【BASE・鶴岡裕太1】コロナで急拡大、初めて感じた危機感。「頼ってきた人を裏切れない」

ミライノツクリテ BASE 鶴岡裕太

「フェアでありたい」—— 。

インタビュー中、この言葉が何度も出てきた。

はじめは、彼が1人の人間として醸し出す柔らかな優しさの表れなのかと聞いていた。

しかし、話を進めるうちに、それが彼の中で緻密に練られた、今の時代を生き抜く成長戦略の一部でもあるのだと気づかされた。

その信念は、彼がつくるプロダクト、そして生き方に貫かれている。

「彼」とは、鶴岡裕太(30)。大学在学中だった2012年秋に、誰でも簡単にネットショップを始められるプラットフォーム「BASE」をリリースし、わずか1カ月で1万店舗を集めた。

テンプレートから好きなデザインを選ぶだけでネットショップが開設でき、決済機能も簡単に取り入れられる仕様が支持され、加盟店は右肩上がり。リリースから7年後には80万店舗が利用するサービスへと成長し、2019年10月に東証マザーズに上場を果たした。

休業余儀なくされた店舗の救世主に

緊急事態宣言

新型コロナによる緊急事態宣言下では多くの飲食店が営業自粛を余儀なくされた。食品の通販に参入した店にとって、BASEは駆け込み寺のようになった。

撮影:竹井俊晴

BASEの存在感がさらに増したのは、2020年春のこと。新型コロナウイルスの感染拡大で発令された緊急事態宣言により、実店舗の休業を余儀なくされた事業者の受け皿となった。加盟店の数は7月までに一気に110万店舗を突破。もともと多かったアパレルや雑貨系の店舗に加え、食品通販に参入した飲食店の参加は前年比10倍となったという。

新潟県で和菓子店「越後岩船屋」を経営する平山貴士もその1人だ。観光客が激減し、売り上げを補うための通販を強化することに決めたのが4月のこと。

SNSの支援グループに商品を掲載したところ、1時間に300件以上という予想を大幅に上回る勢いで注文が殺到。自社ホームページの問い合わせフォームから通販に対応する仕組みはあったものの、注文書を打ち出し、振込の確認など、膨大な手作業を捌き切れず、妻と夜中まで処理をしても終わらなかった。

しかし、緊急時の売り上げは少しでも多く積み上げたい。初期費用無料で決済までできるBASEを知り、早速導入したところ、作業効率は2倍以上に改善。

「新規顧客リストを1000件近く増やすことができました。これからは若い層に向けて、新しいアプローチをしていきたい」

と電話の声は明るい。

ミライノツクリテ BASE 鶴岡裕太 経歴

3月から4月にかけての流通総額(GMV)の伸びは2倍。実店舗での売り上げが突然ストップした事業者にとって、まさに“救世主”のような役割を果たしたと言えるが、当の鶴岡は「生きた心地がしない夜を何度も過ごした」と振り返る。

「これまで7年半かけて積み上げてきたGMVと同じ額が、たった1カ月で上乗せされた。こういう事態に貢献できるサービスをつくってきたつもりでしたが、想像を遥かに超えたスピードでの成長速度に自分たちもついていくのに必死。社内はてんやわんやでした」

一時は販売のピークタイムにあたる19〜23時に決済を捌ききれず、店舗側に販売時間を調整するお願いをかける事態にも。毎晩、システムの担当チームと張り付いて「今日はどうだった?」「まだ良くない。夜中のうちに緊急メンテナンスを入れよう」とミーティングを重ねる日々に神経をすり減らしていた。

5月に入る頃には改善されたが、鶴岡はこの間に経営者として初めて味わう危機感を知った。

「今ここで世の中を支えることができなかったら、信頼を失ってしまうという危機感です。生きるか死ぬかの状況でBASEを頼ってくれた人たちを、裏切ることだけはしたくなかった。逆に、ちゃんと役に立つことができれば、自分たちの価値を証明することができるのだからと、踏ん張って向き合っていました」

結果として、価値は証明され、より一層タフにサービスを提供し続けられるプラットフォームへと成長することができた。

ミライノツクリテ BASE 鶴岡裕太

通常、流通のプラットフォームで利益を生み出そうとするならば、1社の大企業にカスタマイズするほうがはるかに効率的なはずだ。しかし、鶴岡はその真逆を行く。

「個人や家族、友人だけで始めるような小さな単位の商売を応援したい。規模の成長を追わず、好きなものを届けられる量だけ売っていきたい人たちの力になりたい。100億円の売り上げのある1社と組むより、10万円の売り上げがある10万の人たちの味方でありたいと思っています」

BASEを利用する人たちは、全国各地の多彩な小さな事業者たちだ。オリジナルアクセサリーを販売する女性、地方の伝統食材で菓子販売を始めた夫婦、ごく少量しか作れないこだわりのスニーカーを売る青年……。そんな中に、実は鶴岡の母親もいる。

「もともと地元の大分で洋品店を営んでいて、『ネット販売もやってみたいけれど、大手のショッピングモールで始める方法は難しくてよく分からない』と言っていたんです。僕がBASEをつくってからは、直接説明していないのに勝手に始めていました(笑)。全国にたくさんいるはずの母みたいな人たちに、使ってもらえると嬉しいですね」

BASEがなければ届かなかった人に届けられていくモノの数々。ここに、“新たな流通”が生まれている。

「その点にはかなりこだわりを持ってやっています。僕たちはリサイクルマーケットではなく、一次流通の総量を増やしている。世の中で取引される価値の総量を増やす仕事をしているのだという誇りを持っているし、これからもブレないでいたい」

小さな夢を、小さいままで、遠くまで。

徹底して「個人の力」の味方であろうとする鶴岡の思いの原点を聞いてみよう。

(敬称略、明日に続く)

(文・宮本恵理子、写真・伊藤圭、デザイン・星野美緒)

宮本恵理子:1978年福岡県生まれ。筑波大学国際総合学類卒業後、日経ホーム出版社(現・日経BP社)に入社し、「日経WOMAN」などを担当。2009年末にフリーランスに。主に「働き方」「生き方」「夫婦・家族関係」のテーマで人物インタビューを中心に執筆。主な著書に『大人はどうして働くの?』『子育て経営学』など。家族のための本づくりプロジェクト「家族製本」主宰。

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