会社設立から7年で上場を果たしたスタートアップ経営者。そのポジションから受ける先入観を、いい意味で裏切る。BASE創業者の鶴岡裕太(30)の佇まいには、肩の力が抜けた穏やかさと柔らかさが漂う。
「鶴岡さんが怒ることはないんですか?」という問いには、「あまりないですね。でも、黙っているほうがかえって迫力がないですか?」と笑う。
2年前に移転してきたという高層ビルの六本木のオフィスは、壁のないワンフロア。端から端まで見渡せる開放的な雰囲気だ。鶴岡の席は、BASEのプロダクトを手掛けるチームの一席。CEOの部屋も一応はあるが、会議で使う程度でほとんど使わないという。
「フェアな関係でいたいから」
ここでも、鶴岡はこの言葉を繰り返した。
必要な役割ならこだわりなく集中できる
コードを書いていた大学生からいきなり経営者に。しかし、エンジニアを超えた役割を重荷に感じたことは、意外にも「ない」。
「僕は幸いなことに、承認欲求の源が“ユーザーさんに良いサービスを提供すること”みたいなんです。そのために必要な役割なら、なんでもこだわりなく集中できるんです。例えば、組織づくりとかマネジメントも、サービスを広く届けるために必要な手段ならば、前向きに取り組めます」
ただし、社員との1on1(個別面談)は他のマネジャーに任せ、手放している。苦手意識からというより、
「社員とはいつでもフラットにアイディアを交換できる関係を維持したいから、僕の評価を上げるためのコミュニケーションをしてほしくない」
という理由だ。プロダクト作りが好きな1人として、現場の中に立ちたいのだという。
「今までしんどかった時期はいつだったかと、よく聞かれるのですが、結論から言うとないです。
もちろん、社員が辞めてしまった時とか、僕としてつらかった時期は何度もありましたが、関わった相手も同じかそれ以上につらかったはずで、僕だけが語ることじゃない。お互いの気持ちを理解し合う姿勢を大切にしたいと思っています。どんな時期でも売り上げという安心があったのは、救いでした」
人として尊敬できる人に直接投資をお願い
2019年10月に東証マザーズに上場。上場後も投資家と率直なコミュニケーションを心がける。
提供:BASE
フェアな関係を望む態度は、投資家たちに対しても貫いてきた。
「上場するずっと前から、BASEを応援してもらいたい人には、自分から会いに行っていました。作っているサービスはもちろん、人としても尊敬できる方々に、BASEが目指す世界観を説明して、同じゴールを描けるとお互いに確認したら、バイネーム(指名)で投資をお願いしてきました。投資家とは、時間軸と期待値を合わせておくことが重要。そこさえしっかり握れば、あとはやるべきことを淡々とやるだけです」
いつまでに、どこまで辿り着くのか。1年先の短期リターンを求める相手ではなく、10年先を見据えた中長期の成長を共に喜び合える相手と組む。前述の家入一真のほか、サイバーエージェント社長の藤田晋、メルカリ社長の山田進太郎、SBIインベストメント会長の北尾吉孝など、鶴岡は“純粋なリスペクト”を武器に、「投資してください」と直接交渉に訪ね歩いた。
赤字覚悟で勝負に出る時もある。場当たり的なごまかしはせず、正直に「なぜ今これが必要なのか」を公明正大に説明する。期待値を合わせるコミュニケーションを続けてきたから、上場後も投資家との関係は良好だという。
「上場して良かったと思います。単純に視座が上がりましたし、GAFAとも同じ土俵で戦える権利を得られたのが嬉しいです。なんでもない学生だった僕がここまで来られたのは、ひとえに出会いに恵まれたから。すごい人たちに出会って関わってこられたから、僕もできるんじゃないかと信じられた。人を劇的に変える一番のきっかけは、人との出会いなのだと思います」
10年前にはまったく想像していなかった未来を歩く。
さらにその先に、どんな未来をつくりたいのか。
「もっともっと簡単に、インターネットで自由な経済活動ができる社会を実現したい。個人や小さなチームが力を持てる世界にこそ、本当の豊かさがあると信じています。
このまま大企業だけが富を集めて格差が広がっていく未来は、個人的には気持ちがよくないです。一人ひとりが心地いい規模を維持したまま、好きなことで生きていける。僕らはそんな未来をつくるための存在であって、そういう未来にならなければ滅びる会社です。
10年前のGoogleが、インターネットが浸透する社会に懸けたように、僕たちは自分たちが信じる未来のためだけにプロダクトを磨いていきます」
(敬称略、明日に続く)
(文・宮本恵理子、写真・伊藤圭)
宮本恵理子:1978年福岡県生まれ。筑波大学国際総合学類卒業後、日経ホーム出版社(現・日経BP社)に入社し、「日経WOMAN」などを担当。2009年末にフリーランスに。主に「働き方」「生き方」「夫婦・家族関係」のテーマで人物インタビューを中心に執筆。主な著書に『大人はどうして働くの?』『子育て経営学』など。家族のための本づくりプロジェクト「家族製本」主宰。