前回は、商社の成り立ちとそのビジネスモデルの強みについて見てきました。
バリューチェーンの川上から川下までを押さえているにもかかわらず、なぜ商社は株式市場で低く評価されてしまうのでしょうか?
その理由については、ファイナンスの視点から2つ言えることがあります。
多角化経営は株式市場の評価が低くなりがち
まず1点目は、ファイナンスで言うところの「コングロマリット・ディスカウント」です。コングロマリットとは、多種の事業を営む大企業のことを言います。
コングロマリットは多くの場合、たくさんのM&Aや新規事業の取り組みを通じて多角化経営を推し進めた結果として誕生します。例えば、過去この連載でも取り上げたソフトバンクグループ(以下、ソフトバンクG)やソニーなどは、典型的なコングロマリット企業です。
ソフトバンクGは、通信事業のソフトバンク株式会社を筆頭に、金融事業や電力事業など多くの事業を手掛けています。ソニーもテレビやオーディオ、カメラ等の家電事業に加えて、ゲーム、エンタメ、銀行とさまざまな業界に参入し、最近ではコンセプトカー「S-Vision」を引っ提げて自動車業界に進出する機を伺っています。
商社もまさにコングロマリット企業の代表格です。例えば三菱商事は626社もの連結対象会社を抱えており、多岐にわたる事業分野でビジネスの川上から川下までを押さえています(図表1)。
実はこれらコングロマリット企業は、同じ産業で活動する代表的な専業企業のポートフォリオに比べて株式市場でディスカウントされる、つまり低く評価されるという特徴があります。これが「コングロマリット・ディスカウント」です。
例えば、A、B、Cという3つの異なる事業を擁するコングロマリット企業があるとします。それぞれの事業価値は、A事業が1000億円、B事業が500億円、C事業が300億円としましょう。
3つの事業を単純合計すると、このコングロマリット企業の企業価値は1000億円+500億円+300億円=1800億円になるはずです(※1)。ですが実際には、市場での評価は例えば1500億円というように、単純合計よりも低い評価になってしまうのです(※2)。
(出所)筆者作成
では、なぜこのようなコングロマリット・ディスカウントが存在するのでしょうか?
理由1:多角化によるシナジーが薄い
第1の理由は、「多角化によるシナジーの薄さ」です。シナジーとは、事業間における相乗効果のことです。
例えば三菱商事は、コンビニ業界第3位のローソンを子会社として擁しています。ローソンは三菱商事が抱える物流網を活用することで、より効率的に事業を運営できます。バリューチェーンによる経営の効率化(連載第23回を参照)は、まさにシナジーを発揮できる領域と言えるでしょう。
では、三菱商事が抱える金属事業とローソンの事業はどうでしょうか。何かしらの関係はあるかもしれませんが、一見して事業の効率が改善すると分かるほどのシナジーは見出せません。
このように、シナジーがない事業体を複数持つような経営の仕方は、むしろ企業価値を毀損する恐れがあります。
「事業を多角化することでより多くのキャッシュを得られるかもしれないのだから、企業価値はむしろ上がってしかるべきなのでは?」と考えた方もいるかもしれません。
確かに、多角化を進めれば複数の収益基盤ができて、経営が安定するという側面もあります。しかし同時に、多角化にはデメリットもあります。
図表3は、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)の有名なプロダクト・ポートフォリオ・マネジメント(PPM)分析フレームワークです。
(出所)琴坂将広『経営戦略原論』(東洋経済新報社、2018年)を参考に筆者作成。なお、本書で紹介されている図表では、横軸の相対市場シェアは右が「低」、左が「高」になっているが、直感的な理解を重視し、ここでは「低」と「高」を入れ替えている。
PPM分析では、それぞれの事業から生まれるキャッシュフローを、右下の「金のなる木」から「問題児」へ再配分し、「問題児」をできる限り「花形」に成長させることを理想としています。また、「負け犬」への投資はできるだけ減らして、早い段階で撤退や売却することが望ましいとされています。
ですが、このような再配分は本当に望ましいのでしょうか?
もしこれが専業企業なら、獲得したキャッシュフローを専業事業に再投資することでさらなる成長ができる可能性があるでしょう。
しかしコングロマリット企業の場合、「金のなる木」や場合によっては「花形」から生まれたキャッシュを、必ずしもシナジーのない「問題児」に投資して損失を出したり、「負け犬」に再配分して延命するようなことがあれば、それは「キャッシュを有効に活用した」とは必ずしも言えません。
つまり、専業ならばもっと成長できるかもしれないのに、多角化経営では稼いだキャッシュが他の事業に使われてしまい、成長機会が失われることがあるのです。これがまさに多角化によるデメリットの1つ目です。
実際、物言う株主として有名なサード・ポイントは、投資先であり本連載第5回でも扱ったソニーに対して、メディア事業と半導体事業の分離・独立(スピンオフ)を提案しました。ソニーが抱え込むよりも、スピンオフした方が価値の向上につながると考えたためです(※3)。
理由2:投資家自身がポートフォリオを組み合わせればいい
コングロマリット・ディスカウントが生じる2つ目の理由は、「投資家によるポートフォリオの組み合わせ」という観点です。
投資家からすれば、企業が多角化経営を行わなくても、投資家自らが複数の企業に投資をすれば自ずと多角化したようなポートフォリオを持つことができます。
例えば連載第13回で扱ったソフトバンクGは、中国のアリババの株式を30%弱保有しています。
ですが投資家からすれば、ソフトバンクGがわざわざアリババの株式を保有しなくても、自分がソフトバンクGとアリババの株式を保有すればいいだけの話。両社に明確なシナジーがないなら、ソフトバンクGにはいっそアリババの株式を売却してもらい、懐に入ったキャッシュをシナジーのある事業に投資してもらったほうがよほど嬉しいかもしれません。
もちろん、アリババのように成長スピードが速く、それが結果的にソフトバンクG全体の成長にも大きく貢献し、かつソフトバンクGとしてもこれ以上に良い投資先がないならそのまま保有しておくのもよいでしょう。
しかし、ソフトバンクGのコングロマリット・ディスカウントはなんと約50%! 平均値は6〜7%と言われますから(※3)、50%というのはかなり割り引かれた数字です。この市場評価を見るかぎり、ソフトバンクGの事業ポートフォリオは残念ながら株式市場からシナジーが薄いと思われているようです。
(出所)ソフトバンクグループのホームページに記載されている2020年8月11日時点の1株当たり株主情報およびYahoo!ファイナンスより作成。
商社の事業リスクが高い
ここまで、コングロマリット・ディスカウントという視点から商社が株式市場に高く評価されない理由を説明してきました。これに加えて、商社株が割安になりがちな理由がもう1つあります。それは「商社は事業リスクが高い」という事情です。
前回もお話ししたように、商社の事業はその歴史的背景から資源やエネルギーなどの事業が多くを占めています。これらの事業の特徴はずばり「不確実性が高い」こと。開発に時間がかかったり、巨額の資金を必要とすることなどが理由です。
例えば丸紅は、2019年3月期は過去最高となる2308億円の純利益を記録。しかし、翌2020年3月期は新型コロナの影響で原油価格が急落したことから、最終的に約1900億円もの当期純損失を計上しました(※5)。
このように事業のリスクが高い場合、株価は低く評価される傾向にあります。このことは、単純な例を考えてみれば分かりやすいでしょう。
A社は2期連続で1000億円の利益を稼いでいます。一方のB社は、前期は2000億円稼いだかと思ったら今期は利益がゼロでした。A社もB社も平均すれば「利益1000億円」ですが、株式市場では安定的に収益を上げる企業、つまり将来の予測が立ちやすい企業のほうが、利益の触れ幅が大きい企業よりも高く評価される傾向にあります。
さて、これまで商社のPERやPBRが低い理由を、コングロマリット・ディスカウントと商社の事業のリスクの高さという点から解説してきました。
それにしても、PERやPBRが低い、つまりそれほど将来の成長が期待されていないとも言える商社の株式を、バフェットはなぜ購入したのでしょうか? 次回はこの疑問に迫っていきたいと思います。
※1 事業価値と企業価値は厳密には異なる概念ですが、ここでは単純化のため、事業価値=企業価値としています。また、時価総額についても事業価値や企業価値とは異なる概念ですが、有利子負債がない状況では実質的には同じになるため、ここで記載している企業価値は時価総額として読み替えることもできます。
※2 コングロマリット・ディスカウントは、1990年代半にアメリカの企業で実証的な点から確認されました。また、日本企業を対象とした研究においても、多角化をした企業は専業企業に比べて6〜7%ほど市場から低く評価されることが実証されています。日本企業の研究については次の文献に詳しいです。牛島辰男(2015)「多角化ディスカウントと企業ガバナンス」『フィナンシャル・レビュー』。
※3 「Sony has avoided the topic of portfolio optimization, but we continue to believe that Sony’s media and semiconductors franchises can stand alone and create more value independently than together. 」Third Point, "Fourth Quarter 2019 Investor Letter," January 30, 2020.
※4 ソフトバンクGのホームページに記載されている2020年8月11日8時時点の1株あたりの株主価値1万2973円と、2020年8月7日終値時点の株価6521円の比率で計算したもの。https://group.softbank/ir/stock/sotp
※5 丸紅「2020年3月期 通期連結業績と前期実績との差異に関するお知らせ」2020年5月7日。
※この続きは明日公開予定です。
(執筆協力・伊藤達也、連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
村上 茂久:1980年生まれ。経済学研究科の大学院を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして大手企業や地方の新規事業の開発及び起業の支援等をしている。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も実施している。