米小売り大手のウォルマート、ターゲット、ロウズ。
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こんにちは。パロアルトインサイトCEO・AIビジネスデザイナーの石角友愛です。今回はコロナ禍でも業績が伸びている小売業界について、そのオンライン戦略に関して書きたいと思います。
これはNYTで半年ほど前に出た「アメリカ人の消費がコロナウイルスの影響でどう変わったか」という記事ですが、相対的な流れは現在と変わっていないと思います。スーパーマーケットやECサイト、DIYなどのホームリノベーションに関する業界は業績が伸びています。
出展:ニューヨークタイムズ
大手小売りがコロナ後も業績好調の理由
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中でも私が注目しているのは「ビッグ・ボックス・リテーラー」と呼ばれる大手小売です。アメリカの2020年第2四半期の小売消費の約30%は、Walmart, Amazon, Target, Costco, Lowe's, Home Depot の5社によるものでした。コロナ下で大手小売が飛躍しているのが分かります。
小さいチェーンなどがビジネス閉鎖に追い込まれる中、消費先が大手に流れているという背景も挙げられますが、その需要増をマネタイズすることができる準備が整っていたかどうかが、コロナよりずっと前から取り組んでいたデジタルトランスフォメーションとITインフラの構築が勝敗を分けたと言えます。
WSJの8月末の報道によると、Walmartの今期のEC事業は前年比で97%増え、Lowe’sのEC事業の売り上げは前年比で135%、TargetのEC事業の売り上げは前年比で195%でした。
その売り上げに大きく貢献しているのが、オンラインで購入して店舗にピックアップしに行く「カーブサイドピックアップ」、そしてアマゾンプライムのような「サブスクサービス」が挙げられます。
例えば、Walmartはあまりにもカーブサイドピックアップが好調のため、今年2月からカーブサイドピックアップ専用駐車場の敷地を30%増加したということです。
「カーブサイドピックアップ」流行から学べること
カーブサイドピックアップは、コロナ禍で一気にメジャーになり、いまや買い物の便利なサービスとして定着しつつある。
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カーブサイドピックアップはコロナより数年前から大手小売が実施していた取り組みで、オンラインで購入して一番近い店舗まで取りに行く、というオムニチャネル型の購入モデルです。
詳細はサービスにより異なりますが、多くの場合店舗入り口に一番近い場所にピックアップ専用駐車場が設けられており、そこに駐車してテキストメッセージを指定の番号に送ると、店員さんが車まで荷物を運んできてくれます。そして、車のトランクに全て積んでくれるケースが多いです。
待ち時間は長くて5分、子連れの利便性、時短にも
私も食料品などの生活品の購入は毎週金曜日にまとめてオンラインで購入、カーブサイドピックアップで指定した時間に取りに行きますが、待ち時間は長くて5分、車のトランクを開ける作業も荷物を詰め込む作業も全てマスクと手袋を付けた店員がやってくれるため私は車から一歩も出る必要がありません。
小さい子どもがいる場合、車から出るためだけに子供をチャイルドシートから降ろして抱っこするなど(お昼寝中の場合起こさないといけないなどの留意点もある)と大変な作業工程があり、コロナ下でのリスクも気になります。それが全て解決されるので一度この買い方に慣れてしまうと前のやり方には戻れません。
また、毎週の買い出しはほとんど決まった商品の購入になるため、オンラインであれば「再注文」ボタンを押せば完了。大幅な時間短縮にも繋がります。
例えばバナナを購入する際も「どちらかと言えば緑より黄色が強い」バナナを5本、というような具体的な指定ができるため、オンラインで購入してがっかりした、という体験も最小限に抑えられるようになっています。
九死に一生を得た家電小売り「ベストバイ」
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3月22日にはじまったカーブサイドピックアップを知らせるBestBuyの公式ブログより。
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コロナ前は過小評価気味だった家電系の小売大手「ベストバイ」も、2020年3月に店舗全てを閉鎖し赤字になるかと思われた矢先、閉鎖した全ての店舗でカーブサイドピックアップを開始。家電製品への需要が高まったこともあり、先日の決算発表で前年比でオンラインの売り上げが242%だったと報告、株価が今年だけで30%ほど上がりました。
ベストバイのオンラインサイトでビデオゲームを購入したら、当日にカーブサイドでそのゲームが手に入ります。
さすがのアマゾンプライムでも(アメリカ国内では)当日配送は難しいため、消費者は商品がどれだけ今すぐ必要かという緊急性や、ピックアップ先の店舗がどれだけ近くにあるかという利便性によってサイトやサービスを使い分けているのです。
マッキンゼーが語る「粘着性が高いビジネス」の意味
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マッキンゼーのシニアパートナーのコーリ氏が「カーブサイドピックアップは非常に粘着性が高い」ビジネスであり、今後の小売業界のオムニ戦略における店舗の意義が変わる可能性がある、と述べています。コロナ後も新しい消費の仕方として定着するのではないかと考えます。
例えば、店舗設計のあり方が変わるとも言えます。
カーブサイド専用の駐車場スペースがより大きくなり、店舗はお客さんのためではなく、「店員が商品を探して包装するための倉庫と作業所」のような設計になる可能性があります。フォークリフトやロボットなどの需要も高まるかもしれません。都心部では買い物型店舗、地方ではカーブサイドピックアップ専用店舗、という差別化戦略が生まれることも想定されます。
Walmart+のサービスの1つ、手元のスマホアプリでスキャンして会計まで完了できる「Scan and go」の様子。
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1回35ドル以上購入すれば送料無料で当日デリバリーもしてくれる。
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もう一つ、Walmartが先日発表した「Walmart+」という今月9月15日にアメリカでローンチされるサブスクサービスも注目しています。
アマゾンプライムに対抗する形で、年間98ドル支払えば一回35ドル以上の買い物につき送料無料で当日配送(通常は約9ドルの送料が発生)、Walmartの場合ガソリンスタンドが併設されていることが多いため、ガソリン代が値引きされるなどの特典があります。
また、Walmart店舗内で買い物をする場合でも、Walmart Plusの会員であれば、自分のWalmartアプリから「Scan and go」機能を使いバーコードスキャンをして会計まで完了できます。レジの長い列に並ぶ必要がなくなるとのことです。
よく設置されているセルフレジなども結局はクレジットカード差込口や画面タッチなどで機械との物理的な接触が発生してしまうため必ず消毒が必要なのですが、自分のアプリで会計できるのであれば、コロナ下においては助かるという人も多いかもしれません。
アマゾンプライムと比較するといろいろな違いもあるため、Walmartの新規EC顧客獲得にどれだけ役立つかは分かりません。それでも、既存のWalmart顧客を囲い込むには有効なサブスクサービスだと考えられます。
「デジタル強化」で命拾いした米国大手小売り、という構図
Amazon Goは小売り技術の最前線のように語られることも少なくないが、小売りのデジタル強化はそれだけではない、ということ。
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カーブサイドピックアップもサブスクサービスも、一朝一夕でローンチして収益化できるサービスではありません。
- 在庫管理システムや需要予測システムの構築
- 各店舗におけるリアルタイムでの在庫商品のデータ化とフィード化(倉庫、商品棚、移動中の在庫含む)
- 消費者が使うECサイトのインターフェースであるウェブアプリやモバイルアプリの開発
- オンライン注文をさばくための専用のオペレーションの設計と実装
- 作業動線の確保と効率化
- オンライン顧客獲得のためのマーケティング戦略
……など、すぐに思い付くだけでも、オンラインとオフラインでのデータ統合とシームレスなユーザー体験の提供など、統合的なビジネスモデルデザインと、その実装が求められることが分かります。
コロナで業績が伸びている会社は、数年前からデジタル強化をしていた会社が多いのです。コロナを機に世界が変わったのではなく、いずれ来ると想定していた未来が、急激に前倒しされた、と考えた方が状況をより正確に表現しているかもしれません。
これらの企業は、前もって準備していたからこそ、そのチャンスを掴む体制ができていたということが言えます。
(文・石角友愛)