時代の最先端を見つめて来たファッションエディターの軍地彩弓さん(右)。伝統技術を使った「国産」に徹底的にこだわる時計メーカー、Knot社長の遠藤弘満さんを訪ねた。
撮影:今村拓馬
『ViVi』や『VOGUE GIRL』など数々の雑誌を手がけ、時代の最先端を見つめて来たファッションエディターの軍地彩弓さんが、ファッションに止まらず小売りや新しい消費の形を体現しているキーパーソンや注目の企業に会いに行く対談。
1回目は日本に残る伝統技術を使った「国産」に徹底的にこだわる時計メーカー、Knot(ノット)。創業からわずか5年で、国内外に店舗を展開するだけでなく、「会員」という形で新たな顧客との関係を築き、注目を集める。まさに一つの小売の“未来のカタチ”を具現化している。
社長の遠藤弘満さんを訪ねた。
軍地彩弓(以下、軍地):先日、吉祥寺のお店に伺ったんですが、とても混んでました。
遠藤弘満(以下、遠藤):ありがとうございます。緊急事態宣言期間中はすべての店舗を閉めていたのですが、再開後、吉祥寺や横浜、神戸の元町など地元のお客様が多い店舗には、お客様が早くから戻ってきました。一方で、ここ表参道店のようにインバウンドや初めてのお客様が多い店舗はなかなか戻らないです。
軍地:先日、ディベロッパーの方と話していたら、百貨店が地方店を整理している最中にコロナが起き、お客様は感染を恐れて都市部の店舗に行かなくなった。地方店には人が戻り出していても、都市部はなかなか戻らない。それで苦しんでいると。その点から言うと、Knotが出店していらっしゃるニュウマン横浜店(6月にオープンしたルミネが手がける商業施設)は好調みたいですね。
遠藤:ニュウマン横浜店はコロナが起きる前に契約していたので、正直大丈夫かなと思ったのですが、結果的にはコロナ禍にオープンしたにもかかわらず盛況で、久しぶりの明るい話題になりましたし、Knotを多くの方に知っていただくきっかけにもなりました。
同業他社の時計メーカーは大半が卸売りメインなので、コロナの影響が大きく非常に厳しい状況だと聞いています。
7月には前年と同じ売り上げに回復
遠藤さんはもともと腕時計の輸入業に携わってきた。
撮影:今村拓馬
軍地:私たちの周りでも時計は二極化していると聞きますね。資産価値になるような高級時計は売れるけど、中間層のゾーンは売れないと。ECに移行しているブランドと比べて、リアル店舗のみで勝負しているブランドは厳しいですよね。
遠藤:当社も四国など一部では卸売りもしますが、やはり販売代理店さんからはコロナ後一度もオーダーをいただけていません。
コロナになって、改めてD2C(Direct to Consumer、メーカーが企画・製造した商品を自社サイトなどで直接販売する仕組み)という形態をとっていて良かったと思いました。
実は3月に新商品をリリースする予定だったのですが、コロナで延期になりました。緊急事態宣言解除後に発売したところ、お待ちいただいていたお客様から多くの注文をいただき、7月は前年とほぼ同じ売り上げを記録しました。
軍地:すごいですね!コロナによって、御社の強みが浮き上がってきたように思うのですが、強みはどこだ思われますか?
遠藤:当社は「メンバーシップ制度」をとっており、会員数は15万人にのぼります。こうしたお客様と直接コミュニケーションがとれることが最大の強みです。また、国内において腕時計とベルトの生産ラインをもっていること。栃木レザーや京都組紐といったオリジナリティある素材メーカーのパートナーをもっていることが財産だと思っています。
軍地:顧客と直接コミュニケーションを取れる仕組みがあることと、生産ラインをもたれていることは大きいですよね。卸を中心にしていた独立型アパレルが、コロナの影響でバイヤーの買い付け量が落ち込んで、結果的にD2Cをやらざるをえない状況になっています。
D2Cは奥深いと同時に泥臭いもの
軍地さんは一瞬ブームのようになっているD2Cに警鐘を鳴らす。
撮影:今村拓馬
遠藤:2014年にKnotを創業した当時はまだD2Cという言葉がなく、SPA(製造小売業)の変形判のような位置付けでしたね。ここ数年、D2Cという言葉だけが先行していますけど、本当はとても奥深いものなんです。
軍地:奥深いと同時に、泥臭いものでもありますよね。最近は、D2C祭りというか、デジタルスタートなら何でも上手くいくみたいな煽り感がありますが。
遠藤:本来、D2Cブランドはお客様とのコミュニケーションやものづくりの体験を積み重ねていくことで、初めて確立されるものだと思っています。
コロナによって起きた先祖返り
遠藤:時計の輸入代理店ビジネスをやっていたときに、「スカーゲン」というデンマークの腕時計メーカーとの契約が切れてしまったんです。それが、KnotをD2Cブランドとして展開しようと思ったきっかけです。卸売りメインでやっていれば、いまのKnotがあったかはわかりません。
日本の流通業は明治から昭和にかけて発展しました。昔の草履屋さんは自分で草履を作って、家の軒先で売るという製造小売だったんです。それが、利便性を追求して分業制になったのが、現在の流通の形。
コロナによってDX化が早まったという見方もある一方で、先祖返りしているという見方もあります。
軍地:まさにその通りで、百貨店の発祥は三越の前身である江戸時代の越後屋ですよね。越後屋を描いた浮世絵には、反物のサンプルを見ながらお客さんが着物を注文している様子が描かれています。当時から、お客様の台帳があり、その情報をもとに商品を提案していた。あれが製造小売の原点で、その時代に先祖返りしていると言えますよね。
遠藤:今はものづくりができる企業が顧客をしっかりとつかんでいる。百貨店の中でも、場所を貸していただけの施設はますます厳しくなっていくでしょうね。
インバウンドによる海外からの観光客頼みだった百貨店は、コロナによる海外からの入国制限も苦境に拍車をかけた。
撮影:吉川慧
軍地:以前は新宿や渋谷など都心エリアに店舗があるから高品質のものを扱っているというイメージがありましたが、新宿や渋谷に行くことがリスクとなる時代になり、その分、ローカルに人が戻ってきています。
以前、Business Insider Japanーの取材を受けたときに、ウィズコロナ時代には、ローカル・ミニマル・デジタル、オネストの4つのテーマが重要だと話したんです。これらすべてがKnotさんに入っていると感じました。
1号店の立地に吉祥寺を選んだ理由
軍地:ただ、今でこそローカル回帰の動きがありますが、2014年に第1号店の出店にあたり吉祥寺を選ばれるには、かなり勇気がいったのではないですか?
遠藤:そうでもなかったです。2010年辺りから、世の中のさまざまな価値観が変わり、ミニマルライフやワーケーションなど、ローカルが注目されるようになっていたので、ファッションブランドに関しても同様の動きがあると感じていました。
軍地:吉祥寺店は「本当にここでいいの?」と不安になるくらい(笑)、駅から離れた住宅街の一角にありますよね。
遠藤:店の場所を決めるときに9割の人に反対されました。しかし、一昔前と現在のグッドロケーションは変わってきています。一方で変わらないのが、口コミの影響力です。つまり、現在ではSNSで多くの方に拡散してもらえるエリアがグッドロケーションではないかと考えたのです。
SNSは、ある意味「こんないいお店見つけたよ」という自慢ですよね。吉祥寺は散策を楽しむ街なので、隠れ家的な立地の方が「こんな場所に、おしゃれなお店があったよ」と、拡散してもらえるのではと考え、あえて路地裏を選びました。
Knotの1号店となった吉祥寺店。住宅街の一角にある。
KnotのHPより
軍地:娘さんがSNSや流行りそうなロケーションに関してアドバイスされたと、本(『つなぐ時計』)に書かれてらっしゃいましたが、そのアドバイスも的確ですし、それを素直に聞かれる遠藤社長もすごいと思いました。Knotのネーミングも娘さんのアイデアですよね。
遠藤:はい。創業当時は、「若い子に時計をしてもらいたい」というのが、ブランドのひとつのテーマでしたので、ターゲット世代である娘の意見は素直に聞くようにしました。僕らの時代は、スーツやネクタイと同じく、社会人になるとアナログウォッチをするのが当たり前でしたが、いまの若者はそうではない。
吉祥寺の成蹊大学で年に2回ほど講演をしているのですが、学生さんに「腕時計を持っていますか?」と聞くと、50人中10人くらい。でも、「腕時計が欲しいですか?」と聞くと、ほとんどの学生さんが「欲しいけど、いい出合いがない」「いいと思う時計は高すぎる」と言うんです。
いまの若者は、生まれたときからユニクロがあり、ジーンズは数千円で買えるという感覚がある。だから、腕時計が5万円というと異常に高く感じてしまうんですよね。そこで、若い世代の人にも手が届きやすい価格に設定したのです。
好きなものが「買える」ための価格設定
軍地:若い世代にも買いやすい価格にするという「プライス先行」の考え方はD2Cの基本ですよね。
遠藤:価格は重要なポイントだと思います。価格訴求と言われることもありますが、我々D2Cブランドとしては、常に消費者目線を大切にしたい。私はユニクロや無印良品も好きですが、それは気に入ったものがすぐ買えるからなんです。好きなものが「買える」って、とても楽しいことですよね。
多くのブランドが、売り上げ個数が増えないから、その分単価を高くして利益を得ようとする。そうなると、消費者のニーズと価格設定が反比例してしまいます。
とはいえ、価格だけで選ぼうとすると、G-SHOCKやSwachなど、カジュアルなものしかない。そこで、フォーマルにも使える良質な腕時計を、若者にも手が届く価格で提供しようと考えたのです。
Knotの店内には、ベルトなどの皮や組紐を製造している「モノづくり」にプライドを持つ会社の紹介が。
撮影:今村拓馬
軍地:Knotは日本製の時計でありながら1万5000円から2万円というリーズナブルな価格で提供されてらっしゃいますよね。
遠藤:創業当時は、そんなに安く売って利益は出るのかと、いろんな人に言われました。
しかし、Knotの一番の営業戦略はライフタイムバリュー(生涯価値)の最大化です。簡単に言えば、ファミコンと同じく、初めに1万5000円で本体を提供して、後から魅力的なソフトを次々と提供していくことで、長期的に見ればリピーターが増えて利益も増えるだろうと考えています。
軍地:初めの原価率の設定はどのくらいだったんですか?
遠藤:当社は2014年にクラウドファンディング「Makuake」で事業をスタートしたのですが、当時の原価率は約80%くらいですね。
軍地:えー!
遠藤:初めは500個しか作らないから80%だけど、その後、5000個、1万個と増やしていけば、必ず採算ラインに乗るとわかっていたので、思い切りました。また、すぐに利益が出なくても、お客様のデータを活用すれば、広告費はほぼかからない。その後、2本目、3本目のベルトを買ってもらえれば、高利益のビジネスに転換できると思っていました。
いかに既存の顧客を大切にできるかがカギ
遠藤:アフターコロナの時代において、新規ユーザーを獲得するのは難しい時代になるでしょう。今後は、いかに既存のお客様を大切にできるかがカギだと思っています。そこで9月からは新たに「TUNAGARUクラブ」というものを発足します。これは現在の「メンバーシップ制度」をさらにブラッシュアップしたもので、例えば会員登録していただいたお客様の最初の電池交換を完全無償化にします。
時計本体とベルトを組み合わせることで、ベルトを取り替えたいという需要を掘り起こした。
撮影:今村拓馬
軍地:会員登録してもらったらちゃんと還元するということですね。
遠藤:はい。いま会員数は15万人ですが、お客様と1on1のコミュニケーションはまだ満足にとれていません。現在、新商品のリリースやセール情報はすべてのお客様に一斉に提供している状態です。
しかし、本来は誕生日や記念日など、人それぞれ商品を買いたいタイミングは異なりますよね。今後、お客様により良いサービスを提供していくためには、より正確な顧客情報の取得が必要だと改めて考えたのです。
軍地:それこそ、先程話した越後屋の台帳ですよね。誕生日や家族情報などの顧客データをもとにサービスを提供するという。通常、会員登録すると、個人情報を勝手に利用されるというイメージがありますけど、きちんとベネフィットを提供しますと言うとお客様も納得しますよね。
遠藤:例えば、ベルトは消耗品なので、商品の購入日や素材などの情報を踏まえて、適正な時期にお客様に合った商品を提案したいと考えています。
軍地:どういう色や素材のベルトが好きなのかという個人のし好性も考慮したうえで提案できますよね。
遠藤:それこそが、私たちD2Cブランドが目指していくべきコミュニケーションの形です。一昔前のスーパーブランドは、有名なデザイナーがデザインした商品を気に入った人だけが買ってくれればいいという考えがありました。しかし、私たちはD2Cブランドとして、お客様のニーズを反映したものづくりをしていくことが何より重要であると考えています。
お客様がトップという組織に変更
7月から会社の組織図も改変しました。従来は、企画開発チームがトップにあり、その下にPRチーム、セールスチーム、お客様という構図でした。それを180度改変し、お客様をトップに位置付けました。ネーミングも企画開発チームからサポートセクションという名前に変えました。
軍地:ネーミングから変えるのはすごいですね。
遠藤:当社では、お客様のニーズに合った商品を提案する専門スタッフのことをアドバイザーと呼んでいます。このアドバイザーを上位に位置づけ、アドバイザーが汲み取ったニーズを形にするのがサポートセクションという構図に変更しました。また、今までは新規のお客様も既存のお客様も同じスタッフが対応していました。これを、アプローチチームとコミュニケーションチームに分割しました。
軍地:分割するメリットは何でしょうか?
遠藤:メーカーは、どうしても新規顧客の開拓に重点を置きがちです。つまり、今まではアプローチチームしかいない状態でした。今後は、よりお客様との交流を大切にしようということで、コミュニケーション専門チームをつくりました。
軍地:InstagramなどSNSも活用して、細かいコミュニケーションをとっていくということでしょうか?
遠藤:イメージとしては、アプローチチーム、コミュニケーションチーム双方にSNS担当がいて、アプローチチームは新商品をPRする。コミュニケーションチームは、お客様情報に基づいた商品を提案するという形ですね。
軍地:2つに分けるという発想はおもしろいですね!たしかに、お客様は常に新商品だけを求めているわけではないですからね。
遠藤:これからはメーカー上位の考え方では生き残れない。お客様が求めている商品を提案していかねばならないと思っています。
(明日の後編に続く)
遠藤弘満:1974年東京生まれ。米国特殊部隊用腕時計「 LUMINOX 」を日本に定着させ、「SKAGEN」 「noon」 「BERING」などを年間20万本市場へと成長させたウォッチプロデューサー。2014年、腕時計離れが進むマーケットで、「 日本の伝統文化や技術をリストウェアを通じて世界に伝える 」ことをテーマに、日本初のカスタムオーダーウォッチ 「 Knot 」を設立。2015年、日経ビジネス 特集 次代を創る100人「INNOVATORー革新なる人々」に選出。Knotが誕生するまでを描いた書籍『つなぐ時計』に詳しい。
軍地彩弓: 大学在学中から講談社でライターを始め、卒業と同時に『ViVi』のライターに。その後、雑誌『GLAMOROUS』の立ち上げに尽力。2008年に現コンデナスト・ジャパンに入社。クリエイティブディレクターとして『VOGUE GIRL』の創刊と運営に携わる。2014年に自身の会社、gumi-gumiを設立。『Numéro TOKYO』のエディトリアルアドバイザー、ドラマ「ファーストクラス」のファッション監修、Netflixドラマ「Followers」のファッションスーパーバイザー、企業のコンサルティング、情報番組のコメンテーター等幅広く活躍。