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万人ウケ政策でもコロナで露呈、女性活躍推進のもろさ

働く女性イメージ

安倍首相は就任直後の日本再興戦略(2013年6月)にて、女性活躍推進を目標に掲げた。

撮影:今村拓馬

退陣表明した安倍晋三首相の雇用・労働分野のレガシーとされているのが「女性活躍推進」と「働き方改革」だ。とくに女性活躍推進の施策に関しては評価する向きも少なくないが、はたしてそうだろうか。

増えたのは非正規雇用という現実

安部首相は「金融緩和」「財政出動」「成長戦略」の3本の矢からなるアベノミクスを掲げて経済の再生を図ろうとした。

そして就任直後の最初の成長戦略(日本再興戦略、2013年6月)で次のように述べ、女性活躍推進を掲げた。

「我が国最大の潜在力である『女性の力』を最大限発揮できるようにすることは少子高齢化で労働力人口の減少が懸念される中で、新たな成長分野を支えていく人材を確保していくためにも不可欠である」

つまり、M字カーブに象徴される出産や子育てを理由に退職する女性や、中高年の専業主婦たちの労働力化と戦力化が狙いだ。

女性活躍推進は少子化対策とセットで実施され、2015年8月に成立した女性活躍推進法は仕事と家庭の両立策、女性採用の拡大、女性管理職の増加を盛り込むなど1つの成果といえる。

しかし、景気拡大で確かに雇用者数は増加したが、最も多かったのは非正規社員であり、女性も多数を占めた非正規社員は第2次安倍政権が始まった2013年平均の1910万人から拡大し、2019年は2165万人と大幅に増加したが、女性が68%を占める(総務省「労働力調査」)。

コロナ禍で女性を襲う厳しい現実

飲食業の女性

安倍政権は女性就業者の拡大を目指したが、そのほとんどが非正規雇用に流れてしまった(写真はイメージです)。

Getty Images/Bobby Coutu

それでも女性の雇用は拡大し、安倍政権も非正規の雇用安定策を打ってきたはずだった。

ところが、今回のコロナ禍でほとんど実効性を持たないことが図らずとも露呈した。今年4月の就業者数は前年同月比80万人も減少し、第一次石油ショック時やリーマンショック時の単月の最大減少幅を大きく上回った

その後も変わらず、7月の就業者数も前年同月比76万人の減少で一向に改善されていない(総務省「労働力調査」)。

顕著なのが非正規社員の雇用の喪失だ4月は前年同月比97万人の大幅減となったが、その後も減少をたどり、7月は131万人も減少し、総数は2043万人と2017年の水準まで落ち込んだ

しかもコロナの直撃を受けた宿泊業、飲食サービス業、生活関連サービス業、娯楽業は女性の非正規比率が高いことから、全体として男性非正規よりも雇用を失った女性の非正規社員が圧倒的に多い。加えて、女性が多い派遣労働者に対する”派遣切り”が相次ぎ、7月は前年同月比16万人(2.2%減)も減少している。

しかもコロナ禍の潜在的失業者である「休業者」のうち、男性の休業者割合が1.6%であるのに対し、未成年子がいる女性は7.1%、母子世帯の母親に限ると8.7%と、子育て世代やシングルマザーに大きな影響を与えているとの報告もある(「コロナショックの被害は女性に集中」周燕飛・労働政策・研修機構主任研究員、2020年6月)

安倍政権は女性活躍推進を掲げ、女性就業者の拡大を目指したが、そのほとんどが非正規雇用に流れ、しかも手を打ったはずのセーフティネットがほとんど機能せずに雇用が失われたことを意味する。

万人ウケする政策だが「中途半端」

女性管理職の推移

民間企業における女性管理職の推移グラフ。安倍政権は管理職に占める女性の割合を2020年までに「30%」に引き上げる方針であった。

出典:男女共同参画局

改めて安倍政権の「女性活躍推進」政策を検証すると

「誰もが異論を挟む余地のない万人受けする政策を掲げ、実現不可能な過大な目標を設定するが、その中身は中途半端な形で終始した」

という特徴が浮かび上がる。

その典型は管理職に占める女性の割合を2020年までに30%に引き上げる、いわゆる「2030」プランだろう

2013年4月、安部首相は「『2020年30%』の政府目標達成に向けて、全上場企業において積極的に役員・管理職に女性を登用する。まずは役員に1人は女性を登用する」ことを経済界に要請した。しかし、コロナ禍の7月21日、政府は目標達成を断念。メディアの注目度は低く、当の首相からも何のコメントもなかった。

実は2013年の民間企業の課長相当職以上の比率は7.5%にすぎず、当初から30%達成は無理と言われていた。当時取材した政府の審議会委員を務める大学教授はこう指摘していた。

「本来は初期の段階から育成し、男性と同じような経験を積ませてマネジメントスキルを身につけて最後に昇進につながるもの。育成のプロセスを飛ばして数字合わせで課長にするのは間違っている。無理な数値目標を設定したために無理矢理昇進させると、本当に優秀な女性が課長になっても周りから女性枠で課長になったと言われて本人もやりにくいし、職場にとってもよいことではない」

二兎を追ったが一兎も得ず

出生率の推移グラフ

出生率推移のグラフ。2019年の出生率は1.36、出生数は86万5234人であった。

出典:内閣府

2番目がアベノミクスの第2ステージと位置づけた2015年の新・3本の矢である

GDP600兆円の達成と並んで、希望出生率1.8、介護離職ゼロの実現という壮大な目標を掲げた。2014年度の出生率は1.42。1.8を最後に超えたのは1984年だ。

1.8の根拠は、独身女性の約9割が結婚したいとの調査を前提に、夫婦の希望子ども数2人以上から試算した数字。しかも政府は「仕事と結婚・出産、子育てが二者択一の構造から同時実現の構造への転換を図る」と、二兎を追う方針を掲げた。

仮に出生率1.8を達成すると、生まれる子供は年間130万人になる。実現するには結婚希望の独身女性が全員結婚し、将来欲しい子供数2.12人を産み、かつ就業を継続するという途方もない計画だった

しかし現実の出生率は下がり続け、2019年の出生率は1.36、出生数は86万5234人で、出生数については1899年の調査開始以来過去最少となった。

一方、女性の本格的就労を阻む原因である「配偶者控除」も安倍政権は手をつけようとした。

いわゆる103万円のカベが結果的に就業調整によって女性の活躍を阻んでいることを踏まえ、安部首相は2016年9月の第1回政府税制調査会で「特に、女性が就業調整をすることを意識せずに働くことができるようにする」と述べ、配偶者控除の見直しを指示した。

ところが蓋を開けてみたら「103万円のカベ」と「150万円のカベ」ができたにすぎなかった。また、女性の就業者自体は増えたが、大多数を占める非正規は前述したようにコロナ禍であえいでる

結局一兎も得られなかったことになる。

コロナで失われる雇用の安定

sinagawa

撮影:今村拓馬

3番目は非正規社員の雇用安定と処遇改善だ。安倍政権は「日本再興戦略2015」で非正規社員の正社員転換など雇用の安定策を進める方針を示した。

その1つとして派遣社員の正社員化を促すものと期待されたのが改正労働者派遣法(2015年9月施行)だった。法律では有期雇用の派遣社員の受け入れ期間の上限を3年とし、以降は無期雇用への転換など雇用安定措置を設けた。

ただし、3年経過後、派遣元企業が派遣先企業に直接雇用を依頼するというものであり、必ずしも正社員として雇う保証はなかった。派遣先が雇わない場合は派遣元の無期雇用にすることになっていたが、当初からその実効性が危ぶまれていた。

当初は3年目を終了する2018年9月に雇止めが増えるのではと危惧されたが、景気もよかったこともあり、目立った雇止めはなかった。ところが前述したように現在、コロナ禍によって”派遣切り”が相次いでいる。安倍政権の派遣社員の雇用安定策は奏功しなかったことになる。

そして安倍政権の最後の待遇改善策となった「同一労働同一賃金」を盛り込んだパートタイム・有期雇用労働法は今年4月に大企業を手始めに施行され、翌2021年4月から中小企業に適用される。

実際にどれほど処遇が改善されるのか未知数だが、すでに“非正規切り”も横行している。中小企業の経営者の中には法律施行を見据えて雇止めに走る可能性もある。

安倍政権の「女性活躍推進」の成果がまったくなかったと言わない。

しかしこれまで掲げた壮大な計画の数々は実現を見ていないし、とてもレガシーと言えるものではない

次の政権には国民を惑わすアドバルーンを掲げるのではなく、これまでの政策を検証し、データに基づいた実現可能な政策を着実に実行していくことを期待したい。

(文・溝上憲文

溝上憲文:1958年鹿児島県生まれ。人事ジャーナリスト。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。新聞、雑誌などで経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマに執筆。『非情の常時リストラ』(文春新書)で2013年度日本労働ペンクラブ賞受賞。主な著書に『隣りの成果主義』『超・学歴社会』『「いらない社員」はこう決まる』『マタニティハラスメント』『辞めたくても、辞められない!』『2016年残業代がゼロになる』『人事部はここを見ている!』『人事評価の裏ルール』など。

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