孫正義氏は「IT事業に興味がなくなった」のか? Arm売却に見るソフトバンクGの「弱点」

armとNvidia

ソフトバンクはArmをNvidiaに400億ドル(約4兆2000億円)で売却すると発表。両陣営が公式サイト上でリリースなどを公開した。

撮影:小林優多郎

ソフトバンクグループ(以下、ソフトバンクG)は、同社とソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF)が保有する半導体設計子会社であるArmの全株式をNvidiaに最大400億ドル(約4.2兆円)で売却すると発表した。

取引の完了は2022年3月ごろになる見込み。

取引は現金と株式によって行われ、SVFはNvidiaの株式を6.7〜8.1%保有することになる。ちなみにこの7月に、ArmにあったIoTプラットフォーム事業などはソフトバンクへの移管が表明されており、売却は半導体IP事業が中心となる。

今回の取引を見ると、孫正義会長が実に強運の持ち主だということが改めて証明されたのではないか。

そもそも、ソフトバンクは2016年12月にNvidiaの株式を29億ドル(約3000億円)で取得(その後、SVFに移管)。当時、Nvidia株を平均単価105ドルで取得していたが、2018年9月末には281ドルまで上昇するも12月には134ドルまで下落した。

4000億円近い損失が出るはずであったが、カラー取引というデリバティブをしていたため3300億円の利益を上げることに成功。結果として、2019年1月に所有する全てのNvidia株を売り抜けた。29億ドルで購入したが結局、 55億ドルを回収できたという(その後、Nvidiaの株価は直近で500ドル前後まで値上がりしてしまったが)。

つまり今回、Armの株式を4.2兆円で手放そうとしているが、結果として、かつて手放したはずのNvidia株が返ってくるというスキームが実現したのだった。

2年前のNvidia株売却で儲け、今回のArm株売却で1兆円近く儲け、さらにNvidia株を再び手にする孫会長は投資家として神がかっているといえそうだ。

孫正義氏はITに興味を失っている?

孫正義

2019年11月に行われたソフトバンク決算会見の動画よりキャプチャ

ただ、一方で、事業家としては、もはや興味を失っているのかもしれない。

2016年に、Armを買収した当初、孫会長は、これから到来するであろうIoT時代に向けて「ソフトバンクの長期的ビジョンに完全に合致する投資」と、興奮気味に語っていたのは、実に印象的だった。

ソフトバンクGはこれまで「AI群戦略」と称して、AIに関連する企業に積極的に投資をしていた。あらゆるモノがインターネットに繋がり、様々なセンサーが集めてきた情報がクラウドに上がり、AIによって処理されていく世界になるというわけだ。

孫正義

撮影:小林優多郎

Armは2015年には約150億個のベースチップ出荷数を誇っていた。これがIoT時代になれば100倍以上に成長すると孫会長は期待していた。

かつて孫会長は「世界中のスマホの97%がArm社設計のチップを搭載している。今後、あらゆるモノが通信をしていく。その情報がソフトバンクに集まってくるのだ」と熱っぽく語っていた。

スマホやIoT機器が行う通信の内容が、そのままArmを経由して、ソフトバンクに集められるのは勘弁して欲しいとは思うが、それだけ、孫会長は、Armの未来に夢を託していたはずだった。

また、孫会長はArmを傘下に収めることで「将来的にチップセットのトレンドも把握できるようになる」とも語っていたことがある。つまり、Armを持つことで、収益的にもプラスに働くし、今後、他の事業を展開し、企業を買収する際にもチップセットやIoTのトレンドを抑えた上で決断できると言うメリットもあったはずだった。

ただ、直近の経営状態を見ると、Armの経営は決して順調とは言えない。2019年度のベースチップ出荷数は228億個とArm買収前の2015年の150億個から増えているものの、売上高は2066億円で389億円の赤字となっている。

つまり、ソフトバンクはArmを手に入れたものの、会社として立て直すことはできずにいたのだ。

「企業の立て直し」が成功しないソフトバンクGの弱点

孫正義

撮影:小林優多郎

ここ最近のソフトバンクGは、大型買収に成功するものの、その後、企業体制を立て直し、黒字化させ成長させることが全くできていないと言う「弱点」が存在する。

特に印象的なのが、アメリカの通信キャリアであったスプリントだ。スプリントを買収する際、孫会長は「これからはアメリカ市場だ」と夢を熱く語っていた。

孫会長はスプリントとT-Mobileと経営統合して、米国の通信業界上位2社とガチンコで戦うはずだったが、アメリカの規制当局からの反発をくらい一旦は断念。当時、ソフトバンクは、日本からスプリントに大量に社員を送り込んだが、全く上手くいかず、早々に日本に連れ戻してきた。

その後、マルセロ・クラウレ氏を招聘し、自力でスプリントを立て直したものの、最後はなんとかT-Mobileに引き取ってもらう形で、アメリカから撤退となった。

この経験があったからか、最近では、孫会長は事業会社ではなく「投資会社」として割り切った発言が目立つようになった。

孫正義

撮影:小林優多郎

スプリント買収も事業として夢は敗れたことにはなるが、投資と見れば「成功」だった。

これまで、孫会長はメディアや個人株主に対して、事業家としてビッグマウスを発揮して、壮大なビジョンを語ってきた。

時には、心を動かされる会見も数多くあった。すべてはソフトバンクのスローガンである「情報革命で人々を幸せに」を実現させるものだと思っていた。

しかし、事業家として夢を語る孫会長は、もういないのかもしれない。

少し寂しいが、これからの孫会長の会見は夢を語る事業家ではなく「投資家」としての発言として、冷静に受け止めた方が良さそうだ。

編集部より:初出時、ArmのIoT事業について「ソフトバンクに移管しており」としておりましたが、実際の移管時期は9月末を予定しているため「ソフトバンクへの移管が表明されており」と改めました。2020年9月17日 12:05

(文・石川温

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