撮影:鈴木愛子
Business Insider Japan読者にも多い「30代」は、その後のキャリアを決定づける大切な時期。幸せなキャリアを歩むためには、転職にまつわる古い“常識”にとらわれず、刻々と変化する転職市場のトレンドをアップデートすることが大切です。
この連載では、3万人超の転職希望者と接点を持ってきた“カリスマ転職エージェント”森本千賀子さんに、ぜひ知っておきたいポイントを教えていただきます。
コロナ禍の長期化が確実となった今、多くの人が仕事への向き合い方に迷い、心が揺らいでいるようです。
観光関連業界は壊滅状態、外食業界は来店客が激減と、かつてない苦境に立たされています。
一部、コロナで特需が生まれた業種もあるものの、多くの業種で、業績悪化を見越しての解雇・契約解除・早期退職募集などが始まっています。
一方、コロナ感染患者を受け入れている医療機関で激務に従事している医療スタッフが、病院の収益減によりボーナス減という、何ともやるせないニュースも耳にします。
そして、長期間のステイホーム中に家族と向き合ったのを機に、「ライフスタイルやキャリアを見つめ直した」という声も多く聞こえてきます。
また、リモートワークを経験したことで、「自分に合うワークスタイル」を模索し始めた人も……。
コロナでライフスタイルが大きく変わった。あなたも「何のために働くのだろう」と、ふと立ち止まって考える瞬間はありませんか?
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置かれている立場・状況はさまざまながら、この時期、「何のために働くのか」「何のために頑張るのか」と、今やっていることに迷いが生じることもあるかもしれませんね。
そんなときは、自分にとっての「原点」を思い出すことが大切だと思います。その原点さえ忘れなければ、いっとき迷うことがあっても踏ん張ることができるでしょう。
そこで今回は、私自身の「原点」をお話ししたいと思います。皆さんにとって、ご自身を見つめ直すヒントになればうれしく思います。
「1番になる」×「人のために」が根づいた幼少期
「1番を目指しなさい」
子どもの頃の私は、毎日のように母からそう言われていました。
ある日「なぜ1番にならなくちゃいけないの?」と尋ねると、母はこう聞き返しました。
「日本一高い山を知ってる?」
「富士山」
「日本一大きい湖は?」
「琵琶湖」
「じゃあ、日本で2番目に高い山、大きな湖は?」
「……」
「ほら、知らないでしょ。1番にはそれだけの価値があり、2番とは大きな差があるのよ」
1番でないと人の記憶に残らない。オリンピックでも、金メダリストと銀メダリストでは人生は大きく変わる。世界で第2位の銀メダリストでもすごいことなのに、中には泣きながら「悔しい」と語る選手の姿があることが証明しています。
「1番でなければ見えない景色がある」——幼心にそう刻まれ、その後の人生で私は常に「1番になる」ことにこだわってきたのです。
「あの時の母との会話は今でもよく覚えています」と森本さんは振り返る。
撮影:鈴木愛子
けれど、その「1番を獲ろう」という発想が、人を出し抜いたり、人の足を引っ張ったりする方向へと向かわずに済んだのは、弟の存在があったからだと思います。
私が3歳、弟が2歳の時、弟は難病指定の腎臓の病気「ネフローゼ」を発症しました。
滋賀県の田舎町の病院では手に負えず、京都の日赤病院に緊急入院。以来、運動も食事も制限され、中学まで入退院を繰り返すことになりました。
弟が家で過ごす間、家族の生活は弟が中心となり、両親・祖父母の愛情は弟に向けられました。正直、私ももっと甘えたかったし、寂しい思いもありました。でも、弟はとても大切な存在であり、なにより大好きでした。心からかわいそうだと思っていた私は、弟のために姉として自分にできることは何かを考えたのです。
決意したのは「いい子でいること」。
家族が弟のケアに集中できるように、私は心配をかけない。宿題もテスト勉強もきちんとやり、率先してお手伝いもする。「少しは褒めてもらえるかも」という期待もありました。
この頃、「人のために」という意識と行動が根づいたと思います。
よく図書館に通っては偉人の物語に心躍らせる日々だった。
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もうひとつ、私が影響を受けたのは「偉人の伝記」です。娯楽が少ない田舎で暮らしていた私の楽しみは、図書館に通うこと。マザー・テレサ、ヘレン・ケラーなどの物語を読み、損得ではなく、人のため・社会のためにエネルギーを注ぐ姿に強い憧れを抱きました。現在も語り継がれ、手本・見本となる生き方に強く共感しました。
弟や家族への思い、そして伝記の偉人の影響で、私の中に自然に芽生えた精神。それを表現する言葉には、大人になってから出会いました。それは「利他」の精神。自己の利益より他者の利益を優先する考え方です。
ゴミが落ちていたら拾う。困っているおばあちゃんを見たら「何かお手伝いしましょうか」と声をかける。そんな行動が私には当たり前のものとなりました。
こうして、「人に利益をもたらすことをする。そして、1番になる」という、私の基盤が築かれたのです。
成功ノウハウを共有することで理念の実現を
就職活動も、「人のため・社会のため」が軸となりました。
人材業界を選んだのは、父の影響です。父は私が小学5年生の時、脱サラしてインテリア事業を始めました。父は中小企業営者として、「ヒト・モノ・カネ」という経営資源の中でも、「ヒト」で最も苦労していました。なかなかいい人材が採用できず、採用できても定着しない。嘆く父の背中を、私は見ていたのです。
就活中、「人材斡旋」「就職斡旋」というビジネスがあることを知り、「父のような悩みを抱える中小企業経営者を人材採用の面から支援したい」と考えました。
「1番」を目指す意識は、社会人になっても変わらず。「1番になるにはどう行動すればいいか」を考えて実践し、1年目に営業成績1位、MVPを獲得しました。
その結果得られたものは……「信頼」。「もりちだったら期待に応えてくれる」という「信頼」こそが、1番になることで得られた価値でした。1番になることは目的ではなく、あくまでも手段。結果得られる「信頼」が何よりも大切だと実感しました。
「『人のために』という考えが自然と身についたのは弟のおかげ」と森本さんは言う。
撮影:鈴木愛子
もし私が「1番になりさえすればいい」という考え方だったなら、「トップセールス」という地位に満足してそこで終わっていたかもしれません。
それが、NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」に取り上げていただいたり、月10~20本もの講演を依頼いただけたりするまでになれたのはなぜか。それは、「利他」というマインドセットがあったからだと思います。
私が目指したのは、企業と人が出会い、共に成長していける世界の実現です。人と企業のベストマッチングを、1件でも多く生み出したいと考えていました。
けれど、そんな理念を実現するには、自分1人の力では限界があると感じました。
ある時、1カ月の成約件数の平均値をベースに、それを60歳まで続けた場合、何組のマッチングを成立させられるかを計算したのです。「この程度の数にしかならないのか」と愕然としました。
これを10倍にするにはどうしたらいいかを考えた結果、「私がやるべき仕事・やりたい仕事に集中できる体制を構築すること。ノンコア業務を人に任せ、まさにコア業務に集中できる体制をつくればいいのではないか」と思い立ちました。
そして、まだ入社3年目ながら、会社に「私にアシスタントをつけてください」と交渉したのです。「それで成果が挙がれば、営業メンバー全員に導入してください」と。
「試してみよう」と、提案は受け入れられましたが、「業績が倍以上になることを証明しなければ、全社までは広げられないよ」と上長。
となれば、必死に頑張るしかありません。結果、経営トップを納得させられるだけの成果が挙がり、アシスタントによるサポート体制は全社に導入されました。
そのほか、自分の営業活動の成功体験から得たナレッジ、ノウハウを、他のメンバーも再現できるよう「型化」し、勉強会を開いて共有しました。私1人だけではなく、同じ転職エージェントである同僚と一緒に視座・レベルを向上することで、より多くの最適なマッチングが生み出せると考えたからです。
私自身が成果を出していたことがエビデンスになり、勉強会の参加者は回を重ねるごとに増えていきました。
ラッキーだったのは、リクルートという組織は、「組織貢献」に対する評価のウエイトがかなり高かったこと。ナレッジやノウハウをシェアすることが、組織貢献に直結し、評価アップにもつながりました。そうなるとより加速します。
すると、他部署からも「勉強会を開いてほしい」と依頼されるようになり、やがて地方支社、さらに組織の枠を越えてリクルートグループ各社からも声がかかるように……。
このように、社内で「森本千賀子ブランド」が確立され、それが社外にも伝播し、私の世界は大きく広がっていったのです。
これらの成功体験は、まさに「利他」のマインドセットが起点となっています。
これから世界がどんなに大きく変化しようとも、自分の立ち位置が変わろうとも、 全ての判断軸は「利他」にあります。そのマインドセットを大切に、キャリアを築いていきたいと思っています。
これが、私の「原点」のストーリーです。
皆さんにとって、仕事を選ぶきっかけとなった「原点」は何ですか?
仕事や生き方において「大切にしてきたこと」は何でしょうか?
今後の選択肢に迷いが生じた時、そこに立ち返ってみてはいかがでしょうか。
※転職やキャリアに関して、森本さんに相談してみたいことはありませんか? 疑問に思っていることや悩んでいることなど、ぜひアンケートであなたの声をお聞かせください。ご記入いただいた回答は、今後の記事作りに活用させていただく場合があります。
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※本連載の第33回は、9月14日(月)を予定しています。
(構成・青木典子、撮影・鈴木愛子、編集・常盤亜由子)
森本千賀子:獨協大学外国語学部卒業後、リクルート人材センター(現リクルートキャリア)入社。転職エージェントとして幅広い企業に対し人材戦略コンサルティング、採用支援サポートを手がけ実績多数。リクルート在籍時に、個人事業主としてまた2017年3月には株式会社morichを設立し複業を実践。現在も、NPOの理事や社外取締役、顧問など10数枚の名刺を持ちながらパラレルキャリアを体現。2012年NHK「プロフェッショナル〜仕事の流儀〜」に出演。『成功する転職』『無敵の転職』など著書多数。2男の母の顔も持つ。