パソナ本社移転で注目の淡路島にコロナ移住…釣り三昧、体重5キロ減。大変なことは…

海辺

海から徒歩2分のところに家を借りた。砂浜で子どもたちが走り回っていた。

撮影:澤田晃宏

みんな都会の生活に疲れているのだろうか。東京から兵庫県・淡路島への移住を決め、何気なくFacebookにアップしたこんな投稿(下のスクリーンショット)が、私自身のSNS史上、最高のいいね数を獲得したのだ。

筆者は約2年をかけて取材、執筆した『ルポ技能実習生』を5月に出版。その報告をFacebook上でした際もたくさんの「いいね」をもらったが、それでも82「いいね」だった。

加えて、多くのコメントももらった。

「うらやましい!」「淡路島めっちゃいいなあ!」

家賃の安さが「いいね」なのか。海まで歩いて行けるロケーションが「いいね」なのか。

Facebookページ

淡路島への移住をFacebookに投稿したら、過去最高の「いいね」が。コメントでは「うらやましい」という反応が多かった。

筆者のFacebookページより

駐車場付き・2DK一軒家が月4万円

新型コロナ感染拡大の影響で海外からの出入国に大きな制限がかかり、予定していた特定技能で働く外国人の取材がかなわなくなった。そこで筆者が次なる取材テーマに選んだのが地方と農業だった。

兵庫県の淡路島で農業を始める友人の仕事を手伝いながら、地方から日本を眺めようと、6月に淡路市北東部の漁師町・仮屋に引っ越した。

確かに、三密を避けて家に閉じこもる生活を強いられる都市部の友人からは、淡路島の生活は「いいね」だろう。東京では外出するにもマスクは欠かせず、建物が隙間なく立ち並ぶ都心部では、ほっと息する場所もない。

一方、淡路島の暮らしは、どこでも一息つける。漁港にある船舶を係留するための係船柱や、砂浜に流れ着いた流木、畑に転がる石など、一息つける場所は山のようにある。吸う場所がないと約3年前にやめたタバコも、また吸い始めるようになった。

友人の紹介で、地元の方から借りた一軒家は、2DK・駐車場代込みで4万円。買えば180万円という。淡路島に暮らしながら、ゆっくり家を探したいと購入は見送ったが、都心のように家賃に縛られることのない生き方は、まさに「いいね」の対象だろう。

さらに淡路島は、最近大きな注目を集めた。人材サービス大手のパソナグループが、東京都千代田区にある本社の主要機能を淡路島に移すことを明らかにしたのだ。

同社はすでに2008年から淡路島に進出し、レストランやカフェ、テーマパーク「ニジゲンノモリ」などを展開しているが、これまでとは規模が違う。

パソナグループHP

人材派遣業最大手のパソナ。人事や広報などの本社機能を淡路島に移転させると発表した。

画像:パソナグループのホームページより

テレワークやワーケーションなど、コロナで働き方が変わるなか、2024年5月末までに東京本社に勤める人事や広報、経営企画などの社員1800人のうち、1200人を淡路島に移すと発表したのだ。

同社の南部靖之代表は、毎日放送の取材にこう話している。

「世界中から、日本中から、淡路島で働きたいというモデルケースをつくりたい。真に豊かな人生が味わえることがいかに大切か、そのモデルケースを都会の方に見せたい」(MBSニュース、9月1日)

釣りに産直野菜に。淡路島はおもちゃ箱

果たして、淡路島の生活はアフターコロナの「モデルケース」になるのか。南部氏の話す「真に豊かな人生」は、人それぞれ価値観が違うだろうが、少なくとも筆者は東京都大田区の家賃10万円の家に住んでいた頃より、豊かな人生を送っている。

朝はトンビの声で目を覚まし、畑で土をいじり、毛根から滝のように汗をかく。長らくiPhoneより重たいものを持たない生活をしていたせいで、体が慣れるまでは大変だったが、とにかく汗をかくのが気持ちいい。

海

大阪湾を見下ろす場所に畑を借りた。「今日は漁師さんが船をたくさん出している」と、仕事後に釣りに行くことも。

撮影:澤田晃宏

STAY HOMEで蓄えられたぜい肉も筋肉に変わり、体重は5キロ落ちた。肩甲骨周辺の筋肉も再生し、肩こりもなくなった。

仕事が終わったら、海に出る。淡路島は釣り人には人気のスポットで、神戸市出身の筆者も学生時代に通ったことがある。釣りは元来大好きだったが、東京ではまったく行くことはなかった。十数年のブランクを取り戻すかのように、週に2、3回は竿を出している。

sawada

夏が終わり、孵化した子どもイカが釣れ始めた。秋が来た。

提供:澤田晃宏

6月に移住した当初はキスやタコを釣っていたが、最近は夜の防波堤でのんびりアナゴを釣っている。でかい獲物が釣れれば、みんなで集まってバーベキューだ。

夏も終わり、太刀魚やイカのシーズンが始まった。季節ごとに釣れる魚も変わる。そう、暑い、寒いだけではない季節を感じられることは、単純に面白いのだ。建物に入ってしまえば、そこが東京か地方かもわからないショッピングモールで、夏服から秋服に変わる風景を眺めるよりずいぶん良い。

淡路島

仕事の後には防波堤から釣竿を垂らしながら、打ち合わせ。夕暮れ時は風が気持ちいい。

撮影:澤田晃宏

地元スーパーの一角には必ず産直コーナーがあり、季節ごとに並ぶ野菜や果実も変わる。山に行けば、一晩で片手でおさまらない数のカブトムシやクワガタもとれるなど、元来自然が好きな筆者には、淡路島はおもちゃ箱のような島だ。

テレビをつけると地元のサンテレビがタイガース戦を試合終了まで放映しており、大のタイガースファンの筆者に休む暇を与えない。

スーパー

地元のスーパーの一角には産直コーナー。

撮影:澤田晃宏

奇跡のソーシャルディスタンス

自然豊か、という意味では、他にも劣らず魅力的な地方都市はあるだろう。

淡路島には「地方」というだけには収まらない魅力がある。正しく言えば、パソナグループが事務所を置き、筆者の住む淡路島北部の淡路市の魅力だ。

それは「奇跡のソーシャルディスタンス」とも言うべき、都会からの近さだ。神戸の中心地の三宮まで約40キロ。明石海峡を渡り、時間にして40分程度。大阪までも1時間弱と、通勤圏内と言える。

バスターミナル

淡路市の東浦バスターミナル。朝は通勤・通学客の列ができる。

撮影:澤田晃宏

淡路市最大の東浦バスターミナルからは、通勤・通学時間の7時台は1時間に4本のバスが出ている。東浦バスターミナルと三宮間の乗車料金は片道950円で、通勤定期は1カ月あたり3万5910円(本四海峡バス)だ。

地方ではどうしてもショッピングや外食の選択肢が限られるが、橋を渡ればそこは大都会・神戸。その中心地・三宮から東浦バスターミナルへの終バスは平日23時発。三宮の繁華街でお酒を飲んでも、十分に帰ることができる。

この絶妙な距離が、本来、移住の大きな壁となる教育問題も解決する。地元に住む女性は話す。

「関西の有名私大は通学圏内です。地元の進学校にバスで通うより、高速バスで島外の学校に行くほうが交通費も安い。高校から島外の学校に通う人が多いんです」

賃貸物件少なく移住は簡単でない

コロナ禍で在宅勤務が広がり、東京都の人口は2020年5月、7月と転出超過になるなど、東京一極集中の流れが変わりつつある。地方移住に関心のある若者も多いが、実際どうなのか。

淡路市から委託を受け、移住者の相談を受けるNPO法人島くらし淡路を訪ねた。事務局長の堀内照美さんは話す。

「活動開始から5年目になりますが、毎月10件程度だった移住相談が、7月は27件、8月は25件と増えています。神戸や大阪に住む小さなお子さまのいるファミリー層と、定年後を見越して移住を考える50代、その2つの層が中心です」

人気は神戸や大阪に出やすく、生活環境が整った淡路市の東部エリア。淡路移住への関心の高さを感じているが、堀内さんはこんな現状を話すのだ。

「海の近くなど、移住希望者の条件は似通っていて、条件のいい物件はすぐに決まってしまいます。移住したくても、簡単には移住できない現状もあります」

堀内照美さん

NPO法人島くらし淡路の堀内照美事務局長。

撮影:澤田晃宏

家賃相場も期待するほど安くない。移住者の多くは家賃2〜4万円、売買物件なら戸建てで500〜600万円の予算で物件を探すが、条件にあった物件を探すのは難しいという。

実際、淡路市の不動産業者の取り扱い物件を集約する賃貸情報サイト「アレイン」に登録された淡路市内の賃貸物件は28件、売買物件は18件に過ぎない(9月13日時点)。

空き家では解決しない

すでに移住した筆者はどうやって住居を見つけたのか。

冒頭で少し触れたが、地元に顔の広い旅館経営者の紹介だ。その経営者につないでくれたのが、先に淡路島に移住し、農業を始めた友人であり、仕事仲間である金子慶多さん(37)だ。

金子さんは2016年の大阪府北部地震をきっかけに、自給自足が実現できる生活を目指し、移住を繰り返してきた。いつも移住のハードルとなるのが、住居だった。

「田舎には空き家は多いですが、よそ者に簡単に貸してくれるわけじゃありません。自分ができることをやって、信用してもらうことから始めないといけません」

金子夫婦

農薬を使用しない再帰農法で収穫したかぼちゃを持つ金子さん夫婦。

撮影:澤田晃宏

そんな金子さんをパートナーに、不動産・人材業deltaの小山田憲司社長は淡路島に進出した。コロナ禍で地方への人の流れが強まるなか、淡路島で農地付き住宅の販売を画策するが、話は簡単には進まない。

「地方では相続未登記のままの物件が多く、家を建てるにもその権利者の話をまとめるだけで大変な時間がかかる。たとえ空き家が見つかっても、リノベーションに数百万のお金がかかります。ただし、資産価値が出づらい空き家に対し、金融機関から融資を受けるのは難しい。

更地にして新しく家を建てる方法もありますが、その解体費用に数百万円単位のお金が必要です」(小山田さん)

小山田社長

淡路島で農地付き住宅の販売を目指す小山田社長。

撮影:澤田晃宏

1200人もの社員の移住を計画するパソナグループ。いったい、従業員の住む場所をどう確保するのだろうか。淡路島南部、南あわじ市にも社宅を準備する予定があるというが、遠方の社員寮からの通勤で、「真に豊かな人生」を満喫できるのだろうか。

一淡路島住民となった筆者としては、そんな心配も頭に浮かぶ。余計なお世話か。

(文・澤田晃宏)


澤田晃宏(さわだ・あきひろ):ジャーナリスト。1981年、神戸市生まれ。「AERA」記者などを経てフリー。取材テーマは外国人労働者、農協と新規就農者。著書に『ルポ技能実習生』。https://note.com/sawada078

Popular

あわせて読みたい

BUSINESS INSIDER JAPAN PRESS RELEASE - 取材の依頼などはこちらから送付して下さい

広告のお問い合わせ・媒体資料のお申し込み