ソフトバンクGの“4.2兆円” Arm売却で、半導体業界に「次に起きること」

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ソフトバンクグループの孫正義会長(左)と、NVIDIAの共同創業者ジェンスン・フアン氏。二人の間で、いったいどんな会話がなされたのだろうか。

撮影:小林優多郎/笠原一輝

半導体メーカーの米NVIDIAが、英国のプロセッサIPライセンスを開発・提供するArm(アーム)社を、孫正義氏率いるソフトバンクグループ(以下ソフトバンクG)から買収する契約を結んだと発表した。

ソフトバンクGは、運営するビジョンファンドの収益悪化が課題となっており、2016年に310億ドルで買収したArm社の株式を、NVIDIAに最⼤400億ドル(約4.2兆円、1ドル=105円換算)で売却することになった。

取り引きにはイギリス、中国、EU、アメリカなどの規制当局の承認が条件となっており、完了まで18カ月かかると見込まれている。

NVIDIAは、AI学習向けの演算装置としてGPUの需要が急拡大したことなどから、2014年に15ドル前後だった株価が、2020年9月2日に573.86ドルの最高値をつけるなど、大きく跳ね上がっている。いまや株式市場でも注目の銘柄の1つだ。

9月11日時点の時価総額は、半導体の巨人インテルの約2000億ドルを抜き去って、3000億ドル超に達している。

なぜ今、NVIDIAはArmの巨額買収を決めたのか。NVIDIAの狙いと、今後半導体産業に与える影響について考察してみよう。

時価総額3000億ドル企業に成長したNVIDIA

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9月12日に至るNVIDIAの株価の推移。

撮影:伊藤有

NVIDIAは、1993年に創業した比較的新しい半導体メーカーだ。カンファレンスでの革ジャンスタイルがトレードマークになりつつある、共同創業者のジェンスン・フアン氏がCEOを務める。

創業以来の強みは、ゲーミングに利用される3Dグラフィックス処理向けの半導体製品だ。GPU(Graphics Processing Unit)と呼ばれ、PCやゲームコンソールの画像処理をする半導体として採用が進んでいる。

NVIDIAが主戦場とするGPU市場は、1990年代には複数のベンダーが争っていた業界だが、現在はAMDとNVIDIAの2社が市場を分け合う形になっている。

2020年第2四半期におけるNVIDIAの市場占有率は80%を超えており、先日も新しいゲーミング向けGPUとしてGeForce GTX 30シリーズを発表し、まもなく市場に投入される予定だ。現在のNVIDIAの収益の多くは、このゲーミング向けGPUが生み出している。

NVIDIAが近年注目されている理由は、そうしたGPUがゲーミング用途だけでなく、科学技術演算などにも使える環境をいち早く整えたことにある。今やAIの研究者のほとんどが、NVIDIAのGPUを利用する状況になっている。

「半導体IPポートフォリオの拡充」が喫緊の課題だった

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NVIDIAの社屋。

Shutterstock

だが、NVIDIAにも泣きどころはあった。それが「CPUのIP(知的所有権)を持っていない」ということだ。

現在の半導体は、IPと呼ばれるいわば「半導体の設計図」をベースに開発が進められる。その設計図を数多く保有していることが、半導体メーカーが他社と競争する上での強みになっている。

CPU、GPU、そしてNPU(Neural Processing Unit=人工知能向けの処理チップ)などの、種類の異なるIPを多数開発し、顧客の幅広いニーズに応えることが他者との競争上重要になっている。

例えば、NVIDIAの競合であるインテルやAMDは、このIPポートフォリオを幅広く所有している。

CPUであればインテルはx86プロセッサという強みを持っており、AMDはそのインテルからライセンスを受けて独自のx86プロセッサを開発している。

また、GPUでも、AMDはRadeon(ラデオン)というブランド名のIPポートフォリオを持っており、これを武器にマイクロソフトのXboxシリーズやソニーのプレイステーションシリーズに半導体を供給している。

それに対して、NVIDIAはCPUのIPポートフォリオは十分ではなかった。

Arm社からライセンスされたIPをCPUとして使ったり、自社ブランドのAI処理向けサーバーにインテルやAMDのCPUを採用する……といったように、「NVIDIAが他社の製品に依存している」状況が続いていた。

今後、他の半導体メーカーと競争していく上で、IPポートフォリオを充実させたい……それがNVIDIAにとっては喫緊の課題だったのだ。

今回のArm買収でNVIDIAは、Armが持つ、CPU、GPU、NPUなどの幅広いポートフォリオを得ることになる。それがNVIDIAのビジネスにとって有益なことであることを否定する人は、半導体業界には誰もいないのではないか。

「Armの中立性」が損なわれることを懸念する競合企業

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ソフトバンクG側から配信された、NVIDIAとソフトバンクGの連名リリース。

撮影:伊藤有

しかし、NVIDIAにとって有利になるということは、その裏返しとして「現在Armの顧客で、かつNVIDIAの競合となる半導体メーカー」にとっては不利になる可能性もはらむ。

例えば、自動車向けの半導体でNVIDIAと競合しているクアルコムだ。クアルコムは、Armから提供されたIPを自社の半導体に組み込んで出荷している。

そうした競合他社にとって、今後Armの製品群がNVIDIAに有利な製品ラインナップに変わっていったり、場合によってNVIDIAがArmからより速く新しいIPライセンス情報を得て、その仕様を自社に都合の良いようにしてしまう……といった懸念はどうしても出てくる。

アップルは影響を受けないと考えられる理由

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アップルの2019年のiPhone 11 Pro発表時の基調講演より。独自のAシリーズチップにArmの設計が使われている。

出典:アップル

ただ、NVIDIAがArmを所有しても影響を受けないArmの顧客もある。例えばアップルだ。

アップルはArmから仕組み(アーキテクチャ)を利用するライセンスを供与され、自社製品のAシリーズチップにArm CPUを組み込んで出荷している。

しかし、ArmからCPUのデザインそのもののライセンスは供与されていないので、自社製品の開発には何ら影響を及ぼさないと考えられる。

それに対して、クアルコムやMediaTek、そしてファーウェイの半導体子会社HiSilicon(ハイシリコン)などは、IPのライセンスを供与されている。だから、それがNVIDIAに有利な設計になったりという疑念は捨てきれないだろう。

NVIDIAは「Armの中立性は今後も維持される」と

もちろん、NVIDIA側も、半導体業界のこうした懸念は非常に強く認識している。

ソフトバンクGとの連名のリリースの中で、

「NVIDIAの⼀員として、Armは引き続きオープンなライセンスモデルの運⽤を⾏うとともに、これまでライセンシーにより1800億個以上のチップの出荷実績を有する世界中の顧客に対して、Armの成功の基盤である中⽴性を維持します。また、NVIDIAによる数々のイノベーションを含む両社の製品は、Armのパートナーにも利益をもたらします」

と述べている。

リリース文のなかで、Armの現在の体制は維持され、ライセンスビジネスには何ら影響は及ぼさないと、あえて言及したわけだ。さらにクアルコムやMediaTekなどのArmの顧客にとっては、NVIDIAのIPライセンス(例えばNVIDIAの強みであるGPU)を供与される可能性が出てくるというメリットがあるということだ。

しかし、NVIDIAがいくらそれを強調しようが、NVIDIAという事業会社がArmを所有することと、ソフトバンクGのような投資会社が所有することでは、自ずとそれが持つ意味は変わってくる。

この事実をArmの顧客がどう考えるのか。今後行われるであろう規制当局の判断も、業界への影響をどう評価するかが、争点になるのではないだろうか。

(文・笠原一輝

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