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新型コロナウイルスの世界的な感染拡大で、各国とも前例のない厳しい経済危機を迎えている。多くの企業の苦境が伝えられる中、「Stay Home」によって勢いを増しているのがネットビジネス関連企業だ。
一方、あまりにも巨大になり過ぎたGAFAなどテックジャイアンツには政治的な圧力もかかり始めている。秋に迎える米大統領選の結果次第では、米中対立はますます深刻化し、アメリカによる中国企業の排除は強まるかもしれない。
ネットビジネスの先をどう読み解くか。IT批評家の尾原和啓さんと「決算が読めるようになるノート」連載が人気のシバタナオキさんとの対談を3回にわたってお届けする。
——アップルが7月末に発表した第3四半期(4〜6月)の決算は絶好調で、時価総額も一時2兆ドルに迫りました。9月に入ってIT関連株は過熱感から急落するなど不安定な部分もありますが、アップルの好調は続くのでしょうか。
出典:Bloomberg
シバタナオキ氏(以下、シバタ):確かに第3四半期決算は好調でした。ただ、私が唯一危ないと感じているのがiPhoneなんです。新型コロナウイルスの感染拡大で在宅勤務が増えたことでiPadやMacはバカ売れし、AirPodsのようなウエアラブル機器も売れています。多くの人がゲームなどを楽しむので、App Storeなどサービスも伸びるわけです。
一方、iPhoneの新製品の発売が遅れるとも言われています。
尾原和啓氏(以下、尾原):私もシバタさんとだいたい解釈は一緒です。「巣ごもり需要」で業績が伸びましたが、iPhoneの伸びは言うほどではなく、決算を牽引しているのはサービスの部分なんです。詳しく見ると泣き所が2つあります。
コロナで在宅勤務が増えた影響で、iPadやMacの売り上げは好調。唯一の懸念はiPhoneだという。
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1つは、次のiPhoneについて5Gに関する揉め事があること。具体的には米中の問題でクアルコムが5Gのチップを作るのが遅れていることです。クアルコム社はアップルとの関係で最優先事項として5G対応のiPhoneにチップを供給することを明言していますが、当初の予定より2カ月ほど遅れるのではないかと言われています。
もう1つは、アップルはハード頼みからソフトに移行を試みているものの軒並み失敗していることです。アップルのサービス系で伸びているのはApp Storeしかありません。鳴り物入りでスタートしたApple TV+は、アップル製デバイスを購入するとサブスクリプションが1年分ついてくるので実質的に1年間無料で提供しているわけで。2019年にゲームのサブスクリプションサービス「Apple Arcade」も始めましたが、開発援助金を打ち切るケースもあるようです。
アップルはハードを作るのはうまいのですが、クラウドサービスをうまく立ち上げられていません。Apple News+に至っては、ボコボコですからね。
アップルとディズニーが一緒になる可能性は?
シバタ:私は5年ほど前にiPhoneを卒業したAndroidユーザーで、iOSを使っていないんです。当時、音声入力ではGoogleが圧倒的によかったのと、アプリ間の行き来はAndroidのほうが直感的にできたのが卒業の理由です。でも、また戻ろうかなと思っています、Androidにも少し飽きたので。
アップルはiOSのアクティブユーザーを最も重要なKPIに位置づけているはずで、そこからのLTV(Life Time Value)の計算をしていると思います。これは正しい考え方ですし、それができるのはすごいと思うのですが、一方でそこからの売り上げが思ったほど上がっておらずApp Store頼みになっています。
「裏技」として、アップルがディズニーを買収するという話もあります。そうするとApple TV+がDisney+とくっつくこともあるかもしれません。ディズニーは、コロナ禍でディズニーランドは惨憺たる状況ですが、一方でDisney+はユーザーがめちゃくちゃ増えていて、トータルではプラスマイナスゼロ。会社として危機的状況にあるわけではありません。
故スティーブ・ジョブズの妻であるローレン・パウエルはディズニーの株式を10%ほど保有しているはずで、買収はしやすいはずです。個人的には、両社は相性がいいと思うので、アップルとディズニーがくっつくのを見てみたいですね。Netflixを見ていても感じますが、コンテンツを持っているのは強いなと思います。
手数料30%は高いか。vs.フォートナイトの論点
出典:Bloomberg
——アップルは今人気ゲーム「フォートナイト」の開発元であるEpic Gamesとの対立が問題になっていますが、App Store頼みの構造からすると、フォートナイトを排除してでもApp Storeの手数料30%という水準を維持しようとすると思いますか。
尾原:フォートナイトがうまいなと思うのは、自分たちだけがアップルに勝てばいいというスタンスではないことです。例えばアップルはミニアプリを認めておらず、いわゆるPlatform on Platformは禁じられていますが、「中国では認められているPlatform on Platformが認められていないからFacebook MessengerはWeChatに負けている、だから解放すべきだ」ということも論点に入れてます。
Epic Gamesはアップルに対する材料を全部ぶつけてきたという感じで、単純な手数料率の問題だけではなく、自分たちに課された制約を緩めようとあらゆるポイントをついてきている状況です。
個人的には、独占禁止法の観点から考えて30%という手数料率はそこまで高いかというと疑問があります。iOSを作って世界中に広げてアップデートして、というコストを負っているのはアップルですから。
ただ、Epic Gamesのゲームエンジン「Unreal Engine」は手数料12%なんです。これを交渉の中でどこまで下げられるのか。アップルの泣き所としては、先にGAFAが呼ばれた米議会の公聴会で、アップルがアマゾンのPrimeTVのみ最初から手数料15%で提供していたという事実がリークされるなど自分で墓穴を掘っているところがあります。
シバタ:アップルとして最悪のパターンは、フォートナイトだけを切り捨てて「手数料30%は維持するので、言うことを聞かないなら出ていってください」という結論を出すことです。これが最悪のパターンなので、経済的な意味ではアップルへの短期的な打撃はあまりないかもしれません。ただ、それでは感じが悪いので、なんらかの落とし所を見つけられればいいなと思いますが、お互い引くに引けない感じになっているので……。
アップルの言い分は法律的に問題はなくても「感じが悪い」と思う部分がある一方で、独禁法的に問題かといえば手数料率30%は妥当ではないかと思います。
ただ、アップルが主観的に曖昧なルールを都度自分たちの良いように解釈して「これはいい」「あれはダメ」と言っているのが気持ち悪いと感じさせる面はあるのではないかと思います。
アップルvs.フォートナイト。時代は、社会はどちらに軍配を上げるのだろうか。
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——米中の対立の影響は、例えばiPhoneの今後の売れ行きなどにどんな影響を及ぼしますか?
尾原:米中対立については、「製造業としての米中戦争」と「クラウド上のサイバー空間の米中戦争」があります。今は5Gをはじめとしたサイバー空間での戦争をやろうとしているわけですが、見落とされがちなのは「製造業としての米中戦争」のほうです。
iPhoneを製造しているのは台湾企業のフォックスコン(鴻海科技集団)の中国にある工場で、米中を本当に分断したらiPhoneは作れるのかという話になります。いま米中対立の裏側では、アメリカには中国から台湾に強引に製造拠点を持ってこようという動きもありますが、現実的に製造力を考えれば中国抜きでアメリカの製造業は成り立ちません。ですから、それはどこかで手打ちにせざるを得ないんじゃないかと個人的には思っています。
シバタ:僕もアップルに関しては、そもそも製造を中国に依存していて、クラウドの世界についても中国政府とかなりちゃんとやり取りしていると思うので影響は少ないのではないかと見ています。あとは11月の大統領選挙の行方次第ですね、米中戦争の行方は。(以下、中編は明日公開します)
(聞き手・浜田敬子、構成・浜田敬子、千葉はるか)
尾原和啓:IT批評家。1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。マッキンゼー、NTTドコモ、リクルート、グーグル、楽天などを経て現職。主な著書に『ザ・プラットフォーム』『ITビジネスの原理』『アフターデジタル』(共著)『ネットビジネス進化論』など。
シバタナオキ:SearchMan共同創業者。2009年、東京大学工学系研究科博士課程修了。楽天執行役員、東京大学工学系研究科助教、2009年からスタンフォード大学客員研究員。2011年にシリコンバレーでSearchManを創業。noteで「決算が読めるようになるノート」を連載中。