ネットフリックスの人気ドラマ上位に韓国ドラマの占める割合は多い。『愛の不時着』を生んだドラマ制作会社の“強さの秘密”とは?
撮影:西山里緒
日本でもロングヒットを飛ばしているネットフリックスのドラマ作品『愛の不時着』。さらに『ザ・キング:永遠の君主』『サイコだけど大丈夫』などなど……。2020年現在、多くの作品がネットフリックス人気ランキングを席巻し、韓国ドラマは今、冬ソナブームに続く黄金期を迎えている。
なぜ韓国で今、クオリティの高いヒット作が量産されているのか?
カギを握るのが、韓国トップのドラマ制作会社、「スタジオドラゴン」だ。同社は『愛の不時着』をはじめとして、数々の名作ドラマを世に送り出している。メガヒット量産を可能にしたスタジオドラゴンのビジネスモデルを紐解いてみよう。
『パラサイト』生んだCJ ENMの子会社
スタジオドラゴン制作のドラマタイトル数の推移と、ヒット作のリスト(%は最高視聴率、ニールセンコリア調べ)。2020年は33本の制作が予定されている。
「スタジオドラゴン」2020年8月の投資家説明資料を元にBusiness Insider Japanが作成
スタジオドラゴンは、2016年5月に設立された韓国のドラマ制作会社だ。韓国のサムスングループから分離したCJグループの総合エンターテインメント企業・CJ ENMのドラマ事業部からスタートしている。
親会社であるCJ ENMは、メディアコンテンツ、映画、音楽、アニメ、ゲームなど、さまざまな分野に長期で大規模な投資を行っていることで知られる。映画配給事業では『パラサイト』の出資・配給も手がけている。
韓国の大手財閥「CJグループ」の孫会社として、スタジオドラゴンは誕生した。
「スタジオドラゴン」2020年8月の投資家説明資料より
そんなCJ ENMから子会社として独立したスタジオドラゴンは、ドラマ制作本数は韓国トップを誇り、2019年には『愛の不時着』『ロマンスは別冊付録』、ネットフリックスオリジナル作品『恋するアプリ LOVE ALARM』など、28本ものドラマを世に送り出している。
4年で急成長、売り上げの3割が「海外」
設立以来、制作本数と売り上げは右肩上がりを続けている。
「スタジオドラゴン」2020年8月の投資家説明資料より
スタジオドラゴンの強さの秘密を探る前に、その業績を決算資料からざっと概観してみよう。
2019年の売上高は、前年比で23%増の4687億ウォン(約419億円)。営業利益が287億ウォン(約25億円)。
日本のドラマ制作会社はほとんどが上場していないため単純比較は難しいが、アニメ制作会社と比較してみると、『プリキュアシリーズ』『ワンピース』などを手がける日本の大手アニメ制作会社・東映アニメーションの2019年売上高が548億円だというと、スタジオドラゴンの規模感がイメージしやすい(なお、東映アニメーションは1948年の設立)。
売り上げの約半分を占めるのが、編成(Programming)売り上げだ。これは親会社であるCJ ENMを通じて支払われる放映権料で、ほとんどがCJ ENMの子会社であるケーブルテレビ局「tvN」あるいは「OCN」から受け取る一次放映権料だと思われる(まれにtvN・OCN以外のテレビ局で一次放送されることもある)。
残りの4割程度が販売(Distribution)売り上げ(ネットフリックスでの同時配信など、CJ ENM以外のプラットフォームで販売しているすべての権利)で、さらにその残りの1割から2割を占めるのがスポンサードやプロダクトプレイスメント(PPL)などの広告費という構造になっている。
特筆すべきは売り上げに占める海外比率で、すでに3割を超えている(2019年時点)。この理由についてはのちに詳述する。
強さの秘密1. 企業買収も駆使し、ヒットクリエイターを集める
『愛の不時着』『トッケビ』などのヒット作を生んだ脚本家を含めた、226人のクリエイタープールを持つ。
「スタジオドラゴン」2020年8月の投資家説明資料より
ではなぜ、スタジオドラゴンから『愛の不時着』のような大ヒットドラマが次々生まれるのか?
まず1つ目は、ヒットクリエイターを集める仕組みだ。スタジオドラゴンは設立以降、4つのプロダクション(マネジメント会社)を買収している。
韓国では、人気ある脚本家はマネジメント企業に所属することが一般的だが、スタジオドラゴンはこれらのプロダクションを傘下に置くことで、ヒットメーカーによる作品の量産を可能にしている。
「インハウスのプロダクションチームを持つことで、ヒット率を上げる」と言及されている。
「スタジオドラゴン」2020年8月の投資家説明資料より
例えば『愛の不時着』の脚本を担当したパク・ジウンさんや、ケーブルテレビ局・tvNの視聴率記録を更新した『トッケビ〜君がくれた愛しい日々』、約43億円という異例の高額予算をかけて制作された『ミスター・サンシャイン』の脚本家、キム・ウンスクさんも、スタジオドラゴン所属だ。
脚本家だけでなく、監督や演出、ディレクターなど、トップクリエイター226人が在籍しており、現地報道によると国内では「圧倒的なワントップ」だという。
強さの秘密2. 「下請け」に留まらないビジネス展開
投資家説明資料には、ドラマを取り巻く大きな産業構造の変化が示されている。
「スタジオドラゴン」2020年8月の投資家説明資料より
2つ目の強さの理由は、韓国における「ドラマ制作会社」そのもののあり方を変えたことだ。
決算資料からもわかるように、スタジオドラゴンは、ドラマの産業構造そのものを「メディアプラットフォーム(テレビ局)を中心にしたもの」から「コンテンツ提供者(制作会社)を中心としたもの」に、作り変えようとしている。同社の成功に続き、同じく制作会社のジェイコンテンツリーが制作した『SKYキャッスル』が視聴率23.8%のヒットを記録するなど、韓国ではドラマ制作の大規模な転換が起こった。
日本のドラマの作られ方と比較するとわかりやすい。テレビ局が制作するドラマでは、基本的に企画やキャスティングを考えるのは局のプロデューサーで、制作会社はその“下請け”的存在だ。
一方でスタジオドラゴンは、自らが制作だけでなく、企画や流通・販売まで交渉力を持つことで「クオリティの高いドラマを、世界中に届ける」ことに成功している。
制作会社の交渉力の弱さは、日本のアニメ製作の現場において指摘されることが多い。日本アニメの多くが、「製作委員会方式」と呼ばれる、複数の関係企業が少しずつ出資して作品を作る形態を取っている。
製作委員会方式はリスク分散のメリットがある一方で、利益も分散されるため、DVD販売の売り上げ低下に伴って制作会社に十分な利益が行き渡らない問題が顕在化している。現在、アニメ業界では「製作委員会方式からの脱却」が叫ばれている。
強さの秘密3. 「動画配信サービスありき」で世界展開狙う
ネットフリックス やAmazon Prime Videoだけでなく、アップルTVやディズニー+なども販売先として見込む。
「スタジオドラゴン」2020年8月の投資家説明資料より
スタジオドラゴンは、当初から「コンテンツ産業の急激な市場環境の変化に対応する」ことを目的として設立されている。その“市場環境の変化”こそが、2010年代から台頭してきた動画ストリーミング(配信)サービスだ。
前述のとおりスタジオドラゴンの売り上げの約4割を占めるのが、ネットフリックスなどの動画配信サービスへの同時配信など、2次・3次の放映権料。動画配信サービスでの提供を見越しているからこそ、最初から世界で“勝てる”コンテンツ作りをする —— 。こうしたドラマ制作のサイクルが回っているのだ。
スタジオドラゴンは、現在約3割を占める海外売り上げを、2021年までに5割にまで引き上げるとしている。
グローバル戦略では、将来的に海外企業のM&Aも視野に入れているという。
「スタジオドラゴン」2020年8月の投資家説明資料を元にBusiness Insider Japanが作成
なお、ネットフリックスは2019年、スタジオドラゴンの株式5%を取得し、CJ ENMに次ぐ株主となった。これにより、今後はより多くのネットフリックスオリジナル作品が生み出されることが予想される。
豊富な資本力を武器にしたヒットクリエイター陣の囲い込み、“下請け”に止まらない企画力と販売力、そしてグローバル展開を最初から見越したビジネスモデル。
2020年、日本での『愛の不時着』大ヒットは、ドラマ産業の構造を時代の変化に即して根本から作り変えてしまった韓国ドラマ界が生んだ、必然の結果だったのかもしれない。
(文・西山里緒、稲葉結衣)