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米トランプ政権が「禁止」か「米企業への売却」の二択を迫っていたショート動画TikTokの米事業について、オラクルが9月14日、技術提携の合意に至ったと認めた。買収協議は最初に名乗りを上げたマイクロソフト陣営が本命視されてきたが、13日に“破談”が判明していた。
ムニューシン米財務長官は、「数日中」に両社の提携内容を精査し、結論を出す方針を明らかにしたが、トランプ大統領は事業売却を求めており、提携案を承認するかは不透明だ。
本命マイクロソフトが撤退し、親トランプ政権のオラクルが選ばれたことで、TikTokが政治案件であることも改めて印象づけられた。
提携案、米国で2万人雇用盛り込む
TikTokの米売却を迫るトランプ大統領。11月に控える大統領選も意識しているようだ。
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トランプ大統領は8月6日にTikTokを運営する中国バイトダンスとメッセージアプリ「WeChat」を運営する中国テンセントを名指しし、米企業との取引を45日後に禁じる大統領令に署名。さらに同月14日、TikTokの米事業を90日以内に売却するよう命じる大統領令にも署名した。トランプ大統領は、9月15日までに米企業との合意案をまとめるよう求めており、期限が迫る中で、TikTokはオラクルを選んだ。
ムニューシン長官によると、提携案はTikTokの米国ユーザーのデータをオラクルのサーバーで管理することや、米国で2万人を雇用することなどを盛り込んでいる。
TikTokは2019年からトランプ政権に「安全保障上の脅威」とみなされ、さまざまな方法で批判をかわそうとしてきたが、事業禁止か売却が不可避な情勢になると、マイクロソフトとの協議に入った。マイクロソフトは8月2日に協議中であることを認め、その後、ウォルマートも買収に手を挙げ、マイクロソフトと組んだ。
オラクルの交渉参戦が判明したのは8月18日だ。トランプ大統領は記者団に対し、「(TikTokの売却先として)オラクルも良い会社だ」と述べ、同社創業者であるエリンソン氏について「素晴らしい男だ」と付け加えた。
コア技術の輸出禁止で風向き変化
起訴状より作成
主に法人や公的機関向けにソフトウエアサービスを提供しており、消費者、特に若年層ユーザーに人気のTikTokとは親和性が低いオラクルは、交渉の本命とは捉えられなかった。なぜ風向きが変わったのか。
ターニングポイントは8月下旬、中国政府が「中国輸出禁止・輸出制限技術リスト」を改訂し、人工知能(AI)の輸出に規制をかけたことだと見られる。
TikTokの米事業の魅力は、何と言ってもその利用者の多さだ。同事業はバイトダンスが2017年11月に米企業のアプリ「Musical.ly」を買収し、統合したものだが、バイトダンスが同月24日に米政権を提訴した訴状から、TikTokの米国ユーザーが既に1億人を超え、国民の3分の1が利用していることが明らかになった。
2019年10月時点ではユーザー数は4000万人に届いていなかったので、コロナ禍の外出制限を追い風にユーザーを急拡大したようだ。
そしてTikTokがユーザーをひきつけるコア技術が、人工知能(AI)を活用したアルゴリズムだ。アメリカと並ぶ最重要市場である日本で、3月からTikTokを使い始めた男性会社員(26)は、「最初は彼女が見ている横で眺めていたけど、自分の方がはまってしまった。“いいね”をつけなくてもアプリが自分の好みを学んで、何もしなくても見たいものが流れてくる」と話す。
ウォルマートがTikTokをあきらめない理由
TikTokの買収を「毒入りの聖杯」と表現したマイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏。争奪戦に参加した中には畑違いの企業も。
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バイトダンスは単なるショート動画運営企業ではなくその本質はAI企業であり、本国・中国でも先行者が優位を固める中で2016年、後発としてショート動画アプリに参入しながら、短期間で業界首位に立った。
TikTokの買収についてはマイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏が「毒入りの聖杯」とも例え、SNS運営の成功体験がない同社にとってリスクがあることを示唆していた。
中国政府がアルゴリズム技術の輸出を禁止し、コア技術が切り離されるとなると、FacebookやYoutubeなどメガITからスタートアップまでTikTokの競合サービスを展開するレッドオーシャン市場において、マイクロソフトが事業を取得するうまみは減る。この点で両者は溝が埋められなかった模様だ。
一方、オラクルは企業向けサービスを軸としており、マイクロソフト以上に消費者向けサービスとの関わりが薄いが、前述したように創業者、現CEO共にトランプ政権との関係が深い。事業のシナジーよりも、米政府とTikTokの双方の橋渡しができる存在として、選ばれたのだろう。
ブロックチェーンでのトレーサビリティーや短時間での宅配など、早くからDXを進めているウォルマートは引き続きTikTokに関心を持っているという。
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ムニューシン長官によると、バイトダンスとオラクルの技術提携案は対米外国投資委員会(CFIUS)と大統領令の国家安全審査が並行して進められているという。売却ではなく提携というプランを大統領が受け入れるかは不透明だ。
また、マイクロソフトと手を組んでバイトダンスとの交渉に当たったウォルマートは、独自でバイトダンスとECでの協業を模索しているとも伝えられる。中国ではコロナ禍で商品を直接取引できるライブコマースが急成長し、TikTokの中国版である「抖音」はECプラットフォームとしても存在感を示した。小売りのDXを進めるウォルマートにとって魅力は大きい。
インド事業にはソフトバンクGが触手
TikTokの買収戦が繰り広げられているのはアメリカだけではない。同じく中国との対立が激化しているインドでは、アメリカに先立ってTikTokやWeChatなど中国アプリが6月末に禁止された。TikTokのインド事業については、ソフトバンクグループが他社と共同で買収提案を模索していると報じられている。
料理動画を配信するインド人ユーザー。インドも中国と関係が悪化し、TikTokなど中国アプリを禁止した。
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大きな節目を迎えたTikTokに対し、方向性が見えないのがテンセント問題だ。トランプ大統領はTikTokだけでなく、テンセントと米企業の取引も禁じたが、同社の事業範囲はゲーム、通信など広く、全面禁止されればアメリカのテクノロジー、小売り、ゲーム、通信などの業界が返り血を浴びることになる。
「iPhoneの予言者」と呼ばれる中国のアナリストであるミンチー・クオ(郭明錤)氏は8月10日、WeChatの禁止の程度によってはテンセントよりもアップルが打撃を受けることを示唆した。米国企業のアップルが世界中のアプリストアからWeChatの削除を迫られた場合、iPhoneの年間出荷台数は25~30%減少し、その他の端末の出荷台数は15~25%減少が見込まれるという。
中国市場でiPhone11とSEが好調で、iPhone12の発表も控えているアップルをはじめ、ディズニーなど複数の大手企業が、ホワイトハウスに対しテンセントとの取引禁止を見直すよう求めているという。米政権は大統領令署名後、ゲームは取引禁止の対象外と示唆し、トランプ大統領や政権幹部も、規制の範囲はWeChatの一部にとどめることを示唆している。
TikTokとWeChatはどちらも大きなユーザー基盤を持つSNSだが、TikTokの方が米国人ユーザーをより多く抱え、しかも若年層の支持が目立つ。トランプ大統領は安全保障上の脅威を口にしながら、実際は米国人消費者に影響力のある中国企業を排除しつつ、事業を横取りして米国企業と分け合いたいのだろう。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。