思わず手を伸ばすのは、どのメーカーの緑茶だろうか?
撮影:三ツ村崇志
4月14日にリニューアル販売されたサントリーの伊右衛門が、売れている。
「発売後1カ月の販売水準は、リニューアル前の1カ月と比較して2倍に。6月〜8月でも前年同期比で5割増。コンビニエンスストアでの売り上げに限れば、前年同期で2倍の数字を維持しています」(サントリー広報)
他の飲料メーカーの売上を見ると、何も緑茶ブームが訪れているわけではなさそうだ。むしろ、新型コロナウイルスの流行によって、飲料メーカーは軒並み売り上げを落としている。
緑茶市場の最大手、「お〜いお茶」を販売する伊藤園の日本茶・健康茶部門の売り上げは、前年同期比(5月〜7月)で約11%の減収。「綾鷹」で知られるコカ・コーラも、無糖茶部門で約10%の売上減(4月〜6月)。「生茶」を販売するキリンホールディングスも、日本茶部門は約7%の売上減だ(4月〜6月)。
サントリーも、伊右衛門ブランド全体(特茶などを含む)で見ると、伊右衛門本体の好成績があっても前年比で1%の増収にとどまっている。売り上げとしては「キープ」するのが精一杯の状況だ。
伊右衛門(以下、伊右衛門本体のみを指す)だけが売れている理由は何なのか。
伊右衛門は「棚落ち」の危機だった
緑茶に関する売上を見てみると、サントリー以外は軒並み前年比で売上を落としている。
出典:各社決算資料
「伊右衛門はリニューアルする前まで崖っぷちでした。伊右衛門が発売されたのは2004年で、(伊右衛門本体の)売上のピークは2005年。そこから基本的には右肩下がりで、2019年には4割程度落ちていました。合間に『伊右衛門 特茶』を販売するなど、ブランド全体としては微増だったので、そこまで危機感もありませんでした。
ただ正直、直近の売り上げだと伊右衛門はコンビニの棚から落ちそうなぐらいヤバかった」
そう話すのは、サントリーのブランド開発部課長、多田誠司さん。
実際、2019年1月〜12月の売り上げは前年同期比で90%、2020年1月〜3月も前年同期比で80%と、厳しい状況が続いていた。
そういった中で、伊右衛門のリニューアルの計画が動き出していたという。
これまで、伊右衛門は「ヘビーユーザー」となる緑茶好きを取り込むためのブランディング戦略をとってきた。
「伊右衛門夫婦のこだわりのお茶」や「200年の歴史がある老舗茶房」といった言葉を用いたCMを見たことのある読者も多いだろう。
しかし、緑茶市場全体を見ると、売り上げの大半は緑茶を月に1本程度しか買わないようなライトな層。
残念ながら、CMなどのマーケティング効果は薄かったという。
多田さんは、
「CMの評価は高いけれども、肝心の商品が売れない。興味のない人に聞いてもらえないコミュニケーションを取っていたことは反省でした。そういう文脈の理解ではなく、ライトユーザーにも分かる、店頭で見たときに『脊椎反射でわかる価値』に仕上げる必要性がありました」
と伊右衛門のリニューアルの考え方を語る。
「非言語で、緑茶のど真ん中の価値を示せるものは何だろうと考えてたどり着いたのが、淹れたてのお茶の『緑色』というイメージでした」(多田さん)
「緑色」と「お茶らしさ」のジレンマ
各メーカーの緑茶を紙コップに注いで見てみると、伊右衛門の緑色が確かに際立つ。どのメーカーもラベルは緑色だ。
撮影:三ツ村崇志
実は、サントリーでは2004年に「天然水グリーンティー」という、お茶らしい綺麗な緑色をした水のように飲める商品を販売していた。
ただし、実際に飲んでみるとお茶らしいのは見た目だけで、消費者が裏切られた形となった。
「これはコケました。はっきり言って、全然売れませんでした。
全然売れなかったんですけど、そのときのお客様の反応として、緑色を見たときに『お茶らしい』という感想が多かったんです。それを横目で見ていたので、お客様にとって脊髄反射で分かるお茶らしさの価値を考えたときに、伊右衛門でも緑色を実現したら、何か変わるんじゃないかと思ったのが、リニューアルの発端です」(多田さん)
ただ、緑色で、誰もがお茶らしいと感じる緑茶を作るのは、実はそう簡単な話ではない。
商品開発部の上本倉平さんは、
「豊かな旨味と穏やかな渋み。私たちは、この調和がお茶らしさにつながっていると考えています。カテキンは穏やかな渋みの成分、旨味はお茶特有のアミノ酸であるテアニンが重要です」
と話す。
ラベルレスタイプの発売など新しいパッケージのトライも進めている。
撮影:編集部
特にお茶らしい渋みを生む「カテキン」の成分量が増えると、お茶は茶色になってしまう。一方、カテキンの量を減らせば、緑茶に含まれている「抹茶」の緑色は顕著に見えるが、今度はお茶特有の風味などが失われてしまう。
つまり、お茶の緑色を出そうとするほど、緑茶本来の風味などが失われていくというジレンマがある。
そのため実際に発売されている緑茶を見ると、「緑茶」と言いながらほとんどが茶色に近い色をしている。
そこで、リニューアルに際して、
「緑茶ならではの旨み、渋みが残るぐらいギリギリにカテキンの量などを調節して、風味や味はちゃんと出した上で、抹茶の緑っぽさが綺麗に出る形に仕上げていきました。従来の製品開発の5倍以上、試作をやったと思います」(上本さん)
と、試行錯誤を重ねたと話す。
緑茶の抽出方法も「高温短時間抽出」という手法に変更、茶葉の「火入れ」方法も、創業元の福寿園とともに改善を図った結果、緑色の伊右衛門が誕生した。
「緑色だから買う」は本当なのか?
伊右衛門のCMの1コマ。CMでも、ペットボトルのラベルを外し、緑茶の「緑色」を強調している。
提供:サントリー
リニューアルされた伊右衛門は、初動として前月比で2倍の売り上げを達成。
販売後5カ月たった段階でも、前年比1. 5倍と好調をキープしている。自動販売機での売り上げについては、他の飲料メーカーと同じように不調が続いているが、コンビニでの売り上げが2倍と、それを補う形だ。
果たしてはこれは、緑色にした効果なのだろうか?
実際のところ、伊右衛門のリニューアルに伴い、CMへの投資も前年比で増加している(詳細な数値は非公表)。
多田さんも、
「初動の出だしは、新しくなったことが大きかったかなと思います」
とリニューアルにともなう宣伝の効果が一定程度あったと話す。
ただし、サントリーの過去のCM投資額に対する売り上げから考えると、発売から5カ月経過しても売れ続けている現状について、単純にCMへの投資を増やした効果だけとは言いにくいという。
「CMの効果だけではなく、その中で『緑色』を推し出した結果なのではないかと思っています。
実際、消費者に対する購入意向の調査をすると『緑色だから』というのがダントツに高くなっています。緑色が『上質なお茶』というイメージにつながっているのでは」(多田さん)
リニューアルに伴い公開されたCMの路線も、これまでアピールしていた「高級感」や「伝統」から脱却。ペットボトルのラベルを取り外し、「緑色の伊右衛門」を定着させようとするスタンスが見て取れる。
リニューアルに伴いラベルの面積が減ったり、コンビニなどで「ラベルレス」の伊右衛門を販売したりしているのも、お茶の緑色をアピールする狙いからだ。
「(売り上げが伸びた要因が)本当に緑色にした効果だったのか、緑色から感じられる透き通った、清涼感が重要だったのかはまだ分かりません。もしかすると、緑色にしなくても、もう少し清涼感を出すだけで良かったのかも知れません」(多田さん)
売り上げの伸びは、複合的な要因によるものなのかもしれない。その答えはこれから明らかになっていくだろう。
しかし、現在までに得られたデータとして、緑色にしたこと、そしてそれを中心に宣伝する戦略が、狙いとしていた緑茶を購入するライト層にはまったのは確かだ。
昼のお弁当のお供に、多くの人が飲んでいる緑茶。
お茶なんてどれも一緒なのか、それとも、多くの人が好む要素に必然性があるのか。
「緑色」が思わず手に取ってしまう理由の1つなのだという仮説は、興味深い。私たちは何を「おいしそう」に感じるのか? それを因数分解していくことは、マーケティング目線で重要な「人の認知」を解き明かすことにつながっていくはずだ。
(文・三ツ村崇志)