Ore Huiying/Getty Images
- ネットフリックスといえば、無期限休暇制度、直接的で率直なパフォーマンス評価、パッとしない部下でもどうしても雇い続けたいかを上司に問う「キーパー・テスト」など、型破りな人事方針で有名だ。
- ネットフリックスの共同創業者で共同CEOのリード・ヘイスティングスは『No Rules Rules』を上梓。この賛否両論ある人事方針がネットフリックスを世界有数の革新的な会社に押し上げたことについて書いている。
- 本稿では、ヘイスティングスが語るこだわりの仕事哲学と、「クリエイティブな組織の作り方」を紹介する。
ネットフリックス(Netflix)の勢いが止まらない。新型コロナウイルス感染拡大防止のため外出自粛が続くなか、同社の業績は過去最高水準で伸びている。2020年上半期だけで、すでに前年1年間の数に近い新規加入者を得た。
一企業としては、ネットフリックスは「自由と責任」を優先するというかなり変わった企業方針で知られている。具体的には、無期限休暇の制度、直接的で率直なパフォーマンス評価、そして「キーパー・テスト」と呼ばれる特殊なテストなどだ。これは、基本的に上司は常に自分の部下を雇い続けたいか、それとも辞めさせたいかを評価していなければならないというものだ。
ネットフリックスの共同創業者であり共同CEOであるリード・ヘイスティングスはこのほど、同社の方針について記した『No Rules Rules』(邦訳は『NO RULES(ノー・ルールズ)——世界一「自由」な会社、NETFLIX』と題して2020年10月刊行予定)を出版したばかりだ。
ヘイスティングスはInsiderのグローバル編集長、ニック・カールソンと対談し、ネットフリックスの経営方針と同社の型破りな方針が上げている効果について語った。
すべては組織の透明性のために
ニック・カールソン(以下、カールソン):あなたは著書『No Rules Rules』で、ネットフリックスを成長させるきっかけとなり、ご自身のキャリアも築くことになった独自の哲学を説明されていますね。この本を書くにあたって何か影響を受けた本はありましたか?
リード・ヘイスティングス(以下、ヘイスティングス):エリン(・メイヤー、INSEAD教授)と私がこの本を共同執筆することに決めた時に、まさに同じ質問を自問しました。私たちの組織の運営の仕方に影響を与えた本は何かあっただろうかと。
古い本だと『HPウェイ』や『エクセレント・カンパニー』。ジム・コリンズの『ビジョナリー・カンパニー』『ビジョナリー・カンパニー2』にも大きな影響を受けました。
「会社の透明性」というまったく新しい概念がここ数年で登場してきました。その流れを受け継いで、それを土台にしてわれわれの新たな価値を築きたいと思ったのです。しかも高いレベルで。
ネットフリックスが属する業界には300年の歴史があるわけですが、そのこともあってすべてが工場のように組織化されている。非常にトップダウンで、非常にプロセス中心で、非常にミスを避けるやり方です。
しかし私たちが目指しているのは、工場のような仕事や安全第一の仕事ではなく、イノベーションのプロセスの中にアイデアやミスが当たり前のものとして存在する、クリエイティブな仕事のやり方です。
そして、イノベーションの発達とともに組織をスムーズに運営したいのであれば、この本で述べたようなアイデアをもとに対話を深め、そのベースの上に価値を築いていくこともできます。ネットフリックスでは、こうした考えが過去20年にわたって非常にうまく機能してきました。
大まかなルールだけを決める
カールソン:この本の核心部分にはコアとなる「哲学」があるようですね。中でも一番強く主張されている、「F&R」と呼ばれる哲学についてまずお伺いしたいと思います。「自由と責任(Freedom and Responsibility)」ということですよね。
これはもともと、「休暇規定は設けない」という、無期限休暇制度から始まったものですね。いつ誰が休みを取るかの記録も取らない。われわれはみんな大人なのだから、自分にとっての良い働き方、会社にとって都合の良い働き方というのは各自が判断すると。
本の中には誰かがオフィスに犬を連れてきたという話も載っていましたよね。もし会社に何も規定がなければ、どうやって線引きをするのですか? 「スタッフの中には犬アレルギーの人もいるかもしれないし、カーペットにおしっこをされても困る。だから犬は連れてきてほしくない」ということもあると思うのですが。
ヘイスティングス:犬の件は良い例ですが、確かに規定を作らないというのはそんなに単純な話ではありません。犬がダメなら盲導犬の場合はどうなんだとか、犬以外のペットについてはどうだ、子どもは連れてきてもいいのか、などいろいろと線引きをしないといけなくなります。
ですが、すべてのケースを取り上げてこの場合はどうする、と細かく規定するのではない方向に持っていくことは可能です。状況に応じて対処すること、という大まかなルールだけを決めておくんです。
例えばアレルギーの問題にしても、同僚に配慮した行動をとりましょう、という大まかなルールだけを決めるわけです。この場合はこうしてください、と単純にルール化するのではなく、他の人に配慮するという大まかなルールだけを社員に意識しておいてもらう。これが非常にうまく機能しました。
元人事部長のパティ・マッコードがよく言っていたのですが、「うちには服装規定はないけど、最近は誰も裸で出勤してこなくなった。どうして誰も裸で出勤してこないんだろう」と。
要するに、服装に関しては細かい規定は必要なくて、「(裸ではなく)服を着て出社すること」という規定で十分なんです。どの組織にも、実は必要ないルールというのは存在します。
この方針はもともと、「われわれの仕事は社員にやる気を起こさせることであって、管理することではない」という考えから生まれたものです。社員の士気を高め、インスピレーションとアイデアを提供することを考えてきました。
もちろん、ミスが起こることも想定済みです。イノベーションを起こす過程でミスは当然起こるものですから。これは細かい規則で社員を厳しく管理する方法とは異なるものです。彼らに目的意識を持たせ、細かいことをあれこれ尋ねなくても済むようにしています。
「コントロール」ではなく「コンテクスト」
カールソン:本の中にはドキュメンタリー映画『イカロス』の話も出てきましたね。あなたはとても優秀な人を雇った。彼は映画祭でこの『イカロス』を見てとても素晴らしいと思ったものの、そこにいた誰もが素晴らしい映画だと思ったので、ドキュメンタリーとしては異例の高額にまで入札額が吊り上がってしまった。
それで彼は、テッド・サランドス(ネットフリックス共同CEO)のところへ行って、「この映画を買い付けたいが、とても高くて手が出せない」と言ったと。サランドスはこう答えたそうですね。「この映画がそんなに高い? 買うかどうかを決めるのは君だよ」と。でも実際は、彼が決められることではないですよね。
ネットフリックスのコンテンツ部門を長らく率いてきたテッド・サランドス(右)は、2020年7月に共同CEOに就任。
REUTERS/Fred Prouser
こういう時、上司はどうするのですか? 意思決定はせず承認だけをするというなら、実際どのようにしているのでしょう。管理職は何をしているんですか?
ヘイスティングス:そういう時の対処方法を、われわれは「コントロール(統制)ではなくコンテクスト(文脈)」と呼んでいます。
管理職たちは、部下たちが何をしているかを理解することに多くの時間を費やしています。彼らが買い付けようとしている映画が料理に関するものばかりだったとしたら「ああ、作品の半分が料理のドキュメンタリーだな」という状況を把握します。それで、全体としての状況を見極めるわけです。
料理のドキュメンタリーを見たい人は多いけれど、視聴者は料理だけを見たいわけじゃない。料理のドキュメンタリーが占める割合はケーブルテレビの番組の5%です。ですから原則だけを決めるわけですね。管理職たちが絶対やらないのは、1つひとつのプロジェクトを潰してしまうこと。教師になるようなものですね。
良い教師になるためには、生徒が何をしているのか理解している必要があります。ですから管理職は部下と切り離された状態にあるわけではなく、部下の行動を注意深く見て把握し、全体としての原則に従って行動を調整するという役割を果たします。
つまり、先ほど話に上がった「コンテクスト」に従って行動を調整します。コンテクストを示すことの利点は、部下たちがそれぞれ自分で考え、それを覚えておいて次に生かせる点です。
部下を管理しすぎてはいけない
カールソン:別の角度から質問をしたいのですが、もし私だったら、部下が自分のところへ仕事の報告にやってくるとしたら、私も彼らに「自由と責任」を与えて、信頼して仕事を任せたい。
しかしそうすると、ちょっと落ち着かない気持ちになることがありますよね。おそらくそうした方が自分としても気分がいいでしょうし、それが上司としての正しいあり方だろうとは思うのですが、どうしてもそういう思いはぬぐえません。
リーダーとして、そういうちょっと落ち着かない気持ちに対してはどう対処していますか? 自分は間違っていない、部下をほったらかしているわけじゃないんだと、どうしたら思えるのでしょうか。
ヘイスティングス:管理職になったばかりの人は管理しすぎなんです。自分のしている仕事で付加価値をつけたいという思いが強すぎて、部下の足りない部分ばかりを探してしまう。それで自分の存在価値を示そうとしてしまうんですよね。
ですが本当のコツは、心に余裕を持って部下をバックアップするんだという気持ちになり、何が起きているのかをしっかり把握すること。そのうえで高い意識を持って、いま組織の中で何が起きているのかをしっかり把握するのが大切なのです。
例えば、目の前に3つの問題があるとしましょう。1つは料理のドキュメンタリー作品が多すぎるという問題、2つ目は人材を適材適所で生かしきれていないという問題、そしてもう1つ何か別の問題があるとして、そういう時に「賢明な部下がこういう間違いを起こしてしまったのは、コンテクストのどこに間違いがあったからなんだろう」と一歩引いて考えるのです。
それで、「そうか、このコンテクストが間違っていたんだ。ではこれを変える必要があるな。人材の人間関係の重要性の原則をもっと明確にする必要があるな」というふうに考えます。こういうことが、物事全体がうまく動き出すきっかけとなるわけです。
しかし時には人材がその仕事に適していない場合もあります。絶えず細かいミスを指摘してやらなければならなかったり、もっと大きなミスを繰り返すようなら、おそらくその人物はその仕事に向いていないということになるでしょう。
与えられた仕事ができないのであれば、その人にはできない仕事だということです。ですからその場合は「キーパー・テスト」に戻って考えます。
通常なら「これは職を失うほどのミスなのだろうか」と考えますよね。ですがキーパー・テストでは、もしこの部下が他社へ移ると言ったら、どのくらい必死になって引き留めるだろうか、と考えます。
上司は頭の中で「そうだな、この4人はとにかく一生懸命引き留めるだろう」「でもこちらの4人はそうでもないな」というように判断するわけです。
※この対談の後編は9月30日(水)公開予定です。
(翻訳・渡邉ユカリ、編集・常盤亜由子)