権力者による記録である「歴史」はほとんどが男性の手で編集されてきた。女性たちは、過去も現代も同じく、不平等な現実に対し声を上げ続けてきた。シマオたちの時代はそんな「男性中心社会」に終止符を打つべく、意識改革をできるのだろうか。 シマオは、佐藤優さんがどのように「フェミニズム」と向き合っているのか、その考えを聞いた。
女子学生を教えることを「リスク」と考える大学の先生
シマオ:佐藤さんは外務省で働いていた時代に、男女差別を感じるようなことはありましたか?
佐藤さん:前にも言いましたが、外務省はかなり能力主義の世界だったので、女性でも仕事のできる人はちゃんと評価されていたように思います。
シマオ:では、あまり差別はなかった?
佐藤さん:そうではないです。仕事上の露骨な差別はありませんでしたが、では女性幹部がどれだけいたかと言えば、ごく少数でした。この状況は現在も変わっていません。結婚したり子どもを持ったりすることで昇進することを断念した人も多かったのではないかと、思います。
シマオ:やっぱり、そういった問題はあったのですね。
佐藤さん:ありましたし、現在もあります。夫婦ともに外交官の場合、外務省は大使館など在外勤務が多いですが、私が働いていた頃は、人事上の配慮が十分でなかったため夫婦が10年以上離れて暮らすなんてこともザラでした。
シマオ:さすがに10年以上も離れると、夫婦生活を維持していくのも大変そうですね……。
佐藤さん:近年は外務省も配慮するようになっているようです。余談ですが、中国は今でもあえて夫婦は別の国に派遣しているそうです。
シマオ:なぜですか?
佐藤さん:それは、二人で亡命することを防ぐためです。
シマオ:なるほど……。企業では女性管理職が少ないという問題以外にも、セクハラがなかなかなくならないと聞きます。
佐藤さん:確かに私が見聞した範囲でも、ひどいセクハラがありました。組織におけるセクハラというのは、ほとんどの場合がパワハラとパッケージになります。そもそも、セクハラに対して文句が言えない状況が多いのは、なぜだと思いますか?
シマオ:セクハラの相手が上司だったり、取引先だったりして、逆らえないからです。
佐藤さん:そうですね。結局、パワー(権力)を持った相手からセクハラを受けることが問題なんです。仮に「純粋な」セクハラがあったとしても、そんな人とは関わらなければいいし、直接文句を言ってもいい。でも、仕事となるとそうでない場面が圧倒的に多いんです。
シマオ:確かにそうですね。ただ、僕の会社でもセクハラ研修みたいなものをやっているんですが、女性の部下は面倒くさいことになると嫌なので、付き合い方に苦労するという声も聞きます。
佐藤さん:それは大学などでもよく耳にします。セクハラと言われるのが怖くて、ゼミでは女子学生の指導を極力したくないという先生もいますよ。
シマオ:それだと本末転倒ですよね……。
佐藤さん:その通り。本末転倒です。要は、女子学生や女性の部下をリスクだと捉えてしまっている。実は、これも非常に差別的なことだと思います。 もちろん、本当に「女性であること」を武器にしてくる学生も稀にいるかもしれませんが、男性側もそれに対して毅然とした態度を取ることで、こうしたお互いにとって不幸な事態を避けるべきです。
「美人すぎる」というネット記事のおかしさ
シマオ:仕事と言えば、女性が容姿や性的なサービスを売ることに対する批判も高まっていますね。昨年、コンビニエンスストアも成人向け雑誌の販売を取りやめました。
佐藤さん:成人向け以外の雑誌を見ても、日本は諸外国の意識と大きくズレていると感じます。例えば、一般的な週刊誌に10代のアイドルの水着姿が載っているのは、日本では当たり前です。しかし海外ですと、児童ポルノの雑誌かと思われてしまう。
シマオ:少年向けの漫画雑誌にも載っていますよ。
「日本は、ジェンダーに関する意識、表現において、世界的に見てかなり遅れている」と佐藤さん。
佐藤さん:以前、ある雑誌の編集者から聞いた話ですが、取材した海外のアーティストなどに掲載誌を送ろうとしても、児童ポルノを載せた雑誌だと思われてしまうので、わざわざ該当の記事だけを切り取って送っているそうです。
シマオ:海外と日本ではそれだけ基準、というか感覚が違うんですね。
佐藤さん:あるいは、ネットの記事でよく見る「美人すぎる〇〇」などの容姿と職業を結び付けるものや、大学のミスコンが相も変わらずはびこっていることなども、私はおかしいと思います。
シマオ:そうかもしれませんね。最近は、ルッキズム(外見至上主義)やセクシズム(性差別)の観点から、ミスコンを廃止する大学も出てきたと聞きます。
佐藤さん:これからその動きは加速するかと思います。
シマオ:ちなみに、いわゆる風俗産業について、佐藤さんはどう考えていますか?
佐藤さん:私自身の意見としては、資本主義というのは放っておけば何でも商品にしてしまう性格を持っているものですが、「性」はその商品にするべきではないと考えています。
シマオ:一方で、風俗産業の意義やセックスワーカーの権利を主張する人もいますよね?
佐藤さん:実際に風俗産業や性産業に従事している人の人権は守られるべきです。しかし、そのような産業が社会にとって必要であるかという問題とは、区別して考えなくてはなりません。例えば作家の中村うさぎさんは肯定派で、そうした人たちの言っている「個人の自由に基づくものだ」という考えがあることも知っていますが、最終的には価値観の違いです。短期的には、セックスワーカーの権利は守られるべきでしょう。ただ、私は結局「支配欲」の問題だと考えています。
シマオ:どういうことでしょうか?
佐藤さん:男がなぜ風俗に行くか。その背景には一種の支配欲があると思います。現実の女性は自分の思うままにはなりませんが、お金を払うことでそれを疑似的に体験する。
シマオ:性欲の処理だけでなく、女の人に対して上に立ちたいという欲求を満たしている、と。
佐藤さん:そうです。もちろんそうでない場合もあるでしょうが、お金を介した不均衡な関係は用意に支配/被支配の関係になりやすいものです。 私は、ソ連崩壊の混乱期に、女子学生が外国人の愛人になることで家族を支えるといった風景をよく見ましたが、気持ちのいいものではありませんでした。だから、私は価値観として「性」を商品にすることには反対です。これから日本の風俗産業がどうなっていくのか。それは言わば社会の価値観の方向を示すものだと思います。
シマオ:価値観……。
佐藤さん:当然、同時に社会保障をもっと厚くするなど、貧困を理由に風俗産業へ行かなくていいシステムを作らなければいけません。 風俗が貧困女性のセーフティーネットになっているという現状は確かにありますが、セイフティーネットとしては別の仕組みを早急に構築しなくてはならないと思います。行政指導で介護産業やサービス産業、建設業などで雇用を創出することは、それほど難しくないはずです。
『東京タワー』に見る、女性が過剰に負担を強いられる社会
シマオ:お話を聞いていて、やはり男性優位の社会そのものを変えていかなければならないと思いました。佐藤さんはどのように進めていけばいいと思いますか?
佐藤さん:前にアファーマティブ・アクションの話をしましたが、企業の管理職や政治の世界などで上に立つ女性を増やすことが第一歩です。
シマオ:ただ、管理職を辞退する女性も多いと聞きます。
佐藤さん:それも、今の社会は女性に過剰な負担を強いていることの表れだと思います。一概に言えませんが、管理職になる年齢は、家庭を持って子育ても佳境であることが多い。そこで仕事も家事も子育ても、下手をすれば介護まで完璧にやろうと思ったら、潰れてしまいます。だから、仕事を諦めるしかないわけです。
シマオ:何だかんだで、いまだに家のことは女性に押しつけがちですよね。
佐藤さん:そうした意識を変えていくことが大切です。いま40歳くらいの人たちは学校で家庭科が必修になった世代です。シマオ君たちの世代では、結婚して共働きというのが珍しくないでしょうから、少しずつ意識は変わってきているはずです。
シマオ:最近は「主夫」なんて言葉も知られるようになりましたしね。
佐藤さん:家事というのは直ちに対価が発生するものではありませんが、立派な労働です。だからこそ、女性が働く時代には、家事代行サービスやベビーシッター、介護ヘルパーなどプロフェッショナルにお願いする、つまり「お金」で解決する選択肢をどんどんとっていくべきです。
シマオ:そうしたサービスを利用すると、「さぼっているのではないか」と思う人も多そうですよね。
佐藤さん:まさにそれが人々の意識であり、その反映が社会の構造です。アファーマティブで構造を変えることで、人々の意識を変えていくはずです。
シマオ:そうですね。
佐藤さん:また、厳密には「女性差別」ではないかもしれませんが、忘れてはならないのが、女性のひとり親が抱える問題です。日本では離婚をすると、母親が親権を持つことが圧倒的に多い。そして彼女たちの抱える問題が、子育てと仕事の両立が難しいということです。
シマオ:僕なんて、仕事でいっぱいいっぱいで。これに子育てがプラスされるなんて想像できない……。
佐藤さん:200万部超のベストセラーとなって映画化もされたリリー・フランキーさんの『東京タワー——オカンとボクと、時々、オトン』という小説があります。
シマオ:僕も映画を見ました。主人公のオカンとオトンは別居して、「ボク」はオカンと暮らしている。オトンはお金を入れてくれないから、実質「ひとり親」のもとで、それでもオカンは働きながらボクを美術大学に通わせてくれる、という話でした。
佐藤さん:あの小説には、ひとり親の生活の厳しさがよく表れています。それと同時に映画には描かれていませんでしたが、小説ではばあちゃんが「生みの親より育ての親」と言っていたのを聞いて、主人公が本当の母親なのか悩む場面があります。ばあちゃんと母親との関係を考えると「家」の呪縛が女性を悩ませることは、今でも多いのではないでしょうか。
シマオ:へえ……。そういう見方もできるんですね。
佐藤さん:そういうところにも表れていますが、女性に負担を強いて、そこにおぶさっているのが今の日本社会です。
シマオ:ジェンダーやフェミニズムの話は、そのために大切ですね。
佐藤さん:でも、一方で「フェミニズムのことが完全に分かっている」という男にも要注意です。自分が分かっていると思うということは、変わらないということでもあるからです。私も男ですから、気付かないところで偏見があると思います。重要なのは、指摘されたらむっとしないで耳を傾けることです。自分の中に潜むミソジニー(女性蔑視)にきちんと向き合うことが必要なんです。
シマオ:気を付けます。
佐藤さん:そうです。最終的には男女を問わずに「優しさ」や「思いやり」が重要な価値だと私は思います。自分がされて嫌なことは相手にやらない。男性の権力欲や支配欲を自覚した上で、それを変えていけるのが人間的な文化の価値なのです。
※本連載の第33回は、9月23日(水)を予定しています 。
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。
(構成・高田秀樹、撮影・竹井俊晴、イラスト・iziz、編集・松田祐子)