前回は、商社が株式市場から低く評価されてしまう理由を、コングロマリット・ディスカウントと商社の事業のリスクの高さという点から解説してきました。
それならばなぜ、“オマハの賢人”ウォーレン・バフェットは5大商社に投資したのでしょうか? 今回はこの疑問について、3つの観点から考えてみたいと思います。
1. 市場に評価されるコングロマリットも
まず言えることは、前々回見たとおり、5大商社の株価は日経平均株価と比べても割安であるということ。バフェットの投資スタイルは割安株に投資をする「バリュー投資」ですから、5大商社がコングロマリット・ディスカウントにより市場に低く評価されていることは真っ先に見抜いたでしょう。
しかしおそらくバフェットは、その先を読んだはずです。5大商社の株価が割安であることは間違いないとして、将来的にその割安感が解消される見込みはどのくらいあるのだろうか、と。今は割安でも、この先株式市場が5大商社をきちんと評価して株価が上がらないかぎり投資家にとっては旨味がありませんから。
そのことを考えるうえでヒントになるのが、他ならぬバークシャー・ハサウェイという企業です。
バフェット率いるバークシャー・ハサウェイとはどのような企業なのか、みなさんはご存知ですか? “投資の神様”“オマハの賢人”と称されるバフェットがCEOを務める企業なので、投資会社なのではないかと思っている方も少なくないのではないでしょうか。
もちろん投資も行っていますが、実はバークシャー・ハサウェイ自身、多くの事業体を抱えるコングロマリット企業です。主力事業は保険業。その他に、エネルギー事業、製造業、鉄道事業、小売事業などを多数抱えています。
そう聞くと、前回をお読みいただいた方なら「ではバークシャー・ハサウェイも株式市場から低く評価されているのだろうか?」という疑問がよぎるかもしれません。
実際のところ、バークシャー・ハサウェイのPERはどの程度なのでしょうか? そう思って調べてみると……なんと23.8倍! 5大商社と比較すると違いは一目瞭然です(図表2)。
丸紅は2020年3月期の当期純損益が赤字のためPERは算出不能。
(出所)商社については、各社の2020年3月期の有価証券報告書と2020年8月28日の株価の終値時点の時価総額から実績PERを算出。バークシャー・ハサウェイについては、Reutersによるバークシャー・ハサウェイのページ(https://jp.reuters.com/companies/BRKb.N)を参考に2020年8月28日時点のPERを計算したもの。
このように、バークシャー・ハサウェイはコングロマリット企業であるにもかかわらず、商社ほどディスカウントされてはいません。理由はおそらく、バークシャー・ハサウェイが抱える複数の事業体のシナジーを株式市場がきちんと評価しているからでしょう。
逆に言えば、5大商社はコングロマリット・ディスカウントの点で割安なものの、株式市場がきちんと評価すればディスカウントが解消される可能性があります。バフェットがその点に注目した可能性は十分に考えられます。
2. 5大商社株でリスク分散が図れる
バフェットが投資を決めた5大商社は、同じ商社でもそれぞれが抱える事業体のポートフォリオはかなり異なっています。
例えば図表3は、三菱商事と伊藤忠商事の売上構成です。三菱商事は資源関連の事業が多い一方で、伊藤忠商事は資源関連の事業は少ない代わりに生活事業が多いという特徴があります。
このことを投資家の視点から見れば、5大商社すべての銘柄を購入することで、それぞれの事業体のリスク分散ができている、とも言えます。実際、伊藤忠はコロナ禍の環境下でも高い利益を稼いでいますが、丸紅は大きな赤字を計上。同じ商社でも、利益体質はまったく異なるのです。
バフェットは「5大商社の株式に投資をすることで自然とリスク分散ができる」——そう考えているのかもしれません。
3. 事業リスクは下げられる
前回、コングロマリット企業が株式市場から低く評価されてしまう理由として、コングロマリット・ディスカウントの他にもうひとつ、「商社の事業リスクの高さ」を指摘しました。
商社の事業は資源やエネルギー開発を筆頭にリスクが高いものが多く、このリスクの高さが株価を下げる要因ともなっています。
ですが、この点においてもバフェットはおそらく対策可能と考えているのではないでしょうか。というのも、バフェット率いるバークシャー・ハサウェイの事業の柱のひとつは「再保険」だからです。
例えば地震保険の場合、保険会社は保険料をもらう代わりに、地震が起きたら補償内容に応じて保険者に保険金を支払います。
保険料は緻密な計算のもと算出されますが、いざ実際に地震が起これば、保険会社は莫大な額の保険金を支払う必要が生じる可能性があります。その保険金の支払いについて保険をかけることを再保険と言い、バークシャー・ハサウェイはこの分野を代表する企業なのです。
(出所)筆者作成。Illustration/ZET ART
保険のプロに対して再保険を提供しているバークシャー・ハサウェイは、まさに保険の「プロ中のプロ」。保険業務の本質のひとつはリスク管理ですから、バークシャー・ハサウェイはリスク管理に関しては他の誰よりも考え抜いているはずです。
商社が抱える資源やエネルギーなどのビジネスは、確かにリスクは高いでしょう。しかし当然、商社も個々の資源やエネルギー事業には、きちんと保険をかけてリスクヘッジはしています。したがって、事業全体で適切にリスクをコントロールすれば、中長期的には収益のブレを安定させることができる——バフェットはそう考えたのかもしれません。
商社の収益性の鍵を握る「連結の経済性」
今度は商社のほうに視点を移してみましょう。“投資の神様”バフェットに見出された5大商社がこの先、バークシャー・ハサウェイのように事業間シナジーをより効かせるためには、何がポイントになるのでしょうか。
そのヒントとなるのが3つの経済性——「規模の経済」「範囲の経済」「連結の経済」です。
「規模の経済」とはスケールメリットを活かせるような状況のこと。「範囲の経済」とは、固定費を他の事業と共有することで効率的に多角化することを言います。
では「連結の経済」とは何かというと、異なる企業の技術、情報、ノウハウ等を共同利用することで経済性が高まることを言います。いま流行りのオープンイノベーション等はまさに連結の経済の典型例と言えるでしょう。
これら3つの経済性の特徴をまとめると図表5のようになります。
(出所)白石晴久『スマイルカーブ入門 Kindle版』を参考に筆者作成。
これら3つの経済性のうち、商社にとっては「連結の経済」がうまく活用できるかがとりわけ重要です。連結の経済が働けば、異なる企業間でもシナジーが生まれ企業価値が上がるはずだからです。
事業間シナジーを高めるために
この点を踏まえて、伊藤忠商事の例を見てみましょう。
前々回見たように、5大商社の中で売上高と当期純利益のトップは三菱商事ですが、時価総額で比較すると伊藤忠商事が1位です。またPBRの点でも、5大商社の中で唯一「1」を超えています(図表6参照)。
伊藤忠が5大商社の中でも特に評価されている理由は、そのポートフォリオを見てみれば分かります。
図表7は、先ほど示した伊藤忠商事のセグメント別売上構成の再掲です。最も多い売上を占めているのは食料品。また、ファミリーマートをはじめとした第8[編集部注:伊藤忠商事には8つのカンパニーがあり、ファミリーマート事業を含む「コンシューマービジネス」と新たなビジネスの開拓を主な担当領域とするのが「第8」と呼ばれるカンパニー]にも近年力を入れています。
(出所)伊藤忠商事の2020年3月期の有価証券報告書。
このように、売上面で見ると非資源が70%以上を占めていると推察され、当期純利益では非資源が75%も占めている(※1)ことから、伊藤忠は必ずしも資源部門には頼っていないことが分かります。したがって収益の振れ幅(リスク)は少ないので、他の商社に比べて株価が高く評価されているのでしょう。
また、伊藤忠の「2018年―2020年度の中期経営計画説明資料」には、「商いの次世代化」と銘打ち、次のことが掲げられます。
- すべてのカンパニーによる新技術を活用したビジネスモデルの進化
- ユニー・ファミリーマートHDを起点とするグループバリューチェーンの向上化
- 戦略的パートナーとの積極連携を進め、中国・アジアでのビジネス創出を加速
(出所)伊藤忠商事「2018年−2020年度中期経営計画説明資料」p.11。
この資料からは、グループ全体でのバリューチェーンのあり方を意識していることがはっきりと見て取れます。また、エネルギーやテクノロジーは「新技術の活用」として位置づけられ、生活消費分野にも活かされることが読み取れます。
5大商社の中で時価総額が最も高く、かつPBRが唯一「1」を超えている伊藤忠商事は、他社に先んじて連結の経済性をマーケットに評価してもらえているとみなすことができます。
今回は全3回にわたって、商社という業態を詳しく分析してきました。コングロマリット・ディスカウントが働くこと、かつ事業リスクが大きいことから、商社は株式市場で高い評価を得にくいという構造があります。
しかし個別の事例を見ていくと、たとえコングロマリット企業であっても株式市場から相対的に高い評価を得ることは可能だということもお分かりいただけたはずです。
今後事業のシナジーを増すために再編を行ったり、事業のリスクをうまくコントロールすることで、5大商社は株式市場でもっと評価される可能性がある——バリュー株投資を得意とするバフェットが商社に目をつけたのは、そういう読みが働いたからではないでしょうか。
仮にこのまま5大商社のPERやPBRが低い水準で推移するなら、バフェットはさらに買い増す可能性もありえます。本当にコングロマリット・ディスカウントが存在するなら、中長期的には株式市場からのプレッシャーにより事業再編の動きが出てくるはずだからです。
加えて今はVUCAの時代。不確実性が増している今だからこそ、商社という業種が有利に働く可能性もあります。多様な事業ポートフォリオを持つ商社は専業企業に比べて「知の探索」と「知の深化」がしやすく、イノベーションを起こしやすい好位置にいるからです。
そうなれば、株価は上がり、結果としてバフェットのリターンも増えるでしょう。果たして“投資の神様”の読みが正しいかどうか……今後の商社の動向に注目したいところです。
※1 伊藤忠商事「2019年度決算説明資料」p.3。
(執筆協力・伊藤達也、連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
村上 茂久:1980年生まれ。経済学研究科の大学院を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして大手企業や地方の新規事業の開発及び起業の支援等をしている。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も実施している。