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中国の自動車マーケットが復活している。2020年8月の販売台数は前年同期比11.6%増で、4カ月連続で2桁台の伸びとなった。EV、PHVなど「新エネルギー車」は同25.8%増えた。
2018年から2019年にかけて、中国の自動車市場は2年連続で縮小し、2010年代前半に続々と設立された中国EVメーカーの大半が潰れる中で、厳冬期を乗り越え、2020年の追い風に乗った3社は、いずれもIT業界で成功した連続起業家によって設立された企業だ。3社の創業者の起業史を追うと、成功者が起業家のチャレンジを支援し、産業の底上げと次の成功者の排出につながるエコシステムが見える。
「最も悲惨なCEO」の復活劇
上場を果たした中国新興EV3社のトップはいずれもIT業界出身で親交が深い。
何小鵬氏のウェイボより
2020年8月27日、EVベンチャーの小鵬汽車が米NY証券取引所に上場した。2010年代に設立された中国新興EV企業の上場は蔚来汽車(NIO)、理想汽車に次いで3例目となった。
だが、2020年7、8月に上場した理想汽車、小鵬汽車だけでなく、2018年9月12日にNYで上場したNIOも2018~2019年は苦難の底にあった。2019年10月末には巨額赤字が判明し、最高財務責任者(CFO)が去った。株価は上場廃止が危ぶまれるほど暴落し、「NIOの李斌CEOは2019年の最も悲惨な人物」という記事が拡散した。
当時、小鵬汽車の何小鵬CEOはこの記事を引用し、「ローマは1日にしてならず。アリババ、テンセント、ファーウェイも数々の苦難を経て今日がある。今日は一番悪い日で、明日が新たなスタート。ある節目だけを捉えて結論を出すべきではない」と、李斌CEOにエールを送った。
そして2020年に入り、状況は一転した。NIOの株価は上場時の4倍に上昇。4~6月の納車台数は過去最高となり、資金調達も軌道に乗っている。
小鵬汽車の何小鵬CEOはEV業界の回復がはっきりと見えた2020年6月、NIOの李斌CEO、理想汽車の李想CEOとのスリーショットの写真と、三国志の登場人物である張飛、関羽、劉備が呂布と戦う「三英戦呂布」のイラストをSNSのウェイボ(微博)に投稿した。三国志の物語の中で圧倒的な武勇を誇る呂布は米テスラのイーロン・マスクCEOを連想させる。
3人は良きライバルであるとともに、テスラをベンチマークに共闘する戦友でもあることが分かる。さらに3人の背後にはアリババ、テンセント(騰訊)、シャオミ(小米科技)、バイトダンス(字節跳動)など中国のDXを先導してきたメガIT企業がついている。自動車という製造業の象徴とも言える産業で先進国と戦えるブランドをつくるのは、中国IT企業家たちの夢でもあるのだ。
今回は“生粋の起業家”であるNIOの李斌CEOに焦点を当て、中国新産業の成長の方程式を描く。
1996年、企業勤務経ず起業
易車、NIOの2社をNYに上場させた連続起業家の李斌氏は中国汽車工業協会の幹部も務めている。
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46歳の李斌氏は、中国自動車産業の発展史に欠かせない重要人物の1人だ。彼は北京大学卒業前後の1996年、サーバーレンタル事業で起業、2000年に3回目の起業に挑戦し自動車情報サイト「易車(bitauto)」を設立した。起業家としてのスタートは、東大在学中にオン・ザ・エッヂ(現ライブドア)を創業した堀江貴文氏と重なる。
三木谷浩史氏が楽天を創業したのが1997年、ジェフ・ベゾス氏がオンライン書店としてアマゾンをオープンしたのが1995年。そして李斌氏が最初に起業した1996年、同い年でECサイト中国2位のJD.com(京東集団)の創業者、劉強東氏や数歳年上の馬化騰氏(ポニー・マー、テンセント創業者)、雷軍氏(シャオミ創業者)はエンジニアや幹部として企業で働いており、アリババのジャック・マー元会長は大学教師の傍ら翻訳事業を始めたところだった。企業勤務を経ずに起業家になった李斌氏は、IT起業家の中でも、先駆者だった。
李斌氏が易車を設立した2000年は世界的にITバブルの真っただ中にあった。ジャック・マーが同年、孫正義氏から出資を取り付けたように、先進国の投資家は未開拓の市場である中国に目を付け、投資先を探していた。
当時、中国の家庭にとって自動車は手の届かない高級品だったが、中国は2001年の世界貿易機関(WTO)加盟を控えており、政府も同年、自動車普及政策に着手した。「IT+自動車」と伸びしろのある2つの市場をターゲットにした李斌氏は易車設立後すぐ、950万ドル(約10億円)の資金を調達した。
ITバブル崩壊も負債を個人に移し事業継続
2000年に創業した易車は2010年、2014年に創業したNIOは2018年に上場した。
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WTO加盟後に自動車の関税が大幅に下がったことで、中国の自動車市場は成長期に入った。2000年から2001年にかけて10万元(約160万円)の家庭用自動車が登場し、低価格セダン車の市場が急拡大、合弁企業も次々に設立された。ホンダは1998年7月、中国で最初の合弁企業となる広州本田汽車有限公司(広汽本田)を設立し、中国での事業を開始した。2001年に日産自動車、2002年にはトヨタ自動車が中国で生産拠点を設置した。
ITも自動車も巨大なポテンシャルを持つ市場であり、今振り返っても李斌氏の先見性は確かだ。だが、2002年の自動車保有率は5.2%。ネット普及率は4.6%。資金力に限界があるベンチャーには難しいマーケットでもあった。
ITバブルが崩壊すると、中国のIT企業への資金も止まった。易車も2004年に経営破綻の瀬戸際までいった。だが李斌氏は同社の400万元(6000万円強)の負債を個人に移し、事業を継続した。
諦めなかった李斌氏に、その後時代が追い付いた。自動車情報サイトだった易車は、情報を掲示したい自動車ディーラーから会費を徴収することで収入が得られるようになり、黒字化のめどが立った。この利益モデルは、初期のアリババと似ている。業者間の取引掲示板を運営していた同社は当時、情報を目立つ位置に表示したり、業者に代わって展示会で商品を宣伝する有料会員制度をつくり、収益化に成功した。
2010年11月、易車は中国の自動車IT企業として初めて、NY市場に上場した。ネットと自動車が普及し、競合企業は増えたが、今も中国最大の自動車情報プラットフォームの地位を保っている。
「中国版テスラ」の夢、テンセント、シャオミも支援
NIOの最初のEV「EP9」は1億円を超える超高級車だったが、シャオミやテンセントのCEOが購入した。
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ポータルサイトの運営を通じて自動車に精通した李斌氏が次の市場として見定めたのがEVだった。
2010年代、中国市場には高級輸入車から自主ブランドメーカーまで多種多様な自動車が売られるようになった一方、「大気汚染」という新たな社会問題が浮上した。環境対策として中央・地方政府が2013年にEV生産と購入への補助金を導入。さらにテスラのEV「モデルS」が2014年に中国で発売され、EV熱が沸騰した。李斌氏は同年、自動車の伝道者から生産者にシフトすべくNIOを設立した。
中国版テスラという李斌氏の夢に、多くの起業家がサポーターとして名乗りを上げた。易車の競合企業「汽車之家」の創業者で、後に理想汽車を設立する李想氏もNIOに出資し、共同創業者に名を連ねた。JD.comの劉強東CEOは15分話し、出資を決めたという。テンセントや雷軍氏が運営するベンチャーキャピタルなども出資者に名を連ね、創業時点で調達した額は数億ドルに上る。李斌氏もほぼ全財産にあたる1億5000万ドル(約160億円)をNIOに投じた。
マツダの研究開発部門トップやマセラティのCEOを歴任したマーティン・リーチ氏(2016年末に胃がんで死去)もNIOに加わり、中国のIT起業家たちの夢を背負ったNIOは2016年11月に最初のEV「EP9」を発表した。1億円を超える価格で量産はできなかったが、馬化騰、雷軍、劉強東3氏は同車のオーナーとなり、門出を祝った。
赤字上場とEVバブル弾け倒産危機
NIOが上場し、鐘を鳴らす李斌氏。だが、ここからが正念場だった。
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実力も名声も備えた起業家の舵取りによって、NIOは2017年末に量産車「ES8」を発表し、2018年9月12日には赤字のままNYに上場した。だが、NIOの本当の正念場はそこからだった。
前述したように中国の自動車市場は2018年にマイナス成長となった。自動車の普及が一服したのも一因だが、EV企業にとって最大の逆風となったのは補助金の縮小だ。2013年に導入された補助金はEVバブルと補助金詐欺を膨らませた。
EV企業はピーク時には300社以上設立されたが、大半が補助金制度を悪用して金儲けするために品質の悪い格安EVを生産していた。購入者には車の代金を上回る補助金がもたらされるため、乗られることのないEVが量産された。この補助金搾取問題が問題視され、補助金の段階的な縮小と2020年での完全打ち切りが発表されると、EV市場は総崩れとなり、自動車業界の革新を目指していたNIOのようなベンチャーも等しく逆風にさらされた。
2019年、NIOはトラブル続きだった。ES8でバッテリー事故の発火が相次ぎ、6月下旬にはリコールを発表した。2019年9月下旬、NIOの第2四半期(4~6月)決算が32億8500億元(約500億円)の純損失やリストラ方針が開示されると、NIOの株価は瞬時に3割近く暴落、IPO時の公募価格(6.26ドル)比で8割近く下落した。元シスコの幹部で北米部門のトップを務めた女性幹部も離脱し、資金繰りの悪化が伝えられていた10月末には最高財務責任者(CFO)が辞任。NIOの年内倒産説まで流れた。
「安いから売れる」中国モデルからの脱却
2003年にテスラを創業したイーロン・マスク氏は中国の同業起業家にとって憧れの存在でもある。
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「李斌、2019年で一番悲惨な人物」という記事が大拡散したのはその頃だ。世間はNIOと李斌氏の敗北を予想したが、支えてきたIT起業家は諦めなかった。
2019年9月、易車は株式をテンセントなどに売却し、上場廃止する方針を発表した。テンセントの自動車業界への関心を示す展開でもあり、取引が成立すれば、易車創業者で董事長の李斌氏は株式を現金化し、NIO再建に投じる資金を得られる。協議は順調に進み、2020年中に易車はNYでの上場を廃止する方向だ。
そしてコロナが世界を襲った2020年、中国政府はEV車の補助金打ち切りを撤回し、むしろEV普及に戦略を切り替えた。力のない企業はこの2年で淘汰されており、2019年末にテスラの上海工場が稼働したことで、EV市場は健全な成長段階に入った。同じEV自動車メーカー、小鵬汽車の何小鵬CEOが投稿したように、中国のEVベンチャーが“呂布”テスラの背中を追いながら力をつけられれば、それは中国政府、企業にとって最高のシナリオでもある。
NIO、理想汽車、小鵬汽車のトップ3人はテスラとの差の大きさを誰よりも分かっている。だからまずは国内でEV市場を育てるために、棲み分けを図っている。
テスラのモデル3の中国での価格は現地生産によって30万元前後(約500万円)まで下がった。ボルボやBMWなど欧米の既存高級車やレクサスと近いレベルになり、EVがブランドで勝負する余地が広がった。だが、理想汽車、小鵬汽車がテスラ並みの30万元のEVを生産しているのに対し、NIOは「高級車ブランドをつくる」との当初の理念を崩さず、車体の平均価格をテスラより10万元高い約40万元(600万円強)に設定している。
李斌氏は「高級ブランドがローエンドに延伸するのは簡単だが、その逆は難しい」と考えている。これまでの中国メーカーの成功モデルは「低価格」もしくは「コスパの高さ」だったが、自動車でいえばドイツや日本に匹敵するブランド力なしには、「安いから売れている」と言われ続けるだろう。
「アフターコロナ」「DX」をキーワードに、ハイテク株は上昇が続く。実力なのか、米大統領選までのバブルなのか、現時点で判断するは困難だ。だが、現在の追い風が一時的なものにせよ、目先の利益を犠牲にしても、中国メーカーの地位向上に力を尽くしている李斌氏は、同じ壁にぶつかっているIT起業家たちの求心力であり続けるだろう。
さまざまな著名起業家に助けられながら、実質的にはテンセント系に名を連ねるNIOに対し、理想汽車は投資家として頭角を表しているフードデリバリー最大手の美団点評の王興CEO、小鵬汽車はアリババとシャオミのバックアップを受けている。この2社については、次回詳述したい。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。