ウォーレン・バフェット率いるバークシャー・ハサウェイは2020年8月末、日本の5大商社に63億ドル(約6700億円)の投資をしたことを発表しました(※1)。なぜバフェットは商社に目を付けたのでしょうか。しかも、なぜそのうちの1社だけでなく5社すべてに?
そこで今回は、3回にわたって商社ビジネスを徹底研究。そのビジネスモデルを会計とファイナンスの視点から読み解くことで、バフェットの狙いを考察します。
バフェットといえば投資の世界で知らない人はいない伝説的な人物であり、2020年には世界長者番付第4位にランクインする資産家としても有名です。
バフェットの投資スタイルは一貫して「バリュー投資」。バリュー投資とは、PER(株価収益率)やPBR(株価純資産倍率)の低い割安の株に投資をする投資スタイルのことを言います(※2)。
また、「自分が理解できない会社の株は買わない」という信念もよく知られています。ビジネスモデルが高度に複雑化した企業には手を出さないため、2000年代初頭にITバブルが弾けた際、多くの投資家たちが損失を被るなか、バフェットはほとんど影響を受けることがありませんでした。
逆に2008年のリーマンショック時には、バークシャー・ハサウェイは倒産しかけたゴールドマン・サックス証券に対して50億ドルにものぼる第三者割当を引き受けました。倒産しかけたとはいえゴールドマン・サックスは世界最高峰の投資銀行。その後業績は持ち直し、バークシャー・ハサウェイは最終的に16億ドルもの利益を得たと報道されています(※3)。
そんななか、近年目立った大型投資をしていなかったバフェットが日本の商社に目をつけた。しかも1社ではなく、三菱商事、三井物産、伊藤忠商事、住友商事、丸紅の「5大商社」に対して——。
このニュースは日本でも多くの注目が集まりました。「なぜバフェットは日本の5大商社に目をつけたのか?」と多くのメディアが分析を試み、その多くが「5大商社の株が割安であること」を指摘しています。
これから見ていくように、たしかに日本の5大商社の株価は割安と言えます。しかし不思議なのは、なぜバフェットは商社に目を付けたのか、なぜその中の1社だけでなく5社すべてに投資したのか、ということです。
そこで今回は、日本の商社のビジネスを会計とファイナンスの視点から読み解くことで、バフェットの狙いを考察していきたいと思います。
株式市場はなぜか商社に“辛口評価”
まずはバフェットが投資を決めた5大商社の財務状況を見ていきましょう。2020年3月期の売上高と当期純利益はそれぞれ次のとおりです。
2019年3月期までは5社とも好調が続いていたものの、直近はコロナの影響もあり、総じて利益が減っています。丸紅に至っては、当初予定していた2000億円の利益予想が、結果的に2000億円近くの赤字となりました。
(注)丸紅は2020年3月期の当期純損益が赤字のため算出不能。
(出所)各社の2019年3月期および2020年3月期の有価証券報告書より作成。
では、株価はどうでしょうか。バフェットによる投資が発表される前の2020年8月28日時点の終値での時価総額は次のとおりです。
(出所)各社の2020年8月28日付の株価の終値に発行済株式総数をかけて算出。
先ほど見たとおり、売上高と当期純利益では5社中で三菱商事がトップでしたが、時価総額では伊藤忠商事がトップに躍り出ました。それに三菱商事、三井物産が続いています。
時価総額を見る際に重要なのが「PER」と「PBR」です。
日経平均全体でのPERはおおむね15〜20倍前後。またPBRは、「1」を超えると会計上の純資産を上回っていることを意味します。逆に1未満なら、資産の価値が解散価値を下回っていると株式市場に見なされているということです。
では、5大商社のPERとPBRをそれぞれ比較してみましょう。
PERは、5大商社の中で最も高い住友商事でさえ9.2倍。日経平均全体の水準(15〜20倍)と比較すると物足りなさが否めません。PBRに至っては、伊藤忠商事以外すべて1を下回ってしまっています。これはたしかに、バリュー投資を得意とするバフェットに目を付けられるのも道理です。
しかしそもそも、商社のPERやPBRはなぜこんなに低いのでしょうか? 直近ではコロナ禍の影響があったとはいえ、それ以前は売上高も当期純利益も好調だったはず。それなのになぜ……?
その謎を解くために、まずは商社の成り立ちと「儲けの構造」を整理しておくことにしましょう。
商社の歴史は「近代日本創生史」
「ラーメンからミサイルまで」。そう表現されることもあるほど、商社が手掛ける事業は多岐にわたります。おそらく多くの人が、「商社って何をやっている会社?」と尋ねられても簡単には答えられないのではないでしょうか。結局のところ、商社のビジネスのエッセンスとは何なのでしょうか?
商社は英語で「Trading Company」と言われることもあるように、もともとは貿易を中心としたビジネスを行っていました。しかし時代が進むにつれてビジネスの幅は広がり、形態も独特であることから、今では英語でもそのまま「Sogo Shosha」で通じることもあります。
商社の源流は、財閥系商社と繊維系商社に大別されます。
財閥系商社の源流は明治時代。明治維新以降、政府は富国強兵をスローガンに殖産興業政策等を押し進め、近代化を急ぎました。こうしたなか、旧財閥系の商社として誕生したのが三菱商事、三井物産、住友商事です。
商社のもう一つの源流は、江戸時代の繊維問屋まで遡る関西系の繊維系商社。なかでも伊藤忠商事、丸紅、トーメン、ニチメン、兼松は「関西五綿」と呼ばれ、繊維事業を中心に事業を広げていきました。
筆者作成
商社は戦争においても重要な役割を果たしました。日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦と経るにつれて商社が扱う商品も増え、事業規模も拡大していきました。第二次世界大戦時には戦争に関連する物品の製造にも携わるようになり、いっそうの総合化が進みます。
戦後に入ると、商社はさらに変身を遂げます。高度経済成長期は重化学工業、オイルショック時には資源やエネルギー、そしてバブル崩壊後はIT、金融、物流……と、商社は節目ごとに注力すべき事業へと手を広げながら時代の荒波を乗り越えてきたのです。
なお、韓国にもサムスンやLGなどの財閥系メーカーによって設立された商社は存在しますし、中国にも特定の分野に特化した専門商社はあります。しかしいずれも日本ほど歴史は長くなく、規模も大きくはありません。その意味で、総合商社はまさに日本ならではのビジネスモデルと言えるでしょう。
商社ビジネスは「仲介」と「投資」
ここまで総合商社の成り立ちを駆け足で振り返ってきました。こうして見ると商社は実にさまざまなことに取り組んでいるようですが、結局のところ、そのビジネスの“肝”はどこにあるのでしょうか?
一言で言ってしまうと、商社ビジネスのエッセンスは「仲介」「投資」の2つに集約されます。
1. 「仲介ビジネス」の肝は情報の非対称性
商社ビジネスの仕組みを理解するために、こんなたとえ話で考えてみましょう。
あなたは今、家の購入を検討しています。まず相談しにいくのは、おそらく不動産業者でしょう。どんな街に住みたいか、理想の間取り、予算は……と伝えると、不動産屋さんはあなたの希望にマッチする物件の売り手をいくつか紹介してくれます。その中からあなたのお眼鏡にかなう物件が見つかればめでたく取引成立。あなたはその家を買い、不動産屋さんには仲介料を支払います。
商社がやっていることは、基本的にはこの不動産業者と同じです。海外から繊維を輸入したい国内事業者がいれば、商社が自社のネットワークを通じて海外の輸出事業者を見つけ出し、国内事業者とマッチングさせ、仲介費用をもらうというものです。
仲介費用をもらう際のポイントは、売り手と買い手の「情報の非対称性」。情報の格差を埋めてマッチングさせることでリターンを得るのです。商社は多くの業界における価格、制度、地域、需給といった情報格差を把握しており、売り手と買い手をうまくマッチングさせる能力に長けています。
さて、ここまでの話はあくまでもビジネスの「仲介」のみ。仲介ビジネスをしているだけなら、それほどのアセットは必要ありません。
ここで不動産業者の例に戻ってもう少し考えてみましょう。
物件の仲介をいくつも手がけることで、不動産業者の手元には物件の売り手と買い手に関する情報が大量に溜まってきます。だんだんと「この物件は相場よりも安い」「ここは割高だ」といったことも分かってくるわけです。
そうなると、単に仲介をするだけでなく、自分の資金を使って物件を安く購入し、高く売ったほうが儲かる可能性が出てきます。
例えば、5000万円の物件を仲介したとしましょう。仲介手数料が3%だとすると、収入は150万円にしかなりません。しかし、仮に5000万円で購入した物件を7000万円で売ることができたら儲けは2000万円になります。仲介手数料の実に10倍以上です。
もちろん売らずに賃貸物件にしてもかまいません。仮に不動産の賃貸収入の利回りが5%だとすれば250万円。それだけで仲介手数料より儲けが大きくなります。しかもこの賃貸収入が毎年入ってくるのです。
2. 商社にとっての「投資ビジネス」とは出資
となれば、「仲介」で得られた情報網を活かして自ら「投資」を行ったほうが、事業の拡大が見込めるうえにリターンの観点からも旨味があります。実際、現在の総合商社の儲けはこの「投資」の部分が大きな役割を占めるようになってきています(図表9〈※4〉)。
さて、仲介の時とは違い、投資にはアセットが必要になります。実際の商社の例を見てみましょう。
図表10は、三菱商事の単体のB/S(貸借対照表)です。連結を用いると子会社のB/Sも合算されてしまうため、ここでは三菱商事の単体のB/Sで同社がどんな資産を持っているかに注目します。すると——。
一見して目を引くのはその内訳。約5.64兆円ある固定資産のうち、なんと97%を「投資その他の資産」が占めています。
通常、企業が投資を行った場合は、固定資産の有形固定資産の科目に反映されることが多いものです。具体的には、設備、工場、不動産などです。ところが三菱商事の固定資産はほとんどが「投資その他の資産」。これはつまり、商社自身は設備や工場をほとんど保有していない、ということです。
ではその「投資その他の資産」の中身は何かというと、約73%が「関係会社株式」、そして約10%を「投資有価証券」が占めています。つまり商社にとっての投資とは「企業への出資」だということです。
バリューチェーンを押さえる
では、商社はどのようにして会社に投資しているのでしょうか? 商社の“お家芸”とも言えるエネルギー事業の中から、火力発電事業を例にとって説明しましょう。
商社が火力発電事業を行う場合、まず最初に着手することといえば、発電を行う会社の設立です。商社は設立したこの会社に対して出資します。
例えば火力発電所の建設に1000億円かかるとして、スポンサーである商社が300億円を出資し、金融機関が700億円のローンを提供するとします。
発電所の建設は建設会社(EPC)に委託します。完成した火力発電所の運営とメンテナンスはO&M会社(オペレーション&メンテナンス)へ委託。そして、火力発電所が発電した電気は電力会社へ売電し、その電力を買い取った電力会社は個人や法人に電力を売る……という流れです。
このように、商社は自ら火力発電所を抱えるわけではなく、子会社や関連会社を通じて電力発電事業を行います。資源ビジネスやインフラビジネスも基本的には同様の構図です。三菱商事のB/Sに多くの関係会社株式が載っているのは、このような仕組みゆえです。
(出所)筆者作成。Illustration/ZET ART
先ほど「商社の役割は発電事業を行う新設会社への出資」と述べましたが、実際には、火力発電事業の川上(原料供給会社)から川下(小売企業)それぞれの企業に対しても商社が出資しているケースが多々あります(※5)。そうなると、商社は火力発電のバリューチェーンに対して一気通貫で関わることになります。この、バリューチェーンを押さえたビジネスこそが商社における「投資」の強みと言えます。
ここでは電力事業を例にとりましたが、川上から川下までを押さえているという点はインフラ事業や小売事業でも同様です。実際、三菱商事のポートフォリオは図表14のようになっています。
このように、バリューチェーンを押さえることで、固定費の割合を減らし、資産を有効活用できるなど、規模の経済(スケールメリット)と範囲の経済(多角化)を追求することができます。
でも不思議だと思いませんか? バリューチェーンを押さえる商社のビジネスモデルにこれだけのメリットがあるなら、なぜ商社は株式市場で低く評価されてしまうのでしょうか? この点については、次回詳しくお話ししましょう。
※1 以下を参照。Berkshire Hathaway acquires 5% passive stakes in each of five leading Japanese trading companies
※2 バリュー投資と並んで有名な投資スタイルとして「グロース投資」があります。これはスタートアップ等の成長株で、PERが高く、成長期待が見込める株式に投資をするものです。
※3 Eric Newcomer、Olivia Zaleski「ゴールドマンに力貸したバフェット氏、ウーバーとは物別れ」Bloomberg、2018年5月31日。
※4 図表9では一例として、商社が出資する相手を「売り手」に設定していますが、買い手側に出資をするケースもあります。
※5 火力発電事業のバリューチェーンに関わる企業は多岐にわたります。火力発電の原料となるLNGやガスの供給会社、発電所の建設を行う建設会社、メンテナンス事業を行うメンテナンス事業者、電力を買い取る電力会社(新電力)、個人に電力を販売する電力の小売企業などさまざまなプレイヤーが存在します。
※この続きは明日公開予定です。
(執筆協力・伊藤達也、連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
村上 茂久:1980年生まれ。経済学研究科の大学院を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして大手企業や地方の新規事業の開発及び起業の支援等をしている。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も実施している。