健闘に期待したい。
(文、撮影・小林優多郎)