アップルは、6月に初の完全オンラインで開催された開発者会議「WWDC2020」でMacの自社製半導体への移行を発表した。写真はティム・クックCEO。
出典:アップル
今、アップルは技術戦略の根幹に「自社設計半導体“Appleシリコン”の活用」を置いている。
2020年末には、MacのCPUをインテル製から自社設計の「Appleシリコン」に切り替え始める。ついに、iPhoneはもちろん、Apple WatchからMacまで、全ての主要製品で自社設計半導体を利用することになる。
その中核になるのが、9月16日に発表された「新型iPad Air」で導入された半導体「A14 Bionic」だ。
例年、アップルの新半導体はその年の新iPhoneでお披露目されてきたが、今年は特殊事情もあってiPadからになった。そして、「新iPhone」「AppleシリコンMac」でも同じ技術が使われていくと見られている。
アップルがMac向けに作る自社製半導体では、低消費電力で、かつパフォーマンスが高いという領域を目指すと言う。そのベースは新型iPad Airに搭載された「A14 Bionic」である可能性は高い。
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アップルにとって、それほどに重要な「A14 Bionic」というチップはどんな性能を秘めているのか? 「新iPhone」「AppleシリコンMac」の姿はどうなるのか? 取材で得られた情報をもとに考察してみたい。
10年間「半導体の自社設計」を続けてきたアップル
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基本的なところをおさらいしよう。
アップルはiPhone・iPad・Apple TV・iPod Touchで、同じ「Aシリーズ」というSoC(システム・オン・ア・チップ)を使っている。
SoCとは、いわゆるCPUとGPU、カメラの画像処理を行うISP(イメージシグナルプロセッサ)など、「機器を構成するために必要な要素を1つの半導体にまとめたもの」のことだ。スマートフォンはもちろん、現在のPCからテレビに至るまで、ほとんどのデジタル機器はこうしたSoCで動いている。
よく、「iPhoneのCPUはArm」と言われるが、これはArm社からCPUを開発するためのライセンスを得て利用しているためだ。SoC自身もその中のCPU部分も、設計はあくまでアップルだ。
アップルによる最初の「Aシリーズ」は、2010年春発売の初代iPadで採用された「A4」。以降10年間、毎年着実に設計を改良し、主要製品に使っている。今回の話題の中心である「A14 Bionic」は、10年目のAppleシリコン、という言い方ができる。
10年前の「A4」から、アップルのSoCh世代を重ね着実に成長してきた。
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単にCPUなどを設計するだけでなく、いわゆるAI処理を効率的に行う「Neural Engine」のような機構を独自に開発して実装していくことで、SoCを他社に依存するメーカーに対して先行した製品開発がしやすくなる……という利点もある。
多数の製品に使うからこその「コスト構造」
大きさも用途も異なるこれだけの製品カテゴリーを、基本部分を共通とする独自設計のSoCで動作させようというのが、アップルの半導体戦略。なかなか野心的だ。
最新のSoCは性能もいいが、製造コストも高くなる。そこで、性能重視ではないモデルでは世代が古いSoCを使うことで、コストパフォーマンスを維持できる。
例えば、先日発表されたばかりの「第8世代iPad」ではSoCとして「A12 Bionic」が使われている。これは一年前に発売された「第3世代iPad Air」で採用されていたのと同じもの。1年の間に下がった生産コストを反映し、その分安くなったわけだ。
性能の差別化と量産による使い回しを自社製品のラインナップ全体でコントロールするのが、アップルのビジネスモデルの根幹にある。
その背景には、iPhoneという年間最低数千万台を売る製品を抱え、量産効果を最大限に活かせる、ということがある。
SoCは基本的に、世代が新しいほど性能が高い。ただし、同じ世代のSoCでも性能がより高速なものも存在する。
SoCはブロックのように、必要な「コア」を組み合わせて構成する。基本的な設計は同じでも、CPUやGPUのコア数などで性能が変わる。
例えば現行機種のiPad Proは2018年設計の「A12」シリーズを使っているが、CPUコアが8つ、GPUコアを8つ搭載していて「高速仕様」だ(通常版のA12はCPUコア6つ、GPUコア4つ)。コストに合わせてSoCの仕様を使い分けているわけだ。
こうしたことは一般的に行われているが、特にアップルの場合「自社設計」なのでコントロールの自由度が高くなる。
当然ながら、今回iPad Airに使われた「A14 Bionic」も、iPhoneやMacに使われるA14シリーズとでは、性能が違う可能性がある。
高速化と低消費電力を「プロセスルール進化」で実現
では、「A14」はどんな特性を備えているのか?
ポイントは3つある。
特徴1. 最新の製造技術で高速化
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A12世代から40%アップ一つ目は「製造プロセスルール」(半導体を製造する際の微細度)が変わった、ということ。
ごく単純化して説明すれば、半導体は、製造プロセスルールの数字が小さいほど同じ面積に詰め込めるトランジスターの数が増え、性能が上がり、消費電力も発熱も下がる。
A14は「5nm」という最新のプロセスルールで作られ、2018年の「A12 Bionic」以降使っていた「7nm」ルールから、微細化する。
結果として、SoC全体でのトランジスタ数は、iPhone 11シリーズが使っている「A13 Bionic」(85億トランジスタ)から大幅に増加し、118億トランジスタにまで大規模化した。その分、機能・性能が上がっていると考えていい。
しかし、アップルは、現行のiPhone 11で使っている「A13 Bionic」と「A14 Bionic」を比較した値を公表していない。どれくらい速くなるのか? 以下はあくまで筆者の机上計算を交えた予測を書いてみた。
白文字はアップル発表の数値指標。赤文字は過去の発表内容から筆者が推定した性能向上率。あくまで参考だが、A14 Bionicがどういう性能のチップなのかがイメージできる。
アップルの映像をもとに編集部作成
AシリーズのCPUは、高性能なCPUコアと低消費電力で効率的な処理に向いたCPUの組み合わせでできている。
A14 Bionicも、A12・A13世代と同様、CPUコアの数は6つ(高性能コア2つ、高効率コア4つ)、GPUコアの数も4つで変わっていないのだが、性能自体は向上している。アップルはA12世代と比較として、「CPU性能が40%アップ」「GPU性能が30%アップ」と説明している。
CPU性能というのは、主に高性能コアの性能向上のことを指している。A12からは40%アップと明言されているが、iPhone11世代に採用されたA13の性能について、アップルは過去に「高性能コアがA12から20%性能アップ」と表現している。とすれば、A14とA13を比較すると「A14はA13より約17%速い」という計算になる。
同じようにGPUの性能向上を計算すると、A14は「A12に対して30%、A13に対して約9%の性能向上」という計算だ。
性能は2018年の「A12」世代と比較した場合、CPU性能は40%、GPU性能は30%アップするという。
出典:アップル
一見小幅な性能向上に見えるが、SoCの性能はCPU性能だけでは測れない。増えたトランジスタはCPUやGPUだけに使われているのではないからだ。今はAI処理・機械学習の高速化に充てられている部分も大きい。
A14はAI・機械学習系の処理を高速化する機能が特に強化されている。
出典:アップル
Neural Engineはコアの数が倍の「16」に増えた。結果として、毎秒処理可能な数も、A12 Bionicの「毎秒5兆回」から「毎秒11兆回」へと大幅に増加している。また、機械学習の効率は、A12 Bionicの最大10倍へと大幅に上昇している。これは、画像・音声認識、AIの処理や学習などのニーズ向上を配慮してのものだ。
特徴2. 性能が向上しても、消費電力はほぼ増えない
2つ目のポイントは、性能が向上したにもかかわらず「消費電力は大きくしない」ということだ。
アップルは過去から、SoCの世代があがって性能が向上しても、消費電力を上げないことを追求している。性能向上そのものよりもバランスを重視している。
A14でも「低消費電力と高性能の両立」がうたわれており、このバランスは変わらないだろう。スマートフォンという、バッテリー動作時間が特に重要なデバイスにも使うことから、この点は外してこないだろう。
なお、Mac向けのAppleシリコンでは、iPad Proでそうしたように、CPUコア数やGPUコア数、搭載メモリー量などの条件を大きく変えてくる可能性が高い。搭載バッテリー量や消費電力の条件が違うことが理由だ。
特徴3. カメラの画質が上がる!?
A14にはCPUやGPUだけでなく、カメラから機械学習、動画再生支援など、多彩な機能が搭載されている。
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そして最後の要素が「カメラ」。
カメラというとセンサーで決まるように思えるが、いまはソフト処理とISP(イメージシグナルプロセッサー)の能力が重要になっている。iPad AirはiPad Proと同じセンサーを使っているが、どうやら「若干画質が変わっている」らしい。それは、SoCがA12世代からA14世代になり、ISPが進化したためだ。
また、今後出てくる「Appleシリコン版Mac」では、さらに大きな影響が出るだろう。
インテルのCPUを使ったMacでは、ビデオ会議用のカメラのコントロールはCPU以外、アップルが搭載しているセキュリティチップ「T2」で行っていた。
だが、Appleシリコン=A14には、iPhoneで使っているISPなどがある。
ビデオ会議をする場合、MacやPCのカメラよりも、iPhone・iPadをつかったほうが画質がいい。カメラのセンサーが違う、という事情は大きいのだが、ISPなどの機能が優秀である……という部分もあるはずだ。
スマホの競走に勝ち抜くため、SoCの中にいろいろな機能が搭載されていることが、Aシリーズの特徴でもある。ISPが優れているのもその1要素だ。他社のPC向けのプロセッサーも含め、今のSoCは、そうした「CPU以外の付加価値」が重要な時代になってきている。
iPadも、そして来るべきAppleシリコンMacも、同じAシリーズを使う以上、「SoCのもつ多彩な機能を活かした」ものになると予想できる。
(文・西田宗千佳)