大学在学中にネットショップ作成サービス「BASE」をリリースし、瞬く間に支持を得た鶴岡裕太(30)だったが、喜びも束の間、分厚い壁にぶつかっていた。
BASEを開発する中でこだわってきたのが、「決済システムの民主化」だった。ネットショップ開設時に不可欠となる決済システムは、各店が個別に決済事業者と契約するのが当たり前だったが、それが個人や小規模な利用者のハードルになっていることは分かっていた。
「だったら、僕が決済事業者と契約して、同じ決済システムをみんなで使えるようにすればいいんじゃない?」と、まっさらな頭で発想した鶴岡は、自分名義の口座で全ショップの決済を請け負うという仕組みを導入していたという。
「出してみて分かったんですが、これではどこか1つのショップが万が一、決済事業者の規約に違反した場合に、全てのショップの決済が停止するリスクがありました。そこで、同じ利便性を提供できる健全なシステムを独自に開発しようと挑むことにしました」
知識ゼロ、決算会社にアポ入れから始まった
ロゴデザインはアメリカ先住民のテント「ティピ」をイメージしたもの。「誰でも簡単にインターネット上の経済拠点をつくれる」という象徴。
当時、3LDKのマンションを最大12人でルームシェアしていた鶴岡は、インターネットプロダクトが好きな数人の友人と一緒に、昼夜作業する。知識ゼロからのチャレンジだったが、決済会社の営業担当者にアポを取って情報を聞き出すところから始め、“今までにない決済システム”の実現のために奔走した。
途中、ドメインが落ちてサービスが一時的に停止するなどの危機も乗り越えながら、2年ほどかけて、ついにショッピングカート機能と決済機能が一体化した独自のシステムが完成した。
事業者側の審査に数週間かかるという常識を塗り替え、「即時審査」にこだわったのも特徴だ。経済的にゆとりのない小さな事業者側の立場に徹底的に寄り添ったら、煩雑な審査手続きの手間を無くし、商売を始めたいと思ったときにすぐにネットショップを開設できるというのは、絶対に譲れない点だったという。
壁を乗り越えられた背景には、パートナーとの出会いもある。
三井住友カードとソニーペイメントという大手企業2社という「同じ船に乗る仲間」の協力を得て、手にしたブレイクスルーなのだ。鶴岡の理想を実現することは、業界の常識では非常に難しいと判断される中で、最も真摯に鶴岡の話を聞いてくれたのがソニーペイメントだった。そしてそれを実現するための交渉に、向き合ってくれたのが三井住友カードだった。
鶴岡は上場後のステークホルダーとの関係づくりについて「同じゴールをすり合わせ、利害関係を一致させることが大事」と言うが、まさにこの時の経験に紐づく学びなのだろう。
コロナで打ち出した「初期費用無料」の思い
パソコンに不慣れなユーザーでも、感覚的に使いやすいUIを目指している。
当初描いた理想をそのまま実現した決済システムは、BASEを成長させるエンジンにもなった。クレジットカード決済の導入を簡易にする開発者向けのオンライン決済サービス「PAY.JP」、さらにID決済サービス「PAY ID」(ともに現在はグループ会社のPAY株式会社が運営)などが、収益の柱を広げていった。
これらの発展の原点は、鶴岡が一度もブレることなく、弱い立場のスモールビジネス事業者の味方であろうとし続けてきた信念にあるのだ。
小さき者たちに寄り添う姿勢は、コロナ禍でBASEが打ち出した施策にも象徴的に現れた。
例えば、当時頻繁に打たれたテレビCMで印象づけた「初期費用無料」というメッセージ。
特にコロナ禍で危機に瀕している事業者にとって、ネットショップを立ち上げるのに新たにコストをかける余裕はない。「初期費用ゼロ」が一番のニーズであることは間違いなかった。その正しさは、加盟店の急伸という結果によって鮮やかに証明された。
また、顧客が支払うイニシャルコストをゼロにする仕組みは、創業以来大切にしてきたBASEの特徴の一つでもあった。
「根底にあるのは、加盟店の成長と共に僕らも成長したいという共存共栄の思想です」
つまり、こういうことだ。
初期費用や出店者の月額利用料で収益を得るビジネスモデルの場合、結果的に『加盟店の数を増やせばいい』という行動につながっていく。対して、BASEが採用している注文発生ごとに手数料(注文ごとに決済手数料3.6%+40円、サービス利用料3%など)をとるモデルであれば、店舗の売り上げと共にBASEの業績も伸びていく。
「ちゃんと使ってもらえて、ちゃんと売れるプラットフォームを磨き続けなければ、BASEの収益も上がらない。その構造を守ることで、お互いにフェアな関係が築けると思っています。そして、その先に永続的な成長があるのだとも。どちらかだけが得をしている構造には未来がない。同じ理由で、特定の事業者を優遇するような機能開発はしないと決めています」
明日の支払いにも困る事業者を支援するため、BASEでの売上金を最短翌営業日に振り込む「お急ぎ振込」も2月に開始し、コロナ禍では事業者支援のため、4月から5月末までその手数料を無料で提供した。
さらに、資金繰りを応援するサービスとして、将来の売り上げ予測を立てて、その金額を先に支払う「YELL BANK(エールバンク)」も用意している。与信管理にリスクはないのか?と聞くと、「加盟店のデータを持っているので、既存の銀行にはない情報がBASEにはある。むしろ実態に合った調査が即座にできるはず」と動じない。
110万店舗の中から寄せられる問い合わせやサポート希望に対応する手間も当然あるはずだが、「問い合わせに至らずに済むUIを磨き続けている」。
従来の「リスク」や「非効率」は、テクノロジーの力で減らしていけばいいじゃないか。そんな軽やかさで、まだ見ぬ世界へと突き進んでいる。
(敬称略、明日に続く)
(文・宮本恵理子、写真・伊藤圭)
宮本恵理子:1978年福岡県生まれ。筑波大学国際総合学類卒業後、日経ホーム出版社(現・日経BP社)に入社し、「日経WOMAN」などを担当。2009年末にフリーランスに。主に「働き方」「生き方」「夫婦・家族関係」のテーマで人物インタビューを中心に執筆。主な著書に『大人はどうして働くの?』『子育て経営学』など。家族のための本づくりプロジェクト「家族製本」主宰。