撮影:今村拓馬、イラスト:Singleline/Shutterstock
企業やビジネスパーソンが抱える課題の論点を、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にして整理する。不確実性高まる今の時代、「正解がない」中でも意思決定するための拠りどころとなる「思考の軸」を、あなたも一緒に磨いてみませんか?
参考図書は入山先生のベストセラー『世界標準の経営理論』。ただしこの本を手にしなくても、この連載は気軽に読めるようになっています。
前回は、アップルやグーグルといったプラットフォーマーが力を持つ構造をポーターの戦略論などから読み解いてきました。アプリストアから人気ゲーム「フォートナイト」を削除されたエピック・ゲームズ側に勝ち目はないのかというと……入山先生は「今やフォートナイトそのものがプラットフォームになりつつある」と言います。そのワケとは?
アップルはいまや独裁者?
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こんにちは、入山章栄です。
前回は人気ゲーム「フォートナイト」を、アップルとグーグルがアプリのストアから削除した話題について、「SPC理論」「ネットワーク外部性」などの経営理論を使って解説しました。
今回は「フォートナイト」を制作しているエピック・ゲームズ(Epic Games)とアップル&グーグルの対立が、どのような推移をするかについて見ていきましょう。
今後の論点はいくつかあります。まずアップルでは、決済手段にカードやペイパルのようなサードパーティー決済を事実上認めていない。逆に言うと手数料競争が起きないので、手数料の部分が独占されていることです。だからプラットフォーマーが30%という高い手数料をとれる構図になっている。
それ以外にも、モバイルデバイス向けのアプリを供給するプラットフォームがアップルの「App Store」とグーグルの「Google Play」しかない。だからどうしても彼らの力が強くなってしまう。このあたりをエピック社は独占禁止法に違反しているとして、突くつもりのようです。
今回、エピック側はアップルを皮肉る動画をつくったりしているところを見ると、かなり前から準備をしていたのでしょう。その動画もなかなか風刺が効いています。
もともとアップルはかつてマッキントッシュを出した時に、IBMを仮想敵として、ジョージ・オーウェルの『一九八四』になぞらえた有名なテレビCMをつくった。それをさらに今回エピックが風刺した動画をつくった。もちろん仮想敵はアップルなのでしょう。これもまた話題を盛り上げた一面がありました。
エピック・ゲームズが制作した動画。1984年にアップルが制作したCM「1984」への風刺が効いている。
動画:Nineteen Eighty-Fortnite
前回述べたようにプラットフォームは既存の世界を独占してしまう。そこで、それに問題意識を感じる新しいベンチャー企業が「◯◯の民主化をするんだ!」といってそれを破壊しようとする。既存プラットフォームは強いけれど、万が一それを倒せれば、今度は自分がプラットフォーマーになれる。
でも皮肉なことに、今度は自分がプラットフォーマーになると、やはりプラットフォームとしての力を行使したくなる。抗いきれずその独占の力を行使するようになると、やがて周りから「あいつは民主的じゃない!」と批判されるのです。
その意味ではアップルも、最初は既存の独占プレイヤーへの対抗もあって新しいことをやっていたのに、成熟しきった今は、確かにエピックが言うように独裁者になりつつあるのかもしれません。
ゲームそのものがプラットフォームになる
さて、ここからは僕の個人的な視点です。実は僕は、今回の件は「新しいプラットフォーマーと、古いプラットフォーマーの戦い」ではないかと考えています。早い話が、今エピック社が出しているゲーム「フォートナイト」そのものが新しいプラットフォームになる可能性があるのです。
「フォートナイト」はいま世界でも3億5000万人以上がプレイしている人気ゲームです。うちの息子もプレイしている。世界中の人がプレイしているので、僕が「バーチャル=バーチャル」と呼ぶ、新しいコミュニケーションツールになってきているのです。
現代の、そして近未来の人間のコミュニケーションツールは、次の3つに分けられると僕は理解しています。
1つ目は「リアル=リアル」。これは僕が勝手に作った言葉ですが、リアルな人間がリアルでコミュニケーションする状態ですね。みんなが直接顔を合わせる、昔ながらのコミュニケーションです。
2つ目に、コロナをきっかけに急速に台頭しているのが「リアル=バーチャル」です。リアルの人間が、Zoomなどオンラインでコミュニケーションをすることです。
生身の人間が非対面でコミュニケーションする「リアル=バーチャル」は、コロナをきっかけに急速に広まった。
Kate Kultsevych/Shutterstock
そして僕がこれからさらにすごく伸びると思っているのが、3つ目の「バーチャル=バーチャル」です。
これはバーチャルな仮想空間上で、自分の代わりになるバーチャルなキャラクター(アバター)が、他の人のアバターとコミュニケーションするというものです。その最たるものは、例えばゲーム「あつまれどうぶつの森」です。
僕も「あつ森」を少しだけやってみました。バーチャル上に自分の仮想キャラがいて、それぞれの島に住んでいる。自分のアバターは他の人の島にも遊びに行けるので、ゲーム内で「出会い系」みたいなことをしている人さえいます。
「フォートナイト」も仕組みとしては同様です。つまりフォートナイトのゲーム内が、新しいバーチャル=バーチャルの世界的なコミュニケーションの場になっているのです。
何カ月か前に、トラヴィス・スコットというアメリカの人気ラッパーが、フォートナイト上でライブを開催し、一晩でなんと20億円ぐらい稼いだそうです。バーチャルのトラヴィス・スコットを、アバターたちがフォートナイト内のバーチャル会場に集まって見る。いまやバーチャル=バーチャルの世界では、そういうことができるのです。
トラヴィス・スコットがフォートナイト上で行ったバーチャルコンサート「Astronomical」。
動画:Fortnite
こういうインターネット上の仮想世界を専門用語で「メタバース」と言いますが、もしこのメタバースの中にデジタル通貨が導入されたりしたらどうでしょうか。我々のアバターがバーチャル上で仕事をして賃金を得たり、モノを売ったり買ったりして、バーチャルでの経済活動がリアルとリンクするかもしれません。
現に、毎年晴海で開催されている「コミケ(コミックマーケット)」は、2020年はすべてバーチャルで開催されました。バーチャル世界でモノを買うということが、すでに始まっているのです。
バーチャルの世界は無限。可能性も無限
そういうわけで、アップルやグーグルなどのプラットフォームで提供されていた「フォートナイト」というゲームそのものが、今やプラットフォームになりつつあるとも言えるのです。エピック側としては、自分たちがプラットフォーマーになる可能性があるのに、今は売り上げの3割も古いプラットフォーマーであるアップルやグーグルに取られている状態です。
逆にアップルやグーグル側からしたら、エピックの台頭はかなり怖いのではないでしょうか。
あくまでも僕の憶測ですが、バーチャルの世界は無限ですから、いくらでも広がりをつくれる。もしこの「バーチャル=バーチャル」の分野で「フォートナイト」がプラットフォーマーになれば、長い目で見るとアップルやグーグルの一部が脅かされるかもしれない。
だからアップルやグーグルが利用規約違反を理由にフォートナイトを削除したのは、「今のうちに牽制しておこう」という狙いもあるのかもしれません。あくまで僕の勘ぐりですが。
今回のアップルやグーグルがストアから「フォートナイト」を削除した一件は、いわば現在のプラットフォーマーvs.「バーチャル=バーチャル」の次世代プラットフォーマーとの戦いである、とも捉えられるのかもしれません。
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集:常盤亜由子、音声編集:イー・サムソン)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。