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収束の見えない新型コロナウイルスの感染により世界的に経済が落ち込む中、IT関連企業は好調だ。一方で、米大統領選や深刻化する米中対立など不透明な要素も大きい。その影響はどこまで広がるのか。
IT批評家の尾原和啓さんと「決算が読めるようになるノート」著者のシバタナオキさんによる分析の2回目。
——前回の最後にもお聞きした米中の対立。アメリカで、中国企業のバイトダンスはTikTok事業を運営できなくなるなど影響は広がっています。11月の大統領選でトランプ大統領が再選しなければ、中国への圧力は弱まるという見方もあります。一方、もともとアメリカは共和・民主党どちらも中国に対しては厳しい対応を取っているので、民主党政権になっても、急に対中政策が変わるとは思えません。トランプ大統領のような思いつきはなくなるにしても。
そもそも中国のAIや自動運転技術が優れているのでアメリカは脅威に感じているとの見方もあります。シリコンバレーではこの米中対立はどう受け止められていますか?
シバタナオキ氏(以下、シバタ):中国の技術的な驚異というプレッシャーは民主党政権になっても変わらないと思います。ただ、今のような子どもの喧嘩みたいなやり方は、さすがにバイデン氏が大統領になればなくなり、大人のビジネスの交渉になっていくでしょう。今のように、何でもかんでもダメとか、「俺が嫌いだからダメ」というトーンにはならないだろうと思います。
11月の大統領選でトランプ大統領が再選しなくても、アメリカの中国に対する警戒は解けないという。
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——尾原さんはシンガポール在住ですが、この米中対立はどう受け止められているのでしょうか。
尾原和啓氏(以下、尾原):前回も話しましたが、米中対立には、5Gをどちらが握るのかといったサイバー空間上の制空権の問題と、製造業として国際分断をどうするのかという問題があります。
前者についてはシンガポールは今のところうまく中立の立場をとっており、5Gでもファーウェイに問題があるという証拠はないとしています。だからシンガポールではファーウェイを問題なく使えます。
一方、製造業については、私にはトランプ大統領の失点に見えます。例えば現実的に、テスラは中国にどんどん製造拠点を作っている。製造業レベルでの国際分業のネットワークは破壊できないので、その意味では「上(制空権の争い)」は残るけれど、「下(製造業の問題)」はなくなると思っています。
「上」が面倒くさいのは、5Gなどの国家間の地政学の戦いと「Platform vs. 国家」という「独占をどうするのか」という話がクロスしているんですよね。ここの争いについては、まだ続くと思います。
アメリカ全人口の3分の1が使うTikTokのすごさ
—— TikTokの問題はそこに膨大な個人のデータがあるから起こり得ることですよね。とするとサイバー空間上の問題となり、こうしたサービスの締め出しは続くと見ていいですか。
シバタ:これはもしかしたら民主党政権になってもあるかもしれないと思っています。TikTokのユーザーはアメリカで1億人いると言われ、アメリカの人口の約3分の1に当たります。さすがに全人口の3割が使い出すと「やばいな」という感じだと思います。
TikTokは一度見始めるとAIが次々に「次に見たくなるもの」を表示するので、中毒性があり、やめられなくなるんです。国として「気持ち悪い」という感覚はよく分かるんです。
たとえは悪いかもしれませんが、選挙の投票だってコントロールできてしまうと思います。TikTokのAIはユーザーの嗜好を分かっているので、あらゆるものをコントロールできてしまうのではないかと感じます。民主党政権になったとして今と同じやり方をするかどうかは分かりませんが。
TikTokはその優れたAIによって、ユーザーを「つかんで離さない」ビジネスモデルを確立させた。
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——それほどTikTokのAIが優れているということなんですね。
シバタ:Facebookが一番すごいのではないかと思っていたんですけれど、ユーザーをつかんで離さないという点ではTikTokのほうがすごいかもしれません。
尾原:「つかんで離さない」というのはまったくそのとおりです。
FacebookやInstagramはAI化によって受け手にどの順番で情報を見せるかという点を変えたわけですが、TikTokはユーザーがコンテンツをアップすると、自分がアップしたものが脚光を浴びるところにもAIを持ち込んだんです。つまり受け手と発信者の両方に対してAI化したわけですね。
素人がコンテンツを上げても、それなりに「いいね」をくれる人に表示されますし、コンテンツを上げるのをやめそうになった発信者には、ワンチャンスでたくさん「いいね」がついたりということもあります。さらに受信者が発信者をまねたくなるように「ちょっと上」のインフルエンサーが表示されます。非常にうまく階段が設計されている。
日本ではTikTokは単なるダンスアプリというイメージがあると思いますが、中国版TikTok「抖音(douyin)」は完全にアクションプラットフォームになっていて、すでに5億人、つまり人口の3人に1人が使っているんです。
「近所でご飯をアップしている人はいないかな」というようにカテゴリー別にコンテンツを見られるので、TikTokを見て「今日はここでご飯を食べよう」と決めるのが普通になっています。みんな「今日、ランチを食べるのにどの店にすれば『映え』、いかにTikTokで自分を『映えさせる』のか」という観点でお店を選んでいるんです。
さらにTikTokは、そのまま物が買えたりもするわけです。インフルエンサーなら1分間で1億円売り上げることもあります。TikTokでビジネス書の要約を解説している人が月500円くらいで300万人の会員を集めていたりもします。
—— InstagramとYouTubeとAmazonが一緒になった生活インフラみたいな感じでしょうか。
尾原:一言で言うと「欲望を基点として欲望が完結するところまでリンクを増やしていく」サービスなんです。だからものすごい影響力がありますし、アメリカは脅威と感じるのでしょう。
シバタさんが言うように、大統領選挙の行方にかかわらずこの問題は続くと思います。なぜかと言うと、言い方はあまりよくありませんが、TikTokは「落とし所」が一番見えているからです。
例えば、テンセントのWeChatも今規制すべきという声はアメリカで上がっていて、実際インドでは禁止されました。しかしテンセントは世界の市場で上場していますから、WeChatをたたこうとするとさまざまなステークホルダーに影響が及ぶわけです。
アメリカは喧嘩の仕方を分かっている
大統領選でバイデン氏が当選すれば対中政策は大人のビジネスの交渉へと変化するだろうとシバタさん。
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TikTokは、アメリカ市場への上場を目指して2年ほど前から「うちはグローバル企業だ」と言い続け、5月にはディズニーの動画部門からCEOを招聘したりしていますが(8月には辞任報道)、仮にアメリカでの使用を禁止したとしても、中国の抖音(douyin)とグローバルのTikTokがそもそも別アプリなので分けて考えやすい。
シバタ:今だったら、投資したVCにしっかりリターンが出る形で切り分け、誰も経済的に損失を被ることなくきれいにできるというのは、おっしゃるとおりだと思います。
尾原:アメリカはそれを分かってやっていると思います。アメリカが恐れているのは、アリババグループ傘下の金融会社、アント・グループなど中国企業のグローバルプラットフォーマーがどんどんアメリカなど世界に進出してくることだと思います。
アメリカでのTikTokを禁止、米企業に買収させるという「最上の落とし所」としてTikTokの事例を作るというのは、本当に喧嘩を分かっているという感じですよね。
—— TikTokの買収に手を挙げたのは、マイクロソフトやツイッター、オラクルなどですが、結果的に本命だと言われていたマイクロソフトではなく、オラクルに決まったと報じられています(9月15日現在)。そもそもなぜマイクロソフトは手を挙げたのでしょうか。
シバタ:今回なぜマイクロソフトがTikTokの買収に手を挙げられたかというと、GAFAのCEOは4人全員、独占禁止法違反にあたるかどうかを調査する米議会の公聴会に呼ばれていて、マイクロソフトは呼ばれていなかったからです。非常にシンプルな話なんですよ。
フェイスブックもグーグルも本当はTikTokを買収したいと思っていると思いますが、このタイミングで手を挙げたらさらなる批判を受けることになるので絶対に手を挙げられないのでしょう。
マイクロソフトが本命だと思われていたのは、その買収金額です。今回の買収金額はツイッターの時価総額よりも大きいでしょうから、ツイッターやSnapchatが手を出せる案件ではありません。金額的に見れば、TikTokを買えるのはGAFAとマイクロソフトくらいでしょう。GAFAのうちアマゾンとアップルはTikTokには興味がなく、グーグルとフェイスブックは手を挙げられる状況ではなかったということですね。
尾原:今回のTikTokの分割については、CFIUS(対米外国投資委員会)もわりとポジティブです。
もともとTikTokは、アメリカで流行したMusical.lyというリップシンクアプリの開発元をTikTokの運営元であるバイトダンスが買収して誕生したものです。実は、Musical.lyを開発したのは上海を本拠地とするAlex Zhuという中国人。この微妙な構図があったため、バイトダンスはMusical.lyをCFIUSの認可を得ず買収しています。
CFIUSとして今後のことを考えると、中国企業がアメリカで流行したサービスの事業を買収する場合、自分たちのステークホルダーに対して存在感を示す必要があります。
分かりやすい例を挙げると、フェイスブックがWhatsAppを買収する時は欧米の投資委員会が待ったをかけ、独占禁止法違反になるためID統合はしないという条件をつけました。つまり米国企業が米国企業を買収するケースで、欧米の投資委員会が介入したわけです。
このようにグローバル企業の買収では投資委員会が存在感を持ちます。CFIUSは今の国際情勢を考えても、今回は存在感を示したいところでしょう。
本命マイクロソフトでなく伏兵オラクルが買収?
TikTokを運営するバイトダンス。一時はTikTokの米事業売却を回避するために米政府と協議していることも伝えられた。
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——今後、英語圏の事業を米企業が買収するとして、分割して運営することに支障はないのでしょうか。
シバタ:マイクロソフトが買収した場合、エンジニアが何十万行にもわたるソースコードを読み、どこを切り出すのか、という作業をすることになるという噂が流れていました。つまりそこまでしてでもマイクロソフトはTikTokが欲しかったということでしょう。
マイクロソフトはコンシューマー向けのメディアを持っていないので、GAFAに入れなかったわけです。検索エンジンのBingもいまいちですから。
TikTok側は嫌かもしれませんが、「中国の抖音(douyin)」と「その他」に切り分け、「その他」を全部買収した米企業に引き取ってもらうという考え方のほうがきれいに収まるでしょう。
尾原:中国の抖音(douyin)とそれ以外の国のTikTokは完全に分かれているのでそこは問題ありません。
TikTokの良さは「言葉を超えて面白い」ところで、例えば日本のユーザーがアメリカやニュージーランドのユーザーのポストを見て、「あのダンスがかっこいいから真似したい」となるわけだから、買収する側はより広い地域を買収したいわけです。だから、マイクロソフトはアメリカだけでなく、カナダやニュージーランドの事業も含めて買収を提案していたわけです。
売る側からすれば、ネットワーク・エフェクトを考えると、インフルエンサーが多いアメリカと日本を分断すれば日本のTikTokの魅力が落ちることが考えられます。北米圏から切り離したTikTokは放置すれば衰退する可能性もあるので、日本のTikTokは難しい判断になると思います。
——そこまでマイクロソフトが本命だと見られていたのに、なぜ最終的にオラクルが選ばれたのでしょうか? 一説には、オラクル創業者のラリー・エリソン会長が熱心なトランプ支持者だからとも言われていますが。
シバタ:まだTikTok側からのリリースを見なければ分からない部分も多いのですが、マイクロソフトはアルゴリズムを含む、いわゆる完全な事業譲渡を希望していたのだと思います。一方、TikTok側はアルゴリズムの複製だけは勘弁してほしいと思っていたはずです。
ホワイトハウスは、TikTokのような超スティッキーなサービスのコントロールが中国企業にあるのが気持ち悪いと感じていて、米企業がコントロールできるならOKだったのではないかと。そこでオラクルはTikTokのアルゴリズムは複製せずに、アメリカ内でのサービスのコントロールができるような仕組みを提案したのではないでしょうか。
そんな中途半端なことが中長期的にうまくいくのかという疑問は残りますが、少なくともこのディールをクローズする上では、TikTokとホワイトハウス両方の希望を満たす条件を提示して、合意した可能性があるんじゃないかと思います。
GAFAトップを追い詰めている動画が人気
TikTokを一番欲しかったのはフェイスブック? だが、7月には米議会公聴会に呼ばれるなど、GAFAへの風当たりは強さを増している。
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——先ほど話に出ましたが、GAFAのトップが呼ばれた公聴会は、アメリカではどう受け止められたのですか。
シバタ:世界的にも時価総額トップにある企業4社、GAFAのトップ全員が公聴会に呼ばれたのは初めてのことでしょう。受け答えも、4人のCEOの性格がそれぞれ出て、非常に面白かったですね。特にジェフ・ベゾスはなかなか表に出てきませんでしたから。一般の人が、GAFAの何がすごくて何が脅威なのかを理解するきっかけにはなったと思います。私の周囲を見ていても、関心は高かったようです。
尾原:4人のスピーチは非常にアメリカっぽいと思いました。「基本的に私たちは善人であり、アメリカンスピリッツを体現したいと思っている。しかしこのままでは中国にやられてしまうからみんな協力してほしい。私たちはそこまで言われるほど独占しているわけではない」というのが基本的なストーリーですが、あのジェフ・ベゾスが自分の生い立ちから話し始めるなど、一人ひとりの語り方の違いが面白いなと思いました。
公聴会の一部を切り取ったものがたくさんYouTubeにアップされているのですが、それらを見ていると、議員がGAFAの4トップを追い詰めている動画がビュー数を集めているわけです。結局、みんなの関心があるのはそこ。今回の公聴会で溜飲を下げた部分があるんだと思います。「アマゾンはOEMで小売り業界を追い込んでいるんじゃないか」「アップルはアマゾンには手数料を下げるなど依怙贔屓しているんじゃないか」などと考えている人もいますから。
ただし、これは大統領選前のアメリカの風物詩です。以前は自動車業界がやられていたのが、今はGAFAになったという話でしょう。(以下、後編に続く)
(聞き手・浜田敬子、構成・浜田敬子、千葉はるか)
尾原和啓:IT批評家。1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。マッキンゼー、NTTドコモ、リクルート、グーグル、楽天などを経て現職。主な著書に『ザ・プラットフォーム』『ITビジネスの原理』『アフターデジタル』(共著)など。
シバタナオキ:SearchMan共同創業者。2009年、東京大学工学系研究科博士課程修了。楽天執行役員、東京大学工学系研究科助教、2009年からスタンフォード大学客員研究員。2011年にシリコンバレーでSearchManを創業。noteで「決算が読めるようになるノート」を連載中。