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新型コロナウイルスで急拡大したのがECだ。外出できない、営業できないという中で日用品の売買はオンライン上に移行した。この成長はこのまま維持できるのか。
IT批評家の尾原和啓さんと「決算が読めるようになるノート」著者のシバタナオキさんの対談3回目では、コロナによって急成長を遂げたECビジネスの将来を分析してもらった。
——コロナ下で、オンラインビジネス、中でもECビジネス関連の企業は売り上げを大幅に伸ばしました。
シバタナオキ氏(以下、シバタ):アメリカの小売のEC化率が3カ月でいきなり2倍の35%くらいになったんです。これは、今までEコマースを使っていなかった人が、急に利用するようになったことを意味します。
日本でもプラットフォーム別に前年同期比で取り扱い額を見てみると、日本のBASEはだいたい前年同期比3倍に。Shopifyが2.2倍、メルカリはアメリカで1.8倍、楽天は1.5倍。自然に波に乗っていればプラス50〜120%ほど成長できるという状況で、非常に強い追い風が吹いていると言えます。
—— BASEは、買う人だけでなく出店者も増えていると聞きました。4、5月の緊急事態宣言下でリアル店舗を営業できなかった人たちが簡単にスマホで出店できるというので、中高年の人も出店していると。
尾原和啓氏(以下、尾原):オーストラリアなどもそうですが、C to Cが圧倒的に伸びているんです。コロナ禍で、売る側がリアルからオンラインにシフトしています。マスクが正規の手段で購入できなくなった時期にブローカーが動いてマスクを調達しC to Cで売る動きもあって、C to Cはより一般化したと思います。
シバタ:POSの決済端末を扱っているスクエアの決算を見ていたら、実店舗の決済が減る一方で、お店の在庫を無理やりオンラインに乗せて売っていたりしたことが分かり、そういった動きは面白いなと思います。Eコマースは一度流れに乗るとみんな「これでいいや」となるので、トレンドとしては今後も元には戻らないでしょう。
ただ、飲食店の倒産は増えていて、シリコンバレーの名物カフェも突然閉店したりしています。身近なお店が潰れると悲しい気持ちになりますね。デリバリーで何でも持ってきてもらえるのは便利ですけれど……。
これまでなかったものが売られるように
ECだけでなく、ココナラのようなスキルシェア市場も成長している。
ココナラ公式HPより
——確かに日本でもC to Cサービスの企業がいきなりテレビCMを打ち始めたりしています。ココナラのようなスキルシェアのビジネスなどもテレビCMを始めました。
尾原:CMを打ったのは、スキルを買うユーザーだけでなく、スキルを提供する側に見てもらうことも狙ってのことでしょう。ネットワークエフェクトは「買い手が集まるから売り手が集まる、売り手が集まるから買い手が……」という循環によって大きくなります。ココナラは、コロナ禍の中で「リモートワークなら副業もできる」という人が増えたことも、アクセルの踏みどころだったのでしょう。
C to Cが伸びている理由は、これまでモールが担っていた「出店機能」「決済機能」「(買いたい物の)発見機能」という3つの機能のうち発見機能をTwitterやInstagram、Googleの検索機能が担うようになり、一方で決済機能が安定してきたことが大きいでしょう。
Instagramで「このファッションがカッコいい」と思った人がShopifyで購入するといったケースが増え、「発見」と「出品」の分離という構造変化が起きています。環境が整ったところに、コロナ禍が起きてユーザーの価値観が追いついてきたということでしょう。
——シバタさんの住むアメリカでも同様の動きは広まっていますか。
シバタ:アマゾンは在庫切れが多くなっていて、欲しい物がなかなか買えない状況です。コロナになってまじめにゴルフをやるようになったのですが、ゴルフグッズも軒並み売り切れています。在庫切れだけでなく、配送が遅れたりということもまだ起きているようです。
アマゾンを見ていると、Eコマースはこれからもっと伸びるのではないかなと感じています。私自身の生活を振り返っても、アマゾンだけでなくeBayやShopifyでの購入も増えました。尾原さんがおっしゃるように、オンラインでの供給が増え、今までオンラインにはなかったものも売られるようになったと感じます。
ショックの後のIPOは「おいしい」
ビジネス的に厳しくなっていると思われたAirbnbには、今は車で行ける近場に一軒家を借り切るほうが安全なので、結果的にポジティブに働いたという見方もある。
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——一方で、AirbnbやUberのようなリアルなサービスについては、外出や旅行が制限されてビジネス的には厳しくなっていますよね。その中でAirbnbはIPOを準備していると報じられていますが。
シバタ:AirbnbのCEOのブライアン・チェスキーがポッドキャストで話していたのですが、もともと新型コロナウイルスの感染拡大直前にIPOのための(会社情報を開示する)ファイリングをしようとしていたそうなんです。
コロナでいったんIPOをやめて約1500人をレイオフし、資金調達をしました。これは経営の先行きを見越して念のためということと、Airbnbに物件を登録しているホストをサポートする必要があるからです。
一方で、6月ごろからは、Airbnbではかなりユーザーが戻ってきているという話もあります。これまでは飛行機に乗ってリゾートに行っていたのが、今は車で行ける近場に一軒家を借り切るほうが安全なので、Airbnbにとっては結果的にポジティブに働いたという見方もあります。
尾原:補足すると、Airbnbと他のホテルチェーンの違いは、物件を持っているか持っていないかというところ。物件を持っていれば減価償却や補修費が続きますが、物件を持たないAirbnbの場合、人件費をカットしてサーバーさえ維持できればいいわけです。コロナ禍が長引いても、収益性には影響がない業種だと言えます。
もう一つ、Airbnbは日本ではホテル代わりというイメージがありますが、実際には1週間や1カ月単位で物件を借りたい人のプラットフォームでもあるんです。新型コロナの文脈の中で「地方の人がいないところでリモートワークしたい」「家で仕事をする部屋がないから仕事場として借りよう」というニーズもあります。
IPOについて言えば、ショックのあとのIPOって「おいしい」んです。IPOの件数が極端に減るのでお金が集まりやすくなりますから。今回アメリカはGDPが前期比で年率マイナス32%くらいになって「これは大変だ」となっているわけですが、四半期で割ればマイナス8%ほど。あと3カ月同じ状態が続いても年率で言えばマイナス16%なんです。
アメリカはコロナ対策としてGDPの20%に相当する額を給付金などでばらまいていて、単純計算すると4%のお金が余っていることになる。減っているGDPよりもばらまいているお金のほうが多いので、株にお金が集まりやすく、アメリカ市場では株価が上がっているわけです。実際、Booking.comなども、業績は悪化しているのに株価はコロナ禍の前の水準まで戻ってきています。
株式市場の環境については、むしろお金がじゃぶついていて、IPOのライバルが少なく、「中長期的にはAirbnbはいい案件だ」ということを多くの人が分かっているという状況なら、株価がつくという話でしょう。
今回のIPOはすでに発行されている株を売るのではなく新株発行ですから、Airbnbとしては、コロナ禍が長引いてもいいように資金調達したいという意思があったのだと思います。
ベンチャーの成熟期は2021年から始まる
——最後に、日本の状況をどうご覧になりますか。
シバタ:尾原さんがおっしゃったとおり、主要国では経済が落ち込んでいる分以上にお金を配っているんですよね。本当に苦しんでいる人たくさんいらっしゃる中、本当に苦しい人だけにお金を配るのがいかに難しいかということもよく分かったと思います。
困っていない人にもお金を配れば、余剰資金はバランスシートの資本に入って株価が上がるという極めて単純なロジックなんです。上場企業の株価は上昇していますし、お金がじゃぶついているので、スタートアップの資金調達という意味ではマイナスどころかプラスという印象もあります。
一方で業績面については、コロナ禍で完全にダメになってしまった業種もあると思いますし、それについてはかける言葉もないのですが、回り道をして立て直せる部分はあると思います。そこが経営者の腕の見せ所だというのが正直な思いです。
提供:尾原和啓氏
尾原:将来的には、今のベンチャーが「2020ビンテージ」と言われるのではないかと思っています。実は2009年のリーマン・ショックの後はVCの投資率が高かったんですが、リーマンの後にスマホとソーシャルという技術の成熟期が始まり、バイアウトによってVCのリターンが向上したんです。これと似たことがこれから起きるでしょう。
2020年は5Gが始まりますから、成熟期は来年か再来年になりそうです。ヘッドセットの価格も低下してきてこれからVRも成熟期に入ります。つまり、5GとVRという仮想空間技術の成熟期に入る2020年は、ベンチャーの当たり年になるはずなんです。非接触、リモート、仮想空間関連の銘柄では、日本は強みを発揮するでしょう。
(聞き手・浜田敬子、構成・浜田敬子、千葉はるか)
尾原和啓:IT批評家。1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。マッキンゼー、NTTドコモ、リクルート、グーグル、楽天などを経て現職。主な著書に『ザ・プラットフォーム』『ITビジネスの原理』『アフターデジタル』(共著)など。
シバタナオキ:SearchMan共同創業者。2009年、東京大学工学系研究科博士課程修了。楽天執行役員、東京大学工学系研究科助教、2009年からスタンフォード大学客員研究員。2011年にシリコンバレーでSearchManを創業。noteで「決算が読めるようになるノート」を連載中。