撮影:今村拓馬、イラスト:Singleline/Shutterstock
企業やビジネスパーソンが抱える課題の論点を、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にして整理する。不確実性高まる今の時代、「正解がない」中でも意思決定するための拠りどころとなる「思考の軸」を、あなたも一緒に磨いてみませんか?
参考図書は入山先生のベストセラー『世界標準の経営理論』。ただしこの本を手にしなくても、この連載は気軽に読めるようになっています。
今回はGAFAの一角を占めるアマゾンについて先生と考えていきます。折しも新型コロナの影響でECの売上が激増するアマゾン。向かうところ敵なしの巨大プラットフォーマーには、死角はないのでしょうか?
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アマゾンとフェイスブックの違いとは
こんにちは、入山章栄です。
前回、前々回は、アップルと世界的なオンラインゲーム「フォートナイト」を運営するエピック・ゲームズの間で起きている係争を元に、アップル、フェイスブックなどのいわゆる「プラットフォーマー」の強さと課題について、経営理論の視点から切り込んでみました。
さて今回は、その議論をしている時に、Business Insider Japan編集部の常盤亜由子さんから「同じく巨大プラットフォーマーのひとつであるアマゾンについても、経営学の視点からぜひ分析を」というリクエストが来ましたので、そこから入りましょう。
前々回も申し上げたように、Facebookのようなプラットフォームには、「ネットワーク外部性(ネットワーク効果)」というものがあります。これは「みんなが使うから自分も使う。使う人が増えれば増えるほど、みんなハッピーになる」というもの。だから自然にユーザーが増えていく。
そしてFacebookの場合は、ユーザーがみんな「友達」という同じ次元にいる。このようなネットワーク効果を「シングルサイドネットワーク効果」と言います。同じことは、マイクロソフトにも言えますね。
例えば、なぜみんなが同社のWordやExcelを使うかと言えば、機能が優れているという理由もありますが、「他の人が使っているから」という側面も大きいはずです。ファイル交換の時には、同じソフトウェアの方が圧倒的に便利ですから。結果、雪だるま式にユーザーが増え、一度独占状況を築くとなかなか覆らないのです。
しかしアマゾンは、ネットワーク効果は明らかにあるのですが、Facebookやマイクロソフトのそれとはちょっと違います。なぜならアマゾンというプラットフォームのプレイヤーは2種類いるからです。
まず1つ目のプレイヤーは、われわれのような一般のお客さんです。そして、もう1つのプレイヤーは、アマゾンで商品を売っている人たちです。アマゾンには一般の消費者と、商品の出品者という2つの異なるプレイヤーがいるわけです。
われわれ消費者がなぜアマゾンを使うかと言えば、もちろん安いとかすぐ届くとかいろいろな理由があるけれど、最大の理由は「いろいろなものが出品されていて、なんでも揃うから」でしょう。すなわち大量の出品者がいるからです。検索すれば欲しいものがすぐ見つかる。だからお客さんが増える。
検索すれば欲しいものがすぐに見つかる。利用者にとってこの利便性は大きい。
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では一方の出品者の方はなぜアマゾンで売るかというと、これは逆にアマゾンには大勢の一般のお客さんがいるからです。マーケットが大きいから、そこにモノを置きたい。
つまり出品者側が「アマゾンにはお客さんが大勢いるな」と思うから、より多くの会社がアマゾンに出品するようになる。するとお客さんは「アマゾンにはたくさん出品者がいて、たくさんのものが出品されている」と思い、ますますお客さんの数が増えていく。
このように、アマゾンはネットワーク効果はあるのですが、実は2つの種類の異なるプレイヤー間でネットワーク効果を持っているのです。これを「クロスサイドネットワーク効果」と言います。
アマゾンは顧客サービスに手厚く、出品者に厳しい
僕はアマゾンという会社は素晴らしい会社だと思いますが、どちらかと言うと一般消費者の視点に立ったサービス改善の方に、より力を注いでいると思います。消費者の欲しいものを安く早く便利に提供することにかけては、圧倒的に高い満足度を達成している。それ自体は本当に素晴らしいことです。だから世界有数の時価総額を誇る企業に成長したのでしょう。
しかし、僕はアマゾンを批判する気はまったくありませんが、もしかしたらそのしわ寄せがネットワークのもうひとつのプレイヤー、つまり出品者側に行っている可能性があるのかもしれませんね。
前回、前々回お話ししたアップルやグーグルと同様、アマゾンも自身の電子書籍マーケット「Kindle」では出版社から相応の手数料を取っていると聞きます。これを、消費者の使い勝手をよくした結果、出版社にしわ寄せが行っていると見ることもできます。
しかし出版社をはじめとした出品者が、アマゾンで自社製品を売ることをやめられるかというと、それは難しいでしょう。なぜならアマゾンには先に述べたネットワーク外部性がある。つまり一般消費者のみんなが使っているサービスだからであり、アマゾンから撤退することは大きなビジネスチャンスを逃すことになるからです。
う〜ん、これは難しいポイントですが、ここからは僕の個人的な憶測を述べますね。あくまで大胆な憶測ですが、実は僕はこれからひょっとすると、長い目で見ると全世界で「アマゾン離れ」が進む可能性もあり得ると思っています。
流通に巨額の投資をするアマゾン
なぜ多くの出品者がアマゾンを使うかと言えば、先ほどお話ししたとおり、アマゾンの「売る仕組み」に乗せておけば大勢のお客さんが自社の商品を見てくれるからです。
でもそれだけなら、わざわざアマゾンや楽天のウェブサイトに行かなくても、グーグルなどの検索エンジンを使って自社のウェブサイトや商品情報にたどり着くこともできるはずです。
加えて、今はいろいろなメーカーなどの会社が自社メディア、いわゆる「オウンドメディア」を持っており、Googleなどを使って検索してサイトを訪れた人に、自社商品を直接注文してもらうことが可能になっています。つまりここまでなら、もしかしたらアマゾンは不要になってきているかもしれないのです。
ただ問題は、多くの会社は商品の配送システムを持っていないことです。受注までは自分たちのサイトでできても、倉庫での在庫管理から配送までを自前でできる会社はそれほど多くはありません。だから、配送までの流通を一貫して押さえているアマゾンに出品するわけです。
Eコマースというのは、購入ボタンをポチッとクリックしてもらうまでのプロセスと同じくらい、スピーディーかつ確実にモノを届けるプロセスも重要です。つまり、受注と流通・配送の両面を持っていることが重要なのです。
ご存じの通り、アマゾンが一番力を入れているのは「流通」です。アマゾンは以前から流通に巨額の投資をしていて、自前の配送センターを日本各地に持っています。つまりアマゾンは受注と配送の両方を持っているから強い。
楽天も素晴らしい会社ですけれど、楽天はアマゾンよりも流通にちょっと力を入れるのが遅かった。だからいま頑張って投資しているのですが、そこで後れをとってしまったことが、日本におけるアマゾンと楽天の差になっているかもしれません。
「配送」が今後の鍵となる
撮影:今村拓馬
しかしもしかしたら、今後この流れが変わってくるかもしれません。なぜなら今、多くの会社が「D2C(ダイレクト・トゥ・コンシューマー)」に挑戦しているからです。
D2Cとは、自分たちが作ったものを、アマゾンや楽天のようなプラットフォーマーを介すことなく、直接自分たちで最終消費者に届けることを言います。
ですが一般の企業にとって自前の流通網を持つことは難しい。そこで今、国内の大手サードパーティーの物流企業が、いろいろな企業から物流を請け負うことを始めています。
僕は今後、B2Cのメーカーは決済の仕組みを備えた独自のメディアを持ち、サードパーティーの流通網を使ってモノを売るという流れが加速すると見ています。こうした動きがアマゾンや楽天にとって長い目で見て脅威になることは十分に考えられます。
一方で、これは個人で商売がしやすくなるということでもありますから、これからは個人ビジネスも盛んになるはずです。皆さんも、自分で作った商品を自分のサイトで売って、サードパーティの物流網で配送する、そんな時代になるかもしれません。Business Insider Japanも、ロゴ入りグッズを作って手軽に直接読者に売ってみてもいいかもしれないですね。
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集:常盤亜由子、音声編集:イー・サムソン)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。